白の魔力と。4
「諦めるなッ!」
海斗の声が夜の浜辺に響いた。
「そうよ、諦めたら全て終わりですよ。雪那」
「ったく、そんな小さい身体で精霊魔法なんて使ってどうするんだよ」
瞳を開くと、そこには海斗、桜子、紅葉の姿があったのだ。
海斗は微笑みながら、雪那の身体を支える。
「皆様……? ここは天国ですの?」
「何言ってんだよ雪那。馬原ならアタシが何とかした」
雪那の寝ぼけたような言葉に、紅葉が雑に返す。
黒光りしたライダースーツに、赤いポニーテール。金と銀の双眸は間違いなく紅葉だ。
隣にいる桜色の髪をした清楚で大人の雰囲気を醸し出すのは、桜子。
そして、青い髪をした青年は、雪那の兄で思い人の海斗だ。
三人は微笑み、ボロボロになった雪那の頭を撫でる。
「わ、わけがわかりませんわッ! 私、今死ぬ所だった筈ですが……」
その言葉に、紅葉はキョトンとした顔で答えた。
「あれの事か?」
人差し指を向ける紅葉。その先には馬原が仰向けになって倒れている。距離にして言えば数百メートル。随分遠くまで飛ばされている。
「雪那、待たせてゴメン」
「海斗、お兄様……。成功したんですか?」
「うん、なんとかね」
海斗は雪那が戦闘中、大和の仕掛けた聖遺物――箱舟とやらに閉じ込められていた桜子と紅葉を救い出していた。その聖遺物の解除方法が、つい先日見ていた『現存する聖遺物の操作方法について』と酷似していたのだ。それを完全読破していた為、桜子と紅葉を解放できたのである。
本来、大和はそれを阻止する筈だったのだろうが、全力で雪那が大和をも足止めしていたのだ。
結果、海斗は桜子と紅葉を救い出し、雪那はその姉達に救われた。
自然と涙がこみ上げてくる。
「お姉様ぁぁぁ……怖かったよぉぉぉぉ……」
余程怖かったのだろう、雪那は紅葉の豪快な胸に飛び込んで顔を左右に振った。そんな雪那の頭を撫でて、皆が笑う。
だが、終わりではない。
海斗と桜子と紅葉は、大和と馬原を睨みつける。
「……また、あなた達レベル九が邪魔をするんですねぇ……。最も、少しでも大和さんが強ければ、変わっていたんでしょうが」
「フン、俺のせいにする辺り、君もムキになっていたんじゃないか?」
馬原の文句に毒舌で返す大和。
大和はようやく動けるようになったのか、足元の凍りを払い、機嫌が悪そうな顔をしている。
対する馬原も立ち上がり、洋服についた砂を振り払う。
桜子と紅葉は猿を見つけた犬のように警戒する。
だが、その二人を海斗が制した。
「桜子、もみねぇ。ここは――――僕がやる」
「え!? お兄様!? 何を言っているんですか! お兄様は先ほど白の魔力を使ったばかりじゃありませんか!」
「そうだぞ海斗。ここはお姉さんであるアタシの見せ場じゃないの?」
海斗は首を横に振って答える。
「僕に大それた力はないよ。だけど、今、魔法科大学を破壊しようとしているイージス艦を落とせるのは桜子と、もみねぇに雪那だけなんだ。だから、この二人は僕が食い止める」
「ですが、海斗お兄様の力では……」
「今の僕にはこれがある」
海斗は浜辺の中から剣を取り出した。
それは、先ほどまで馬原が握っていた聖剣エクスカリバーだ。
溢れる白の魔力を感じ取ると、海斗は呟いた。
「……本物だね」
「え?」
「いや、何でもない。僕に剣を持たせたら、一番強いって知ってるでしょ?」
海斗は皆に二コリと微笑むと、三姉妹は「うぐっ」と言って喉を詰まらせる。
皆を守る。それが海斗の生きる目標となった今、剣道にも精通しているのだ。故に、何度も三姉妹には相手をしてもらっていた。当初は負け続きだったものの、今では三姉妹の剣は海斗に触れる事さえない。
海斗は聖剣を構え、視線を馬原と大和の二人に移す。
「桜子、もみねぇ。雪那をよろしく頼む」
「……仕方がないな、桜子、雪那。行くぞ」
「しょうがありませんね」
「海斗お兄様、剣を持ったからといって油断してはいけませんわよ」
そう告げながら去る三姉妹。
その光景を見て馬原は驚きながら、口を動かす。
「案外薄情なんだね、お宅の姉妹さん」
「ま、海斗がダメな男だとやっと気付いたんだろう」
先ほどの戦闘など忘れてしまったかのように油断を見せる馬原と大和。
二人の笑い声が聞こえると、海斗の中で怒りが込み上げてきた。
桜子と紅葉を閉じ込め、さらに雪那まで傷つけた馬原と大和。この二人はどうしても未来永劫許す事ができない。
海斗は奥歯を噛み締め、桜子達がイージス艦に向かったのを確認すると、怒りを魔力と共に噴射させた。
「……誰が薄情だって? お前ら二人が、誰の事も薄情だなんて言っていい理由にはならない」
両手で構えた聖剣エクスカリバ-から魔力が漲る。
まるで、雪那が精霊魔法を放ったかのような魔力が周囲に拡散された。
目を疑った大和と馬原。そこにいるのは、さっきまで凡弱な一人の青年だった筈なのだ。しかし、今はSランクの聖遺物――――聖剣エクスカリバーを握る魔法騎士。
溢れる白の魔力に、思わず馬原は後ずさる。
「あ、あははは。こんなのデタラメですよ! ねぇ!
