↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第三章 鬼に逢っては鬼を斬り
14/23

善悪

『腐滅しろ――《腐滅炎(ベリアル)》――』


 雪月がいつも通り死体を跡形もなく腐らせる。肉体も、魂も、神の欠片も、あとには何も残らない。これで俺の仕事は終わりだ。


「……終わった、レイン」

「了解。帰るか」

 敵は死んだ。もうここに用はない。


「……ねえレイン……例え相手が敵意を持っていたとしても、狂気に汚染されていても……子供を殺すことは正義なのかしら?」

 ユーザーの少年がこの世から消え去る瞬間を見ていた咲耶が、波音にかき消されそうな声でそう問いかける。


「…………」

 雪月には先に戻るよう合図をして、咲耶と向かい合う。


 ――こいつの考えは、限りなく危険だ。


「……俺は正義なんてもののために戦ったことはない。そもそも、戦いに善など存在しない」

「そんなことないわ。アイギスのみんなは、自分の信じる正義のために戦っている」

「そうしないと戦えないからだろう。自分の行いを正義だなんだと虚飾し、正当化しなければ、お前らは戦えないというだけの話だ」


 俺はこれまでに、数多くの闘争と虐殺を繰り返してきた。

 男を殺した。女を殺した。子供を殺した。老人を殺した。動物を殺した。植物を殺した。ユーザーを殺した。フリークスを殺した。神を殺した。

 逃げ惑う女を、笑いながら殴殺した。泣きわめく子供の首を、刀で切り落とした。衰弱した老人の心臓を、えぐり出して丸呑みにした。大型犬ほどのフリークスを、手足を折って握り潰した。


 数えるのが嫌になるほど、俺は戦い、命を奪ってきた。その全てに――一欠片も正義などなかった。


「なあ咲耶、お前らはよく『人を害する』ことを悪だと言う。『人を救う』ことを善だと言う。そして『人を害する人を害する』ことを善だという。なぜだ?」

「それは、結果的に誰かを救うことになるからよ」

「善良な一般市民を殺すことは悪行で、サイコパスな殺人鬼を殺すことは善行だと?」

「ええ。大勢の人が私と同じ意見だと思うわよ」

「確かに、誰かを害することで、誰かを救うことはできるだろう。殺人鬼を殺すことで、本来殺されるはずだった人は助かるだろう。……だが、その行いを善とは呼ばない。人を救うことが絶対に善であるという固定観念は捨てろ。相手がどれだけ悪人であろうが、自分がどれだけの免罪符を持っていようが、人を害した時点で正義なんてものは霧散する」


 人を助けることは簡単だ。だが、正義を貫くことはこんなにも難しい。


「俺は今、人を殺した。自分の意思で、だ。誰かに押しつけられたのでもない。誰かを守ろうという正義心からでもなく、憎しみという悪心からでもない。俺には善も悪もない。戦いに、闘争に、殺害に――善だの悪だの、余計な装飾を施すのはやめろ。そんなことをしなければ戦えない輩など、そもそも戦う資格がない」


 正義を掲げて戦わなければ、心が負けてしまう。

 悪を掲げて戦わなければ、心が押し潰されてしまう。


 ――そんなもの、弱者の理(ことわり)だ。


「忘れるな。戦いには、善も悪もありはしない。あってはならないんだよ」


 ◆ ◆ ◆


「咲耶、雪月、お前らは先に休んでいろ」

「……ん。レインは?」

「適当にフラフラしてる。雪月、何かあれば携帯端末に連絡を」

「……わかった」

 レインは本部に着いた途端、車を降りてどこかに行ってしまった。車内には、私と雪月さんだけが残される。


「本当に自由なんだから」

 重たい沈黙を恐れて、とにかく口を開く。自然と、レインへの愚痴がこぼれた。


「……レインは昔からこう。……巣鴨さんもそろそろ慣れたんじゃない?」

「え? まあ……そうね」

 雪月さんから話しかけられたのって、これが初ね。

 今はレインも居ないし、少しくらい話をしてみても……悪いことにはならないだろう。


「あの、雪月さん、少しいいかしら」

「……ん。いいよ。なに?」

「レインについてなんだけど……付き合い長いのよね?」

「……十年以上の付き合い。長さでいえばわたしが一番長い。二番目は時司レイ」

 十年以上もあの狂犬と付き合える、雪月さんの精神力はすさまじいと感服するほかない。


「なぜあなたは、そんなにもレインに付き従うの? もしかして、弱みでも握られてる?」

「……そんなことない。部下をしているのは自分の意思」

「よく付き合っていられるわね。疲れない?」

「……平気。わたしはレインのことが好きだから」

「――はぇ?」


 私は今、今年一番の間抜けな声をあげただろう。


「好きって……レインが?」

「……うん」

「それはライク的な意味? それともラブ?」

「……どっちも」

「どっちも……ですか。そうですか」

 あの男に、好きになれる要素が一つでもあるかしら。表情一つ変えずに人を殺す男なのに。


「……わたしは昔、悪い人にさらわれそうになった。そのとき、レインが助けてくれた。……あのとき助けられなかったら、たぶんわたしはもう死んでる」

 レインが、誰かを助けた――というのが、どうにも信じられない。


「……きっと気まぐれだったんだと思う。それでもいいの」

「命を助けられたから、命をかけてレインに尽くすの?」

「……助けられたことはあくまでもきっかけ。レインも、嫌になったら抜けていいと言ってくれた。もう十分に働いたからって。……それでも、わたしはレインのそばに居たい。例え彼が人殺しでも、例え彼が獣でも、例え彼が人間じゃなかったとしても。……わたしが離れたら、誰がレインを支えてあげるの?」

「支える? レインを支える必要なんてあるの?」


 ――あの男は、世界で一番強いのに。


「……ある。だって、レインは世界で一番弱いから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。