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決-4(旧題:この歌 天地の開け始まりける時よりいできにけり)

 どうやら以前に行ったガス溜まりのある縦に広い空洞のようなとこを目指すらしい。どこかと聞くと長引くのはイヤだからとしらばっくられた。不自然なほどセフレは明るく「すぐよすぐ!! 歩いて三十秒!!」とハキハキ言って先導するべく勇み足のまま躍り出ていった。

 そして、体感では三時間過ぎただろと思いつつ今もまだ山登り中なのであった。

 

 五、六、んー七八合目か?? 

 

 細めて見ても灰色の背景に灰色の山。境界がまどろむ。

 こんな過酷とはーーオレにすぐって言ったじゃん!

 

「すぐって言ったんだから、すぐにしてよ!!」


 ああおれのかすむ時制がミダれるぐらいイシキがもうろうとーー


「ちょっとちょっとハイキングまたやり直しなんてイヤだからね」


 ビシバシ叩かれる。はたかれる。ときおりチェーンソーの音がする。

 あの装備もメイドinオレなのかなーーとひとりごちる。

 っ最後のでっぱりの岩を横に避け、寄りかかるようにさらに上へと乗り上げる。たしかつ

ぎはとりーーとりの? 溝。とりとりとり、トリがいっぱいの溝。水どり、はねドリ、渡り鳥そんな鳥の楽園。断崖にたくさんの鳥の棲息(せいそく)域。願いを想像する。

「うおォー」と先ゆくナリィーが感嘆の声を上げ疑問が確信に変わる。

 きっとアマゾンだか利根(とね)川だか幅広い川とたっくさんのーー


 鳥がいた。


 光射す登頂で、記憶の片隅ともっていた本を符号させる。鳥距溝!! 

来ていた道を振り返る。そこは頭頂後頭溝という灰色の死の峡谷が広がっていた。前を見る。(あかるっ!!)

 明らかに光量から違う! 彩り豊かな光の線が照らすは色とりどりの鳥、南国の赤、青、黄色の鳥がいれば緑もいる。断崖絶壁にとまるのは装飾がない羊皮紙に鮮やかな水彩画を描くような勢いで真っ白な渡り鳥が羽を休めてる。水辺にはフラミンゴはいる鶴はいる。自分の頭のなかのとりが勢ぞろいしたかの、いやしたのだろう。うれしかったのは、そんな鳥たちのためなのか、上空から映したような長い川に沿うように樹木が栄えそろっていたことだ。これだけたくさんの鳥がいても賄いきれる量の果実の艶やかな色合いが層を成していた。


「さすがだわっ」


 オレの機転に感激しきったご様子でセフレが両手で大人のスタンディングダウンをとる。

 一方的にその腕のあいだに攻めいっていいのか? いやいやさすがに人目もあるし、と恥辱の幻想世界に浸っていると押し退けられた。うわ、てっ。


「さっすがナリィー。すっっごーくすごく可愛いわ」


 勢いよく体当たりをかましたナリィーの運動力学を遠心力にて受け流す。

 イイ子、イイ子ぉ~もぉ~大好きとむぎゅむぎゅスリスリされている。

 そういうことはさっきの野原でやれ、悔しげなオレが体内でうめく。こうして微笑んでいるセフレをみると姉妹に見えなくもない。

 抱きつきにいったのに、くすぐったいのかナリィーは離れたそうにもがき始めた。

 格好は違うが髪の色も近い。姉妹というより今は、生き血をすする女狐が金髪美幼女に

噛みついて咀嚼(そしゃく)してるようにしか見えない。

 何事か言いたくていえないもどかしさで覆われていたナリィーがぐったりとして「ブラン」と試合に負けたあきらめ顔で口にだす。

 何かを思い出した顔でセフレがこっちをみた。あんたまだいたの? というような顔に思えてしまう。さっきいたオレの脳にすむ曲芸師の解答のせいだ。


「もうっ登場人物。勝手に増やそうとしないでよ!」


 ここには言論はおろか思想の自由すらないのだろうか。増えるんだったら。という妄想の連想を「いくわよっ」とセフレがおれの背中を押して、断ち切るように頓挫(とんざ)させた。