「海斗にこんな力が? 認める筈がないだろう!」
大和と馬原は同時に走り出す。
浜辺を駆け抜ける二人は速い。
だが、その速さは海斗を殺すと意気込んでいたさっきよりも遅い。
まるで、恐怖で立ち向かっているかのようだ。
しかし、散々姉妹を傷つけられた海斗に正常な思考は不可能である。
迫りくる二人は、海斗の目にはただの悪にしか写っていない。
「兄より優れた弟なんぞ――――存在してはならないんだァァァァァァッ!」
聖剣エクスカリバーを振り上げ、海斗に向けて振るう大和。
「それは私のもの――――もう、あなたの所有物じゃないのよッ!」
近接魔法の砂を操る馬原。
二人の攻撃は、同時に海斗に届いた。
「……いらない」
「「は?」」
攻撃を受け止めた海斗。その呟きに、大和と馬原の二人が首を傾げた。
海斗は一度深呼吸をして、叫ぶ。
「悪はこの世から、いらないッ! 全て消し去るッ! 僕の正義は、姉と妹達だッ!」
気迫だけで大和と馬原は押しのけられた。
馬原の魔法は、魔力となって聖剣エクスカリバーに吸収される。
大和の聖剣は……聖遺物の大量生産物のレプリカだったのか、刃は脆く、すぐに砂と化した。
数メートル飛ばされた馬原と大和。
すぐそこにいる海斗は、海斗ではないと二人は思いこむ。
ゆっくりと立ち上がり、馬原は掌を海斗に向けて掲げた。
「砂塵・竜巻ッ!」
砂を含んだ竜巻が、馬原から発生させられる。
全長何十メートルという高さの竜巻。
巻き込まれれば、四肢がなくなるどころでは済まないし、もしかしたら簡単に死ねるかもしれない。
だが、海斗はゆっくりと歩き、近づいた。
「こんな魔法で……僕らを……僕らの絆を壊せると思うなよッ!」
聖剣一振り。
真の所有者が振るう事で、発揮される聖遺物の潜在能力。
それは、魔法に対し聖剣を振るうだけで魔力へと変換し、自らの魔力総量へと吸収するという驚異的な能力だ。
聖剣エクスカリバーは、本来の所有者である海斗の手に戻った事により、その能力を解放した。
つまり、魔力を大量に消費して発動したであろう竜巻を一瞬にして魔力へと変換し吸収したのだ。
竜巻の影から現れる海斗。放たれる雰囲気は、まるでテロを壊滅させるかの如く集められたエリートだ。
馬原はすぐに新たな魔法を発動するべく、片手を掲げる。
だが、海斗はその隙を逃さずに一瞬で馬原との距離を詰めた。
「普通の人間が――――こんなに速く動けるわけ―――――」
「僕が普通? 笑わせないでよね」
ゼロ距離で振られる聖剣に、肩を貫かれた馬原。傷が痛み、血液が溢れる。
それだけでは飽き足らず、海斗は馬原の脇腹に蹴りを放つ。
バキンッという金属をへし折ったかのような音が響き、馬原は海へと吹き飛ばされた。
「がはッ!?」
数メートル飛び、馬原は海の中へ身体を沈める。
馬原を仕留めた海斗は、次に大和を睨む。
「お前……本当に海斗なのか!?」
「ああ、そうだよ」
ゆっくりと近づく海斗。
「……なるほど、魔力を全て身体能力に回しているのか。海斗らしいっちゃ海斗らしい」
「説明はいらない。さっさと勝負の続きしようよ、兄さん」
背筋を震わせた大和。
それだけ海斗の放った一言が、大和の自信を揺さぶった。
兄より優れた弟など、この世のどこにもいらない。
