②
──お堂の中には、限界まで詰め込まれた、芦達の限界を突破したブツが封印されておりました。
日々、とんでもない物が襲撃してくる状態だったので、三人とも、その都度、新たな衝撃に耐え続けることに精一杯だったのだ。
つまり、今日の衝撃に耐えるあまり、昨日の衝撃が記憶の奥底に押し込まれる日々だった、という意味で、三人とも、衝撃の総力が分かっていなかった、という意味でもあった。
人間は忘却する生き物で、色々な事を忘れていけるからこそ、生きていける生き物でもあるのだ。
彼らは、忘れていた。日々を過ごすことに精一杯で、だからこそ、忘れていた。忘れることで、日々の生活を維持していたとも言える。
これらの事実を簡単に纏めると、忘れることで保っていた諸々を自分達の手で自分達の目の前に突きつけてしまった為、彼等が維持していた諸々の糸がぷっつりと切れてしまった、ということだった。
お堂の中は、実はお堂らしく奇跡の力に満ちていて、四次元ポケット的な広さを誇っていたのかと疑いたくなるほど色々と詰まっていた。
まずは中身を全て出そうという結論に達し、作業に取り掛かった時までそれぞれが頭に思い描いていた量とはあまりにもかけ離れていて・・・、しかし詰め込まれたブツは、押し込めていた記憶を直視すれば、確かにこういうブツもありましたよね、という感じの、知らない間に詰まっていたものではなく、確かに芦達が詰め込んだ覚えのあるモノで。
中から出して、床に広げていくうちに、三人の意識は遠退いていった。切れてしまったからだ、諸々の糸が。そしてその諸々の糸が切れてしまうくらい、量も凄いが内容はもっと凄かった。
あまりに凄すぎて、もう口にも出せないぐらいのものだ。勿論、どこにも書き残せない類のものでもある。
正直、おもちゃだとしか思えないごっついサイズの宝石類とか、えっらい金額が書かれた小切手だとか、何故こんなものがと思うしかない美術品とか、挙句の果てにはもうご利益的に面倒になったのかと誰かに尋ねたくなるような、むき出しの帯つき現金、つまり札束だとかが入っているのだから、もう強盗に押し入られたり、刺されたりしていない事実が一番のご利益です、と言いたくなるぐらいの惨状だった。
そう、惨状、まさに惨状だ。お堂の中身を全て出した時点で、切れた諸々の糸の内の一本が、三人の内の誰かの心臓に繋がる太い動脈であってもおかしくない状態だったのだから。
「・・・死んでいる」
「・・・あのさ、あーちゃん、それ、生きてるか? って聞かれて答えるヤツだから。聞いてないのに答えるなよ」
「・・・」
「・・・っていうか、うーさんはマジに死んでないよな? 無言なんだけど」
「・・・いっくん、ヤバイ、うーさん、口元に謎の笑みを貼りつけたまま、焦点がぼやけてる」
「・・・このまま彼岸で安らかな後世を送ってもらうべきか、それとも此岸に戻ってもらって心休まらない現世を生きてもらうべきか、結構迷うな」
「・・・いっくん、迷いは分かるけど、ここで死体が一体、出来上がっても困ると思う。つーか、警察でも来たら、ここに広がっているブツの言い訳が出来ないし、どう見ても犯罪者っぽいっつーか・・・。ってか、まず、みーさんが・・・、」
「うーさん! 戻って来い! 俺達は仲間だろう! 一蓮托生の!」
「切り替え、早いなぁ・・・。ってか、一蓮托生の仲間って、仲間って言うか?」
「友と書いて、道連れと読むんだよ」
「友情って、虚しいな・・・」
冷静に考えるなら、最初にその虚しい友情を井雲を巻き込むという形で証明したのは芦なのだが、遥か昔に思えるほどのそんな出来事なんてすっかり忘却の彼方に放り出し、芦は彼岸が見える位置まで旅立っているらしい宇江樹の両肩を掴み、激しく揺さぶっている井雲を眺めた。
井雲の保身による全力行動に、宇江樹は半ば白目を剥きながら揺さぶられ続け、その様に、芦はともすれば、両手を合わせそうになる気持ちをどうにか押さえ込む。押さえ込みきれずに手を合わせたら、本当に二度と宇江樹が戻ってこない可能性があるかもしれない、と思ったからだ。
それは困る。本当に困る。保身を心の友としているのは、井雲だけではないのだから。
