白の魔法騎士。5
真っ白な空間に、海斗はいた。
目の前には真っ白な綺麗な女性。
「また会ったわね。クズ」
「え、いきなりクズ呼ばわり!?」
女性は微笑みながら、海斗に毒舌を浴びせた。とんでもない女だな、と海斗は思う。
「折角私を取り戻したのに、奪われるなんてゴミなの?」
「酷くないですか」
白い髪を揺らして女性は、クスリと微笑む。
「あなた、それよりも何にもわからないんですね」
「何も?」
「私の使い方です。何故、伝装をしないの?」
「伝装……?」
始めて聞いた言葉に海斗は首を傾げた。
「ええ、聖剣と言わず、高魔力を含んだ聖遺物は基本的に、その魔力で戦闘能力を高める為に、伝装と呼ばれる機能があるの」
「それはどういう感じなんですか?」
「それくらい、自分で感じなさい」
「え」
酷い扱いを受ける海斗。だが、なんだか女性は少し悲しそうな顔をしている気がした。
過去に何度か、彼女と逢っていることがあるような気がしている海斗。
不意に、海斗は女性に問う。
「……もしかして、あなたは」
「何よ、文句でもあるのかしら」
「いや、そうじゃなくて。君はエクスカリバーなのか?」
そう聞くと女性は頬を膨らませて海斗を睨む。
「どう見れば私がただの剣に見えるのよ。あなたの目は腐ってるのかしら」
「うぐっ……」
「それに、もしそうだったらあなた、とてもとーっても酷いわよね。そんな私を奪われてるって言うんだから」
「え、えーっと……」
「何よ」
「……すいませんでした」
なんだろう、海斗はこの女性と話していると懐かしさと、気軽さを感じていた。 なんでか、昔はよく遊んだような気がしてならなかったのだ。
女性は散々文句を言った後、溜息を吐いて海斗の事を優しく見つめる。
「でもま、これだけは教えてあげるわ。あなたは忘れてるけど、私を元に戻す為にあなたは聖剣エクスカリバーを宿すことを決意したのよ」
「元に……戻す!?」
驚きの言葉に海斗は目を見開く。
だが、女性は汚物を見るような目で海斗から距離を取る。
「そんなにジロジロ見ないでくれる? 気持ち悪いから」
「どうゆうこと?」
「ま、そういうことよ」
女性の姿が薄くなって行く。
「時間ね。ここは仮想世界。あなたの内側の世界よ。今はあなたに伝えたい事があって現実世界では死んでもらっているわ」
「え!?」
「そろそろ、戻らないと心臓が永遠に止まっちゃうから。しばらくは会えないと思うけど、頑張ってね。海ちゃん」
その言葉は、海斗の脳を揺るがす。
瞬間、海斗はそんな名前の呼び方をする子を知っている。
海斗は彼女の名前を呟こうとした。
その時、女性は人差し指を海斗の唇に当てる。
「……時間よ。海ちゃん。皆を助けてあげて。さくちゃんやゆきちゃん、もみちゃんを助けたいと思えば、伝装は離れていても応えてくれるわ」
「皆を……!?」
「いってらっしゃい」
笑顔を見せた女性は海斗の身体を軽く押した。
すると、流された船のように海斗は女性から離れていく。
海斗は何度も彼女の名を呼ぼうとした。だが、海斗は最後まで彼女の名を思い出すことができない。
海斗は白い世界から、消えた。
◆
杉沢 愛理は、桜子の魔法が解け魔法科大学の庭園一階に辿り着いていた。上へと視線を移すと、物凄く高いのがわかる。
意を決して地面から飛び、杉沢は身体能力に魔力を回し、いっきに屋上までかけあがった。
屋上に降り立つと、そこには海斗が横たわっている。
「海斗……さん?」
海斗を見つけた杉沢。
倒れた海斗の腹部から血液が水溜りを作っていた。瞬間、彼女の脳裏には最悪の光景が浮かぶ。
海斗の死。杉沢は折角自分の気持ちを認めたのに、その想い人は息をしていなかったのだ。
杉沢は半分死んだように、膝を着いた。
「そ、そんな……」
両目から溢れる涙。
風が一際強く吹き、背後に視線を移すとそこには黒いコートを羽織り、空を歩く女の姿。
杉沢は拳を硬め、女を睨みつけた。
「……海斗さん、仇は討ちますからです」
両手を固く結び、杉沢は魔力を指先に集中させる。
