決-3(旧題:この歌 天地の開け始まりける時よりいできにけり)
「まぶしっ」
出たはいいものの目が慣れず。暗い温もりある洞窟に目のやりどころを向ける。
ナリィーはきゃっきゃ言いながら両腕の黒い袖を交互にバタバタさせているし、セフレは事後みたいにくすんでーー思考を読まれ睨まれた。慌てて巫女様をみると扇で日除けにしている。ホント絵になるよなーー。
「悪かったわね、絵にならなくって」
ちなみにトーキチはセフレの人数が多いと暑い!! の物言いにより、例によってナリィーの本名が叫ばれ、お呼ばれした地獄の釜の蓋が開き、洞窟でも異色際だつ黒さの水たまりにはまり込んで消えていた。
「気持ち悪うて悪うてもう」とぼやきながら底なし沼を寂しげに消えていった。虫歯を治しにいく患者のようにトーキチは受け入れているが、あまり俺は体感したいとは思わない。けど未知な入り口には惹かれるもんだ、俺も飛び込んだらどうなんの? と興味本位でセフレに聞いた。
「頭頂、感覚野付近の異常信号によるドッペルゲンガーとして不確定な存在として存在できる二重人格かな? 今寝ているアナタに転生したあんたが割り込むんでしょ? 飛び入り参加の人格が成長する余地があるかで違ってくると思うわ。すでに記憶領域は成人に近いわけだから、どっかしらが押し込められるかして、余白が多ければ立派に二重人格として居候が増えるでしょうけど、少なかったら統合失調症かな? あ、記憶領域のリセットがかかるから、あれかしら? ヒラサワタツミという誰かの記憶を引き継いだ0歳児。肉体は大きいけどね。宗教では疑似てきに転生体験もやってるとこあるみたいだし一回やっ
とく? 生まれ変わるわよ」
「おことわりします」
40HZで否定の思念波を飛ばす。
「え~いいじゃない若返り! 心はこども、頭脳はおとな! いいじゃない! なんか映画が出来そうよ」
なにひとつ魅力的なとこがねえよ!
え~、と見る男の姿勢を固定できそうな細身の肩をふるわせる。
思わず年齢を問いただしたくなる身振りだ。これでン万歳と言われたらどう反応していいか困る。
ブービートラップのピアノ線に引っかかった心境で衝撃を与えないようにセフレの方を見ると「そうよね。神秘体験は間に合ってるわね」とこちらを見ずにトプンと闇に呑まれたトーキチに手をふりふりしていた。
日差しの洗礼もやわらぎ。暑苦しい空気もおわり。
洞窟を登り出た先は見渡す限りの緑草の大海原。ベタ塗りの大洋ではなく、ところどころ息つくところで、崖のふちが波間の明暗をきっちりわけている。それは本当に静止させた海だった。風ふき命が込められると動き出す。ここでは膝丈の草花でしかないものである、遠くでの風紋がおりなす草花は波を思い出させ、上空へと舞い上がる花弁や綿毛などは、それこそしぶきのように揺れている。
視野に波路を行くナリィーが見えた。
「あんなに可愛いのになぁ」
「んっんー? どうしたロリコン? 二百歳オーバーの幼女はお気に召しませんかぁ?」
肩肘でグリグリやってくる。内心の複雑な心境が筒抜けなのが正直くやしいっ。
「あの子もそろそろ逝かなくちゃいけないんだけどね。怖がってるのよ。あちらの世界に繋がりやすいのもその為なのかもね。呼ばれているのかもしれないわ。今のところは代役いるから助かってるんだけど、今回遅いわねトーキチのやつ」
長生きしやがって、とあぶくのような小言をいっている。
巫女様はというと、不思議の国にご招待されたお客を落ち着かせるテーブルそばに新たに建立されてた神社でくつろいでいた。突っ込まないぞ。
「ここは杉の木だったんですが」とつぶやいているのは真っ赤な鳥居を抜けて直ぐのところにある木である。そこには眷族である椿の木が植えられていた。
「戻って来れぬのですか……」幹に手を添え対話のように呟いている。
やはり長いつき合いでもあったんだろうから、辛いものだろう。そこは二人だけの空間があり、踏みいってはいけないような気がした。
そしてもう一つ新たな異物が一つ。巫女様が立ち尽くしている赤い灯籠に囲まれた神社の陰に目立たぬようにひっそりと岩山がたっていた。アリババさんのために適当に平たい石おいて塞ぎましたと主張せんばかりの扉があった。
