白の魔力と。2
第三学区の教諭、安良里は魔法科大学の警備に配置されている生徒に向けて叫ぶ。
「皆! 落ち着いて対処しろ! 魔法科大学に水魔法を扱える者は全員消火作業を急げ!」
『はいっ!』
夜の魔法学園島を襲った事件から二日。
生徒は緊迫した面持ちで、皆魔法科大学の消火作業に入る。
そんな中、杉沢がうかない顔をして海の方へと視線を向けていた。
安良里はそんな杉沢が気になり、肩に優しく手を当てる。
「杉沢、どうかしたか?」
杉沢は顔を横に振るも、胸の前で祈るように手を握っていた。
その様子はまるで戦場に夫を送った母の姿のようだ。
杉沢は、か細い声で呟いた。
「……海斗さんは大丈夫ですよね?」
その質問に安良里は何も答えない。
海斗の周りは異質だ。レベル九が三人も存在し、尚且つその内の一人は魔法犯罪対策科の第零学区の総監督教授と任命されているからだ。
その総監督教授――――小石川 雪那が同行してるのであれば、心配は必要ない。が、それは本来の犯罪ならばだ。
今事件では、聖遺物ランクSの聖剣エクスカリバーが使用される可能性が非常に高い。それを扱うのがレベル一の弱者ならばまだしも、レベル八の馬原 秀歌が扱う筈である。
そうなれば、恐らくレベル九同等か、それ以上の力を馬原は持つ事になるのだ。それを相手にできるか。
安良里は唇を噛み、杉沢の質問に遅れながら答えた。
「……多分、桜子達が察して守ってくれるさ」
「ですが、桜子さん達は今事件に関与する事が禁止されている筈です」
海斗を心配しているのであろう、杉沢は安良里につい怒っているような口調で返してしまう。それに気が付き、杉沢は俯く。
だが、安良里は杉沢の頭を撫でた。
「大丈夫だ。桜子があれだけ兄が大好きだと常々言ってたんだ。今更実の妹である総監督教授になんて言われようが、例え魔法少女としての今の地位が失われようが、絶対に駆けつける。そういう奴だ桜子は」
「……信じて待つ、ですか」
「ああ」
安良里と杉沢は海辺を見つめる。
◆
浜辺に辿り着いた海斗と雪那は、すぐに目を疑った。
そこにあったのは、軍が使用するかのようなイージス艦。それが何隻も存在しているのだ。そして、魔法科大学を攻撃したのは、このイージス艦だとすぐに分かった。砲台は魔法科大学に向けられている。これから発砲されるのだろうか、他の船は発射準備に手間取っているようにも見えた。
雪那はすぐに片手をイージス艦に向けて掲げる。
魔力が放出されるのを目に入れ、海斗はこれから雪那が全てを凍らせるのだろうと思った。
だが、それはある人物の一言で止められる。
「久しいね、雪那ちゃん」
その一言は、雪那に夏の蚊の如く嫌な音に響き振り返った。
海斗は振り返る事なく、その声音だけで誰がいるのかをすぐに判断する。
静かに、しかし、口調を強くしながら海斗は口を開いた。
「……何で、兄さんがいるんだ……」
海斗は振り返る。
そこには、もう会う事もないと思っていた顔があった。
海斗の事を蔑み、家庭を崩壊に導き、そして、海斗の大好きだった母親を死に追いやった兄の姿があったのだ。
兄――――大和は微笑みながら、海斗の事を見つめる。両手を広げ、歓迎するように歩み寄ってきた。
雪那はすぐに構え、大和に向かって魔法を放とうとする。
「雪那、僕がやる」
「え? 海斗お兄様……?」
海斗は今までに見せた事がないほど、怒りに満ちた表情を見せた。
常時優しい筈の海斗が見せた横顔は、凄まじい怒気が含まれ、最早海斗とは別人の雰囲気が醸し出されている。
「……母さんの仇を、僕が取らなきゃならないんだ」
「海斗お兄様……」
海斗はグッと拳を作り、大和を睨みつけた。
「おいおい、怖い顔をするなよ海斗。ここは兄弟の感動的な再会シーンじゃないのかな?」
