白の魔力と。3
海斗は驚きのあまり目を見開き、生唾を呑み込んだ。この世に二つと存在しないものが二つある。海斗は自分そっくりのドッペルゲンガーを見たかのように動きを止めた。
隣にいる雪那も驚きのあまり、放出していた魔力が途切れる。
「聖剣エクスカリバーが二つも……!?」
「くくっ、その顔が俺は見たかったんだよ、雪那ちゃん」
雪那の溢れた呟きに反応する大和。顔に手を当てて笑う大和は、握った聖剣の刃を海斗に向けた。
月光が反射し、刀身が白く煌めく聖剣エクスカリバー。海斗のような一般人でも、溢れる魔力は目に見える。
拳を握り直す海斗。
大和が手加減していたのは言うまでもない。だからこそ、倒すのならさっきの一撃で仕留めなければならなかったのだ。油断や余裕があったわけではない。しかし、一撃で仕留められなかった自分を海斗は責めた。
「海斗お兄様……」
心配して海斗を見つめる雪那。
だが、さっきしかチャンスがなかったからといって、ここから先未来永劫チャンスがないわけではない。
大和の性格を考察するに、じっくりと痛めつけるのが彼の作戦だろう。折るのなら中から。それは大和がまだ優しかった頃に海斗に常々言っていた言葉だ。
「……わかった。大和、僕は絶対に負けない!」
「海斗お兄様! 無謀です!」
「だけど決めたんだ。僕はもう誰も失わないし、誰にも傷ついて欲しくない。だから戦う」
海斗は決意の秘めた眼差しを雪那に向けた。その表情をした海斗は何を言っても聞かないと雪那は知っている。
だからこそ、雪那は海斗に戦わせるわけにはいかなかった。大切な人を失いたくないのは雪那も同じだ。
雪那は両手を夜空に向けて叫ぶ。
「氷塵・氷豪雨」
突然、雲が夜空を埋め尽くす。月の明かりも途絶え、灰色の空が支配する。
「これは、海斗の挑戦放棄とみなしていいのかな?」
「ふふふ、中学生だからどういう状況かもわかっていないんですよね」
怪しく笑う大和と馬原。
だが、雪那は瞳を鋭くして馬原と大和の両方を睨みつける。
「雪那! これは僕の戦いなんだ! だから雪那は――――」
「ええ、知っていますわ。海斗お兄様は大和さんに殺されてもいいと言うおつもりでしょう? ですが、それは凄く困るのです」
雪那は一度鋭くした瞳を緩ませ、海斗に笑みを見せる。
「海斗お兄様、私は海斗お兄様だけが生きていればいいのです。もちろん、桜子お姉様や紅葉お姉様には申し訳ないのですが、私は海斗お兄様、ただ一人が世界で生き残れば幸せなのです」
「な、なんで……」
雪那は海斗の胸倉を華奢な手で掴み、軽く触れるだけのキスをした。
壊れそうな唇は、唇越しでもわかるほど柔らかい。
海斗の胸倉を離し、キスを終えた雪那は微笑みながら言った。
「それは海斗お兄様が異性として愛してるからですわ」
心臓が鷲掴みにされたかのような感覚。それは、海斗の禁断症状が現れたからではない。海斗自身が雪那の姿に、魅力を感じからだ。
雪那は海斗を押し退けると、すぐに大和と馬原を睨みつける。
「さぁ、今の私はあなた方二人では倒せませんわよ!」
「ほう、ファーストキスを海斗に捧げたか。俺も怒りで身が千切れそうだよ」
「少しは楽しませてくれるわよね?」
大和の余裕が消え、馬原は未だに聖剣を手にしているという優越感が消えていない。
海斗は雪那の隣に立ち、一度深呼吸をして落ち着いた。
「ありがとう雪那。なら僕は桜子ともみねぇを助ける」
「ええ、そうしてくれると大変助かりますわ」
それ以降、雪那は海斗に視線を向けることはなく、じっと相手を見据えている。真剣な表情で魔法を放つ雪那が、かっこいいとさえ思った。
雪那と大和と馬原、三人の無言が続く。
