白の魔力と。1
魔法科大学に隣接する雪那の別荘から出ると、夜空に向けられて一筋の光が飛んだ。それが何なのか、海斗は分からず隣にいた雪那に聞いた。
「あれは?」
雪那は神妙な面持ちで答える。
「あれは、恐らく光系の魔法。ですが、魔法学園島に光系の魔法を扱う人間はいない筈ですわ。多分、敵ですわ」
「敵……」
敵という言葉に反応する海斗。あの地に行けば、海斗は魔法戦争に巻き込まれる。そして、最悪の場合死ぬのだ。
身震いする己の身体を、なんとかしようとしたが、やはり死ぬのは怖い。
その震えに気づいた雪那が、海斗の手をギュッと握り、いつも無表情の雪那が微笑む。
「大丈夫ですわ。何があっても海斗お兄様だけは守り抜きますから。もし、海斗お兄様が亡くなった場合、私も一緒に死にますのでご安心を」
「……もし、僕が死んだら、か。……これが魔法を扱った者同士の戦いなんだね。この前も見たけど、やっぱり怖いよ」
雪那はニコリと笑う。
「私も怖いですわ。それは多分、何回、何十回、何百回と戦ったところで同じだと思いますわ。……まぁ、紅葉お姉様は違うと思いますが」
クスリと微笑む雪那に、海斗も思わず笑ってしまった。
そうだ、桜子も紅葉も雪那も何かしらの目標があって、死の危険がある魔法学園島にやってきたんだ。海斗は姉や妹がこうして戦っているのに逃げるわけにはいかない。
例え、桜子や紅葉がいなくても、海斗は絶対に雪那を守って見せると誓った。
「海斗さん……」
そんな海斗に声をかける少女が一人。そこには杉沢や、警備生の皆がいた。皆、学生服に身を包み、肩には第三学区と刺繍が施されている。
緊張しているのか、それとも心配しているのか、杉沢は表情が暗かった。
すると、海斗の代わりに雪那が答える。
「安心してくださいませ。海斗お兄様は私が全力で守らせていただきますわ。だから、あなた方は魔法科大学を死守してください」
杉沢は雪那の言葉を無視して、海斗に抱きつく。
瞬間、雪那の表情が凍りついた。
「杉沢さん?」
「海斗さん……絶対に帰ってくると約束してくださいっです」
かなり強く抱き締める杉沢に、海斗は微笑んで頭を撫でる。
「……わかった。自信はないけど善処するよ。だから、杉沢さんも頑張って」
すると、海斗の身体から離れた杉沢は笑顔を見せた。
「はいです!」
それを別れの合図とし、雪那は浜辺方面へと足を進ませる。
「海斗お兄様、急ぎましょう。既に到着しているかもしれませんわ」
「そうだね」
海斗達は足を浜辺へと向け、熱帯夜の魔法学園島を駆け抜けた。
◇
浜辺への道は険しい。それこそ、上り坂や下り坂が多く、走るのは困難を極める。本来、一般的な体力しか所持していない海斗に、これだけの道を走ることは不可能に近い。だが、体力をカバーするほどの精神力が海斗にはあった。
雪那を守り、紅葉や桜子も守る。この島に暮らす全ての人の為、そして、自分の聖剣エクスカリバーという心臓を取り戻す為、海斗の能力面を少しなりとも上昇させていた。
並木道が続き、暑い夜の風が吹き抜ける。先を行く、雪那と会話せずに走っている。海斗は雪那がそれだけ集中しているのだと思った。
だが、雪那は突然足を止める。
「……なんで何も聞かないんですか」
「え?」
突然問われた質問に、海斗は首を傾げた。
すると、雪那はくるりと振り返り、頬を風船のように膨らませて怒っているように見える。いや、実際に怒っているのだ。
「海斗お兄様、何故私が無言なのか聞かないんですか!?」
「いや、集中してるのかと……」
「違いますわ! じゃあ、なんで私が怒ってるのかわかってらっしゃいますか?」
「いや、全然……。むしろ、今怒ってるのに気がついたんだけど」
「もうッ! 昔っからそうですけど、少し鈍過ぎじゃありませんか? もう少し、私達に興味を持ってもらってもいいんじゃないかと思いますが!?」
「え、えーっと、ごめん?」