「みぃ?」
「あっ、ごめんね! みーさん! 煩かったよね?」
「みぃ・・・、みぃ?」
「ん? あ、これ? これは・・・、あのね、別に迷惑しているとかそういうことじゃなくて・・・、ほら、えーっとぉ・・・、うん、あれだよっ、こんなに貰って、嬉しいなぁー、的な、そういう感じの・・・、」
「・・・芦さん、主旨も気持ちも分かりますが、それは拙いです。これ以上のブツがやってきてしまう可能性が発生します」
「おぉっ! 俺達の危機に、うーさんが突如、復活した!」
「そして的確な指摘! さすがうーさん!」
芦達の大騒ぎに驚いたみーさんが、とうとう立ち上がって芦の傍らに寄ってきてしまい、芦はみーさんのお楽しみ時間を邪魔してしまった申し訳なさと、ふいに脳裏を横切った、ご利益を迷惑がっていると受け取られてしまったら! ・・・という、以前も一度、抱いたことのある危機感を再び抱き、絶賛の嵐を巻き起こす。
しかしその声に、今まで彼岸に足を突っ込んでいた宇江樹が、井雲がこちら側に呼び戻そうといていた宇江樹が、自主的に戻ってきてくれたのだ。
おそらく、彼岸に足を突っ込みながらも芦達を案じるという、心の平穏が遠い時間を過ごしていたのだろう。
どれだけ遠く離れていても、人々の危機には颯爽と現れる、まるで正義の、もしくはお人好しのヒーローのような人間だった。
・・・苦労を三十五年ローンを組んですら買いそうな性格のヒーローが、この世にいるのかどうかは別として。
とにかく、戻ってきた宇江樹も加えてみーさんを誤魔化しながら、構いながら、お堂の中に再び、出来る限り収納しつつも、みーさんが入れるような隙間を作るべく、順次中に納めていく。
中身の物凄さから目を逸らし、これを結局はどうすべきなのかなんて解決すべき問題からも目を逸らして、みーさんの相手を交代でし、相手をしていない残りの二人でどうやって仕舞えば一番良い結果が生まれるかを相談しながら仕舞った。
少し経てばみーさんの相手をする係りと収納係を交代して、作業を進めていく、という行為を繰り返し続けて・・・、たぶん、それぞれ二回くらいはみーさんのお相手係を担当しただろう頃、ようやく収納は終わった。
やっぱり仕舞いきれません、という結論の元に。
「・・・まぁ、分かっていたよな、うん」
「むしろ、出した時点でよく入ってたよなって感じだったもんな」
「みーさんの入る場所を確保すると、もう整理整頓なんて焼け石に水くらいのレベルで、あまり意味が無いですね・・・」
入りきらず、余ってしまったブツを前に、三人は途方に暮れていた。
そのすぐ傍で、みーさんは平和そうに、嬉しげに、ボーロを頬張っている。
ボーロ・・・、あの赤ちゃん的な年代の人間の子供が好む、小さな丸い、平和的なお菓子だ。人間の赤ん坊が食べられるのだから、みーさんの体にも害は無いだろう、という判断の元、芦の家に常備されることになったのだ。人間の赤ん坊が大好きなそれは、神様の子供にも大好評だった。
気が遠くなるブツを見続けることが耐えがたくなった三人は、お皿に転がるボーロを一つ摘んでは、嬉しそうに口に含み、ふくふくと、微かに首を前後に振りながら食べるみーさんの愛らしい姿に視線を向ける。思わずみーさんの動きに合わせて首を動かしたくなるような微笑ましさに、荒野を彷徨うような荒んだ三人の気持ちは次第に癒されていった。・・・その荒野に三人を導いたのも、みーさんなのだが。
そうして時折、みーさんの頭を撫でたり、飲み物を差し出したり、「可愛いよなぁ」と言い合って頬を緩めたりすること、数分。
・・・勿論、そんな事をしていても何一つとして解決はせず、三人はやがて諦めの溜息と共に、嫌々、現実と再び直面するのだった。
現実に帰ってきた三人は、まず、お互いに目を合わせて様子を伺う。このどうにもならない現実を、どうにか出来る案があるのかどうかを伺うような目で。もしくは、最初に切り出した人間が全ての責を負うのだと決まっているかのような、苦しみに満ちた目で。
この責務を、一体誰が背負うのか? というか、そもそも最初に言葉を発した人間がそれを背負うなんて、一体誰が決めたのか?
