③
長い騒乱の果てに出た結論は、『何か適当な箱を用意し、お堂の裏に設置してしまおう』だった。
長すぎるほど長い騒乱の果てに導かれた結論がそれだけなのか、という感じがしないでもないのだが、しかしこの三人組では、それ以上の結論はどう頑張っても無理だったのだ。
むしろこれだけの結論でも、結論として出せただけ、奇跡的な出来事として構わないほどですらあるのかもしれない。
とにかく、迷走した話の果てに、どう頑張っても全てのご利益をお堂の中に収めることは不可能、みーさんが入る為の場所を確保してなんて、もっと無理、つまり中身は出さないといけない、出す以上は仕舞わないといけない、仕舞う以上は場所を決めなくてはいけない、じゃあなんかお札的なモノがよく貼ってあるような裏に隠しておこう、という結論まで突き進んだのだ。
お堂と背後の窓際の間をもう少し広げてスペースを作って・・・、つまりお堂をもう少し部屋の中側に引き出してスペースを作り、そこに残りのご利益を収納しよう、ということだった。
但し、当然のことではあるのだが、そのお堂の裏にお札的なモノなんてない。一枚もない。お札的なモノがよくあるよね、という話から始まっているのに、そのお札的なモノがないのにそこに収納しようという結論に達してしまったわけで。
そもそも、お堂を運んだ際に裏にそんなモノがあったなら絶対三人で騒いでいるはずで、そんなことをしていない以上、最初からそういったものがないのは分かりきっていたことでもあった。
分かりきっていたのに、結論はそこ。
・・・三人の限界が、そこにはあった。
しかし何はともあれ、結論は出たのだから、それに向かって突き進んでいくしかない。突き進んでいくしかない、というより、全てを忘れるためにも何も考えずに突き進みたい、という心境だったのかもしれないが。
そして、いよいよその結論に突き進むための第一歩を踏み出した三人は、その一歩目でそこに辿り着く。
──仕舞うっていったって、どうやって? という疑問に。
「剥きだしで、ごんって置いておくわけにもいかないよな?」
「ってか、それは仕舞うって言わないだろ」
「それにそんな置き方したら、天罰が下りそうです・・・」
「・・・いや、うん、言ってみただけだから、実行する気は全然ないから!」
「あーちゃん、どこに向かって叫んでるの? まぁ、気持ちは分かるけど」
巨大な疑問の前に立ち止まり、つい洩らした呟きに、被さるようにかけられた井雲と宇江樹の声。
特に宇江樹のそれに、芦は濡れ衣を着せられた無実の囚人のような様で、空に向かって自分が不心得がないことを訴える。勿論、空といっても見上げる先は天井で、しかもその天井を突破した先の本物の空にみーさんの親御さんがいるのかどうかも、そもそもみーさんに親御さんという存在がいるのかどうかも分からないのだが。
しかしいるかいないか分からないなら、とりあえず謝っておけ、というのが基本的な芦の姿勢だし、その姿勢に理解がある残り二人も、一人は突っ込みを入れながらではあるが、つい、上を見上げてしまう。勿論、天罰も許しの声も降ってはこなかったが。
祈りの時間か、懺悔の時間か定かではないが、とにかく数秒の沈黙の後、誰ともなく洩らされたのは「箱だな」という一言だった。裏に置くのは決定だとして、せめて箱に仕舞って収納しましょう、ということだ。
しかしそこで、三人は再び立ち止まる。箱とはいっても、どんな箱を買えばいいのか、という問題によって。そもそも、これからもご利益が増えてしまう可能性は高く、それなら今、入りきらないブツが納められる程度のサイズでは将来的に足りなくなる可能性が高い。
でも、それなら一体、どのサイズの箱を買えばいいのか・・・、それに、どういった感じの箱を買うべきなのか、サイズの他にもイメージ自体が沸かないのだ。
ただ箱を置けるスペースにも限りがあるし、何より、予算にも限りがある。力の限り金欠の井雲は戦力外通告が必要なほど頼りにならないし、補欠にギリギリ入れる程度の芦では大した役にも立たない。唯一、立派な社会人、つまり主力選手に選ばれる宇江樹だけはある程度の力になれるが、他の二人の心情的に、良すぎる宇江樹たった一人に全てを頼りきるというのもどうかと思ってしまうのだ。
悪人相手なら痛まない良心も、善人相手には全力で痛む。むしろ傷む、かもしれないが。
とにかく、三人の身の丈にあった予算内で買える、しかも色々なサイズ、種類の箱がある店で、どういう箱なら用途に合うのかを見てみようという結論になり、みーさんの面倒を見る為に残る宇江樹を置いて、芦と井雲が出かけることにした。
ちなみに、何故居残りが宇江樹なのかといえば、宇江樹は一番資金があるしあまりに人が良過ぎるので、他の二人の為に無理をしそうだ、それはさせられないと判断した芦と井雲によって居残りに選ばれたのだ。
そして芦の部屋に置く物なのだから芦は箱選びに参戦するべきだろうという意見が出たのと、一人で選ぶ自信がないと訴える芦に、居残りする必要も無い井雲がついていく、という結果になったのだが・・・。
「・・・何故、この結論に?」
意気揚々と帰ってきた芦と井雲が部屋に運び込んだ物を見て、宇江樹が発した第一声はそれだった。
