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来-1(旧題:円環の虹)

 つぎの日から一週間、ぜんあくとは「どうしたんだお前ら?」と担任が肩をすくめるくらいには微妙な距離感がただよっていた。いらいらしながら、まどるっこしい秒針と短針を取り替えてやろうかと何度、壁掛けのキカイを睨んだかはわからない。

 飛ぶようにかえって、家に着いてもぜんあくがゆめを見ていないといけない訳で……またにらみ合いを場所がかわっても繰り返すだけだった。


 夢の中で俺はひとりでーー。

 居てもたまらず谷を駆け降り、山を一段とばしで跨ぎ、吸い込まれるように洞窟へと入り、崖っぷちから飛び出る反動のまま、紫の煙にダイビングをくりかえす。

 二度目の起床は善悪の夢ではあるが、そこには初めから一人であったかのように、善悪しか居なかった。


「また来たのか?」


 同情的に「ここは達三の見ている夢の世界だから、早く観ないようにしないとな」と優しく善悪がいう。すべては夢の話。そう……、なのか? 


「これが俺の夢ならなんで俺の思うようにいかない!」


 善悪の夢には行けた、間違いない善悪の夢だ。夢の光景はどこか似ているが、どこか違うような場所で……。何をやってるかわからない巫女様、まだ色々話したいことがあった世歩玲や達観しているトーキチと無邪気なナリィー全てが懐かしく……誰もいないことに失望した。またひとりだ。


 夢の島は、広すぎるほどひとりで……俺は善悪の夢で過ごすことにしていた。いったところで。善悪の夢では何も生み出すことはできなかった。俺の影響なんて……それっぽちしかないんですよ。

  時折、忘れないように夢の中の善悪を問いつめる。揺さぶる。かつてここにいた人たちを挙げ。連ね。ひっかけるように何らかの彼女たちが、ここにいた痕跡を探ろうとした。


「何のことだか?」


 とぼけているのか、嘘偽りなく言っているのか、判断できないほど自然に夢の世界の善悪は俺の言葉を聞き流す。


「忘れないで」最期に耳にのこった残滓ざんしを、無駄にしないように小説も、寝る時間までの間に書き綴っていく……中旬の出会いから、短いようで長い一週間を。


 同好会のカイシツでぜんあくは、時々顔をだした。思わず何か問いつめた記憶はあるけど、あまり覚えていないということ以外は得るものがなかった。そらそうだ、たった一日のユメを何日も覚えているほうがおかしい。そんなものは記憶の片隅に追いやって、ただただゲンジツを生きるのに精力を尽くす方がふつうだ。


 思いのままに書き出される物語の束だけが会室に溢れている。

 ぜんあくは会室の床に落ちたままになっている紙切れを一つ拾った。

 おれのぼろぼろの物語の筋書きをみて「なおさないとな」と呟きいう。


 月が変わる。

 日毎に募るいらだちがヤケを起こし、しだいに昔のような自暴自棄になっていく。

 誰もいないジブンの部屋で自嘲的な高笑いをしていた。

 いや、心配そうにみている影がそこにいた。


「なあ、ナリィー。なんでそこにいるんだ?」


 オドオドと揺れているだけの影にむかついてくる。


「呼んできてくれよナリィー! 亡霊……とかじゃないんだよな。ドッペルゲンガー! そうドッペルゲンガー!!」


  ひきつって笑う。


「巻き込まれて! 不思議な世界があるってわかって! 俺のしてきたことにも意味があるって思って……。ーーっ、もう一度会わせてくれよ! お願いだよナリィー!!」


 頼むよ、掴もうとしたモヤが触れたーー瞬間。

 黒いキリがせかいにとけ込むようにして消えた。


  あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああっっっ


 思わずソバにあった小さなものを手に取り、ナリィーが消えた壁にむかってブン投げた。


 護身鏡が……割れて散る。紙っきれがすきまに消え、スローモーションで割れていく破片を……乱反射がプリズムを奏でる幻想的な光景を、ただ一つの接点を。後悔し、差し出した右手にのった金属片も。

 在るべきところに帰るかのように、右手のうえで夢幻に散った。

 叫んだ。叫んだ自分がいた。涙を流しているのが見えた。


 その後ろには……誰もいなかった。


 泣きつかれて、寝てしまっていた。おせっかいにも照らそうとする太陽を恨みがましく思いながら、日常にもどった。


 夢は……みなかった。

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