白の魔法騎士。6
月光が照らす魔法科大学屋上は、眩い光に包まれていた。
魔法学園島の中心部に位置する、最も高い塔のような大学で、海斗は身を白の魔力に包まれている。
杉沢はあまりの光に視界を覆われるが、なんとか海斗の姿を見ようとする。
「伝装……だとッ?」
熱帯夜には似合わぬ黒いコートに黒い仮面をした女は忌々しげに呟く。
光は徐々に消え、海斗の姿を鮮明に晒す。
「聖遺物には意志がある。その意志に認められなければ、聖遺物の力を解放することはできない。僕は、十年共に過ごして、ようやく少しだけ認められたんだ」
優しく、まるで子供に微笑むかのような表情で海斗は答えた。
その姿は、神々しいの一言。
身を包む鎧は、新雪のように美しい白。夜空に翻るマントは、まるで雪のようだ。
そして、頭上には金色に輝き、多くの宝飾が施された王冠が乗っていた。
まるで、王様。いや、今の海斗は神話に出てくる王以外に説明はできない。
「おいで。本当の主が、キミならわかるだろう?」
子供を呼ぶかのように誰かに向けて呟く海斗。片手をゆっくりと女に向けて広げた。
すると、女の持つ聖剣エクスカリバーがガタガタと、剣自身が身震いでもしたかのように震え出す。
「な、なんだ!?」
「元あるべき場所に、帰って来てもらうだけだよ」
仮面の女は聖剣エクスカリバーを離さない。しかし、震え出した聖剣エクスカリバーは、やがて嫌いな人物から逃げるかのように無理矢理女の手から離れた。
意志がある、先ほどの海斗の言葉を助長するかのように聖剣は動く。
やがて、ゆっくりと下降した聖剣は海斗の手に収まると、白い魔力が海斗の身体全身を包む。
「な、聖剣に意志があるだと!? バカな! 私の研究では……」
女は狼狽え、海斗の持つ聖剣エクスカリバーを見つめる。
そんな女に答えるかのように海斗は、呟いた。
「もちろん、どんな聖遺物にも意志はある。無論、杉沢さんが使っていた聖遺物にも。精霊とは違う、でもキチンとした守り子様が存在する」
「ま、守り子だと!? 聖遺物は私達に力を与えるだけのモノだろうが!」
海斗はゆっくりと聖剣の柄を握り、質感を確かめると、その刃を女に向ける。
「モノじゃない。聖遺物は人そのものだ。僕に彼女は教えてくれた」
「何をバカなことをッ! 今すぐ、奪い返してもらおうか!」
女は聖剣レーヴァテインを両手で握り、海斗に向かって飛びかかってきた。
上空から襲いかかる女。その勢いは、鳥が空を泳ぐ際の最高速度と遜色ない。
だが、海斗は聖剣を振るわず、片手だけを前に出した。
その掌から、白い魔力がほんのりと醸し出される。
「私の聖剣だ! 返せ!」
レーヴァテインの刃が振り下ろされた。その瞬間、周囲に衝撃が生み出される。
突風から顔を腕で守る杉沢。すぐに海斗の名前を叫んだ。
「海斗さんッ!」
風が止み、海斗の姿が再び視界に現れる。
その光景に杉沢は目を見開いて驚いた。
海斗は片手で聖剣レーヴァテインの刃を受け止めていたのである。
まだ優しく笑う表情を崩していない海斗は、口を開いた。
「白の魔力は、魔力を打ち消す。つまり、あなたの身体能力上昇魔法をうち消せば、あなたくらいの太刀筋など片手で受け止められる」
「何をふざけたことを! 星光・滅剣ッ!」
レーヴァテインの刃が光る。剣術魔法の発動だ。
海斗は瞳を細くし、レーヴァテインの刃を握る力を強めた。
白の魔力で覆われるレーヴァテインは、光を失う。
「くっ!」
女は攻撃を諦め、後方に飛び退く。
海斗は片手を下げ、笑顔のまま構えた。
「あなたはレーヴァテインにすら認められていない。悪いけど、返してもらう」
「……くくくっ!」
伝装をした海斗を前に、仮面の女は狂ったのか、笑い声をあげる。その姿は犯罪者の犯行がバレた瞬間に酷似していた。
海斗は普通ではない女の様子に警戒する。
「ここまで聖剣に謎が多いとはな。さすが、昔から聖遺物に関して興味津々だった海斗だけある」
女の言葉に海斗は、優しかった表情が暗く染まった。