大和はいつしか、聖剣エクスカリバーを操る海斗を殺したいとさえ思っていた。
三姉妹の事など、今はどうでもいい。今は、海斗を殺せればそれでいい。そう思えば思うほど、大和の視線は鋭くなった。
腰に装着していた光線魔法専用銃を取り出す。
速撃ちをするかの如く、魔法で作られた光線が放たれる。
大和が今使ったのは自らが開発した量産型聖遺物。
その攻撃に対し、海斗は片手を掲げる。
「バカなッ!?」
海斗は光線に向けて掌を広げ、光線を吸収した。
本来ならばあり得ない。だが、海斗はそれを実行してみせたのだ。
眼光は鋭く、大和の心臓を貫く。
「兄さん、言ったよね。僕にも白の魔力があると。つまり、僕の身体は聖剣エクスカリバーと同等の能力を持っているんだ。魔法は効かない。だから、素手でかかってきなよ」
その言葉に怒りが限界を越え、遂には大和の人格を破壊する。
血が滲むほど堅く作られた拳を、海斗にぶちまける為に砂浜を蹴った。
「お前なんかがッ! 兄を挑発するんじゃねぇぇぇぇッ!」
狂ったように叫び、接近する大和。
海斗は一度息を吐いて、馬原の血液が滴る聖剣エクスカリバーを構える。
居合抜きの構えを取る海斗。
理性を失った大和のすぐ横をすり抜けた。
「え?」
大和の目の前から海斗がいなくなる。
振り返れば、海斗は既に剣を振り終えていた。
ゆっくりと海斗も振り返る。
「兄さん、もう、終わったよ」
「は!?」
わけがわからず声を上げた大和。
しかし、気がつくと大和の視界が一気に落下した。
目の前にあるのは砂。
つまり、大和の身体は一瞬にして開けられた穴に埋められている形となっているのだ。
顔だけが浜辺から出ている大和。
海斗は生首のように浜辺に埋められた大和を見降ろす。
「終わりだよ、兄さん」
そう告げると、大和は悔しそうな顔をすると思っていた。
だが、海斗が見たのは全くの別物だ。
目を見開き、まるで海斗を欺いたかのような表情。それは詐欺師が詐欺に成功したかのような顔だった。
大和は口角を上げながら呟く。
「海斗、まさかこの俺がこんなワンパターンな計画を実行すると思うか?」
「……何が言いたい」
瞬間、第一学区、第二学区、第三学区、第四学区、第五学区、第六学区、第七学区、第八学区、第九学区。その全ての校舎が爆発した。
轟音が響き、爆弾でも落とされたかのような爆撃。
すぐに浜辺から島の内部へと視線を向ける海斗。
火の手が上がる学園島各学区。
嫌な汗が海斗の頬を伝う。
「……もし、俺がお前を殺すことや、桜子ちゃん達を嫁にできなかった場合の事も想定して、島の各所に戦闘員を配置して置いたんだ! どうだ海斗、結局お前は何も守れやしない! あははははっ!」
「このクソ野郎ッ!」
怒りが頂点を超え、海斗は大和の顔面を蹴り飛ばした。
身体は砂中に埋まっているからか、吹き飛ぶことはなかったが、意識を失ったようだ。
海斗が走りだそうとすると、三姉妹全員が戻ってくる。
「海斗!」
「お兄様!」
「海斗お兄様!」
三姉妹は何があったか聞きたいのだろう。海斗はすぐに桜子、紅葉、雪那にそれぞれ視線を向けて叫んだ。
「雪那の魔力は?」
「……まだいけますわ!」
「わかった、桜子、もみねぇ、雪那、急いで皆を守るぞ!」
「「「はい!」」」
小石川兄妹は、浜辺を後にして、それぞれの学区に向かった。




