闘争の獣
名前も知らぬ、魔力を奪う隻腕のユーザーは、身体を横に真っ二つにされ……やがて絶命した。流れ出た血が地面に吸い込まれ、深紅の墓標を作り上げる。
「殺した……の?」
いつの間にかこちらまで来ていた咲耶が、上半身と下半身の二つに分断したユーザーを、口元を抑えながら見つめていた。死体を見るのは初めてではないだろうが、そこまで慣れてもいないらしい。
「待っていろと言ったはずだが……まあいい。鞘をよこせ」
放心している咲耶から、ひったくるように鞘を奪う。血の一滴すら付着してない、刃こぼれさえもしていない刀を収める。
携帯端末で雪月にメールをし、ここまで来るように連絡する。すでにこちらへ移動を開始していたらしく、すぐに合流できるそうだ。
「ねえレイン……彼だけど、殺す必要はなかったんじゃないの? ユーザーなら、アイギスに所属してもらうように説得することだって――」
「無理だな」
俺は咲耶の甘っちょろい発言と楽観を切り捨てる。
「俺が言えた義理じゃないが、だいぶ正気を失っていたし、アイギスとして働くのは難しいだろう。それに、アイギスの人員補充なんざ興味はない。俺は、時司の能力が役立つから協力しているだけだ」
俺はもともと、アイギスをよりよくしよう、より大きくしよう、という考えなどない。アイギスの人員が、減ろうが増えようがどちらでもいい。
「……ねえ、今まで聞いてなかったけど……あなたの目的はなんなの?」
まるで狂犬を――あるいは殺人鬼を――前にした人間のような顔つきで、咲耶は俺にそう尋ねる。
「俺の目的か……お前のように復讐という明確な目的があるわけじゃない。強いてあげるならば、闘争だな。戦って、戦って……傷ついて、傷つけて……そんなことばかりを望んでいる」
「あなたにとっては、戦うことが手段ではなく目的なの?」
「ああ。いつか全力で戦って、俺を殺してくれる相手を探す……それが夢だな」
体の芯に眠る渇き。それを癒すために俺は戦う。護るものがあるわけでも、憎むべき敵が居るわけでもない。
いずれ……すり切れて無に帰るまで、俺の戦いは終わらない。
「咲耶……教える必要もないと思って黙っていたが、一ついいことを教えてやろう」
「……どうせくだらないことじゃないの?」
「そう嫌な顔をせずに聞け。――およそ八十年前、フリークス、並びにユーザーが世界各地で発生した『原因』は当然知っているだろうが、その『理由』は知らないだろ?」
「理由? なぜフリークスとユーザーが出現したのか、ってこと?」
「そうだ。『どうやって』ではなく『なぜ』の部分だ」
世間一般では、フリークス、ユーザーについては未知となっている部分が多い。なぜフリークスなんてものが突如発生したのか、その理由も表向きは解明されていない。
「フリークスは、天界に居る神々の欠片が人間界に落ちてきた結果の産物。ユーザーはその欠片を偶然身に受けた人間――ここまでの『原因』は知っているな?」
咲耶は怖々と首を縦に振る。
「当然、フリークス・ユーザーが登場するより前にも、天界に神々は存在していた。フェンリルも生まれたのは数万年前だしな。それなのに、なぜフリークスの発生が八十年前なのか……。その『理由』だが――座の神がいきなりくたばったからなんだよ」
「座の神……?」
「簡単に言うと、神の中の神。天界や冥界に住まう、全ての存在の上に君臨する絶対者。俺も見たことはないが、確かに居たんだよ。そんな真の化け物が」
「その神様を束ねる神様が、今から八十年前に死んだ、ってこと?」
「そうだ。で、神の玉座が空席になり、危うくも均衡を保っていた神々が争い始めたんだよ。玉座は俺の物だ――とな。その『座』に座ることができれば、天界も人間界も冥界も、意のままに操れる。当然、野心家の多い神々は喉から手が出るほど座を求めた」
まあ、俺はそこまで興味はなかったがな。それに、座の神が死んだ理由も明らかにはなっていない。そんな不気味な椅子には、座りたくもないというのが正直なところだ。獣に椅子は似合わない。
「そうして、神々の争いが、ここより遙か上空で繰り広げられ始めた……と、そんな具合だ。今天界じゃあ、毎日がラグナロク状態だ。あと数千年は続くだろうな」
「数千、年……冗談……でしょ?」
「そう思いたいなら勝手にしろ。だが、しばらくこの祭りは続く。この世界は今、闘争に満ちている」
まだまだ天界での椅子取りゲームは続く。座に興味などないが、いずれ天界に戻って、大暴れするのもいいだろう。気分次第だな。
「ここまで長々と話してきたが、俺の言いたいことは一つだ」
フリークスが地上で発生し、もうそろそろ百年になる。人間の中には、そのうちこの異常事態が収まると楽観している者も数多いが……惰弱な希望だ。