「……やっぱり、あなたは……」
「海斗の想像している事は当たりだ。だが、私もここで諦めるわけにはいかないんだ」
海斗にとって、この女は初対面の人間ではない。それどころか、特別な人間なのだ。だからこそ、思う存分に戦うことのできない相手なのだが、息を詰めて海斗は覚悟を決めた顔をした。
聖剣エクスカリバーを両手て握り、女と対峙する。
「……海斗さん?」
様子を変えた海斗に心配する杉沢。だが、海斗は振り返らずに答えた。
「大丈夫。杉沢さんは、もうすぐ到着する桜子達と一緒に見ていてくれ」
海斗はそれだけ杉沢に告げると、駆け出す。
同時に女も魔法科大学の屋上の床を蹴る。
「「ハァァァァッ!」」
仮面の女と海斗、両者の声が響き、二つの聖剣の刃に月光が反射した。
互いの刃は交差し、鍔迫り合いとなる。
聖剣レーヴァテインからは金色の魔力が。
聖剣エクスカリバーからは白の魔力が飛び散る。
二人を中心に衝撃が生まれた。
歯を食いしばる両者。違いがあるのは、互いの純粋なる力だ。
だが、力は互角。聖剣に眠る魔力は、戦闘に関与しない。
一度距離を取る海斗と仮面の女。
だが、再び地面を蹴ったのは海斗だ。
仮面の女は聖剣レーヴァテインを構えたまま、口を開いた。
「遠慮はいらない。海斗。君は誰よりも我慢していた筈だ。親に甘えたくても、変態同然の兄がいて、甘えん坊の弟がいて、君には申し訳無いことをした」
「……ッ」
海斗は奥歯を噛み締めて、聖剣を握る力を強めた。
仮面の女もレーヴァテインの刃を海斗に向けて振るう。
刃同士が擦れ、火花をあげる。
「いつでも兄弟で真ん中の君は、我慢していた。君に何も言わずに出て行ったことを許してくれ」
「くっ」
海斗は堪える。
仮面の女の力は緩まない。
この女に海斗は全力を出せない。
「海斗。ごめんね。だけど、私にも夢や目標があるの。だから、全力で私は君を……息子を――――――――――――――――――――殺す」
「……なんで、なんでッ!」
海斗の顔は歪んでいた。
相手の言葉に、精神状態を崩されている。
精神状態が錯乱しているからか、海斗は百パーセントの力を出した。
「なんで、今頃になってッ!」
「海斗、許してくれ」
金色の魔力が仮面の女から放出される。ブワッと広がると、女の力は飛躍し海斗は吹き飛ばされた。
壁に激突した海斗。砂埃をあげ、背中の痛みに顔をしかめる。
女に向かって走ろうとした海斗。だが、気がつけば、肩にレーヴァテインの刃が刺さっていた。
「ぐっ!?」
「私も本気を出す。本気で君を殺す」
「……それが、答え、なのか」
「君に情がないと言えば嘘になる。だが、私は今の魔法社会が気に入らないんだ。現場を覆すという夢がなくならない限り、戦い続けなければならない。その為には聖剣も必要なんだ」
「……今の魔法社会の何が気に入らないんだ」
「全てだ。例えば、魔法が秘匿扱いされていること。これが覆れば日本は世界最強の国となる」
「それが目的なのか」
「まだある。口にすれば数え切れない。その為には、例え海斗、君であっても私は倒して進まなければならない」
「……だから、この島を滅ぼそうとしてるのかッ!」
海斗は痛みに耐えながらも叫ぶ。
仮面の女は冷酷な雰囲気を醸し出したまま、言葉を続ける。
「島を滅ぼす、か。こんな島は革命の一歩に過ぎない。海斗、私の目的はこの島に眠る聖剣七種類全てを持ち帰ることだ」
「その為には、誰が犠牲になってもいいって言うのか」
「無論、研究に犠牲はつきものだ」
「……それが答えか」
海斗は歯軋りをたてて、身体を起こす。傷口から血が垂れる。その痛みが海斗を襲うも、全てを気力でねじ伏せた。
肩にレーヴァテインの刃が食い込んだまま立ち上がり、聖剣エクスカリバーを握り締めて睨む。
「僕は、この島が滅んでも関係はない」
「ならなぜ私の邪魔をする」
「それは、僕の……」
海斗は腹に力を入れて叫んだ。
「家族がいるからだッ!」
レーヴァテインが海斗の肩から離れる。