大型トラックは通り抜けられないだろうが、おそらくどこかで見た中型ならいけるだろう。扉と言ったが取ってがついているわけではなく、引くところもなければレールが敷かれているわけでもない。だったら何故とびらだと断定できるのか? と言えば答えは脇に挟んでいる。少し汗ばんだ民族学の表紙に申し訳なくなりながらも、索引がきちんと活字であることに安心し、目的のページを開いた。
「あれ? 天の岩屋戸? あら迫力ないわね」
「これ枕元においてたんだけど」本を逆手にとり、見せる。
「へ~さすが不思議なこともあるのね」
ミコト! ミコトぉ~!と大振りで呼びよせる。本殿に行こうと羽毛のように座り、スッと両揃いの草鞋の向きを変えていた巫女様がハタと気づき、嫌がる素振りも見せず、おっとりと踵をご自身に向けた。
「さて、これはワタシも遭遇しないケースだわ。夢のなかでも自意識がある明晰夢に問題集持ち込んで暗記してたってのは歴史分、数だけはあるのよ。でもその時その時代だとあまり被験者もいなくて、研究進んでないのよねえ。助かるわ。秘められた欲望を隠したいのは男も女でもかわらないのよ」
扇を優雅に仰ぐようにやってきた巫女様は考え込んだ後にはて、ととぼけた。気品ある小振りな口許を扇の先端でふさぐ。
「わかったわよ、わたしが言うわ。ミコトは拠り所にでも行ってなさい。休憩したらまた進むわよ」
昼ご飯休憩でそわそわ動き始める園児のように巫女様はするする視界から小さくなっていった。
で、これどういうことだと考えてんの? 少しなぜか語気が強いと思わせるセフレの目つきに、急に問題を指定された学生のような要領をえないチグハグな回答をした。
「持ってきましたら……よくありませんでした?」
違うわよ! 絹のような流線状の黄金の髪がツッコミの浮力で持ち上がる。
あー、んー、えー。と絞れそうにばらける頭を黄色の声でしぼって。
ミコトってば面倒くさがりなんだからと前置きし質問をかえる。
「どうしっ、て、タツミはここに本があると思ってる?」
なんでったってなあ、と俺は昨日借りてきた本をひっくり返す。寝る前に読んでたし、その影響で持ってきたといっても、まあ違和感は地面にこびりついている。こんなはっきりとした本の細部までオレは覚えているだろうか? さっきセフレが言ったように明晰夢だとしてこれといって持ち込みたいってほど強い思い入れはないしなあ。しいて言えば寝る前に本を読むと記憶にいいって話をどっかしら知っていて、自然と寝床に持ち込んでたことか。
「俺も明晰夢みれるようになったってことか」
なんか漫画やアニメの能力者になったみたいで嬉しい。
「バカ。明晰夢っ見れるのは選ばれた人間だけだっつーー」
んづっとセフレは喉元の筋肉を動かした。
気まずい……深く考えないようにしてとりあえず口に出す。
「じゃあなんだったっていうんですか」
肉食動物が元気アピールする肉塊を見定めるように歯がみしつつ。事後の痙攣する小動物のようにプルプルしながら時刻を指すような動きを見せた。
左の手のひらを見、甲に引っ付く手鏡をみる。納得と書かれた顔がのぞきこむ。
「ああ、鏡ね。護身鏡とか言ってたっけ?」
言えばよかったんじゃないか、とあっけらかんというオレに、セフレは肩からダンベルの鎖をはずした憔悴しきった様子で。
「よくないのよ。すっごくすっごく良くないの。言葉には力がある。口からでた一綴りで、有限になっちゃうの。数あるあなたの未来を制限しちゃうことになりかねないの。ファースト・コンタクトでは一度は誘導することが決まってたからしかたなかったわ。私たちの存在もかかってるしね。でもね無意識であなたの思考を誘導するほど私たちは落ちぶれていない」
ジェスチャーはセーフよね、たぶん。とエピソード記憶を肯定すると。わざとらしく動作主を強調するようにこう続けた。
「タツミ、は、枕もとにおいた鏡の影響で借りてきた本をラポール島に持ってこれた! そうよね」
両手をパンと打ち合わせる。記憶術か?
