内乱の行く末
除隊して一週間が経った頃、ユーコスは前線指揮官として再び戦場へ赴いたらしいとの噂を聞いた。 彼の戦い方は以前とは変わっていた。推測にはなるが、それは条約を守るためでもあり、また彼自身の心に禍根を残さないためでもあると思った。新聞で報じられている情報によると、彼は反乱軍との戦いで何よりも部下の命を守る戦い方を心掛けているそうだった。また、戦線に復帰できる人を増やすべく、負傷した人に対してはできるだけ治療を施しているとも書かれていた。
また、一月も経つと戦争に参加せずに力を温存していた新大陸からの遠征軍主力第二陣がダンバーの港に到着して鎮圧部隊として加わった。船団には五十隻程度の戦闘艦艇や空母が随伴していた。それらの護衛を受けた、輸送艦からは中戦車やハーフトラックなどの機甲戦力の陸上げが行われていた。上陸した兵員の数は四万五千人、規模としては反乱を起こした、帝国軍の総数25%に対抗できうる5師団だった。すでに第一陣となる二つの空中機動旅団は先遣部隊として戦略爆撃機を改造した戦略輸送機やグライダーを用いて、二週間前に前線への空挺作戦を行うと、迅速に戦線に加わっていたと報じられていた。それと同時にオクタピア陸軍の工兵がダンバー郊外に建設した野戦飛行場に輸送機などが続々と着陸すると、補給物資や榴弾砲を装備した、後方部隊を展開した。それらは市街地のすぐ近くから見て取ることができた。
海軍戦力は健在だったが、防衛戦争で疲弊したオクタピア陸軍は彼らへの兵站支援や、再編した騎兵旅団による偵察及び主力の側面警戒を行った。そこには旅団の指揮下に入った電動車椅子連隊も参加していた。ただし、主戦線を維持する力は残っていなかった。主力の座は受け渡したが、我が国はまだ先頭に関与していた。しかし、遠征軍の進撃能力は凄まじかった。特に第一弾が装備する軽戦車や小型四輪駆動車は車椅子連隊の能力を、一部の地形において凌駕したと言えるもので、賊軍を相手にして幾多の戦いで戦況を有利に運んだ。しかし、勝利にも代償があった。連合軍の中には多くはないものの戦地で散った命もあった。俺は一連の戦闘内容を聞いてユーコスの心が入れ替わったような印象を受けた。それは喜ばしいことではあったが、もう少し早く考えを改めてくれていれば、もっと楽な生活を送れていたと考えてしまい、複雑な心境になった。