そして、最初に動いたのは雪那だった。
「じっとしていますと、死にますわよ?」
雪那が口を開いた瞬間、分厚い雲から氷の刃が降り注ぐ。その大きさは保存大樹となんら変わりはない。
先端が尖り、まるで巨大な牙が落ちて来たかのようだ。
降り注ぐ氷牙に、馬原も大和もただ黙って雪那を見据える。
「……レベル九も落ちたわね」
「そういうな、雪那ちゃんは多分海斗を巻きこまないようにと力をセーブしているんだよ」
氷の塊が雨のように降りしきる地で、大和と馬原は聖剣エクスカリバーを構えた。
そして、そのまま雪那へと駆けていく。
雪那は迫る馬原と大和を睨みつけ、呟いた。
「氷塵・極寒光線」
落下していた氷塊が雪那の言葉に反応し、次々と弾け飛ぶ。
弾け飛んだ氷の欠片は、全てを凍らせながら光線の如く馬原と大和に進む。
速度はレーザー弾と変わらず、空気さえも凍らせ、宙には氷の光線が無数に描かれる。
馬原はすぐに凍てつく光線を聖剣エクスカリバーで防ぐ。白の魔力を含んだ聖剣エクスカリバーは雪那の放つ魔法を吸い取るかの如く、極寒光線を消し去る。
隣接する大和も同じように極寒光線を防ぐが、魔法少女ではないからなのか、極寒光線は大和と聖剣エクスカリバーを凍らせた。
「なッ!?」
驚きのあまり声をあげる大和。
しかし、雪那には大和へと視線を割いている暇はない。
聖剣エクスカリバーを振り上げ迫る馬原。
雪那は片掌を掲げ、叫んだ。
「氷塵・吐息ッ!」
華奢な掌から放たれた魔法は、竜の息吹の如く目の前を凍らせる魔法。
馬原はその射程に入っていた。
だが、振りあげられていた聖剣が振り下ろされ、氷塵・吐息は魔力に変換され吸収されていたのだ。
狂気に満ちた馬原の笑顔が雪那の視界を埋める。
「これで、終わりよッ!」
聖剣エクスカリバーの刃が一直線に雪那の心臓めがけて走った。
雪那はすぐにもう片方の手を上げ、叫んだ。
「氷塵・防御ッ!」
氷の壁が顕現する。だが、馬原はその氷の壁を突き破り、そのまま雪那を串刺しにしようと迫ってきていた。
後はない。魔法を何度も使う連続魔法は、どんな魔法使いにおいても脳に負担をかけ、最悪の場合死に至る。最低でも一秒以上は置かなければ、三重発動は死を意味するのだ。
雪那は唇を噛み、接近する聖剣を睨む。
――――どうする?
雪那は自問自答した。だが、考えは浮かばない。ここで連続魔法を使用したとして、雪那はこの連続魔法(既に二度防御で魔法を使っている)で大和と馬原を一撃で仕留めなければ、もし雪那が倒れた場合、海斗の身に危険が及ぶのだ。
刻一刻と迫る馬原の放つ刃。
雪那は考えるのを止め、魔力を全て放出した。
「まだ足掻くというのですか! 連続魔法は脳に負担が――――」
瞬間、馬原は唖然とする。
今視界を埋めていたのは雪那の困惑した表情。思い描いていたのは雪那の心臓に剣を突き刺し、血まみれになる浜辺。
だが、気が付けば馬原の目の前には氷のドレスを纏った女性と雪那が立っていた。
さらに驚くべき事に、聖剣エクスカリバーは手元にはない。
雪那が聖剣エクスカリバーを握っていたのだ。
一瞬の内に何が起こったのか、わけがわからなくなっていた。
「……精霊魔法」
その言葉で全て理解した馬原。
いつの間にか地面にひれ伏していた馬原は立ち上がり、雪那を睨みつけた。
「……その女性はまさかッ!」
「……ええ、そのまさか、ですわよ」
雪那は大量の汗を浮かべながら、二コリと微笑む。
未だに身体の至る箇所を氷漬けにされたまま動けないでいた大和が呟く。
「精霊魔法……氷の嬢王――――シヴァを召喚したというのか!?」
苦悶の表情を浮かべながら雪那は答える。
