武と獣
「ほう……なんとも面白そうなやつがきたな」
咲耶の様子を遠くから窺っていたが、刀を持った初老のユーザーに助けられたようだ。咲耶と同じ制服……ということは、あのユーザーもアイギス所属だな。
「せっかくだ、少し遊ぶか」
俺が全力を出しても、壊れない相手であればいいのだが。
◆ ◆ ◆
「よう小娘。無事なようでなにより」
「レイン……今更来ても遅いわよ。フリークスはもう消滅したわ」
「みたいだな。ま、倒したのはお前じゃないようだが……そいつは?」
俺は刀を持ったユーザーを指さしながら、咲耶に尋ねる。
「私の元上官で、あなたとは比べものにならないほど立派な方よ」
「そうかい。――あんた、名前は?」
「……飛葉双厳」
まばたき一つせず、どこまでも落ち着いた様子で男が名乗る。数多くの戦場をくぐり抜けてきた者だけが稀に身につける静謐さを、存分に発揮しながら。
「双厳か……さっきの見ていたが、いい腕してるな、あんた」
「光栄だ」
感情をひた隠しにしながらも、双厳はじっくりと俺を威嚇する。
わかる……俺にはわかる。凪いだ心の奥底には、風化することのない闘志と渇望が渦巻いている。
――この男は、戦い、死ぬことだけを望んでいるのだろう。
「お前は、俺と一緒だ。渇いている」
ほんの僅かだが、相手の表情が動いた。一拍おいて、小さく息を吐く。
「……お主は、鼻がいいのだな」
「獣だからな」
仲のいい兄弟のように薄く笑い合う俺と双厳。これから起こることを互いに理解しているからこそ、俺たちは笑う。
これから訪れるのは、どんな娯楽も凌駕する至高の闘争。武の極致。本能の終着点だ。
ああ……世界はこんなにも、戦いで満ちている。
「ねぇ、レインさっきから――」
「小娘、後ろで大人しくしていろ。前に出ると死ぬぞ」
咲耶の言葉を遮り、刀を抜く。能力は――まだなしだな。
「そうか……よかろう。楽しませてくれ、人ならざる獣よ」
俺は動物のように体勢を低くし、刀を握っていない左手を地面に付ける。後肢に力を込め、地面をすり減らす勢いで強く蹴る。衝撃波によって砕けたショーウィンドウのガラスの破砕音が、開戦の合図となった。
双厳に肉薄し、勢いをそのままに斬りかかる。
「レイン!? 何して――」
背後から聞こえる咲耶の声は黙殺し、容赦なく刀を振り上げ――力任せに振り下ろす。技もなにもない。あるのはただ純粋な力の具現。
「――死ぬなよ! 人間!」
常人なら確実に死ぬであろう一撃を放ちながら、敵が倒れない未来を熱望する。
物腰の柔らかそうな初老の男は、俺の攻撃に呼応するように、自分の刀を小さく揺らす。
「っ!?」
双厳は刃を交えると同時に、俺の刃を左へそらす。俺は大きく体勢を崩しながらも、右脚を軸にし、左脚を使い反時計回りで回し蹴りを放つ。
相手は慌てることなく、刃をこちらに向け、刀をしっかりと固定する。だが俺は、動きを止めず、そのまま勢いよく蹴り抜いた。
俺の左脚はみごとに膝下から両断され、勢いよく飛んでいく。
「ほう、よく斬れる刀だ」
小さく笑いながら、すっぱりと切り落とされた脚を魔力によって瞬時に回復させる。
一度双厳と距離を取り、脚の調子を確かめる。――いつも通り問題はない。
「肉体の再生がお主の能力か?」
「そういうわけじゃない。俺の体はちょいと特殊なんだよ」
「それは奇遇だ。私の肉体も特殊でな」
双厳はそう言いながら、手にした刀で――自身の左手首を切り落とした。
手首からはおびただしい量の血が流れ出し、地面を真っ赤に染める。風に乗って、こちらまで血臭が届くほどだ。
「おいおい、正気かお前?」
「問題はない」
その言葉通り、双厳の左手はすぐさま骨が再生し、その周りを肉と皮が覆っていく。まるでトカゲの尻尾だ。
「肉体再生……それが、ユーザーとしてのお前の能力か」
「然り。何をやっても死ねぬのだ。首を刎ねようが、心臓を貫こうが、死ぬことができぬ。痛みら感じることがない」
「パッシブスキルか。珍しいな」
大抵のユーザーは、任意のタイミングで体内魔力を使用し、異能力を発現させるアクティブスキルを使う。俺や雪月、咲耶もそうだ。
しかし、ごく稀にだが、パッシブスキル――常に能力が発動しているユーザーも存在する。過去に存在していた例だと、肉体の硬質化や透明化などだ。
「肉体再生のパッシブスキル……要するに不死身か。さすがは隊長クラス」
どれだけ身体を壊そうと、死には至らない――つまり、いつまでも戦っていられるというわけだ。
