証-5(旧題:心アクロバット)
その言葉にピクっと反応したゼンアクがこっちを向いた。
「……どういう意味だ」
何気なく、さも思いついただけという野原の綿毛ほどの口調でおうじる。
「どういう意味ってそういう意味だよ、姫様を救う動機ってものが必要だろ? 例えばゼンアクが今から王族入りっつたらおかしくないか? まあ、西洋風だからいいとこ貴族か」
ゼンアクがみたくないものを消すように言い換える。
「騎士とかな」
「騎士ねえ」
「騎士が姫様と現実的に幼なじみで救う……ね。王家の血筋なら騎士ではないよな」
まあこれは、タツミの小説だから俺は関係ないけどな。
そこに橋頭堡を築きあげたように会室の入り口からきっちり直角に曲がり去っていった。
見えなくなった背につぶやく。
ゼンアク……。
「バッドエンドなんだよ。これは」
ーー遠くで稲光がするのが見えた。激しい雨音が石畳を叩き打つ。
雨音が意識の中で鮮明になっていき、突如視界が明滅するのに驚いて眼をあけたら、すでに善悪の世界だった。
湿っぽい毛布の中で眼を覚ました俺は、ナリィーたちのシルエットが壁面に投影されるのをみた。黒い人影ができ、伸び、薄く立ち消えては、また色濃く映し出される。
「運ばさせていただき申した」
「世歩玲や巫女さまは」
宿のベッドの数にあわせたかのように、ここにはトーキチとナリィーしかいなかった。
「ひとつ起きたら聞くようにと……外は晴れておりますかな」
この騒々しい土砂降りの雨のなか、必要以上に近づいた顔で淡々と話す。吹き荒れる風の音も合わさって正直聞き取りにくかった。
何を聞いているのか……、答える前に窓をあけた。突風でナリィーがベッドの上でよろめき倒れた。
「どう見ても台風がやってきたくらいの荒れ具合ですよ」
「ですよなー」
ため込んでいたものを吐き出し、同意する。
「何か変わったとこがあるかもしれないから見ていくわ、と姉川殿は行ってしまわれた、わしらは留守番じゃ」
「トライアングル」
よくはわからないが頷いた。
「巫女さまもいないってのが珍しいな」
何事にも動じず……というよりは動じるものが何事もない気がした。おそらくそう間違ってないだろう。
「命さまはのぉ、櫓をつくってきますと」
この吹き荒れる暴風圏で? アイロン以上の馬鹿だ。
声に出ていたらしく、トーキチはナリィーにアイロンとは何かを聞き「蒸気」の解答をもらい、さらにそれを台風の目にして疑問が渦巻いていた。
「神」
ナリィーが指さす方向をみると、大通りの向こう側に一天に一点、青空がやってくる。
誰かが駆け込む音がして、「鬘が濡れてしまいます」と扇を雨よけ風に装い、濡れているところを探すのが難しい格好で部屋に入ってきた。
「どうであったのですじゃ」
「まだ……」こうっ、と巫女様が袖を天にふるう。とかこうっとか、両手を広げる。
「そういったものが決まりませぬ」
ゑぐゑぐっと、扇で目元を抑える。
「わたくしたち、お尋ねものらしく酒場なら大丈夫だろうとセフィーから言づてがございます」
さて、どうしたものか。お尋ねものって……タンスで何やらもの音がする。
観音開きの戸を開くと、どさっと倒れこんできたので避ける。
「おハえら、こんなホとひて、ヘンあふさふぁがほふって」
火花が散りそうな凶器が眼前にニュっとあらわれたのをみて、宿屋の主人は大人しくなった。宿屋のカウンター奥。セフレに縛られたであろう、あられもないシクラーゼが情けなくそこに放置されていたのをトーキチが見つけて運んでタンスに入れたらしい。
「それはもう玄人のような手際でしたなあ」
またも俺不在で、なにやら展開する物語についていけない。
「夜は短し宵はーー待ち」
「ははぁ、夜、更かしですなあ」
えっ、なにそれ、時間? 寝た時間とか関係するの? と酒場に向かう途中尋ねたが「姉川殿に怒られますでなぁ」と、とぼけられた。
大通りからサッと一行は路地裏をいく。酒場は入り組んだところにあり、大抵は隠れるのにうってつけなのが相場なのだろう、荒くれ者とか事情通とかレジスタンスがいたりするような、架空ゲームの無法地帯ってお約束だ。
虹がでてきそうな晴天の輪が上空に浮かぶなか、巫女さまのスパイ活動に身が入る。「御敵」と立ち止まって皆が前のめりになったりしながらも、なんとか酒場らしき喧噪が聞こえるとこにつく。入ろうとしたら、巫女さまに止められた。直後ボゴンという破壊音が奥から聞こえた。
神様の手を押し切り、慌てて入ると床に白い煙が這っていた。
壁際に世歩玲が座っていた。世歩玲の奥のかべに熱線が通ったような焦げあとがあった。
隙間から向こうが見えるわけでもなく、押してもなんの変化もない壁のそばの空いている一脚に俺は座った。
「おはようタツミ……っていつも思うけど、どうなのかしら」
何か問題が起こったのかシクラーゼを再起不能にしてるのに、その顔は上機嫌だった。
