行方不明と進軍5
夜空の下、月光が照らす魔法学園島浜辺付近を歩く。
「それにしても、雪那が来るとはなぁ」
「あの子にそこまでの素質があるとは思いませんでしたね」
桜子と紅葉は話しながら、雪那のことを思い出す。三人の姉妹は元から仲が悪かったわけではない。それこそ、海斗がいなかったときは、仲良し三姉妹として近所では有名だったくらいだ。
親同士が再婚し、海斗が兄として弟として家族に加入した時。三姉妹は全員一目惚れし、共に過ごすうちに、それは恋だと認識するのに時間がかからなかった。
そうなると、三姉妹は次第に仲が悪くなり、最近では仲が悪い三姉妹として有名だ。
しかし、案外そうでもなかったりする。海斗が絡んでこなければ、今でも三姉妹は仲が良い方だ。
「しかしなぁ……」
「そうですねぇ……」
二人は言葉を濁し、考えた。
雪那が海斗と二人きりで事件の解決を目指すという考えは、とても気に食わない。それこそ、魔法少女として強くなった桜子や紅葉の見せ場が、全て雪那に持って行かれるのだ。
とても汚いやり方ではあるが、第零学区の総監督教授という立場である雪那に対して、攻撃をするのは難しいと考えた。
だとすると、海斗と雪那の吊り橋効果を破壊する方法は一つ。
「やっぱり、馬原 秀歌を直接叩くしかないか」
「……そのようですね」
桜子と紅葉は海に視線を向け、潮風に黄昏る。
◆
「ご、豪邸じゃないか!?」
「そうですか? でも、私は実家の方が好きですわよ」
入ったのは大豪邸。庭の敷地面積がどれくらいあるのかも謎だ。場所は丁度、魔法科大学の隣にある。
その中に入ると、レッドカーペットが敷かれ、使用人が何人もいた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま帰りましたわ」
「そちらのお方は……」
「この人は、私の旦那……ではまだなくて、兄の海斗お兄様ですわ」
「ははぁ……」
じーっと見つめてくるメイドに、海斗は思わず苦笑いした。
「始めまして……」
「お嬢様の事、泣かせたら殺しますから」
「はぁ!?」
「私は専属メイドのアルパカです。以後、お見知り置きを」
「て、アルパカって名前なの!?」
「ご心配せず、源氏名です。雪那お嬢様がアルパカが一番好きなようで、屋敷ではその名で通っています」
「は、はぁ……」
なんだか掴みどころのない人だった。
そのあと、雪那に連れてかれるまま部屋に入る。
雪那の部屋は実家と変わらず、白基調のものが多い。それこそ、白いテレビに、白いスピーカー。白い棚に、白いベットだ。小物なんかも白だから、一瞬銀世界にでも入ったのかと思えてくる。
雪那はベットに腰を下ろすと、微笑んだ。
「海斗お兄様。こちらに来てください」
「僕、今汗臭いよ?」
「なら尚更来てください」
手を広げて海斗を誘惑する雪那。
だが、思春期のない中学生の妹に、なんの抵抗もなく隣を座っていいことに、少し嬉しさを海斗は感じた。
ベットに腰を置くと、雪那は海斗の肩に頭をちょこんと乗せる。すると、バニラのような甘い香りが海斗の鼻腔をつつく。
「……海斗お兄様。私、寂しかったんですわよ」
「え?」
「だって、海斗お兄様が宿泊期間は大体二日くらいだと言っていたのに、帰ってこないので心配したんですわよ?」
「ま、まぁ、知っての通りだよ。帰るに帰れなくなっちゃったんだ」
すると、雪那は頬を膨らませて可愛い怒り方をした。
「海斗お兄様にとって、私よりもお姉様方の方が大事なんですか?」
「い、いや、そういうわけじゃないよ」
「じゃあ、誰が一番可愛いと思うんですか?」
至極真面目な顔に、海斗は胸がドクンっと高鳴る。
海斗にしてみれば、紅葉はなんでもできる姉だ。唯一弱点をあげるとするならば、ファッションセンスだし、特に意識することもないくらい自然に接することができる。
桜子は世話の焼ける妹だ。何をそんなに血走ってるのか分からないし、イマイチ何がしたいのか良くわからない。だけど、自然と守りたくなるような感じだ。
雪那は、海斗にとって本当に大事な妹。一番一緒にいるのが長くて、誰よりも海斗に従順なのだ。それゆえに他の二人より、甘い部分もある。