誰が決めずとも自然と決まってしまったらしいその苦しみを背負ったのは、意外なことに・・・、井雲だった。
三人の中で、苦労ならローンを組んででも買うような宇江樹が通常なら責を負うのだが、この時は何かの魔が差したのか、それとも天啓でも降ってきたのか・・・、降らせてくれたとしたらおそらく、みーさんの親御さん的な神様ではないかと思うのだが・・・、とにかく、井雲の脳裏に井雲自身、一体何故突然、というイメージが降ってきて、それを吟味する間もなく、口から零してしまったのだ。
つまり、この沈黙の口火を切ってしまったわけで。
「なんかさ・・・、よく、裏にお札とか貼ってないか?」
・・・何がだ? という全力の突込みが、三人の全身に漲った。
三人、つまり口にした井雲自身にも漲った突っ込みだったのだ。突っ込みが漲るほどのそれを、何故口にしてしまったのだろうという疑問は沸き上がるが、しかし言葉は戻らない。
そして、残りの二人は何も言わない。全身に漲っている突っ込みが喉に詰まって声を塞いでいるし、芦に至ってはそれ以外にも、まだ心の片隅・・・、というより、ど真ん中に、重責は負いたくない、という気持ちが居座っているので、声が出る余地が全くなかった。
勿論、重責を負いたくないのは井雲も同じ。だからこそ、井雲は数秒の間が開いた後、慌てて口を開く。先に口を開いてしまった以上、取り繕わなくてはこのまま全ての責任が自分にきてしまうという、焦りによって。
しかし焦りは脳の回転を鈍くする。つまり、自分でも何を言いたいのかが分からない言葉が、ただひたすらに迸る結果になってしまった。
「いや、俺もよく分からないんだけどっ、でもさ、なんか、こういうお堂の後ろって、お札的なモノ、あったりするじゃん? つまり、なんだっ、あ、そうそう、封じ込めるっていうか、守るっていうか、そういうのは裏なんだよっ!」
「・・・封じ込めると守るって、割と違うような?」
「違わない! 中から出さないってことだろ!」
「違わなかったとして、この場合、何の意味が・・・?」
「いやっ、だから裏は守るんだよ!」
「それって・・・、裏側に残りのご利益を収納したらどうかってお話ですか?」
「うーさん! それっ、ナイスアイデア!」
「・・・いっくん、責任から逃れたい気持ちは痛いほどよく分かるけど、まるで最初に裏って単語を口から迸らせたのがうーさんかのような言い方するの、止めようよ」
「・・・いや、だって俺、そこまで考えて言ったわけじゃないし・・・、なんか、天から何かが降ってきたんだよ。たぶん、みーさんの親御さんが降らせたんじゃないのかなって思うんだけど」
「・・・じゃあっ、僕にもみーさんの親御さんから指令がきたんですね、きっと!」
「うーさん! どうしてそんなに良い人なんだ! そんな人の良さで、この荒波ばかりの世の中をどうやって生きていくつもりなんだ!」
「責任逃ればかりしている、この卑怯な俺を殺してくれぇー!」
「・・・いえ、あの、大丈夫なんで、とにかく残りのご利益をどうにかしましょう」
ただひたすらに、宇江樹の善良さが際立つばかりの会話だった。
井雲が焦りのあまり口走った意味不明な諸々を、どうにかよきに計らってしまった宇江樹は、最終的にはその人の良さで全てを引き受けてしまったのだ。
あまりの善良さに、芦は何故か使命感に駆られ、その人の良さを糾弾し、井雲は自責の念に駆られて床に泣き伏せる。
そしてその二人の大騒ぎに、何か楽しいことでもしているのかもしれないと思ったのか、楽しそうに「み!」と声を上げるみーさんと、諦めの笑みを浮かべて全てを受け入れている宇江樹。
騒ぎは収まる気配なく、暫くの間、盛大に続いたのだった。