「そうですわよ。私は第零学区魔法犯罪科総監督教授の小石川 雪那。精霊魔法の一つも使えなくて、総監督教授は名乗れないわ」
丸腰状態の馬原は、クスリと微笑む。
「でも、魔力を大半使ったようで危ないんじゃないかしら? それに連続魔法も発動したようだし、体力の限界じゃないかしら?」
「…………」
図星だった。雪那は齢十五歳。中学三年生なのだ。
そんな彼女が総監督教授を名乗ってるのは、多くの知恵と魔法を扱えるからであって、他にも財力や論文などといった魔法学におけるエキスパートだからである。
しかし、魔力の総量だけは桜子や紅葉に劣るのだ。魔力は年齢ごとに上昇していき、三十歳前後で魔力のタンクは完成される。
つまり雪那は発展途上。精霊魔法はその上、雪那の魔力では全てを出し切る事でしか使えない奥の手だった。
雪那はそんな図星を突いた馬原に笑顔を向ける。
「それが、どうしたんですの? 私はまだ負けたなどとは一言も言ってませんわよ」
「中学生はやっぱり生意気なのね」
「そう思うのなら、是非とも御教授願いたいですわ。シヴァの攻撃をどうやって防御するのかを」
薄く微笑み、雪那はシヴァを見つめた。
すると一度だけ頷き、シヴァは宙に浮く。
シヴァが軽く浮いた衝撃だけで、馬原の足元が凍りついた。
「なッ!?」
「シヴァは全てを凍らせる精霊。氷の嬢王」
シヴァは両手を夜空に向ける。空気が彼女の両手に集まり、大きな水色の光となった。
「眠りなさい。第一学区魔法科精霊学担当教諭、馬原 秀歌ッ!」
雪那の叫びが夏の空に響く。
宙に浮いたシヴァは、光の玉を馬原に向ける。
瞬間、極寒の地にいる以上の寒気が馬原を襲う。
光の玉が弾け、海、浜辺、道の全てを凍らせていく。
「こ、こんな筈じゃぁ……」
大和はただ怯えているのか、それとも見惚れているのか、茫然としていた。
「氷天・幻戎ッ!」
凍える――――いや凍り死ぬ程の冷激風が馬原を遅う。
浜辺も海も凍りつき、やがてシン……と静まり返る。
そして、雪那は片手を馬原がいた場所に向けて、指を鳴らした。
パチンという親指と中指の擦れる音が響き、凍った物全てがガラスを割ったかのように破裂する。
シヴァはそのまま魔力の欠片となって宙に消えた。
残り魔力一割しかない雪那は、体力の限界を迎え、その場に倒れ込む。
激しく息切れする雪那。だが、そこに二つの足音が響いた。
足音からして、桜子と紅葉だろうと思った雪那。
顔を上げると、そこには馬原が笑顔で立っていた。
「――――――そんなッ!?」
「ウフフ。忘れたのかしら? 私は馬原 秀歌。精霊魔法学を教える教師よ。そんな私が……」
馬原はイヤリングを見せつける。
それは、魔法無効化などという便利なアイテムではない。
だが、授業などで精霊を現し、機嫌を損ねて暴走した時に止める聖遺物。
「精霊静寂アイテム……!?」
「そうよ。生徒が最初から精霊を呼びだしてしまった時の為の保険よね。政府から支給されるアイテムなの。だから、私は精霊魔法が効かないのよ」
ならば途中の弱気な顔は演技なのか。
雪那の胸中にはその疑問が浮かび上がる。
だが、これ以上反撃する気力もなく、雪那は倒れそうになった。
「恥じる事はないわ。誰にだって失敗はある。そう、今のようにね。でも安心して頂戴。私が、魔法科大学第零学区魔法犯罪科総監督教授の座をキチンとこなしてみせるから」
悪魔のように微笑んだ馬原は、聖剣エクスカリバーを握っている。
どうやら、雪那が精霊魔法を仕掛けた間に、再び奪い取ったのだろう。
振り上げられる聖剣。
「これで、私が――――魔法科大学の教授ッ!」
振り下ろされる刃。
雪那は重たい瞼を閉じ、最期の時を待った。