「久しぶりに大当たりだな」
深呼吸をし、内に眠る獣性を沈める。これは、いい加減に戦っていい相手ではない。
右手の人差し指を鍔に軽く触れさせ、親指は鍔につけないように。左手は小指が柄の巻止めを握らないように、刀を柔らかく握る。
中段に刀身を上げ、剣先はやや右――相手の左目につける。右肩を僅かに前にし、半身の構え――新陰流でいう青岸に構える。
「先ほどはめちゃくちゃな動きだったが、お主も少しは剣術を嗜むのか?」
「肉体同様、流派も特殊なんだよ。色々な流派から、技や構えや身体操法を混ぜ込んだオリジナルだ」
剣術には様々な流派が存在する。有名なところでは、柳生宗厳の柳生新陰流。宮本武蔵の円明流。伊藤一刀斎によって創始された一刀流。薩摩藩を中心に伝わった示現流などだ。
俺はそれらの流派を取り込み、独自に作り出した魔狼流を扱う。理由としては、俺の『切断概念』によるところが大きい。
斬撃力を増すための『構え』や『身体操法』。相手が鎧で身を守っていることを想定している『技』……そのどれもが俺には不要だ。
軽くふれるだけで鋼鉄も鎧もたやすく斬り裂く《魔狼の凶牙》があるため、俺は攻撃を当てさえすればいいのだ。能力を使っている限り、かわされることはあっても、防御されることはないのだから。
そしてなにより、俺が相手をするのは鎧を装着した侍ではない。フリークスやユーザーだ。何百年も昔の剣術が、そのまま通用する相手ではない。
「能力をまるで使わずに、刀を振るうことはあまり想定していなくてな……あんたの相手が務まるか心配だが、よろしく頼む」
踵を上げないように、すり足で双厳との距離を詰める。小さく息を吐き、全身の力を抜く。
全ての流派に当てはまるわけではないが、剣術において重要なのは、腕の力を抜くということだ。刀を振るうのは腕の力ではなく、全身の力。足腰が進み、体重が移動する――そのときに生じる力を分散させることなく、淀みなく刀に伝えることが肝となる。刀の威力を上げるのは、腕力ではなく速度だ。
「……」
音にもならないような息を吐き、じりじりと距離を詰める。五感を研ぎ澄ませ、戦いの流れを感じ取る。
相手が何であろうが、得物が何であろうが、あらゆる戦闘には『機』というものがある。
先の先――奇襲を仕掛け、相手が自分に対して敵意を示さないうちに倒す。
先――相手が攻撃をしてくる前に、自分から先んじて攻撃を仕掛ける。
後の先――相手に攻撃をさせ、相手の攻撃を捌くと同時に反撃をする。
流派によって意味合いや言葉に違いはあるが、大まかにはこんなところだ。
俺が得意とするのは『先』。先んじて相手に向かって飛び込み、反撃させる暇を与えず切り捨てる……それが常套手段だ。しかし、今回の相手が易々とそれを受け入れてくれるか……やってみるしかない。
「……はぁ!」
右足で地を蹴り、一拍で双厳へと肉薄する。刀を大きくは振りかぶらず、最小限の動きで袈裟斬りを放つ。
並のユーザーでは、反応どころか目で追うことすら困難であろう一刀。双厳はそんな俺の太刀を――刀で絡め取り、そのままはじき飛ばした。
「なっ!?」
これには……さすがに驚いた。古流武術は直線攻撃を円運動で捌くという特色がある。代表的なのが柳生新陰流「廻し打ち」円明流「斬り上げ」などだ。
だがしかし……今の双厳の太刀筋はなんだ? まるで刃鉄が鞭のようにしなり、俺の刀へと巻き付き、そのまま上空へと吹き飛ばした。
この男は刀を手足のように――もしかすると、手足よりも精密に動かせるのかもしれない。
俺は少年のように心を躍らせつつ、徒手空拳のまま双厳に殴りかかる。だが当然、そんな攻撃が通じるはずもなく……突き出した右腕は切断され、胸を大きく斬り裂かれ、後ろに吹き飛ばされた。
「があぁ……ぁ」
逆流してきた血を口からあふれ出させながら、俺は笑った。
楽しい。こんなにも楽しい相手は初めてだ。まだこんな人材がこの世に居たとは……俺は世界で一番の幸せ者だ。
「はは、は……。最高だよ、お前」
腕と胸をすぐさま復元し、先ほど飛ばされ、地面に突き刺さっていた愛刀を引き抜く。
「光栄だ……しかし、こう見えても忙しい身でな。次で終わらせてもらうぞ」
双厳はそう言いつつ、左足を前にし、刀を右肩で担ぐように構える。視線はまるでぶれず、刀は一ミリたりともずれることがない。
全身から立ち上る闘気は、すでに物理的な圧を感じさせるほどに昇華している。いったい、どれほどの修練を積めば、この境地にたどり着けるのだろうか。
