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来-4(旧題:円環の虹)

 明くる日。


「大事な話ってなんだ」


人通りの多い道をいないはずの初実の姿を探してみていたので、喫茶店に善悪から声をかけられるまで店内にやってきたことに俺は気づかなかった。

 深く向かいのイスに腰掛けたのを確認して俺は話を切りだす。


「風呂敷を、そろそろ畳もうと思うんだ」


 何の話だと顔にでた善悪に「覚えてないか?」と念を押すとそのまま首を傾げた。


「いろいろあったんだ」


 ブラックコーヒーをかき混ぜている間に善悪は無言でカウンターで渡された飲み物にシロップとミルクを入れている。


「始めは幻かと思った。次に夢と思って、最後に自分だと思った」


 最後まで何があっても話を聞くと約束させた。善悪が神妙に頷いて、俺は物語の始まりを思い起こしだす。


「椿野芽という少女が消えた。おやくめといって」


 あの村ではないよ、なだめるように善悪に教える。


「その夜夢を見た、そこには世界があって、人がいて、それぞれに目的をもっていた」

「そこから異世界と現実を行き来する少年は、幼なじみの夢へと入っていく」


 なんだ小説の話かと、善悪の気が抜けた。


「そこで姫と出会うーー初実だよ」


 善悪の眼に疑いの灯火が宿る。


「そこからその少年も目的を持った」


 待った! 善悪が話を止めた。


「夢の話だよな?」

「ああ、俺の夢の話だ」

「……登場人物の目的はこうだ。神様のことは考えなくてもいいらしい。一人はある男を追い続けている。これは問題ない、手伝っていけばいい。あと二人は、ブローカ野。失語症だ。これは治して欲しいのかと思った。でも、違うんだ。治すぐらいなら世歩玲ーーサキュバスがやる。それくらいできそうな能力を彼女は持ってい……る。死にそうになったとき、記憶を操れる彼女はこう言った。忘れないで、と」


 今は嘆くときではないとシコウを振り払う。


「夢の島なんだ、一番心の奥隅の願いが叶う島」


 だから俺は神と出会った。


「そして今は、失語症を治す方法を俺は知っている。……あとは俺たちだけだ」

「何のはなしだ?」


 それには答えない。俺は続きを口に出していく。


「正直俺には専門知識はない。けど、科学が定めてしまったことの枠組みだけで嘆く必要もない。治すと変えるは同義だ。だったら俺が変えてやる」


 何事か問いたげな善悪の思考に理性を刺激する刺客を送る。


「二十三ページ。類型」


 デウス・エクス・マキナ。覚えているよね? 

 たどたどしく頷いたクラスメイトに呼びかける。


 善悪ーー

「結末はハッピーエンドじゃなきゃいけないんだ」


「だから大いなる意思のような圧倒的な力が介入して事態を終わらせるんだ。古代ギリシアから続く演劇技法だよ。登場人物だけでは、どうにも話の収拾のつけようがないときにかぎり。神を演じる役者がクレーンのような仕掛けで舞台上に登場して、ハッピーエンドで終わるんだ。このカラクリから『機械仕掛けの神』、それか『機械仕掛けからでてくる神』という意味の名前になっているよ」


 創作の話になり気を取り直したように善悪がいう、

「意味もなく、めでたしめでたし。では、何も解決しないっちゃね? 物語を造ることを放棄してるだけやん?」

「神様が……機械だとして、善悪は何を動力にして動くと考える?」


 力強く両手をあわせた。

 それは……、考え込んだ善悪がためらいがちに答える。


「解決を妨げるなにか、か」

「正解! に、してみせるよ。燃料は。ハッピーエンドに邪魔な、忌むべきものだ」


 ここまでが、夢物語。ーーそして善悪に証明できないことを体験させないといけない。

 変わることなく巡回し続ける機械を一瞥する。頃合いだった。


「場所をかえるよ、初実を呼んだんだ」


 こめかみがミシッと動いた男が威圧するかのように席をたった。


 待ち合わせによく利用される場所に初実はいた。

 二の腕を抱え込む。腕が性急に上下する。逃げ出したい気持ちが全身を覆い動悸の音が頭まで響く。脳が緊急信号を発し、酸素の充填を絶えずもとめた。

 人が多い。そうだ当然だ。そういう場所を選んだ。

 ふるえる声を押しとどめる。

 芝居だ芝居。これは芝居なんだ。

 もう一度、しっかりと自分でもわかる声で対面した幼なじみたちに話す。


「さっきの話の続きだ、善悪! 姫は初実だっ! 曾根崎初実!! おまえの知らない、不思議な世界があることを俺は証明してみせええっる!!」


名前を急にあげられた初実にほんのわずかだが怒りの感情が見えた。

  善悪が周囲の視線に狼狽える。小動物が茂みに消える速度で初実がいなくなる、そう思い予測していた俺の両手は居場所を脳に確認してきた。その場で待機。

 場違いな声の大きさで、少しだが衆人の目が向く。何人かの人が振り返ればまた一瞬何人かが振り返る。覚悟を決めた。息を一気に吸った。


 ぜヱエエエエっンンアあああクぅぅぅっっっっ!! !!

 小説の話はっっっっ!! すべて実話だっっっっっっ!! !!


 人という人が振り返る。鞄からスマホを探し出す人たちもいる。

 俺たち三人は人混みの中心で逃げれない。目眩めまいがしそうになり、何を言ってるのかわからなくなりそうになるのを必死でこらえる。指をさし、再度雄叫びを上げた。

 注目が俺から善悪に移る。


 初実を賭けてええええぇぇぇぇぇぇ!!

 バスケで俺とをおお!! 勝負しろおぉぉぉ!! !!


 観衆からどよめきがもれた。善悪の顔は赤みを通りすぎ、青い。


 今言ったことを忘れるなあ! と全力で叫び切った。

 呆然自失と突っ立ている善悪とは違い、迷いのない足取りで初実がこちらに歩いてくる。

 俺の前にたち一言。


「チャラ男がっっっ!! !!」


 言うと同時に股間に衝撃が走った。

 ぐはっと倒れて、痛みをやり過ごした。顔をあげると幼なじみは誰もいなかった。

 片足ひきずる気持ちでスーパーに向かう。反応の悪い自動ドアを次いでやってきた客と入る。お守り代わりに手鏡をカゴにいれた、オレは、もう夢のセカイのシナリオしかアタマがなく、レジのおばちゃんが「またあなたかがみかったの」とかはなしを無視し、めまぐるしく変わるシコウのなかで、にんしきするまで待たされたトビラをコえカエる。

 シュウシンまえに、うまれてハジめてかみにいのりをささげた。

 じぶんをだきしめるようにかみをかかえて、おれはねむりについた。

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