「できれば下山は手短にね」

「いわれなくてもやってやっらあ」と江戸前口調で啖呵(たんか)切った。

「さっきもできたことだし、できるんじゃん」


 自信を強めるオレにセフレは「あらナリィーのファインプレイのおかげじゃない」と喧嘩腰である。声を荒げてなにか端を発っしようと思ったとき。


……ワタシのときは何も変化しなかったクセに。


 聞こえるか聞こえないかの量子レベルの本音がもれたーー。

 萎れたセフレがにままと目が笑う。


ーーように思えただけだった。

「萌えた? ねぇ。それとも燃えた?」


「騎士派か下僕派かーどっちかなぁ?」

 いい加減にしろよ、と頭いっぱいの怒りに短絡思考にさせた足を止めてセフレの方を向いた。

 オレより前を歩いていたはずの巫女様が後ろにいる。

 服の裾が引っ張られる「森」という言葉を聞いて、そういうことですかと納得するオレのあとを手慣れているなあと感心したオレが引継、そういうことならと燃えた俺が押し退けた。この時点で我を忘れたおれが振り向くまで俺の世界は確定していない。たしかに俺の背後にはさっきまであった世界が存在する。でもその先はどうだったか見ていない、覚えていない、考えていない。「森」に目的地に続く「入り口」を小脳の視覚野に描写した。


 俺のミラーニューロンが火を吹く。


「あら」と巫女様。

「やるわね」とどこかカタコトなセフレの言葉を横耳で情報を受容する。

 俺の記憶がたしかならばーー(眼が情報を脳に伝える。脳がそれに追随。裁決を下す。電子旗信号が狭き世界を飛びかう。電気の妖精が! 粘菌が! 迷路の答えを出すように確信した答えを岩肌の裂け目から飛び出すような声で叫んだ! 勝訴! 勝訴! )


側脳室後角(そくのうしつこうかく)」うまくいったことに自分で驚く。

「の入り口」と蛇足だそくを言って、先人たちを振り返る。

 

ぶほっ。


 陽動。黄色い線状の髪が視界の半分を斜線がけし、伏兵。鼻腔に扇情的な匂いが総攻撃。うしろに倒れそうになり半歩あとずさる。城壁にたどりついた二つの肉弾戦車がこれでもかと我が城壁をけずる。

 城はセフレの二つの腕で完全に包囲されていた。


「ほんとうに、あなたって最高。救世主かも」


 いや、もうすぐ陥落して殉死しそうです。

 そこで何が起こったかいまいち状況をつかめていないご様子の巫女様が上衣をはだけ……はだけって、


「ええーっ??」俺とセフレの声がハモる。


 ふだんやる気のない猫がときおり見せる本気の飛びかかりっぷりでナリィーがたわわんと揺れる二つの神玉の肝心なところをブロぉぉぉっっク!

 そのまま向こうの草陰に倒れ込む。こちらもどっちつかずのセフレのステップでバランスを崩し転倒。あたりは静寂に包まれた。

 ダンッ、ガサ。ダンッ、ゴソと茂みを何かが進み来る音がする。

 イヨっと、兎跳びであらわれた藤吉郎。おっさん手前にみえる小男が、その怪しげな所作で叫ぶ。


「こンの、痴れものラがあああああっっ!!」


 基本的に谷底なのでその魂の揺さぶりは絶大に反響し、しばらく……耳に残るぐらい轟きわたった。作動記憶よ、たのむから仕事をするな。

 巫女様が怒られているのをはじめてみた。いや、神様が怒られているのをはじめてみた。

「アホっ、バカッ、ジャンキィーイッ。あたま悪いんじゃないの! どうしてそこで脱ぐのよ! 神さまだろうが、史実だろうがっ、脱ぐんじゃねえ!! ここぞというときに脱ぐから価値があるのよ、それをぽろぽろポロポロ。いい? そんな簡単に脱いだら男の思いでにすら! なれないわよっ。だいたいあんた昔、なんで脱いだのよっ! ……どうせ覚えてないんでしょ! ったくこれだから神は。あんたらみたいにね、気の向くまま本能のまま生きれたらそりゃあ楽しゅうござんしょうね! だッチクショウ! それでいて黒髪? 清楚の象徴? バカにすんじゃねえ! 昔っから男受けを狙って黒髪の方がビッチだし、性格もエグかったりするのよ! ワタシだってねえワタシだって……」

 途中からどっちかっていうと怒っているというか、自分の過去に思いを寄せて愚痴って

ただけと思う。しかし巫女さまは少し抜けてるらしく、怒られていると思ってムスっと

「獣色髪」と悪口を言った。

 俺は驚いた。

 セフレも驚いた。

 と思っていたのは勘違いで言葉責めをやめただけだった。

 巫女さまの扇子を取り上げると巫女さまの頭をコンコンコンコンやり始めた。「かえっ……かえしてっ~~」と見ため年相応の物言いで両の手を右に左に動かしているのを見て、馬鹿にされたというか化かされたような気持ちだった。


「いつもああなのか?」


 袖幕(そでまく)の奥に入ってしまった子供のような心境だった。なんとかして右足と左足が連動するのをやめさせようとストレッチ中の元ウサギに尋ねた。


「わっしが言うことではなきことかと」


 無関心、というよりもどっか森を探索中の姫さまの安否が気になって仕方ないのがセフレのように繋がってなくてもわかる。そわそわし過ぎだ。焦っているのか? と思えるように少し汗ばんでいる。


