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02

今回は、説明的過ぎる回になってしまいました。

これもひとえに、作者の作文力の無さがなせる技。

読み辛いかもしれませんが、堪えていただけると幸いです。

 閑散とした社屋上階。

 ここは、土方コーポレーションの役員フロアである。

 役員といえば、とかく「重役出勤」などと揶揄されることが多いが、土方コーポレーションの役員たちは分刻みのスケジュールで多忙を極める。やはり日本経済を牽引する大手商社ともなると、取引先との会談・会食・接待ゴルフから、その他経済団体の会合、業界団体として政府へ陳情、政治家の外遊にあわせて経済交流で売込むために同行するなど業務は多岐にわたり、休日はあってないようなものであった。役員1名につき専任秘書を2名、補佐1名をそれぞれ配しているが、多忙な役員に振り回される秘書も多忙である。なかなか休息の取れない秘書にも配慮が必要だとする声があがり、社長の音頭のもと、最低でも月に2度「何も予定を入れない」という予定を組むことが奨励されるようになった。


 そして今日――。

 隼人と大和は、専務室の前にいた。


「今朝の役員フロア、閑散としてますね。秘書室も聞いていた人数の半数もいないようですが」


 隼人が社長の孫息子であることは、社内外において公にしていない。将来社長として会社を牽引するためには、身内の威光に頼ることなく実力をつける必要があったからだ。事実、土方コーポレーション史上最年少ペースで営業1課長に任命されたことは隼人本人による実力の賜物であるが、今後も極みを目指すのであれば少なくとも役員昇進が決まるまでは秘匿し続ける必要がある。そうした事情もあって社内では内藤社長や大久保専務との接触を極力避けていたので、不慣れな隼人は珍しげに眺めてしまうのであった。


「副長、キョロキョロしすぎですよ。今日は、()()()()()()()『何も予定を入れない日』ですから、多くの者が午前休を取っているのですよ」


 人事部課長として役員と打ち合わせすることが多い大和は、隼人とは対象的に役員フロアの配置も事情にもよく通じており、エレベーターホールから専務室まで誰にも会うことなくたどり着くことができた。


「今日の話は人に聞かれたくないものですから、人気がない方が好都合なのですよ」


 そう言いながら、大和はノックした。


「大和と隼人です。失礼します」


 重厚な扉がガチャっと開くと、大久保専務が直々に出迎えてくれた。


「二人とも、忙しいのによく来てくれたな。誰にも会わなかったか?」

「大丈夫ですよ。今日は()()()()()()()日ですから」


 大和がニヤリと黒い笑みを浮かべると、専務も「そうか」と言って黒く笑った。さすが親子、血は争えないものである。


「まぁ、ともかく入れ。あ、コーヒーはそこに用意してあるから自分でやってくれよ?」


 そう言って、二人を中に促した。

 

 専務室に入ると、土方コーポレーションの総帥である内藤社長が美味しそうにほうじ茶をすすっていた。本日のお茶受けは、伊勢名物の赤福餅であった。


「おぉ、大和に隼人。よく来たな。二人の活躍は、この年寄りの耳にも入っているぞ〜」


 自慢の白い歯(自前)を出してニカッと笑う社長は、今年76歳になった。年齢の割に若々しく、その秘訣は「趣味のテニスと水泳で若い女性たちに(もうひとうの自慢である)鍛えあげた肉体をさりげなく披露すること」らしい。激務である社長業を精力的にこなす傍ら、バランスの良い食生活を心がけ時間が許す限りジムでトレーニングに励むその原動力は、単に若い女性に自慢したいという欲求である。そのおかげと言うべきか「社長の周囲には常に美しい花々が咲き誇っていて、夜毎違う花を愛でているらしい」という艶聞に事欠かない。本人曰く、「美しい花々を追い散らす訳にも行かないので紳士的に対応している」そうで、「若い女性と噂になる」ことが嬉しいらしい。

 そんな若々しい社長が、自身を指して「この年寄りの……」などと空々しいことを言うときは必ずウラがあるのだが、そのことに隼人だけが気がついていない。


「社長、恐れ入ります」

「チッチッチッ。堅苦しいのはなしだ。今日は祖父と婿と孫2人だからな〜」

「お祖父様……」


 社長のひと言で場が和んだところで、身内としての近況報告会が始まった。


 話題は隼人のことに集中した。

 入社してからひとり暮らしを始めていたが、昇進と比例してプライベートの時間が減っていくと祖父と語らう機会がほとんどなくなっていた。会社においては、隼人の肩書程度では役員と気軽面談できるものではなく、互いの動静を人伝に聞くことがあっても面と向かって話すことがなかった。