「海斗さんの……仇ッ! 絶水・号砲ッ!」
瞬間、杉沢の手から水の大砲が発射された。
空を歩く女は振り返り、杉沢の放った魔法に気がつく。
水の大砲に向け、黒仮面の女は白い剣を振る。
大量の水は宙に消え、黒仮面の女は杉沢の姿を捉えた。
「消え去れェェェッ……!」
杉沢は溢れんばかりの魔力を放出し、その全てを水に変えていく。
全ての魔力を水へと変換し、その水は杉沢の周囲を徘徊する。まるで、水でできたメリーゴーランドだ。
仮面の女は聖剣エクスカリバーと聖剣レーヴァテインの二つを構え、杉沢に対して臨戦態勢を取る。
「クククッ! 中々面白い魔法を使うな」
「許さないですッ!」
杉沢が叫ぶ。その音量、迫力はライオンの咆哮にも負けない。周囲の建物は震え、仮面の女も耳を抑えなければならないくらいだ。
強く叫んだ後、杉沢は片手を仮面の女に向けて掲げ、再度叫ぶ。
「水塵・牢爆ッ!」
杉沢の水の城から、光線の如く水の槍が走る。その数は無数。マシンガンのように放たれた水の槍の行き先は仮面の女だ。
二対の聖剣を構えた女は、刃を十字架に見せるかのようにクロスさせ、杉沢の放った魔法を待つ。
「これが、聖剣が二本揃った力だッ!」
水の槍が届く。
氷つくように次々と女を襲う水の槍。
周囲には爆発めいた音が響く。
数百本水の槍を放ち終えると、杉沢の周囲には、さっきまであった大量の水は消え、既に雨上がりの水溜りくらいの量しか残っていなかった。
レベル八で、既に多くの戦闘をこなしてきた杉沢の息は上がり、余力全てを出し切っていたのだ。
つまり、杉沢は一撃で仕留めるつもりだった。
「甘いな」
空中にて凍りついた筈の女が、纏わり付いた水の結晶を飛び散らせる。爆発にも似た魔法の破壊をした仮面の女は、ゆっくりと二対の聖剣を杉沢に向けた。
一撃で倒せなかった悔やみと、聖剣二対の前に絶望を隠せない杉沢。奥歯を噛み締め、残りの魔力を全て引き出す。
「水塵・呼寄ッ!」
杉沢は戦闘に必要な水を呼び寄せた。水が少しでもあれば、コントロールに魔力を割くだけで、後は水の力を使えばいいだけなのだ。
周囲に散った筈の水が杉沢の元に舞い戻り、再び水の城が蘇る。
その光景を目にし、仮面の女はクスリと笑った。
「くくくっ」
「な、何がおかしいですか!」
笑われたことに関して怒ったのではない。杉沢は海斗を殺し、平然として尚且つそんな海斗の死を忘れているかのような態度に腹が立っているのだ。
笑みを終えると、仮面の女は言葉を放った。
「おかしいだろう、今、貴様のその魔法は破られたばかりなのだぞ。なのに、再び同じ魔法で私を倒そうとしている。これだけ滑稽な話があるか?」
「やってみないとわからないですッ!」
「そうか。魔法に感情論は存在しないのだがな。まぁいい、レベル八止まりの貴様を相手にしている時間はないッ!」
聖剣レーヴァテインと聖剣エクスカリバーが光出す。それは、聖剣に眠る魔力を扱う証明である。
一度、聖剣までとはいかなくとも聖遺物を手にした杉沢は理解していた。聖遺物に眠る魔力を放出すれば、杉沢という個人だけではなく、島全体が危ないのだと。
杉沢は海斗の為、学園島の為に、今最後の魔法を放つ。
「はぁぁぁぁぁっ!」
両手を上空に向け、天から何かを集めるかのような杉沢。声をあげ、苦痛を叫ぶことで感じないようにしているようにも見える。
大量の汗が溢れる中、杉沢は叫ぶ。
「水塵・牢爆ッ!」
空かさず、仮面の女が叫んだ。
「同じ魔法は効かないと言っただろうが! バカめェェェェッ!」
聖剣が魔力を放つ一瞬。
突然、女の視界がぼやけた。
「ごぽぉっ!?」
四肢が重い、身体が重い、まるで、そう語っているかのような動き。
杉沢から見た仮面の女は、巨大な球体に呑み込まれている。
杉沢は先ほど、水の城を蘇らせる際に、海水を呼び寄せていた。近くに飛び散った水達とは距離が違うので時間がかかったが、時間差で女を閉じ込めることに成功したのだ。