呆然とした声と表情は、それまで妙なテンションの上がり方をしていた二人を我に返らせるには充分で、そして家出中だった我が帰ってきてしまえば、二人の目の前に広がるのは後悔を形にした購入物と、色んなものを自失している、ひたすら善良な宇江樹の姿だけで。
二人は、反射的に見詰め合った。そしてこれまた反射的に、お互いから目を逸らした。見つめた先にあったのが、愚かな自分の姿にしか見えなかったからだ。
目を逸らし、あらゆる方向へ視線を飛ばしながら・・・、しかし現実から逃げることも出来ずに、暫しの沈黙の後、仕方なく口を開く。
芦と井雲の二人ともが、自分達は現実から逃げられたとしても、宇江樹を置いて逃げるわけにはいかないと思ったからだった。
「いやっ、予算の関係もあるからとりあえず行ってみたら、やたらと種類が多くて・・・、なんか、テンションが上がっちゃってさ!」
「百円でこれって、凄くね? みたいな感じで・・・、つい、買ってきてしまい・・・」
「これなら物が増えても重ねられて安心! みたいな流れになっちゃったりしたんだけど・・・」
「・・・あの、最近の百均は凄い品揃えで物だって悪くないって僕も思いますし、あの品揃えを見てテンションが上がるのも分かるんですけど、頂いたご利益を百円の入れ物にしまうのは正直、抵抗を覚えますし、何より、これ、あの裏の隙間に入りませんし、無理やり押し込んだとしても、さっき仰っていたように重ねては置けません」
「・・・すみません」
「・・・ごめんなさい」
「・・・いえ、その、気持ちは分かるんです・・・、でも、これは・・・、」
「いや、真面目に俺らが悪かったんだと思う」
「うん、うーさんは何も悪くないから、謝らないでほしいです・・・」
低予算で買えて、しかも品揃えが豊富な店、といえば、芦と井雲にとっては百均だった。
宇江樹が零したように、神様から頂いているご利益を収納する箱として、流石に百均は相応しくないと、それぐらいのことは勿論二人も分かってはいたのだが、そもそもどういう種類の箱があるのかも良く分からなかったので、とりあえずイメージだけでも、と思って立ち寄ることにしたのだ。
・・・が、それが間違いだったと、宇江樹の呆然とした中に悲しみが滲む顔を目の当たりにするまで、気づけなかった。
久々に入った近くの百均は、進化していた。つまり、芦達の記憶よりもずっとその種類を増やしていたのだ。しかも芦達の記憶よりずっと性能の良い製品が多く、これが百円なのか? という驚きが入って数秒で芦達を支配してしまい・・・、まぁ、端的に言えば、テンションが上がってしまったわけで・・・、しかも、それが下がらなかったわけで・・・。
用途をすっかり忘れて、楽しげな買い物をしてしまったのだった。
おまけに最終的に買ってきた箱は芦達成人男性がようやく抱えられるサイズで、網目状になっているプラステック製の、箱というより筒状の籠だった。縦横で青と緑の二色使い、色違いで同じ製品がいくつもあり、上下にジョイントできるという優れ物・・・だが、宇江樹が呆然と呟いたように、当然、お堂の後ろにある隙間には入らず、ジョイントしている場合でもない、という品物だった。
何故、二人もいて途中で立ち止まれなかったのか、それとも二人いるからこそ、立ち止まれずに走ってしまったのか、今となっては分かったとしてもどうしようもない謎だった。
「・・・買い直すしか、ないよな」
「・・・そう、だな」
「留守番をしていた身分で偉そうなことを散々言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした・・・」
「いやっ! だからマジにうーさん謝らないで!」
「そうだよ、今の状態でうーさんに謝られたら、俺ら、人生を謝りたくなるって!」
何かの昔話のように、箱・・・、もとい、籠を取り囲み、三人の成人男性は揃って正座をして、沈痛な面持ちで俯いていた。
取り囲んでいるのは、たった百円のプラスチック製品なのだが。
ついでに言うと、その三人のすぐ傍には、調子に乗って買ってしまった、明らかに大して物が入らないだろうサイズの箱や、今は絶対要らないだろう収納グッズ等も転がっていたりする。
百均の罠ともいえる、百円なんだから買っちゃえ買っちゃえ、状態に陥り、やたらと買ってしまった製品に取り囲まれ、三人の表情は晴れない。晴れようもない。しかしたとえ晴れが訪れなくとも、外に出なくてはいけない日もあるのだ。つまり何を言いたいのかというと、話を進めなくてはいけない状況だ、ということで。
分かっていたからこそ、再び歩き出す。まるで不死鳥のように、何度立ち止まっても、何度でも歩き出す。
覚悟を決めて話し出す・・・、前に、力ない呟きが洩れてしまったが。
「なんか・・・、資産は増えているのに、資金が減っていっている気がしてしかたないのは何でなんだろう?」
零された芦の呟きに、返る声は無い。
あの宇江樹ですら、沈痛な面持ちで黙っている。俯いて、揃えた手を置いてある自分の膝を見つめている。
井雲は、対照的に上を向いている。目を閉じたまま、遥かなる声を聞こうとしているかのように黙っている。
呟きを洩らしたのと同時に二人を見た芦は、その二人の姿を目の当たりにしまったので、もう、何も言わなかった。
言えることも、なかった。
そして辺りには、哀しい沈黙と目的とした用途には使えない籠、それに何かには使えるかもしれないが、今は全く要らない購入物の数々だけが残されたのだった。