戦うことから逃げた輩に待っているのは、確実な死と絶望だけだ。
「これからも戦いは続く。お前の寿命より、確実に長くな。だから今のうちに、甘い考えは捨てておけ。そうしなければ、早々に死ぬことになるぞ」
◆ ◆ ◆
「……レイン。お待たせ」
少し遅れて、雪月が姿を現す。
「待ったぞ。死体を頼む」
「……わかった」
雪月は両断された死体に躊躇なく触れる。雪月の能力は、対象に直接触れる必要があるからだ。
『――影は朧に 幕引きより 無に帰する――』
血の匂いにも、臓物にも、集りだした蠅にも、まるで顔色を変えることなく、雪月は己が仕事を全うする。
『――無価値な者 反逆者 暴虐の具現――』
ゾワリと、男の死体が蠢きだし、血液が沸騰したかのように泡立ち始める。
『――肉を腐らせ 骨を腐らせ 魂までも腐り落とす――』
人としての原型が徐々に崩れていき、男の死体は肉片へと成り下がる。
『腐滅しろ――《腐滅炎》――』
醜悪な芸術品の制作過程を、逆再生しているかのように、死体はどんどんその姿を小さくしていく。
「うっ……これ……死体を腐らせているの?」
「雪月の能力だ。有機物に限りはするが、触れた対象を瞬時に腐らせる。俺が殺した死体の処理をするのは、昔から雪月の仕事だ。惨殺されたユーザーの死体が見つかると、後々面倒が多いからな」
「……女の子にやらせる仕事じゃないと思うけど」
「それを決めるのはお前じゃない。――終わったか?」
「……うん。綺麗さっぱり」
雪月の言葉通り、先ほどまで悪臭を漂わせていた死体は、跡形もなく消え去っていた。僅かに、黒い煤のような物が残ってるだけだ。
「よし……帰るぞ」
墓を作ることも、黙祷を捧げることもなく、人の命が一つ消え去った。
それはとても、当たり前のことのように。
◆ ◆ ◆
「お疲れ様、レインに巣鴨君。無事に済んだようだね」
「おかげさまでな。敵は気狂いのユーザーだった。片腕で、触れた相手の魔力や生命力を奪うのが能力だ。いつも通り、殺して雪月が腐らせた」
「わかった。また、何かあればお願いするよ」
「はいよ。――んじゃ、俺は適当に街でもぶらついてくる」
もう用はないとばかりに、レインは会議室を出て行った。部屋には、私と時司さんだけが取り残され、微妙に気まずい空気が流れる。
「それで……初めてレインの仕事を手伝ってもらったわけだけど……どうだったかな?」
話しにくそうにしている私に気を遣ってくれたのか、時司さんがそう口火を切った。
「手伝ったなんて……私は鞘を持っていただけです」
「前任もそんなものだったよ。気にしないでいい。――それより、何か思うところはなかったかい?」
「それは……まあ」
一連の出来事を思い起こす。色々と、思うことがなかったわけでもない。今でも、まぶたの裏には男の死体が焼き付いている。私もアイギスに入ってそこそこの時間が経っているが、死体が徐々に腐敗するのを間近で見たのは、初めての経験だった。
「何かあれば。遠慮しないで言ってみてほしい。感じたこと、改めて疑問に思ったこと、なんでもいい」
「……では、まず雪月さんについてなのですが……」
「ああ、雪月君か。彼女は昔レインが命を助け、部下にした少女だ。能力は《腐滅炎》。有機物を腐らせるものだ。レインとは違い、正式なアイギスのメンバーで、ランクはA。どこかの部隊に所属をさせてはいない。僕直轄の護衛役という名目にしている」
雪月さんも、かなり特殊な立ち位置に居る人のようだ。レインに出会ってから、アイギスの暗部がどんどん見えてくる。
「なるほど。――次はレインについてですが……彼はいつも今日のように、容赦なくユーザーを殺すのですか?」
「キミの言いたいことはわかる。ユーザーはできるだけ回収するように言っているが、レインが無事に回収したことは一度もない。みな殺している」
「よいのですか? 命令違反では?」
「仕方ないさ。レインは気分屋でね。やり方に強く反発すると、最悪アイギスを潰される」
「扱いの難しい狂犬ってことですね」
「狂犬にしか、相手ができない場合もあるんだよ。レインに対処してもらっているユーザーやフリークスは、みな強大な力を持っている。アイギスが出れば、部隊が丸ごと潰されてもおかしくはない」
――最終兵器。
そんな言葉が、脳裏をよぎる。
「彼は……レインは……全力で戦い、死ぬことが目的だと話していました。……時司さんは叶うと思いますか?」
一片の慈悲もなく、膨大な闘気だけで形成された青年――それがレイン。
そんな彼の戦いは、いずれ終わりを迎えるのだろうか。
「――恐らく、その願いが叶うことはないだろうね」