笑いをこらえながら「姫さまが氷づけにされちゃって、不審者は騎士団長になった善悪さまがーー」いいかけた口を閉じ隣のテーブルの話に聞き耳を立てている。
二人組がえらい大きな声で怒鳴るようにしゃべっていた。
「お触れによると町中に新たに出入りしたものは有無をいわさず引っ張ってこいとのゼンアクさまのお達しだ。なんでもタツミってのがいたらそいつだけは生かして、そのほかの生死は問わねえんだと、怖いねえ」
カカカっと酒の酔いに身を任せているオトコが口開く。
「兵士を募って竜退治だと、なんでも兵士団にはいるにはメラノサイトの化け物を倒してこいって話。っはん。そんなのが倒せるってんなら、俺だって竜ぐらい退治してやるよ」
「おめえ、ピカチュリンにすら足やられてたもんな」
「あんの電気鼠め、今度あったら歯車ごともいでやる、あいつのせいで芋が台無しだ」
「そりゃあ残念だ。おめえんとこの芋焼酎には、ラム酒ぐらいには期待してんだぜ」
「ラム酒程度かよっ」哄笑が響く。
話題が変わってきたのがわかり、世歩玲は興味を失ったようだった。
「まっ、そういうことね。達三。善悪に話したの?」
まさか、と否定する。夢の話は伏せて異世界ものっとだけ。
「巫女さまのアドバイスのとおり、小説作ってるって話でだけど」
「どこまで話したの?」小説の話よ、と世歩玲が念を押す。
いや、まだ騎士でない誰かが姫を救うぐらいしか、というと「それじゃあ駄目ね」と世歩玲はかぶりを振った。
「姫さまが、達三が救いたいって言ってた女の子、ってのはもう大丈夫だわ」
見てきたかのように世歩玲は首肯する。お尋ねものなのに見に行ったりしたのだろうかと思いを巡らしていると「それより」と現実に戻された。
「問題は方法ね、どう救いたいか。どんなハッピーエンド……いや善悪さまにとってバッドエンドにするか、それでいて全て丸く収まるぐらいの話にするか……」
これを考えるのは私の仕事ではないわ、とあっさり流す。
「トラウマなら私が見せれるわ。善悪さまの無意識に行ったことは覚えてる? あんな世界になってるとは思う」
でも! バンッと机を叩く。
「それを考えるのもあなたよ」
ひとつだけヒントをあげるわ。世歩玲はミコトに手を返し明け渡す。
『愚か者よ! 数多の古くからの理にこそ! なぞり!
そなたは姫を! かの盟約より、然るに奪いとることになるであろう!!』
椅子の上に立ち重力を露ほども受けない身のこなしでテーブルへと飛翔する。
『っーー』
ストップ、スットップ~。
「昔の過ちは繰り返さないわ」と世歩玲は巫女さまをストンと床におろす。
ぶー。頬を巫女さまが膨らましている。
「んー、姫を……奪え?」
そゆことっ。
「ラポール島に連れこんじゃえ、姫さまのトラウマに私が送るわ」
その後は達三しだいね。頑張って。嬉嬉とつとめているようにみえた。
「脳の役割は覚えてるけど、そっから先の部位は私専門外だもの」
「見たくないんでござろう」
キッと鷹の目のように世歩玲がトーキチを睨む。奥歯を深く噛んでいる。
トーキチの袖をナリィーが引っ張る。
「ブローカヤ」
「達三、この子も頼むでのぉ、そうじゃこれだけは言ってもよかろう。思いは大切じゃ、それは万物に宿るんじゃ、どこの世界もある以上は律すーー」
ちょっとっ!! 世歩玲の右拳がテーブルを震わす。
「台無しにする気なの? それともあんた十回死んだからもう用は済んだって言うの!」
「お主こそ勘違いしとるの。わしは、見届けられればそれでいいんじゃ、あんたたちの邪魔をする気はない……が、わしらの居場所は元来あっちじゃ。わしにはわしの思いがある! 欲張りすぎじゃあ、お主らは」
猛禽のような眼が潤う……かもね。協力して、くれてるだけだもんね。世歩玲は寂しそうに笑った。
ごめん、ちょっと待って。ナリィーをテーブルの上に座らせて抱きしめた。
「ん、もう大丈夫。ありがとうナリィー」
ナデナデ人形と化したナリィーを手放し、一同をみる。
「気を取り直して行くわ。具体的に姫を奪う方法に入るわよ」
第一に、目立っちゃだめ! ミコト除く
第二に、逆らっちゃだめ! ミコト除く
最後に……それでも機をみて姫を奪う。
全てが上手くいったら……行くなら、ミコトは手を貸さないわ。これもミコト除く。
「俺だけでもいいんじゃないか……」
決起前のような雰囲気に気圧されて言う。
「なんか俺だけは善悪殺さないみたいだし」
「大丈夫よ。……これは達三だけの問題じゃないもの。私たちの目的もある。……ナリィーちゃんは救ってあげなさいよね、そういう話に絶対すること。無関係ではないから」
それってーー聞こうとした言葉はテーブルの下にあった甲冑が積まれる音でかき消された。
「変装するわよ」
巫女さまが、目を輝かせインデペンデンスデイ。
どうやって用意したのか世歩玲は人数分以上の甲冑を用意していた。
「嵐……やんじゃったわね」
世歩玲は両手で自分を支えるように窓の外をみていた。




