証-3(旧題:心アクロバット)
ーーホウカゴーー人を拒絶するようにカナル型イヤホンをつけ外に漏れでるヘビーメタルの音を気にかける人間もいないほどのスピードで馳せあるくハツミを追いかけた。
声をかけようとためらっているうちに足早に世界はうごく。どうでもいい人間が振り返るほどの大声を出したが、まだ気づかない。そのまま自宅であろうマンションに入りかける前に肩をつかんだ。距離をとるような動きでハツミがオレをみた。
「なに?」
なにって……焦点の合わないメガネ越しの黒目にびびる。
シャカシャカとなっていた音楽が止まる。
あ……『盲目の騎士』もう一度再生ボタンをハツミが押す。
「それで?」
「いや……」
眼を反らして言葉を捻りだす。
「ゼンアクとも話したんだけどさ、その……なんか困ってることあったらオレちからになるし、言いたいことあったら聞くから」
昔とほら……違う、からさ、どうしたのかなあって。
隙間のない音楽だけがエントランスに響く。
「どうもしないわ。どうでもいいだけ」
通りかかった住人がハツミに挨拶をし、挨拶を返した。釣られてオレも会釈した。
「ただ死にたい」
その一言でカチンときた。
「死にたいってなんだよ、それ。オレとゼンアクとハツミの仲だろ。一体どうしたってんだよ! 村のときと変わりすぎでしょ。昔、ハツミは明るかったよな? なにか辛いんなら話しなよ。オレでもゼンアクでもいいからさ。……そんなハツミおれ見たくなかったよ。だいたいお前クラスに馴染めてないんじゃん! 悪いことがあるならよくしろよ! 努力してないのに全てを諦めたような顔すんなよ! 辛いときこそ笑顔でいなよ。ハツミはーー」
ハツミが片耳にイヤホンをはめなおした。
「アタシに説教するき?」
ここ、家だから。と。部屋番号を押し、インターホン越しに母親らしき人と会話し、電動ドアが開く。とりつく島もなく、透明なドアが閉まっていった。
図書館でオレは調べた。芋蔓式に知識がたまる。ーー最悪じゃないかオレは。
架空のヒーローが日本で一番売れている週刊ランディングで笑う。ーー辛いときに笑う。
真似してなのかハツミは昔、あの辛い村でのお役目を知ってそれでも笑っていた。本当に強い、尊敬できる女の子だった。だからオレたちは大人を騙した。科学は辛いときこそ笑う。抑圧された感情の矛盾が引き起こすゲシュタルト崩壊ーー精神が逝かれることを科学は定義したあとだった。
その日の夜、俺は巫女様に相談した。
曾根崎初実を助けたいーーと。
惑星が一周してきたような顔で巫女様はまっすぐと俺を見た。
『お答えしましょう』
「転入して一週間たったな」
職員室で担任が呼ばれていたオレに話す。
「どうだ、学校にはなれたか?」と肯定でも否定でも同じところに行き着きそうな質問をしてくる。なんて答えてほしいのだろう?
「まあまあです。幼なじみのゼンアクも結構話しかけてくれますし」
ゼンアクがか! 意外というような感情が担任の思案顔をほころばせた。
「そうか、それはよかった。実をいうとな、平沢が転校してきたその日。斑目に同郷のよしみってやつで色々と面倒みてやってくれと頼んだんだよ。そのとき斑目のやつはなんかものすごく嫌そうな顔してたんで、どうしたものかと思ってたが、いやはや本当によかった」
自分は間違ってなかったと担任は回転椅子をきしませ、腕を組んでひとりごちた。
「そうだったんですか」
ご慧眼ですと褒められた宰相みたいに担任が流ちょうに語りだす。
「このところアイツにも心配してたんだよ、バスケの顧問の先生からも何か変わったことでもあったんですか? と尋ねられてなあ。いや問題はないんだが。真面目だったアイツが急に部活の朝練に休みがちになって、練習もいまいちパッとせんとのことだ。まあ部活動半分強制みたいな学風だから、休んでるやつは一杯いるんだが、しめしがつかないと副部長がどうにも嘆いているらしい。まあ自主練に切り替えてますと言われたら、どうしようもないことではあるんだが」
話し長いんだろうかと、窓先にある杉の木をチラリとみた。
ああ、すまんすまん。と入部届けを上の引き出しから取り出す。
「一応形だけでもな、取りあえずどこかに所属してもらわなならん」
でーー部活は決まったか? と担任が催促する。
「はい」
そうか! 担任が朗らかに笑う。
「バスケ部か?」
「いいえ、違います」
「すると、どこだ」
担任の脳内が体育祭と文化祭をしている顔をした。
「新しくつくろうと思います」
「それはまたーーうちの学校は多いほうだがなかったのか?」
「はい。近いところはあったのですが、活動内容が大分違っていました」
「なんという同好会だ」
ちょっと待て、とスチールのデスクを順繰りに担任が書類を探す。
「あーこれだこれだ。しばらく見とらんかった」
同好会設立の申請書を渡され用意してた名を枠内に書いた。
「現代視覚文化研究会?」
わりと最近増えてきてるんですよと補足すると「文芸部とか漫研とかではいかんのか」と言われ、インターネットで調べてきた用語と嘘の百科事典を混ぜ込んだ内容を話す。
「まあ好きにしろ。卒業までに部になることはないからな、あと頭数そろえろ。問題はないな。最近消滅したアルティメットアイロニングの会室あまってるから好きにしろ、ああ、部屋に残ってるアイロンには手を出すな。休学連中の私物だ」
まあこの内容なら物的被害は起きんだろうと決済の判を押された。
「兼部って可能でしたよね」
終わったものと思っていた担任がこちらを振り返る。
「大丈夫だ。引っこ抜いたら嫌みごと言われるぐらいは覚悟しとけ。ゼンアクか?」
一応は、と肯定の意志をみせる。
「アイツがまわりに積極てきに関心もつとは思えんが」とぼやいた担任に部室のカギがかけられた場所を指し示してもらい、それをとると怪物と戦うための指令室に向かうようなはやる気持ちを「失礼しました」と抑え、廊下を歩いた。
作戦を考えながら、指令室のカギをはずしドアを開くと、三人のアイロンという機械の重鎮が机の上の、これまた演説台のようなアイロン台の壇上に登ってお出迎えしてくれた。三機のアイロンと眼があう。体育会系の部室のにおいが鼻腔をおそい、思わず開けたドアをスッと閉めた。
入るとき見上げた部室の表札、アルティメットアイロニングを二度見した。
……なにやってたんだ、こいつら?