俺はこの男と刀を交えることができて、心底嬉しかった。
「長生きはしてみるもんだな。人間も、捨てたものじゃない」
双厳とは対照的に、俺は刀を下げて構える。刃は上に向け、下から斬り上げるような形だ。
周囲の空気が徐々に凍り付き、互いの殺意によってひび割れる。
「いつの時代も、獣を殺すのは人間の仕事だ」
「その通りだ。だから……俺を殺してくれ」
来るはずがないとわかっていながらも、それでも夢想する。双厳の一太刀が俺の命を刈り取り、永遠の暗闇を彷徨う未来を。
「俺は見てみたいんだよ。俺が死ぬその未来を!」
生と死は表裏一体である。生を感じられなければ死を感じられず、死を感じられなければ、生を感じられない。
「全力を出し切って、それでも歯が立たなくて、みっともなく泥水をすすり、恨み言を喚き散らしながら、俺のことを殺してくれる存在を――探しているんだよ」
神に届かんばかりの祈りを胸に、双厳との距離を詰める。俺は刀を下げたまま、力を抜く。
「……」
「……」
二人の間に、もう言葉はなかった。不要だった。
「――」
双厳は間合いの一歩手前で動きを止める。時間がとまったかのように、まばたき一つせず、完全に動きを停止させた。まるで心臓さえも動いていないのかと錯覚する。
双厳は完全に静止している。故に、呼吸が読めない。こんなにもやりにくい相手は初めてだ。
「……」
それから、どれだけの時間が流れたのか、正確にはわからない。一時間のような気もするし、一分だった気もする。もしかすると、ほんの数秒だったのかもしれない。じんわりと、汗が額をしめらせる。
完全に場が膠着した――わけではない。戦場は貪欲に生きている。戦いが終わるまで、止まることなどあり得ない。
だから俺は待つ。双厳が最高の一太刀を見せてくれる瞬間を。
「――――」
不意に、双厳が動いた。何かのタイミングがあったのか、それすらわからないが、動き出した。
右足を前に出して踏み込み、肩に担いだ刀を、右上から左下まで袈裟に斬り抜く。踏み込みと同時に曲げていた膝を伸ばし、身体も前に突き出す。半ば捨て身の一撃。かわされる、防がれるといったことは慮外なのだろう。そして実際に、この技を今まで凌いだ者が居たとは思えない。
普通の人間が目で追える速度ではない。風を感じられる速度でもない。殺気を知覚できる速度でもない。ユーザーだと言うことを加味しても、心底あり得ない速度だった。もはや音速を超えて光速に迫るかもしれない。
完璧だった。この世のあらゆる芸術品よりも美しかった。全ての挙措が、究極まで計算され尽くされているのがわかる。最小限の動きで最大限の力を発揮するという、古流武術の基礎を極限まで極めている。
相手はもはや、俺の姿を眼で捉えていないだろう。視界がまともに動作する速度ではない。恐らくは、脳裏に敵の姿をイメージとして焼き付けているはずだ。だというのに、ここまで寸分の狂いなく俺の身体を斬り裂こうとできる手腕は、人外という言葉ですらなお足りない。
刀を振り下ろす。言葉にすればただそれだけ。単純であり、だからこそ極めれば、比類無き技へと昇華する。
まさに武神。この男は、誰が見ても武を極めている。
双厳の刃圏に入り、生きて出るには、人をやめるしかない。
そして俺は、人ではない。
「舐めるなよ人間!」
俺は、歓喜と共に踏み出す。下段に構えた刀を、双厳に向かって跳ね上げる。
双厳は上段で構え、振り下ろす太刀。
俺は逆に、下段で構え、振り上げる太刀。
体格・筋力・刀の種類にもよるが、どちらが速いかは考えるまでもない。やつは重力に従っており、俺は重力に逆らっている。刀を握ったことのない人間だとしても、どちらが有利なのかはわかるだろう。
それに加え、相手は正真正銘の武神。武を極めた化け物だ。恐らく、この技で何百、何千という敵を斬り捨ててきたのだろう。そして、何万、何億という回数の素振りをしたことだろう。すでに人が出せる速度を超えている。
だがそれでも――俺は負けない。相手が光速で迫るのなら、それを超える神速で迎え撃つのみ。
速く、迅く、狼の遠吠えよりも、なお迅く。
一瞬を十に分断し、その十を百に分断する。そんな僅かな時間で――俺は牙を研ぐ。
本能のままに踏み込み、刀を振り上げる。手応えを感じる暇も、視界が光を捉える暇もなく、双厳の両腕は、刀を握ったまま切断された。




