証-2(旧題:心アクロバット)
その日の朝、登校したら正門の表札にもたれ掛かるようにゼンアクが立っていた。
「おはよう」と横を通り抜けようとしたら「タツミ部活は決まったか? ここは全生徒どこかに入っておかないといけないぞ」と鉄面皮で言われた。
なにか問いたげな目をしたのがオレにはわかったが「待ってるやついるから」とゼンアクがいい、校門の前で登校してくる集団を前に昨晩を再現するかのように立ち尽くしていた。靴を履きかえ、教室に向かうまえに校舎の通用口からこっそり校門を覗きみるとゼンアクがこちらを観ていた。慌てて重心をうしろに移し、そのままの勢いで教室に駆けあがった。
昼休み。適当に作った男の弁当を開けているとゼンアクがひとつ前の空席をぶんどった。わりとアイドル視されそうな女子の席だぞ。勇気あるなあ。
「よっーーそういや以前夢の話したよな。オレも結構特殊な夢見る性質でさ、タツミもなんかそれっぽいこと言ってたよな」
そうだねー。と歯切れの悪い返答をする。
「夢のなかで、意味の分からないことを言われる……だっけ? 似たような感じで夢の中で知り合いに会うなんてことあると思うか?」
吹き出すように笑った。さも当たり前のことのように。
「普通すぎるよゼンアク。知らない誰かよりもあることじゃないかな?」
そうか……そうだよな、とつまづくような足取りで自分の席にゼンアクは戻っていった。
放課後になりハツミが耳にウォークマンをはめて足早く教室をでていく。その様子をみていたら隣にゼンアクがいた。
「なあ、なんで放ってるんだ? 昔約束したよなずっと三人でいようって」
オイ。ゼンアクがあの村での話はするな、と諫めるように言い放つ。
「わかってるよ、でもまたこうして三人そろうなんて思いましたら」
胸ぐらをつかまれる。
「……まだかみさま気どりか? 目を覚ませよタツミ。そんなものはこの世のどこにもいないんだ。おまえは普通の、平凡な、ただの人間だ」
クラスの注目に気づきゼンアクが手を離す。
忘れるなよ……約束を。あれはあの時の約束だ。だから俺とハツミは家族ごとあそこを離れた。タツミの一家を残してな。だけど、俺はハツミを放っているつもりはないぞ。
「どうすればいいか……わからないだけだ」
寂しそうに笑ったゼンアクは「ハツミは俺が守る。だから手を出すな」と告げ部活に向かっていった。
校門をでるときに、夢の中で窮地だったのを思いだし、大して興味もない格闘技の本とか
を適当に選んで借りた。今枕元においているのがそれだ。
「大丈夫だよな」
トーキチやナリィーはすごい勢いで逃げてたし、経験豊富なセフレもまあ大丈夫だろう。
なにが役立つかわからないので、とりあえず強くなれそうな本を伽に選ぶ。
眠れないと思っていたが、気がつくと草原で地面とキスしていた。
当たり前のようにそこにいた世歩玲に頼む。どんな危険な裏路地でも大胆になれそうな格闘技の知識を定着させてくれと俺はいい、実行してもらったが、それをみた世歩玲は、
「あなたの連想なんか気持ち悪いわ」とだけ評した。
ヒョウヒョウと風にでも巻かれるかのように世歩玲がながして言う。
「気休めにしかならないわ、こうやって口に出せるぐらい確定的なことなの。善悪は自分以外の人間を拒絶している。そしてそれが力になる。目をつけられてあてられたら、おしまい。格闘技を究めたところで、全ての攻撃をよけきれる訳ではないわ。それが善悪様と凡人の差ーー」
「うるせえよ」
「達三?」
物問いたげな上目遣いが、癪にさわった。俺には強いたげられた決まりに恭順する盲目なあの村の大人と世歩玲が被ってみえた。
「やってみないとわからないだろ。なんでそう決めつけるんだ? ここに来たときに言っ
てたでしょ? 想像が世界を創るって、なにもやってないのに決めつけるなよ。何か手はあるはずなんだ、どんなことでも」
ここはーー夢の島なんだろう?
世歩玲はゆっくりと三秒かけて、まばたきした。
そうね。首を縦に動かした。
「行きましょうか」
作戦とかないのか?