面白いものあるからきて見なよ。とゼンアクを呼んだらついてきた。アルティメットアイロニングっていう同好会知ってる? との疑問にいんやと答えが返ってきた。なんでも同好会というものにまで気を回していたのは入学当初の一週間ぐらいで、ましてや部活動に所属している今となってはクラムボン並の同好会に目を向けていなかったらしい。ゼンアクは大方、同好会の部屋をもらったという、おれの言葉で勧誘のことは察しついているんだろう。眠たげな眼をこすり中に入った、ゼンアクが戻ってきての第一声。
「馬鹿か!」
わからん、世の中がわからん、と完全に覚めたゼンアクの脳がつぶやいていた。
「まあ……世の中、不思議なことは、あるよな」と言ったおれに「それはない」とゼンアクが言い切った。
いや……と、含みを持たせた。
「あるにはあるが、すべて科学的だ」
「いやいや、あると思うよ未知のものとか世界は」
「ないね」
「ある!」
どこか楽しそうなゼンアクは、仮にーー指を一本立てた。
「あるとしてどう証明するんだ」
分が悪い。こっちの世界では、おれはひとりだ。
「……でも、おれは知ってるよ、ゼンアク」
ばつが悪そうにゼンアクは済まない、と詫びた。
「タツミが今まで何をみてきたかは俺にはわからない。でも、それも多分科学で説明できるんだ。……もっと発展すればいいのにな、そうすればもっとたくさんの人が救われる」
違うんだよゼンアク! 叫びたい気持ちを押しとどめた。……言ったところで昔の自分と勘違いされて終わり。なことは、今のオレだから、文字通り痛いほどわかる。
ーーだから沈黙した。
運動部の張りのある声だけが聞こえた。ゼンアクが部活に戻ることを頭のフィードフォーワード装置で予測したおれは、解答をそれこそ脳の最奥部から取り出していた。
「第三脳室」
「なに」驚いた顔をしたゼンアクが声のトーンを落とした。タジタジしたゼンアクがーぁんでぉまえがそーぇをとブツブツ口にしたのをたしかに聞いた。
「発禁物に興味あるのか……?」
「はあ?」おれのシコウがこまかくパネルシャッフル。
いやいやなんでもない、忘れてくれ。珍しくゼンアクがあわてている。
少し顔が赤い「いや……その、さ由美っととか好きか?」
なんだ隠れオタか? 唐突な話題の切り替えに気持ち悪くなりながらも合わせることにする。
「あ~由美っとちゃんになら支配されてもいいわ」とかよく教室で聞く。
「えーオレは断然裕美っとちゃんだけどなー」
そういえば、とふと思う。ラポール島に行ったあと、何故か聞きたくなくなっていた。
昔は嫌いだった気がする……それがどの店に入っても無理矢理有線で聞かされたりして腹立ってたりするけど、家族がいるから仕方なしにゲスト出演するのをなにげなしに見る機会が増え、いつの間にか話題についていく為だけに聞き、少しいいかな? なんて思った自分に驚愕した。なんか馴らされた、よく調教された動物とどこが違うんだ? バカにするなって、思ったがその数時間後には出演する番組みてヘラヘラおれは笑っていた……。
「俺嫌いやし」
なんぢょそれ!
あーもういいわ。それで、同好会の会室もらったってことは、なんか作るんだろ?
ああ、それなんだけどと、活動内容と名称が書かれた紙を渡す。
「ゼンアクは……バスケ部だし忙しいだろうから、そこに名前だけ借りれないかなって」
あわてて補足する。
「もちろん、活動どうこういうつもりはないよ!」
「ただ……その……おれ、小説書いてるんだ。だから、できればゼンアクに読んでもらって……その感想とかもらえれば、とか思って」
(まあ、そのくらいなら手伝ってやるよ。タツミの為だもんな)幼なじみであることを利用しつつも、現実では仲間思いなゼンアクならこれぐらい言ってくれるだろうとオレは思っていた。
意外にも検索して丸写ししただけの活動内容を読み込んでブツブツ言っている。
「マスメディア……やらせ……捏造……由美っと」
ふーん興味なさそうにぞんざいに用紙を机に放り「ライトノベル、マンガ、映画ねえ、興味ないな」と否定しつつ、眼を細めて一文を正視する。
同好会いいぞ! 俺も参加する!!
「なな、なんだって」
気持ちてきには三回は振り返った気がする。
「まっ、メインはバスケ部の方だけど、どよ?」
何故かノリノリになったゼンアクと会話がはずむ。
シリアスに印象づけようとした作戦がパアだ。