「兄さん……いや、大和と感動の再会なんてしたくなかったけど」
「言うようになったな、海斗。反抗期か?」
「笑わせないでくれよ、僕は大和、君の事は家族として縁を切ったんだ。もう、他人だ」
「そうか」
大和は口角を吊り上げ、小さな箱を取り出す。
それは聖遺物。その箱に手を掲げると、巨大な箱が現れた。
「聖遺物……?」
「雪那ちゃん、俺はそこの海斗が目標としている人間になってしまったんだよ。聖遺物を造り出す事に成功しちゃったんだよね」
「ッ!」
「……雪那、落ち着いてくれ」
まるで海斗をバカにするかのような口ぶりに、雪那は今すぐにも襲いかかりそうになる。そんな雪那を止める海斗は、一番落ち着いてるように見えて、誰よりも大和を殴りたいという衝動にかられていた。
笑顔の大和は箱に再び手を掲げると、巨大な箱の中身が映し出される。その中身を見た瞬間、海斗と雪那は目を見開く。
「桜子っ! もみねぇまで!?」
「お姉様方!」
「おっと、近づくなよ。これ以上近づいたら、中にいる二人に色々と実験をしなければならなくなる。だから近づかない事、そう雪那ちゃんはね」
その言葉に、雪那が歯を食いしばる。
だが、海斗は何も言わずに雪那のすぐ傍を通り過ぎた。
海斗は拳の骨を鳴らし、大和と向き合う。
「……僕は弱いから近づいても良い、そう言ってるんだよね」
「どう解釈しようが海斗の勝手だ。だが、俺は中にいる桜子ちゃんと紅葉ちゃんと約束しているんだよね」
大和は片手を空に向け、掌を広げると何かが彼の手に落ちてきた。
落ちてきたのは、剣。だが、ただの剣じゃない。
魔力が溢れる、伝説の剣――――聖剣エクスカリバーだ。
雪那はすぐに喉を詰まらせる。
海斗は静かに、大和を見据えた。
「もし、海斗を殺せたら結婚してくれるらしいからさ。どうしても、俺としては海斗、お前を殺したいんだよね」
「海斗お兄様を殺すのなら――――」
「おっと、雪那ちゃん。君が邪魔するのなら、中にいる二人を殺しちゃうよ? 俺はできればそんな事したくないんだよね。だって、三姉妹全員と結婚したいからさ!」
海斗は我慢の限界だったのか、浜辺を蹴り大和に向かって走り出す。
「この外道がッ!」
海斗は拳を振り上げ、大和の顔に向けて走らせた。
だが、その拳を頭を傾けただけで避ける大和。
反撃を恐れず、海斗は再び拳を呻らせた。
しかし、大和は聖剣を片手で握り、空いた手で海斗の拳を受け止める。
「くっ!」
「海斗、何も変わってないな。あの時から、お前は大切なものを何一つ守れない。お前が好きな女の子を奪っていった時も、母親を失った時も、親友を亡くした時も、いつもいつも、無力で非力なお前は絶望の海に流されるんだッ!」
振りかぶられる聖剣。月光の光に照らされた刃が、海斗の頭上に迫る。
海斗はすぐに離れ、聖剣の直撃を避けた。
「お前は逃げる事しかできない。そう、俺から逃げて逃げて逃げて一生を生きなければならない宿命なんだ! だが、それも今日で終わりだ。安心したまえ」
「僕は……」
「何だ? 何が言いたいんだ」
一度俯いた。だが、すぐに顔を上げ視線を鋭くし、再び走り抜ける。
拳を振りかぶり、大和に迫った。
「僕は、僕を助けてくれた皆を――――桜子を、もみねぇを、雪那を、全員守って見せると誓ったんだッ! 兄として、弟として、一人の男としてッ!」
拳を握り締め、全てを乗せて大和に向かって駆ける。
浜辺の砂を水のように散らかし、潮風が吹き抜け、海斗は大和へと拳を滑らす。
海斗からの攻撃を躱す大和。
すらりと避けた大和。海斗はバランスを崩さなかった。
どういうわけか、大和の動体視力が良いのを海斗は知っていたのだ。ならば本番は二発目だと思っていた。
海斗は振り向きざまに、身体を半回転させる。
浜辺が螺旋を描き、潮風が海斗を中心に乱れた。
