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狼の月に雨は降る  作者: 黒河純
第三章 鬼に逢っては鬼を斬り
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魔装攻殻

「今回はこの港?」


 森で隻腕のユーザーを始末してから二週間後。俺と雪月と咲耶は、次なる標的のため、今はもう使われていない小さな港まで足を運んだ。


 時司曰く、今回の敵は数日前にユーザーになったばかりで、状態がかなり不安定なんだそうだ。いつ暴走してもおかしくはないので、様子を確認してこい――というのが今回の依頼内容である。


「森の次は海……次回は砂漠かしらね」

「無駄口だけは達者だな。――雪月、お前はいつも通り頼む」

「……ん。レインも気をつけて」


 俺と咲耶だけ車を降り、雪月は少し離れた場所で待機させる。邪魔者が入って来ないように見張るのも、雪月の仕事だ。


「雪月さんはいつも待機なの? 彼女もAランクなんでしょ?」

「もちろんあいつも戦うことはできる。確実にお前よりは強い」

「悪かったわね、Cランクで。――雪月さんの手を借りなくてもいいの?」

「俺一人で十分だからな。もし雪月の能力が必要になったら、呼びつけるだけだ」

「有機物を瞬時に腐らせる……あなたなんかの部下をさせておくには、惜しい能力ね」

「他の部隊に居た方が有用だと? バカを言え。雪月は俺以外の命令はまるで聞かない。他人とうまくやっていくのは無理だな」

「逆にあなたの言うことには絶対服従……DV夫とそれに耐える妻みたいね」

「ガキのくせに嫌な例えを……」


 俺は手にした刀の感触を確かめながら、周囲を探る。廃港になってから長い時間が経っているようで、ずいぶんと寂れている印象を受ける。人の気配はなく、潮騒だけが虚しく響く。


「とりあえず……あの倉庫でも行ってみるか」

 赤レンガでできた、平屋根の古びた倉庫を指さす。壁や屋根が崩落している様子もないので、拠点にするならいい物件だ。


「どれ……」

 搬入口の横に備え付けられた入口から倉庫に入り込む。鍵はかかっていなかった。


「入るぞ。怖かったらここでお座りしていろ」

「子供扱いしないで。行くわよレイン」

「はいはい、お嬢様」


 倉庫の内部は、サッカーでもできそうなガランとした空間だった。無数の傷が走っている床が、歴史を感じさせる。


「奥に何かあるな」

 倉庫の角に、居住スペースのような場所が小さく存在した。マットレスが敷かれており、缶詰などの食料が置かれている。備え付けの照明が機能していないからか、固形燃料とカンテラが準備されている。


「ここで寝泊まりしているわけか。まるで秘密基地だな」

 何年も放置されている様子はないので、今もここを根城にしている人間は確実に居るだろう。


「ん? これ……」

 よく見ると、居住スペースの床に何かが彫られている。


「何かの暗号?」

「……ルーン文字だな。棘を意味する『ソーン』に、一日を意味する『ダエグ』か」

 今日も災いからお守りください……ってな具合か。


「レインってルーン文字の解読できたの?」

「フェンリルを宿したら自然とな。――一度外に出るぞ」

 倉庫を出て、潮風を肺いっぱいに吸い込む。敵の匂いが――する。位置はここより下。


「……相手は海の中か。自分の拠点に入られて、慌てて戻ってきたらしい。鼻がいいな」

「え?」

「来るぞ。下がってろ咲耶」


 刀を抜き、鞘を咲耶に預ける。それと同時に、海の中から巨大なサメがロケットのように打ち上がってきた。真っ黒なサメは、その巨体を空中で三度くねらせてから、地面に腹を押し当てて着地した。


「さ、サメ!?」

「みたいだな」


 フリークス……かとも思ったが違うな。こいつは、魔力を纏ってサメの形を保っているだけのユーザーだ。自由に魔力の形を変え、それを体の外側に着脱し、固有の能力を得る……ようなタイプか。