「謝れば、第三学区は必要ありませんわッ!」
激しく怒る雪那。乙女心は難しいなぁと呑気に思いながら、海斗は頭を何度も下げて謝罪した。
だが、雪那は納得がいかないようで、さっきから腰に手を当ててガミガミと鬼嫁のように文句を吐き捨てる。
本当は緊張してないんじゃない? そう思った海斗。
早く説教が終わらないかなぁ、なんて思いながら海に視線を向けると、銃口が向けられていたことに気がついた。
「雪那!」
そして、その狙いは海斗ではなく雪那だ。
海斗はすぐに雪那の身体を守るように抱き締める。
「海斗お兄様っ!?」
銃口から光が放たれた。
それは、眩いフラッシュのような光。
一直線にレーザーのように伸びる。
何人いたのかは分からない。だが、無数の光が雪那のいた場所に迫る。
そこに今いるのは海斗だ。
海斗は目を見開き、自身の身体を貫通しようとする光から目線を逸らさなかった。
光が海斗と接触する瞬間、海斗に守られるように抱き締められた雪那は叫んだ。
「海斗お兄様ッ!」
光の銃弾は、海斗の身体に接触した。
◆
桜子と紅葉を拘束することに成功した大和と馬原は、魔力が減って倒れこむ二人を見下ろす。
「バカね。これがこの学園の頂点達だと思うと吐き気がするわ」
「そう言わないでくれ。彼女達は気づいてないだけなんだよ。海斗という冴えない男に惚れている自分がまやかしだということにね」
大和はクスリと笑い、魔法科大学を見つめる。
彼らの作戦では、中心部にある魔法科大学の侵略が最終目標だ。そこに到達し、魔法科大学の秘匿扱いにある第零学区の総監督教授を打ち滅ぼし、理事長をも殺して、大和が魔法科大学の理事長兼総監督教授となることである。
今回、馬原は聖遺物を手に入れ、学園の頂点を引きずり下ろすことが目標だ。つまり、大和と合点があるのである。
さらに大和の本当の最終的な目標も果たせるかもしれないのだ。その目標とは、海斗の抹殺。紅葉、桜子、雪那の獲得。この為だけに大和は戦争を仕掛けているのだ。
聖遺物の研究、作成は馬原を釣るための餌でしかない。だが、現実的に利用できているのも確かだ。
先行部隊には、海斗を見つけ次第撃ち殺すように言ってある。これで死んでくれれば、大和にとっては嬉しい報告だ。
だが、そんなに人生が上手くいくわけがないというのも大和は知っている。
「さ、馬原。君は、魔法科大学を責める部隊の隊長だ。もし、海斗がここまで辿り着けたら、合図を出す。そしたら、君達はあの作戦を決行しろ」
「わかったわ。ミスター・ケイ」
そう言うと、素直に馬原は従う。聖剣エクスカリバーを握り、その足で一度潜水艦に戻る。
大和はくるりと桜子と紅葉に視線を移し、微笑む。
――――さぁ、俺のチャンピオンロードが始まるんだ!
笑顔の大和は、海斗が早く来ないかと楽しげに待つ。
◆
無数の光に撃たれた海斗は、歯を食いしばりながら耐えているようだった。雪那は心配してか、顔が青ざめさせながら海斗を見つめる。
すると、海斗は呟いた。
「……痛く、ない?」
ふと雪那の抱擁を解くと、雪那は唖然とする。
「海斗お兄様……無傷?」
「みたいだね」
海斗は蜂の巣になるかと思うほどのレーザーを撃たれた。だが、その身体はもちろん、洋服すらも無傷だ。
となると、考えられるのは一つ。海斗の体内の白の魔力が発動し、魔法を打ち消したのだ。だとすると、今のは魔法。しかし、雪那の話だと光系の魔法を扱う者はいないと聞いていた。
ならば、他の魔法少女がいるのか。それか――――同じ聖遺物があるかだ。多分、考えでは後者の方が可能性が高いと考えていた。
馬原が聖遺物を盗んだ、という事件が起きていたことから、これはその聖遺物の力を使っての能力の筈だ。
海斗は立ち上がり、覚えている限り拳銃を発砲した者達に視線を向ける。
微かに草陰が揺れた。すぐに雪那は反応し、掌を草むらに向けて叫ぶ。
「氷塵・氷爆ッ!」