「一番おとななのはナリィーなのかもな」


というと、耳がぴくっと反応した。高感覚アンテナをそろえてどことなく誇らしげにトーキチは頷いた。どこかの前世で仕えていたのかもしれないな、と今の日本にはない体制に思いを()せた。

「ぶろーかぃや。お忘れにゃきよう」

ぞんざいに扱われたナ行の締まらない科白で忠義者はびっこを引きながら貴人を追いにいった。笑いながら従者のしごと始めを見送る。

 ん? ブローカヤに心当たりはないがブローカには覚えがあった。あれはなんだったか。


「タツミ、いくわよ」と呼ばれ、「おう」と返した先では巫女さまが身を丸めて扇を抱え込んでいた。っゑっゑっっえと酷くなったらえずいているかのように見えるお声でさめざめしなさっていた。

 茂みからナリィーが片足を怪我したような犬馬の手綱を引っ張って帰ってきた。旅程の再会の合図である。

 岩の割れ目のような穴に片足だけ入れたとき邪魔な片手の本に気づき、奥にとんとん進

むセフレをあわてて呼び止めた。


「もうどこに向かうのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

「んーでもすぐよ、すぐ。本当の意味で。だって脳室って歩いてきたとこに比べてちっちゃいでしょ」


 答えをわかっているのか、さっきの怒りが残っていたのか、巫女さまを見ずに、今まで

のもったいつけがなんだったのかと思えるほどあっさりと「第三脳室よ」とすらりといっ

てのけた。


「でもまあ。見るかんじ、役立たずね」

 そういって肩すくめるセフレの言い分はわかる。図書館でかりた本はあくまでとっつきやすい本であって、詳しい図解のものではないのだ。

「そっか呼びとめて、すまなかった」


 いいのよ、と手を振り。軽くみえる足取りで洞窟を先導しにいった。これも振りなのかもしれないと頭によぎった。頼もしく、少し寂しく思いながらオレは入った暗がりのなかを歩きだした。

 程なく開けたところにでた。これが側脳室かと思うと。


「側脳室後角ねっ、と」


 上を見ていたセフレがこっちのほうに顔を戻した。


「どっちでもいいわ」


 珍しくしんそこどうでもよさそうに言葉をあつかうセフレに本当にもうすぐ目的地なんだなと実感が沸いた。

 壁に張り付いた植物をぺたぺた触っている。

 オレもひとつ適当に引っ張ってみた。結構しっかりしている。

 壁に背を預け、上のほう仰ぎみた。案の定くらい。自分のことばになんか引っかかりを感じる。瞬き。少し天井が見えた気がした。が、依然として暗闇の柱状の空間だった。


「登るしかないわね」


 トーキチ捕獲に行ってくるわとセフレは暗がりに消えた。

 巫女さまとふたりきりになった。沈黙が重い。

 ナリィーはというとこのホールのような空間に来る途中に緑の草木が生い茂る扇状の樹木の森が整然とならんでいたところがあった。自然を愛する少女なのかナリィーは突撃していき、どこから現れたのか「ゆけットーキチ」の声とともに二足歩行に進化したての動物が向かっていった。多分トーキチさんだろう。というかセフレ言わなくても行くってトーキチさんは。

静謐(せいひつ)な部屋のなかで、何事か話をと半開きに口をあけたとき、巫女さまが(のたま)う。


「あなたさまは何もお尋ねにならないのですね」


 不思議に満たされ言葉が反応する。


「それが役割でしょう。セフレが何かを発するたび並々ならない注意と、考えを徹しているのに気づかないわけがない。セフレは……反らさない眼が本気です」

「信心なさると」

「熱心な信徒にはなれませんが」


 それはなぜ? 決してせめるつもりではない。巫女さま物言いは聞くものの心を穏やかにさせる。


「面白くないから……ですかね。盲目的な修験(しゅげん)はただ生き、ただ朽ちる。愚かとはもうしませんが。生きる甲斐を何事かに委ねたくありません。委ねるときは、自分で決めたい」

「愚か者」

「はい」


 そうです、普通ですものと答えたオレは何故か澄み切っていて。

 ことばの意味とは裏腹に巫女さまの神気の衣は喜んでいたように思えた。巫女さまは手持ちぶさたで、あとひとときを扇と戯れることに決めたようだ。

 セフィー、セフィー、と巫女さまがセフィーを近づける。


「なによミコト」と引率帰りの保母さんが息切ってきた。


 抑揚のない声であった。しかし天地をも揺動する強靱(きょうじん)たる御言(みこと)だった。


「こやつ神をも殺せるやもしらん」


 クツクツとした含み笑いにゾクッと背筋がはしった。

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