宙に浮くプールのような球体に閉じ込められた女に向けて、杉沢は呟いた。
「水破・牢……。一年生の一学期で、一番最初に教えてもらった魔法……です。どんなモノでも、最初は造形することから教えられますです」
杉沢は魔法を造形することしかしていない。魔力が限りなく少ないからもあるし、水に纏わり付かれたら最後、仮面の女はでることができないから、杉沢は考えて魔法を放ったのだ。
水中で酸素がなくなり始めたのか、女は苦しそうに動き始める。だが、水の外へ脱出を試みても、水はされを許さない。
「あなたには捕まってもらいます。それが、海斗さんへの罪滅ぼしです」
杉沢は悲しそうな顔をした。
修羅の如く怒っていた筈だが、それではいらぬ争いを作るだけ。海斗が帰って来るわけではないと思い直し、杉沢は殺すのをやめたのだ。
しかし、仮面の女は諦めていなかった。
聖剣エクスカリバーから、微弱だが白の魔力が溢れ出す。
「な! まだ抵抗するですか!?」
すると、女はニヤリと笑い、聖剣レーヴァテインを杉沢に向けた。
女かどんな魔法を使うかもわからない以上、杉沢に動くことはできない。
そこで、杉沢は歴史の授業を思い出した。
聖剣と呼ばれる聖遺物には、それぞれ色の魔力という特殊なモノが眠っている。 今見た聖剣レーヴァテインは金色。その魔力はどんな魔法も跳ね返す。そして、白は吸収だ。
全てを思い出し、杉沢は魔法を解いた。
「ごぽぉっ!?」
何かを叫んだのだろう、仮面の女は驚いているようだ。
それもそうだ、白の魔力を発動しようとしたのに、水を造形している魔力が吸い取れないのだから。
杉沢は、水を造形していた魔法を解くということは、遥か上空からのバンジージャンプである。それも重い水と一緒に。
水中から逃れることも、落下から逃れることもできない。
これは魔法ではない、自然の力だ。
「……抵抗しなければ、死ななかったのに……」
杉沢は仮面の女を見つめた。
水と共に死のダイブを迎える仮面の女。
哀れ、そう思った杉沢は女から視線を逸らし、背中を向けた。
「悲しいかな。これが現実だ」
その声に杉沢は、すぐに振り返る。
「……えっ!?」
気がつけば、杉沢の両胸部に刃が迫っていた。
そこには、仮面の女が水に濡れていない姿で襲いかかってきていたのだ。
――――どうやって!?
その思考が杉沢の脳を埋め尽くす。
女が水とのバンジージャンプを避けるなど不可能だった筈なのだ。だが、現に奴は杉沢の心臓を捉えるべく刃を走らせていた。
「甘いッ! 自然界の五元素は、魔力に変えられると習わなかったか!」
「な!?」
自然界の五元素。炎、水、風、土、雷は全て魔力に変換できるのだ。
杉沢はその事実を知らない。だが、魔力から五元素になるように、五元素から魔力もある。
聖剣の刃を寸前のところで回避した杉沢。
しかし、彼女の頬をエクスカリバーが掠る。
「おめでとう、貴様が聖剣の餌食一号だ」
杉沢の体制は次なる回避が不可能。
聖剣レーヴァテインの刃が杉沢の身体へと走る。
鋭く光る聖剣。刃は金色の魔力を帯びていた。
もうダメだ、誰もがそう思わずにはいられない。
魔力も残りがないし、水魔法では吸収されて意味なんか皆無。
瞳を固く閉じる。
杉沢の命が消える瞬間だった。
「……ご、めんっな……さぃッ!」
海斗に向けた謝罪は、誰の耳にも届くことはない。
筈だった。
「謝らないで、僕の方こそごめん」
一人にだけは届いていた。
白銀に染まる彼は、微笑んだ。
ついさっきまでいた仮面の女は見えない。
「……生きていたか」
どこからか忌まわしい声が響く。
しかし、その声の主と思われる女の姿は、杉沢の視界いっぱいに広がる男で見えないのだ。
男は杉沢に振り返る。
「女の子なのに、傷つけてごめんね。ここからは僕が戦うから」
海斗が笑った。
杉沢は泣きそうになったが、なんとか我慢する。
頭を左右に振って、海斗の謝罪を否定するも、海斗は既に杉沢を見ていなかった。
今見ているのは、仮面の女。
その女に向けて、海斗は叫んだ。
「伝装ッ!」