「すぐ返り討ちになるんじゃん」と昨日の撤退寸前の幻灯絵が浮かぶ。
「逆ねーーあなた善悪と現実でよく話す?」
ああ、最近はよく話す。特に昨日夢のなかで眼が合ってからはなんか意識されているみたいだ。
「……だったら今しかないわ。達三が夢にでてくることに違和感を抱かせなくするには。夢に出たから意識する。意識するから夢になる。私たちを馴染ませましょう。その後はミコトがなんとかするわ。それでミコトの目的が達成したら、任務完了。……ごめんね。よくもわからないことに巻き込んじゃって。昨日のことがあるからこそ、今日は安全。大丈夫なはずだわ」
迷いを振り切るように世歩玲は断言した。
銀膜をくぐると黒のローブを着ていた。フードで顔を隠した。
傷ついた兵団が互いを庇いながら行軍する。
山肌から荒れた黄土が連続する。谷間か。振り返った先にも黄土色の断崖が立ちふさがっていたのをみて心で呟く。緑ひとつない川が優然と裾野を流れていた。
無言の行軍は続く。
先頭にみえる一騎。緑の外套が善悪だろう。主役のような立ち位置にかぶりをふった。
尾根を二人の騎士が駆け下ってくる。凸凹コンビのような尖兵のようだった。
「マイスナー、メルケル、やつは居たか」
「はっ、ーーーー様。この先の盆地に。動力炉は完全に破壊されておりました」
「わかった。小休止ののちメラノサイトに先行しろ」
「休憩だ」声とともに振り返る気配を、眼を隠したフード越しに感じた。
夜をまたがない宿営地を見渡す。兵士は皆どこかしら傷を負っており、片腕や、片足が見あたらないものは五体満足なものが不衛生に世話をしていた。泥や汚れすらついていない俺らは少し浮いており、それが俺の気持ちに不安をうわつかせていた。
行軍の再会のまえに善悪は斧の穂先で台地に線引きした。
善悪が音のない唄をうたう。なんだろう。ーー懐かしいが、哀しい。脳の奥に認識だけが感情のように伝わる。兵士たちの身体を支えていた剣が倒れ、槍がすべり、乾いた大地につぎつぎに金属音が鳴る。嗚咽を堪えきれず漏らすもの、耐まらず武器を手放し立ったまま涙を流すものがいた。戦士たちの抑えつけた感情がこぼれ、善悪の奏でる唄をひきたてる。
「故郷の、唄だ」善悪が慈しんだ眼で一人一人をみまわす。
「膝をついたものは要らん。家族のもとに帰るがいい。ここから先は、立っているものだけが行く」
そんなっ、とかーーーー様と言葉にならない涙声を出す一団を置いて善悪はひとり歩きだした。私は行きますっ、とマイスナー、メルケルと呼ばれていた二人がその後をあわてて追う。世歩玲はあとを追わず遠くまで臨めそうな高台の方にすでに足を向けていた。
崖の上から戦闘を見物する。メラノサイトの地は水で溢れていた。円柱状であっただろう動力炉は破壊され、その跡地に水が溜まり、段々畑のように溢れ。その水が下に流れでて川となっているようだった。谷の奥地から羽音がし、みると軍用のヘリコプターが蠍のように尾をかざし、うねらせ。蜂のようにその尾についた機銃で威嚇した。両鎌のようにみえるところには二門のガトリング砲がそれぞれギチギチと昆虫の節のような動きをして狙いを定めて、善悪のそばの動力炉の壁をまき散らしていた。
今日は静かね、っと気の抜けた表情で世歩玲が話しかけてきた。
「喋っても大丈夫なのか?」
「かなりの確率で安全よ」
俺の顔に疑問がかいてあったのかーー世歩玲が安堵のため息をつく。
「まあ、色々と判断できるんだけどね夢主が演じているだけなのか、醒めてんのか。分かりやすいのは、あなた夢で自分の名前呼ばれたことある? ああ、ここの人の名前は禁句ね、いっちゃダメ」
十年ぐらいの本当に観た夢を振り返って考える。記憶にない。
「自分の名前が呼ばれたことはない気がするな、呼ばれたりはしたことがあったような……」
そういうことよ。今日はモーお休み。そういって仰向けにゴロンとなって雲ひとつない空をみながら「曇りかあー」と寝言をいった。
意識ないんじゃあ、話し合うなんてホント夢のまた夢。いずれにしても毒にも薬にもならないわ。サソリの様な蜂の獰猛な無人戦闘ヘリと善悪が死闘を繰り広げているのを眺めていただけで今晩の夢探検は終了した。
故郷の唄か。
俺にはないな。
居場所がない。
心を誰にも許せない。
のんきに寝ている世歩玲をみながらここが繋がりのないーーラポール島でないことに感謝した。