虎の咆哮にも似た叫びに、仮面の女は吹き飛ばされた。
「どこに、そんな力が」
「僕が皆を想う力だ。もう、誰も見失わない。誰にも悲しんでほしくない。だから、その為に僕は、あなたと戦うッ!」
「海斗……っ」
海斗は両手でエクスカリバーを握り、放出した白の魔力を刃に集める。ゆっくり歩み寄る海斗の白い残像が生まれた。
刃を居合い斬りでも放つかのように、床に垂らし、相手――――仮面の女を見定める。
一息吐き、魔力を全て足に流れさせ、全神経を研ぎ澄ませた。
白い鎧が輝き、足元を蜘蛛の巣状に割る。
体温は高い。
覚悟を決めて、海斗は地面を蹴った。
「お兄様!」
「海斗ッ!」
「海斗お兄様!」
到着したのか。桜子、紅葉、雪那の姿が視界の端に映る。
だが、気にせず海斗は進む。
この全てを一秒もせずに海斗はこなしていた。
光や音を超えたような速度。
一瞬の隙を見せた女に、海斗は突っ込む。
「……これが、僕の、皆を守り抜くと誓った力だッ!」
仮面の女は、すぐに抵抗の為にレーヴァテインを振るう。だが、よろけていたが為に力は入ってない。
海斗は聖剣エクスカリバーを走らせた。
刃が女の仮面に向かって走る。
だが、聖剣レーヴァテインと交差した。
海斗の攻撃を受けた聖剣レーヴァテインは弾かれ、弧を描きながら宙に舞う。
剣を紙一重で避けた女。そのすぐ側を通り過ぎる海斗。
その時点で勝敗は決していた。
「……僕には力がまだ足りないのか」
溜息を吐くかのように、その言葉は呟かれる。
その瞬間、女の仮面が欠けた。
次々と仮面にヒビが入り、やがてその仮面が落ちる。
「見事だったぞ。海斗」
くるりと振り返った女。
その顔に桜子や紅葉、雪那だけでなく杉沢も驚いた。
「居合い抜き・流仙。昔、私に向かって海斗の父親が放った技だな」
誰もが見惚れるほどの美人。つり目気味で大人の気品を漂わせる女性。彼女の名前は――――――。
「真崎 希華っ!?」
杉沢が叫ぶ。
海斗の実親にして、最初の魔法少女。現代最強の魔女だ。
「貴様のようなヒヨッコでも知られているとはな」
微笑む希華に、驚く杉沢。
そして、ゆっくりと海斗に向かって振り返る。
海辺からは花火の如く、光が空に打ち上げられていた。
「……時間か。今回は失敗に終わったが、今度は必ず聖剣レーヴァティンや海斗のエクスカリバーをいただく。時の流れに感謝するんだな、海斗」
「私達が簡単に逃がすと思ってるんですか?」
桜子や紅葉、雪那はそれぞれ戦闘態勢に入っていた。
「逃れるさ。例え、現代の魔力がどれだけ発達していようが、貴様らのような人間には負けん」
「なら試してみましょうか?」
桜子は扇を構える。
その瞬間に、希華は笑いながら海斗の元へと近づいた。
「今は貴様らの相手をしている暇はない」
「な、お兄様を殺すつもりじゃッ!」
桜子は掌を伸ばし魔力を放出する。
紅葉、雪那も同じように魔法を放とうした。
「貴様らは子供と親の再開を邪魔するような邪道な人間なのか?」
「それはこっちのセリフです。お兄様に何をするつもりですか!」
「勝手にアタシの海斗に触れんな!」
「海斗お兄様は、私のですわ。汚れた手で触らないでください!」
全員の魔法が一斉に放たれる。
砂埃をあげ、海斗と希華の姿が見えなくなった。
だが、すぐに海斗と希華は三人の目に入る。
宙を浮く希華と海斗。
「……海斗、強くなったわね」
「母さん……」
海斗はまるで赤子のように希華に抱えられていた。
「もし良かったら、私についてこない?」
希華から意外な申し出に、海斗は驚きを隠せず変な顔になる。
だが、首を横に振って海斗は否定した。
「僕は、皆を守るよ」
「……そう」
一瞬だけ、悲しそうな顔を見せた希華。
海斗もまた希華と戦うことになると思ったら、やはり辛い。だが、それは仕方のないことだと割り切るしかないのだ。
そんな海斗の頬に優しく手を添える。
「海斗、次会うまでの約束をしましょう」
「え?」
優しく微笑む希華は海斗を抱きしめた。