 はじめはポツポツと話していた隼人であったが、そのうち具体的な将来設計について熱く語りだした。当然自身の伴侶や子供についても触れたが、10年前に離れ離れになったまま行方知れずになった許嫁の所在がつかめずにいることも話し、改めて協力要請をした。


「お祖父様に良い伝手がありましたら、是非ともご協力をいただきたく……」


 隼人は皆の前で深く頭を下げた。


「そうだな……。彼女のことは我々も気にかけているし、それなりに手は尽している。何かあれば、隼人にも情報を共有しよう」


 社長の言葉に、専務も頷いた。


「……ありがとう……ございます……」

「彼女は……、莉緒ちゃんは、お前の大事な嫁だ。そして、私にとっては実の孫息子以上に可愛い可愛い孫娘だ。決してそれを忘れるな」


 許嫁の行方を追うことは、即ち、内藤家に起きた悲しい事件にも触れることに繋がる。10年前の悲劇で息子夫婦が自分より先に旅立たれた社長の心情を思えば、事件の遠因を担ったと自覚し後悔する隼人がお願いすべきことではなかった。思いがけず「諾」の答えを得られたことに安堵したが、続く社長の言葉を聞いて胸がチクリと痛んだ。

 そして、胸を痛めたのは隼人だけではない。社長も、専務も、大和も、事件の遠因の一端であり被害者でもあったのだ。それぞれに自責の念を抱きながら過ごしてきた10年の重みが、場の空気を支配した。


「ところでお祖父様。本日我々を呼び出されたのは、身内としての近況報告させるためだけではないですよね?」


 お茶のお代わりを淹れながら、大和が声をかけた。

 社長は、「そうだな……」と泣き笑いのような表情を浮かべると、ぼんやりと外に視線を向けた。代わりに答えたのは専務だった。


「隼人。お前の父、俊輔さんが亡くなって早いもので10年になる。再来年になれば、13回忌だ」


 隼人は何も言わず、黙って聞いていた。


「それを機に、お義父さんは会長職に退くおつもりだ。後任社長には私がなる……が、私は中継にすぎない」


 専務は隼人の目を見て言った。


「いいか、隼人。あと2年だ。2年のうちに、『若さ』以外で文句のつけどころのない実績を積め。お義父さんも私も、将来を見据えお前を営業本部長に置く気でいる」


 隼人は息をのんだ。

 5年前、薄暗い階段の踊り場で大和に言われたことを思い出した。


『お前の父、俊輔さんが5年前の事件で亡くなられた今、内藤の後継はお前だ。社長であるお祖父様も高齢だから、一日も早く後継者たる器になる必要がある。お前は、今日からその覚悟を決めろ』

『俺達の関係は周囲には絶対伏せろ。そして、身内の七光と言われぬよう自力で実績を作れ。俺は腹心の部下になってお前を守る。将来においては立派に参謀役を務めてやる。いいな?』


 あれ以来、案件の大小にかかわらず「仕事は丁寧に、対応は迅速に、相手の一歩先を読み、周囲に対しては心配りを忘れない」ことを常に意識し、結果として順調に実績を積み上げ現在の課長職まで上ってきた。最年少出世ということで一部にやっかまれているのは承知しているが、それでも社内の多くはその実力を認めてくれている。その点において隼人は胸を張って誇れると自負しているが、如何せん、人としての器は「営業本部長」のそれに到底及ばない。亡き両親に対する自責の念と行方知れずの許嫁を求める気持ちの間に立ち、未だ一歩も動けない自分に営業本部長の責務は荷が勝ち過ぎると思っている。


 ――まだ早い。あと2年しか残されていないなんて……!


 しかし、隼人の気持を他所にどんどん外堀が埋められていく。


「そして、大和。お前を秘書室長に迎える。ただし、来たるべき日に備え今から準備する必要がある。急で悪いが、週明けには辞令が出るから覚悟しておけ」

「承知しました」


 大和は、かなり早い段階で腹をくくっていた。それがようやく実現の一歩を踏み出せると思うと、戸惑う隼人には悪いが腕が鳴った。


 2人は対象的な思いを抱きながら、この後も打合せを続けた。

お疲れ様でした〜!

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