「それで、その持ってこれた知識がタツミのものになって、そしてラポール島に影響をあたえた、わ!」
それは誘導じゃないのか? と疑問に思うと肉声になって返却された。
「ならタツミも考えなさい!!」
いらぬ尾を踏んだ。
「まっ、どのみちこれはセフレの力じゃなくて鏡の力なんだな」
促されているのだろうか? セフレはハイエナに餌を取られたライオン並に静かである。
少しこわい。続けて、と言われた。
「で……、持ってこれた知識が影響を与えた。知識っておそらく全部ではないよな」民族学の手垢のない紙片をめくりながら考える。
うん、昨晩読んだところを確認する。
「読んでないところはもちろんこの世界に影響ないし、今少し読んでもなにも変化はない。読んで覚えていて、そして印象に残ったところだけが実際にこの世界にあらわれている」
昨日図書館で調べたのはアマノウズメノミコトとニューロンという神経学用語がでてきそうな図解つきの本だ。だから天鈿女命に関係するらしきものが出現し、ラポール島は少し詳細さと広大な領地を手に入れたというところか。
「そう、意識は力よ! 言ったでしょ!」
フフンと済ましていた様子には、もうしわけないが言ってない気がした、黙っていても伝わるのがつらい。
力はともかくとして「本をセフレの力で記憶したらどうなるんだ?」なにも考えずに発した言葉であったが心底嫌そうな顔したセフレがオレの正気を疑ってきた。あんたマジ? と眼が言っている。
パンっ柏手ひとつ。
想像してみて。その本全てが具現化した世界よ。
民族学の本をみる。八百万の神だな。日本神話だもの。
「たくさん神様でてくるな」
「ええ」
ミコトを目で追う。
「自由人が八百万ほど」
「しかも天地創造できそうなぐらいの力がある」
「ええ、模造品でもここなら力あるでしょうね」
ミコトの鼻歌がひびいてくる。
「奔放に暴れるでしょうね」
「百鬼夜行が可愛くおもえるな」
「やめましょう」
「やめましょうね」
頷きあって、次なる新世界にオレは眼を輝かした。
もう一冊は脳神経学の本である。
セフレは手に取り、しらみつぶしに探しあてた一文を我が物顔で読み上げた。
「脳のやわらかさは、絹ごし豆腐のそれに近い」
たんっ、と小気味良い音がセフレの足下が奏でる。
「あなたはリアル志向かしら?」
いえいえ滅相もない。グラフィックの不毛な底上げに魅力はありませぬ。想像の余地があるというのはなんと素晴らしいことか!
ははーと平伏し、諸手をあげて賛同しつつもそういえば似たようなやりとりをした気がする。
「でも。ん~試験勉強ならともかく、これから役に立つことなんてあるのか」
どこかぎこちなかったセフレが自然体で言葉に詰まった。
「ぶ…」
あわててクシュンとわざとらしい擬音語をとばした。
軽く流して考えてみる。
「武器ですか、役にたつ状況がすでに敵いる前提ですね。意識を荒らすんだから破壊活動には便利そうですけど。そうしたら魔法とかのほうがオレはいいなあ」
大体! と続ける。なんか能力を決めるフィクションの住人もこういうときが一番楽しいに違いない。
だったら残念な能力者は残念な頭なんだろうなと思考がそれる。本題にガチャコンと分岐路を戻す。
「武器、かりに剣だとして、ここに物体があってもどう扱うかってのは素人なんだろ? 知識が」
ここまで言って気づいた。出番がきたと言わんばかりの笑顔だ。
「逆か」
ひにっとセフレが笑う。
「逆よ」
待ってましたとセフレが牙を向く。
「ワタシの数ある能力のひとつ。……で、知識は体が動くというぐらいには仕上げられ
るわ」
途中つまったのは技名なかったからだろう? と内心ツッコミ。
「ふふん、伊達に鍛えてないわよ、そのーー」
「ーー秘所でござろう」
トーキチおかえり。と挨拶を交わし。つぎは長く語ろうと話し、アハハハ、さよならをした。
「時間かかってたけど今どのへん転生してるのかしら? 時間かかってるから、間違ってはないわね、系統樹」
「邪魔がはいったけど、まあ一線級にはすぐなるわよ」
「魔法は? 知識あればいけるじゃん!」
夢見るこどもを裏切る特撮ヒーローの仮面を脱いだような表情でセフレが「もってきたらできるわよ」と肯定した。
ナ行の変な声を出しつつ、ほほほ本当なんだな、と念を押す。
……あれ。魔法ってフィクションでいいんですよね? と控えめに聞いてみた。