力を込めた右拳が呻り、大和にもう一度迫る。
最小限に一発目を避けた大和は、クスリと笑い、海斗の拳を片手で受け止めた。
「こんなパンチで俺を倒せると思ってるのか? 海斗」
海斗は大和を睨みつけながら呟く。
「言った筈だ。僕は皆を守る為に最善の努力をしていると」
「こんな弱々しいパンチが海斗の努力なのか?」
拳を握られている手を引っ張り、大和の体制は少なからず崩れる。
その隙を逃さず、海斗は左拳を唸らせた。
大和の空いてる手は、聖剣を握っていて防御に使えない。
だが、大和は首を傾げて綺麗に躱す。
その際、小さな隙が生じる。
海斗は右足を走らせた。
その行き先は、向き合ってる大和の脇腹。
連続で格闘を繰り返す海斗の放った蹴りは、大和の脇腹を抉った。
メキメキと骨が鈍い音を上げる。
大和の顔が青くなり、口から少量の血液が溢れた。
「ぐっ」
海斗は距離を取り、大和を睨む。
脇腹を棍棒で殴られたかのような痛みが大和を黙らせる。
海斗は親の再婚時、誰も信じないと決めていた。誰にも頼らず誰にも感化されず一人で生きていこうと胸に刻んだ。
だが、それは少しの間だけだった。度々家出する海斗に、桜子達は何度も何度も寄り添い、手を伸ばしたのだ。そして、六月の梅雨に桜子が怪我をした時。海斗が家出捜索中に親から、「桜子がお前を探してる間に怪我をした」という連絡を受けた海斗は自分を責めた。
その後、無事だった桜子を目にして海斗は自分の命の為に必死になってくれる人間がいることを知り、もう二度と皆を傷つけないと決意を改めたのだ。
その為に、海斗は無知で無力な己を変えようと努力した。空手、剣道や水泳など、肉体を鍛え続けたのだ。
結果、大和という海斗の心を沈めた相手に一杯食わすことができた。
息を上げる海斗、雪那が海斗の傍に寄り添う。
「海斗お兄様……」
海斗は大和をもっと殴りたかった。今までの恨みや彼が実の母親にしたことが許せなかったのだ。
だが、雪那や桜子、紅葉に荒れ狂い過ぎた海斗の姿は見せたくないと思い、行動に至らなかった。
ゆっくりと、ゾンビのように起き上がった大和はニコリと微笑む。
その笑顔に海斗と雪那の背筋を寒気が襲う。
「……海斗、強くなったんだね。昔のお前ならこんな野蛮なことはできなかった筈だ。だが、そんな海斗、お前の絶望しきった姿が見たくなったよ」
「何を……っ!?」
口から垂れた血を手の甲で拭き取り、大和は高々と手を上げて、指を鳴らした。
瞬間、イージス艦の全てが砲台から黒い鉛弾を魔法科大学に向けて発射される。
その全てが魔法科大学の塔に迫った。
砲台から発射された弾が魔法科大学に接触し、爆発の轟音を上げる。
大地を揺るがす爆音に、海斗と雪那はバランスを崩しそうになった。
海斗が大和を睨みつけようとした瞬間、海斗の頬を何かが重くのしかかる。気がついたときには浜辺に身体を横に倒されていた。
すぐに起き上がり、大和を睨みつける。大和は拳で海斗の頬を殴っていた。
「ここからが本番だ、海斗。俺を倒すのが早いか。それとも時間をロスして魔法科大学が崩壊するか。それとも海斗が死ぬか。どちらにせよ、全てを守れはしない!」
「この腐れ外道ッ!」
雪那が叫ぶと、海辺が凍り始める。
ブチギレた雪那の周囲が、冷ややかな風が舞う。
「雪那ちゃん、我慢が遂にできなくなったようだね。君の相手は彼女がするよ」
すると、雪那の前に上空から黒いコートを羽織った女が降ってきた。彼女はフードを降ろす。
「馬原……秀歌!」
「あらあら、怖いわ。でもね、記念すべき二人目にしてあげるわ。あなたのことも丁度殺したかったし」
馬原はくるりと何かを振り回した。
それを見た瞬間、海斗達は目を見開く。
「聖剣、エクスカリバーが二つ!?」
馬原秀歌と大和は聖剣エクスカリバーを所持していた。