瞬間、男達の断末魔が響き、何かが凍った音が海斗の耳を突く。
雪那の方へと視線を向けると、瞳を細くし、尚且つ敵に対して冷ややかな雰囲気を醸し出していた。
熱帯夜の魔法学園島は蒸し暑い。だが、雪那の近くにいる海斗は肌寒さすら感じる。まるで雪の嬢王だ。
鋭い眼光を草むらに浴びせる雪那は、小さな唇を動かす。
「……海斗お兄様に敵意を向けた事を後悔しなさい」
さらに響く氷の砕けたような音。
海斗はすぐに草むらへと視線を向けると、草むら自体が凍っている事に気がつく。だが、それでも止まず海斗達が足を踏みしめている大地ですら凍り始める。
これが雪那の力か。内心で呟いた海斗は、感動したかのように雪那の力に見惚れていた。だが、不意に気が付くと海斗の足が凍っている事に気が付く。
「雪那っやめろ!」
海斗の叫びに応じず、尚も魔法を発動しようとする雪那。この冷ややかな視線を向ける雪那に海斗は覚えがあった。
去年の冬。桜子と紅葉がこたつに入って動こうとしなかった時に、中学から帰ってきた雪那を足で使おうとしたのだ。それだけならば問題はなかったのだが、雪那を買い出しに行かせた挙句、桜子と紅葉によって海斗がこたつの中で逆上せて色んなところを弄ばれるという事件があった。その時に、雪那は「私抜きで随分と楽しい事をしているようじゃありませんか、お姉様方」と呟き、今のような表情を見せたのだ。
あの時の雪那は怖かったと思う反面、嬉しさの方が強かった。
だが、今はそれどころではない。雪那は怒りが強過ぎると魔力が溢れ、敵味方見境なく襲う危険なところがある。
今はその予兆。多分、あと少しでも放っておけば海斗すらも氷漬けになってしまう。
海斗は寒さに凍えながら、足元の氷を手で砕く。
しかし、あまりの寒気にすぐに海斗の足は再び凍る。
奥歯を噛み締めながら、これはもう言葉で止めるしかないと感じた。
「雪那っ! これ以上寒くしたら、僕まで凍る!」
「…………海斗お兄様への侮辱ッ!」
一際睨みが鋭くなり、さらに寒気が増す。
海斗は思いきって体重を雪那に向けて傾ける。
転がってそのまま凍りつけば海斗は死ぬ。
だが、もう触れなければ止められない。
倒れるように雪那に向かって倒れる海斗。
運よく雪那の肩を掴み、海斗は雪那に覆いかぶさるように倒れた。
「雪那っ!」
「きゃっ」
海斗は雪那の上に、雪那は海斗の下に倒れお互いをしばらく見つめ合う。
「……海斗お兄様? あれ? 私……」
「良かった、雪那、暴走してたぞ?」
「……え、恥ずかしいところを……」
「ま、いいけどさ」
雪那は頬を赤く染め、海斗を見つめた。
馬乗りのような体勢になってしまった海斗は、どうすればいいか迷う。なにせ、身体は凍ってしまい、動かないのだ。
「……雪那、魔法解いてくれないか?」
「海斗お兄様、実はですね。私、凍るのを解除する魔法はないんです」
「っていうと?」
「このまましばらくお待ちくださいませ」
「急いでるのに、それはないんじゃないかな!」
雪那はクスっと微笑むと、海斗の頬に手を当てる。
「海斗お兄様がこんなに近くに……。どうです? このまま一生」
「一生は長過ぎるけど、雪那は僕の妹だからね。絶対に今みたいに守るよ」
海斗が微笑むと、雪那は顔を真っ赤に染めた。
「海斗お兄様ったら……」
お互いが微笑む中、不意に足元が揺れる。
二人の顔が強張り、すぐに何が起こったのかを調べるように周囲に視線を向けた。
今の揺れで凍った足元が動くようになり、海斗と雪那は立ち上がる。
「今のって……」
「魔法科大学の方から……ですわ」
すぐに島の中心部に聳える魔法科大学に視線を向けると、魔法科大学から煙が上がっていた。これは魔法か、それとも何かが魔法科大学を直接攻撃したのだ。
雪那の瞳が鋭くなり、魔法科大学を睨む。
「……どうやら、敵の狙いは魔法科大学のようですわね」
呟くように言った雪那は浜辺へと足を進ませた。