 魔力でできたサメを解除し、中から現れたのは――中学生くらいの少年だった。上下共にボロボロのジャージ姿で、髪は腰に届きそうなほど無造作に伸びている。


「……お前ら、ユーザーだな。僕になんの用だよ」

 敵意を隠すこともせず、俺たちを威嚇するユーザーの少年。声変わりしていなければ、女にも間違えられそうな顔立ちをしている。中性的で、あまり迫力はない。


「さっさとここから消えてくれ。僕の邪魔をするな」

「反抗的なガキだな。どれ、大人の厳しさってやつを教えてやろう」

 刃先を少年に向け、脚に力を込める。その首を()ねるのに、一秒もかからない。


「ちょっと、レイン! 相手はまだ子供よ!」

「だからどうした? 力を持っていれば、大人も子供も関係ない」

「少し待ちなさい。まずは私が話をするから」

「あーはいはい。……どうせ無駄だと思うがな」

 まあ、まずは好きにやらせてやろう。あとで色々文句を言われるのも面倒だ。


 ため息と同時に刀を下げ、咲耶が代わりに前へ出る。


「私はアイギス所属のユーザー、巣鴨咲耶よ。少し話をさせてほしいの」

「話?」

「ええ。あなた、名前は?」

「名前……わからない。覚えてないんだ」

 稀にだが、取り込んだ欠片を器が処理できず、記憶喪失や精神障害を引き起こすパターンがある。こいつもそうだろう。


「それじゃあ、ご家族は?」

「居ない……いらない」


 どんよりと濁った瞳で、そう告げる少年。その姿を見た大人は、同情よりも恐怖するだろう。

 それほどまでに、少年の闇は深い。並の人間では近づくことすらためらってしまうほど。


「難儀ねぇ……。あなた、どこかの部隊に所属してはいないわよね?」

「まあ、そうだけど……」

「だったら、アイギスに入隊してみない? あなたはまだ小さいから、ユーザーとしての訓練をしつつ、勉強をしていくことになると思うわ。ちゃんと頑張れば、高校卒業の資格も取れるのよ」

 へぇ。そいつは知らなかった。学歴を気にするタチでもないからな。


「……別にいいよ。僕、そういうの興味ない。学校とか、ユーザーの組織とか……僕は一人で生きていけるから」

「だとよ。それじゃあ咲耶、話は終わりだな」

「レイン、少し黙っていて。――ねえあなた、こんなところにずっと一人だと寂しいでしょ?外に出れば、他にもいっぱいの人と関わりができるわ。友人や、恋人だってできるようになるかもしれないのよ」


「――そんな世界は嘘っぱちだよ」


「え?」

 瞬間、目の前に居る少年の気配が変容した。どろりとした沼のような闘気が、俺と咲耶を飲み込むように広がっていく。


「人が集団で行動し、規律を重んじるのはなぜだと思う? 一人一人が弱いからだよ。自分の思うがままに行動し、集団から敵と認定されれば、生きていけないからさ。――でもね、僕は強いんだ。他人なんていらないほど、僕は強い。だから名前なんてものもいらない。ここには僕しか居ないのだから。誰かから呼ばれることはない。僕が誰かを呼ぶこともない。完結している世界。ここは僕の世界。誰にも侵されない世界。僕が僕であるために作られた僕だけの世界! 僕が傷つけ、僕が癒す。他には何もいらない。他には誰もいらない。この世はただ一人……僕だけでいいのだから!」


 目の焦点が狂い、レールの外れた言葉が暴走する。


 なるほど。こいつは、狂っている。神の欠片が大きすぎたのだろう。元々あった人としての器までもが歪んでしまっている。――俺も同じだからよくわかる。



「――きみたちは、なんでぼくのせかいにいるの?」




「っ! 下がれ咲耶!」

 少年の体から、泥のような濁った魔力が、全方位に放射される。俺は咲耶の前に出て、それら全てを両腕で受け止める。着ていたアイギスの制服が、瞬時に融解した。


「レイン!?」

 この魔力は少々タチが悪い。どんな進化を遂げたのかは知らないが、まるで劇薬だ。俺であれば問題ないが、咲耶の体に触れれば何かしらの害はあるだろう。


「ぼさっとするな! 反転して退避! お前が死んでも変わりは居るが、探すのは面倒なんだよ!」

「わ、わかったわよ!」


 咲耶が後方に下がり、魔力の放出も収まった。魔力を受け止めた腕は、肉が(ただ)れ、骨が顔を覗かせている。


「いい度胸だな少年。獣の尻尾を踏んだやつがどうなるか教えてやろう。授業料はキサマの命だ」

 魔力を循環させ、腕を再生させる。問題なく動くことを確かめ、臨戦態勢を整える。


「あはは! 僕を殺せるって? やってみなよ!」


 殺意と憎悪がぶつかり合い、小さな地獄がここに誕生する。


『――牙の渇きを 愚者の血で潤そう――』

『――破滅への衝動を 哄笑で迎えよう――』


『――地を揺らす者 獣の王 災厄の化身――』

『――閉ざす者 終わらせる者――』


『――爪牙の限りを以て 終わりなき殺戮を――』

『――狡知の限りを以て 終焉の始まりを――』


『斬り刻め――《魔狼の凶牙(フェンリスヴォルフ)》――』

『惑わし狂え――《魔装攻殻(フヴェズルング)》――』


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