「VFXでいいなら、だってあなた信じてないでしょ、魔法」
ガタンと椅子が心境を代弁してくれた。気が利く愛着のわいた木製家具にしだれかかるオレを励ますように早口になって声をかけてくれる。
「近いことはいくらでもできるから、きちんと知識だってれば、それに思いこめばひょっ
とすると」
ね? えっと。あっ。あ、そうだ! なにか思いついたかのように席をたち草原を見渡
す。木陰でなにかを見つけて、走れメロスがテープカット寸前の小走りで戻ってきた。
はい、と手渡された小枝の棒っきれをもつ。
魔法の日本語ぉ、あるでしょ? 火をつけるときなんていう? コレなーんだ、と子供を諭すような優しさで呪文のヒントをくれる。
いい夢から目覚めたような顔だったであろうオレの顔をみかねたのか、肩に寄りかかり
チャッカとつぶやいて、そそくさと立ち去ろうとした。あ、そうそう。戻ってきた。
わかってるでしょ、というような音階でヒトを持ち込むのだけはやめてね。ややこしい
から、とかれいに振り返り、目も醒めるような残り香をテーブルに置き忘れて「ミコトよびにいってくるわ」と足早に歩いていった。
「着火」
大した夢の国だとオレはため息で火を消した。
嘘っぽいチリひとつもない澄みきった青空にたちのぼり消えゆく煙は、なんの臭いもしなかった。
トーキチ除く全員と合流したあとで、せっかくだからということでこの場所の知識を定着させようということになった。さっきの話によれば知識をエピソード記憶という長期保存可能なところに固定化させることで、ここに戻って気やすくなるらしい。まあ何でもエピソード記憶というよりも作動記憶という方がセフレがいうにはメジャーらしい。「勝手に線引いて区分けしてないなんて私たち進んでるでしょ」とセフレはただでさえ整った鼻にシリコンでも詰めそうな勢いだった。モデルでは螺旋状に記憶が定着していくのを示しているらしい。分不相応に頭を酷使した夜半におきる旋回音かと脳内けんさくに成功した。
ものは試しに左手の甲を右手で押さえ水銀状の鏡を意識したら、水滴が波紋をたてる音とともに銀の水たまりを形づくる。暗がりのステージのようなラポール島がみえた。便利アイテムとしてすっかりオレは納得してしまっているが、ゴシンキョウはどういうものなんだ? という疑問が鎌首もたげるが、その都度オレは刈り取った。護身鏡は護身鏡だという意識がこれを特殊なものにしている確信めいたものが俺にはあった。
場所を繋げれることを体感し、知識欲が別の形でモグラ叩きのようにヒョコヒョコでてきた。脳内マップをつけることは無駄になることもないだろう。本にしおりを挟むみたいなものだ。セフレも記憶の定着には繰り返し覚えるのが一番いい、と同意した。この世界がややこしい方向にむかうよりは現状を維持しようとのことだろう。好き勝手いってたわりには石橋叩くなあとぼやくと「橋」とナリィーが地面を指し、用がすんだかのようにそこらへんの草花をつみ取りにいった。ブチブチと音が聞こえるたびに俺の脳だよな……いや俺の脳ではない! と、どのくらいあるのかはわからない脳細胞の心配をしたり、心配し過ぎないほうがいいのかと心配したりした。そよ風が気持ちいいピクニックのようで、ちょいと背伸びしたような丘で眼下をみおろす。
「まずここがウェルニッケ野。最初にあなたを運んできたときはそんなに距離は離れていなかったのよ。そこの洞窟みたいな溝は断崖みたいだったけどね。そしてさっきの洞窟風なところがシルヴィウス裂溝。向こうに見えるのがローランド溝ね。まあ用がないからあっちに行くことはないでしょうけど。オレはローランド溝をみた。遠い。思わず腕を伸ばして距離を測りたくなる距離だ。測んないで! 確定しちゃう! と泣きごとをこぼしたセフレがいた。扇をなにかの剣術のように構えた巫女様もいた。
「あまりーーよく見たらいけないものですね」
冷静になるとでる標準語で話す。訳もなくむずかゆい顔をひと掻きし目線をおろし、振り返る。はいずり回っていた、かゆみ虫がいなくなった。やはりオレはあまり深く考えない方がいいのかもしれない。
「次はウェルニッケ野で目覚めてね!」
パブロフの犬のように条件づけされる。
「次はウェルニッケ野で目覚めてね!」
「次はウェルニッケ野で目覚めてね!」
もういいって。オレたちはお茶会場をあとにした。




