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狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第三章 鬼に逢っては鬼を斬り
16/23

飛葉双厳

「んで、そのあとは、雪月と二人で一年くらい行動していたんだよ。野宿みたいな生活だったが、雪月は文句言わなかったな」

 寝る場所は廃墟か屋外だったし、食事も野草や動物の肉などで、まともな生活を送っていたとは言い難い。それでも逃げ出さなかった雪月は、本当にたくましい女だ。


「そのあと、アイギスに入ったの?」

「ああ。俺と雪月のうわさを聞きつけた時司が、勧誘にやってきたんだよ。当時はまだアイギスもできたばっかりで、戦力不足だったんだと」

 自由気ままに二人で生活していたところ、フリークスやユーザーをひたすら殺していた俺たちのうわさが流れ、時司がやってきた。そのときの第一声が「二匹の悪魔が暴れているとの話だったけれど、もはや悪魔すら逃げ出しそうだね」だったな。


「一年も家なしの状態だったから、さすがに雪月が不憫になってきてな……住処を用意し、金を工面してくれるという時司の話に乗ったわけだ」

「ふーん……やっぱり、雪月さんには優しいのね、レイン」

「雪月は能力も有用だし、何より俺のことをよくわかっているからな。お前も、これまで以上に役立てば、優しくしてやるよ」

「別に、あなたに優しくされても嬉しくないわよ」

 唇を尖らせながら、咲耶はサンドウィッチをもしゃもしゃ食べ出す。カロリーを気にしているのか、茶色いライ麦パンの質素なサンドウィッチだ。


「そうかい。可愛げのない女だ」

 空になったコーヒーカップをソーサーに戻し、窓から空を仰ぎ見る。

 人が獣に変わっても、少女が復讐鬼に変わっても、空だけは憎らしいほど変わりがなかった。


 ◆ ◆ ◆


 休憩を終えた俺たちは、二人そろって喫茶店をあとにする。日差しはまだ高く、気温はしばらく落ちそうにない。


「? 何かしら?」

 店を出たと同時に、数十人分の悲鳴が遠くから届いてきた。かなり(ひっ)(ぱく)しているような気配だ。


「向こうが騒がしいわね」

「ふむ……小さいがフリークスの気配がするな」

「本当に、ゆっくり買い物もできないわね……レイン、行くわよ」

 愛用の自動拳銃があることを確かめてから、咲耶は人の波に逆らうように足を向ける。


「……悪いが断る」

 だが当然、そんなものに付き合う義理はない。


「ちょっと、ふざけている場合じゃないわよ」

「ふざけているように見えるのか? ザコの相手をする気分じゃない。簡単に言うとノらないんだよ」

「ここは都市部で、人が大勢居るわ。小型とはいえ、見逃せない」

「小型なら、どうせ数時間もすれば自然消滅する」

「フリークスをこのまま放置すれば、どれだけの人間が死ぬと思ってるのよ!?」

 アイギスの本部が近いし、すぐにユーザーが駆けつけてはくれるだろう。それでも、フリークスという脅威を前にした人間は、あまりにも弱い。アイギスのユーザーが来てくれるまでの短い時間でも、ここは確実に血の海に沈む。


「……咲耶、お前は何か勘違いをしていないか?」

「勘違い?」

「俺が善意で人助けをするような聖人だとでも思っているのか? 俺はただ、自分の気分で闘争を行う獣だ。善も悪もない獣だ。人助けをしたければ、自分でするんだな。小型のフリークスなら、お前でも相手ができるだろ」

「っ! わかったわよ! 最初からあなたを期待した私がバカだったわ!」

 咲耶は俺をにらみつけ、悲鳴のした方へと走って行った。


「さて、どうなることやら」


 あの小娘がどこまでやれるのか……見ておくのもいいだろう。


 ◆ ◆ ◆


 逸る気持ちを抑えながら、私は走る。後ろからは大勢の悲鳴。前からはフリークス特有の威圧感。しぼみそうな心に鞭を打ち、地面を強く蹴る。


「やれるかしら……」

 私の能力は戦闘向きではない。もし仮に、フリークスが銃弾よりも速く動くタイプだった場合、ほぼ勝ち目はないだろう。

「それでも、やるしかないわね」

 様々なお店の建ち並ぶ表通りの真ん中に、大型犬ほどの大きさをしたフリークスが牙を剥いていた。茶色い毛で全身を覆っている、四足歩行タイプだ。キリンのように長い首が、針金でも入っているのかと疑いたくなるほど自在に動いている。

 すでに街中で一通り暴れていたのか、周囲には荒らされた痕跡が痛々しく残っていた。血痕と死体も散見される。


「どうやら私は、のんびりできない星の下に生まれたらしいわね」

 念のため携帯してきた自動拳銃をホルスターから引き抜く。小型のフリークス程度であれば、9ミリでも十分に通用する。もちろん、弾頭には退魔の術式が組み込まれている。

「戦闘は苦手だけど、頑張らないと」

 心を闘志で固め、フリークスに銃口を向ける。引き金を引く寸前に――


「その必要はない、巣鴨咲耶隊員」


 ――懐かしい声によって、私の動きは停止させられた。


()()……隊長?」

 アイギスの制服を、きっちりと着込んだ初老の男性。優しさと厳しさが同居した顔つきが、頭一つ小さい私を見下ろす。

 レインと出会う前に、私が所属していた六番隊の隊長――飛葉双厳(そうげん)隊長が、刀を携えて背後に佇んでいた。


 ◆ ◆ ◆


「まだ隊長と呼んでくれるのか。嬉しい限りだ。急に、時司殿専属の護衛役に任命されたもので、少し寂しかったのだよ」

「そ、そんなことより、飛葉隊長、どうしてここに!?」

 急に現れた懐かしく頼もしい顔に、思考が追いつかない。

 ただ一つわかることがあるとすれば――これ以上被害は拡大しないということだ。


「退屈な会議の帰りだ。フリークスの気配が発生したので来てみれば、見知った顔をみかけたもので、老婆心から声をかけた」

 飛葉隊長は昔と変わらぬ、独特なペースで会話をする。そのことが、なぜだか無性に嬉しかった。

「貴官の能力は戦闘向きではない。下がっていた方が賢明だ。あとはこの老いぼれに任せなさい」

 反論することもできずに、フリークスを刺激しないようゆっくりと後退する。あとのことは、飛葉隊長に任せていれば問題ない。


「さて」

 飛葉隊長は腰の刀を素早く抜刀し、中段に構える。

 フリークスも飛葉隊長に気づいたようで、牙を剥いて威嚇を始める。口の端からこぼれた唾液が、地面のアスファルトを溶かす。


「――」

 足音も、呼吸音すらまるで発せず、飛葉隊長はフリークスへと踏み込む。何度も見てきた、流麗な所作。


『グゥガァァアアアアア』

 恐怖に駆られたのか、それとも相手の力量を測る知能すらなかったのか、小型のフリークスは飛葉隊長目がけて飛びかかる。小型種らしい、素早い動きだ。だが当然、その牙が届くことはない。

「……たわいない」

 二つの影が交差し、あとに残ったのは真っ二つに切り裂かれたフリークスだけだった。


 飛葉双厳――アイギスが誇る最高の剣客であり、レインとは対をなす表の最終兵器である。

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