飛葉双厳
「んで、そのあとは、雪月と二人で一年くらい行動していたんだよ。野宿みたいな生活だったが、雪月は文句言わなかったな」
寝る場所は廃墟か屋外だったし、食事も野草や動物の肉などで、まともな生活を送っていたとは言い難い。それでも逃げ出さなかった雪月は、本当にたくましい女だ。
「そのあと、アイギスに入ったの?」
「ああ。俺と雪月のうわさを聞きつけた時司が、勧誘にやってきたんだよ。当時はまだアイギスもできたばっかりで、戦力不足だったんだと」
自由気ままに二人で生活していたところ、フリークスやユーザーをひたすら殺していた俺たちのうわさが流れ、時司がやってきた。そのときの第一声が「二匹の悪魔が暴れているとの話だったけれど、もはや悪魔すら逃げ出しそうだね」だったな。
「一年も家なしの状態だったから、さすがに雪月が不憫になってきてな……住処を用意し、金を工面してくれるという時司の話に乗ったわけだ」
「ふーん……やっぱり、雪月さんには優しいのね、レイン」
「雪月は能力も有用だし、何より俺のことをよくわかっているからな。お前も、これまで以上に役立てば、優しくしてやるよ」
「別に、あなたに優しくされても嬉しくないわよ」
唇を尖らせながら、咲耶はサンドウィッチをもしゃもしゃ食べ出す。カロリーを気にしているのか、茶色いライ麦パンの質素なサンドウィッチだ。
「そうかい。可愛げのない女だ」
空になったコーヒーカップをソーサーに戻し、窓から空を仰ぎ見る。
人が獣に変わっても、少女が復讐鬼に変わっても、空だけは憎らしいほど変わりがなかった。
◆ ◆ ◆
休憩を終えた俺たちは、二人そろって喫茶店をあとにする。日差しはまだ高く、気温はしばらく落ちそうにない。
「? 何かしら?」
店を出たと同時に、数十人分の悲鳴が遠くから届いてきた。かなり逼迫しているような気配だ。
「向こうが騒がしいわね」
「ふむ……小さいがフリークスの気配がするな」
「本当に、ゆっくり買い物もできないわね……レイン、行くわよ」
愛用の自動拳銃があることを確かめてから、咲耶は人の波に逆らうように足を向ける。
「……悪いが断る」
だが当然、そんなものに付き合う義理はない。
「ちょっと、ふざけている場合じゃないわよ」
「ふざけているように見えるのか? ザコの相手をする気分じゃない。簡単に言うとノらないんだよ」
「ここは都市部で、人が大勢居るわ。小型とはいえ、見逃せない」
「小型なら、どうせ数時間もすれば自然消滅する」
「フリークスをこのまま放置すれば、どれだけの人間が死ぬと思ってるのよ!?」
アイギスの本部が近いし、すぐにユーザーが駆けつけてはくれるだろう。それでも、フリークスという脅威を前にした人間は、あまりにも弱い。アイギスのユーザーが来てくれるまでの短い時間でも、ここは確実に血の海に沈む。
「……咲耶、お前は何か勘違いをしていないか?」
「勘違い?」
「俺が善意で人助けをするような聖人だとでも思っているのか? 俺はただ、自分の気分で闘争を行う獣だ。善も悪もない獣だ。人助けをしたければ、自分でするんだな。小型のフリークスなら、お前でも相手ができるだろ」
「っ! わかったわよ! 最初からあなたを期待した私がバカだったわ!」
咲耶は俺をにらみつけ、悲鳴のした方へと走って行った。
「さて、どうなることやら」
あの小娘がどこまでやれるのか……見ておくのもいいだろう。
◆ ◆ ◆
逸る気持ちを抑えながら、私は走る。後ろからは大勢の悲鳴。前からはフリークス特有の威圧感。しぼみそうな心に鞭を打ち、地面を強く蹴る。
「やれるかしら……」
私の能力は戦闘向きではない。もし仮に、フリークスが銃弾よりも速く動くタイプだった場合、ほぼ勝ち目はないだろう。
「それでも、やるしかないわね」
様々なお店の建ち並ぶ表通りの真ん中に、大型犬ほどの大きさをしたフリークスが牙を剥いていた。茶色い毛で全身を覆っている、四足歩行タイプだ。キリンのように長い首が、針金でも入っているのかと疑いたくなるほど自在に動いている。
すでに街中で一通り暴れていたのか、周囲には荒らされた痕跡が痛々しく残っていた。血痕と死体も散見される。
「どうやら私は、のんびりできない星の下に生まれたらしいわね」
念のため携帯してきた自動拳銃をホルスターから引き抜く。小型のフリークス程度であれば、9ミリでも十分に通用する。もちろん、弾頭には退魔の術式が組み込まれている。
「戦闘は苦手だけど、頑張らないと」
心を闘志で固め、フリークスに銃口を向ける。引き金を引く寸前に――
「その必要はない、巣鴨咲耶隊員」
――懐かしい声によって、私の動きは停止させられた。
「飛葉……隊長?」
アイギスの制服を、きっちりと着込んだ初老の男性。優しさと厳しさが同居した顔つきが、頭一つ小さい私を見下ろす。
レインと出会う前に、私が所属していた六番隊の隊長――飛葉双厳隊長が、刀を携えて背後に佇んでいた。
◆ ◆ ◆
「まだ隊長と呼んでくれるのか。嬉しい限りだ。急に、時司殿専属の護衛役に任命されたもので、少し寂しかったのだよ」
「そ、そんなことより、飛葉隊長、どうしてここに!?」
急に現れた懐かしく頼もしい顔に、思考が追いつかない。
ただ一つわかることがあるとすれば――これ以上被害は拡大しないということだ。
「退屈な会議の帰りだ。フリークスの気配が発生したので来てみれば、見知った顔をみかけたもので、老婆心から声をかけた」
飛葉隊長は昔と変わらぬ、独特なペースで会話をする。そのことが、なぜだか無性に嬉しかった。
「貴官の能力は戦闘向きではない。下がっていた方が賢明だ。あとはこの老いぼれに任せなさい」
反論することもできずに、フリークスを刺激しないようゆっくりと後退する。あとのことは、飛葉隊長に任せていれば問題ない。
「さて」
飛葉隊長は腰の刀を素早く抜刀し、中段に構える。
フリークスも飛葉隊長に気づいたようで、牙を剥いて威嚇を始める。口の端からこぼれた唾液が、地面のアスファルトを溶かす。
「――」
足音も、呼吸音すらまるで発せず、飛葉隊長はフリークスへと踏み込む。何度も見てきた、流麗な所作。
『グゥガァァアアアアア』
恐怖に駆られたのか、それとも相手の力量を測る知能すらなかったのか、小型のフリークスは飛葉隊長目がけて飛びかかる。小型種らしい、素早い動きだ。だが当然、その牙が届くことはない。
「……たわいない」
二つの影が交差し、あとに残ったのは真っ二つに切り裂かれたフリークスだけだった。
飛葉双厳――アイギスが誇る最高の剣客であり、レインとは対をなす表の最終兵器である。