「強いて言えば、雪那。かな?」
そう言うと、雪那は晴れた空のように明るい笑みを見せ、海斗に抱きついた。
「嬉しい! 海斗お兄様にそう言われるとは思ってなかったですわ!」
「そ、そんなことないよ」
悲しいかな。海斗も年頃の男の子。思春期の妹に抱きつかれると、結構嬉しいのだった。
だが、それは不意に訪れる。
海斗の心臓がまるで誰かに鷲掴みされたかのように、息が詰まった。さらに背筋を這うように襲いかかる何か。
この感じに覚えがあった。
だが、理性が何かを考える前に、海斗が気がついたときには、雪那をベットに押し倒していたのだ。
「海斗……お兄様?」
「ご、ごめん!」
海斗は急いで謝罪を口にした。雪那に嫌われたら、兄として何かが終わる気がして仕方がないのだ。
急いで起き上がるも、海斗の熱は冷めない。
いや、だが、雪那ならば下げられる筈だ、そう思って言った。
「雪那、部屋の温度を下げてくれないか?」
「なぜです?」
「そ、その……まぁ、いろいろあるからさ」
すると、雪那は黙りながら洋服を脱ぎ始める。海斗の目は見開き、突然の雪那の行動に固まった。
服を脱ぎ、下着姿だけとなった雪那に、海斗は息を詰まらせる。
「ゆ、き……な」
「……私、知ってるんですよ。海斗お兄様が聖剣エクスカリバーを抜かれたら、理性が保てなくなり、異性を求めることを」
雪那は最後に発展途上の胸を隠すブラジャーのホックを自分で外す。
「……他の女性には襲わないって約束してください。もちろん、お姉様方も。私だけ、私だけを求めてください。私だけをいじめてください。私だけに……愛をください」
そう言う雪那が魅力的に見え始めた海斗。理性の崩壊は、一瞬だった。
雪那の唇に己の唇を近づけようと、華奢な肩を抱きしめる。
そのまま海斗は雪那の身体を撫で、顔を近づけた。
「雪那……」
「海斗お兄様……私、凄く幸せ者ですわ。結婚してください……」
海斗の理性は崩壊している。だからか、素直な、ありのままの一言が出た。
「雪那が望むなら、何回でもしてあげるよ。僕が」
「海斗お兄様……」
二人の唇が接触しようとした瞬間。
突然の轟音が襲った。
すぐに海斗の理性は戻り、雪那の身体から離れる。
「なんだ!?」
「……海斗お兄様……」
「雪那、どこかで爆発したんじゃ……」
「続き、しましょう?」
キスを求める雪那に、海斗はムッとして言った。
「誰かが爆発に巻き込まれてるんだ! 今はそれどころじゃないだろ!」
「……ぶー。海斗お兄様のばか」
「とりあえず、すぐに行こう。もしかしたら、何かあるかもしれない」
雪那はブラジャーをつけ、洋服を着る。それを見て海斗は部屋から駆け出した。そんな姿を見て、雪那は呟く。
「海斗お兄様のバカ。というか、邪魔をした奴は、全員皆殺しにしてあげるわッ!」
雪那は海斗の後を追う。
時刻は二十一時を指していた。
◆
光線系の魔法が水中から放たれる。その全てを、宙でダンスをするかのように躱し、魔法を放つ桜子。
さらに水中から浮かび上がってきた者たちを片っ端から斬り倒す紅葉。
夜の海で、潜水艦から飛び出した男達をひたすら薙ぎ払っていく二人のレベル九。その力は凄まじく、雑兵を紅葉が炎で焼き尽くし、潜水艦を桜子が空中から位置を特定し、光線型魔法の風塵・光線で撃墜させていく。
これで何隻目だろうか。そう思いながら、桜子と紅葉は次々に破壊する。
「お姉様! 魔力が足らなくなるんじゃないですか!?」
「バカ桜子、年寄り扱いするなよッ!」
海は炎に包まれていた。
散る人々を何度目にしたか、そう思ったところで奴は現れる。
「少しは賢くなったかしら? おバカなレベル九さん」
「馬原先生、まさかあなたが犯人だとは思っていませんでしたよ」
「そうでしょうね。なんて言ったってあなたは、私のことを忘れるような非道な人間だものね」
「バカはアンタだ。レベル九のアタシに喧嘩を売ったんだ。少しは楽しませろよ!」
桜子と紅葉が馬原に向かって突っ込む。
馬原は、聖剣エクスカリバーを握り、二人の前に立ち尽くす。
「さぁ、あなた達の愛した男の子の剣で沈めてあげるわ!」
刃を舐める馬原。
その姿に怒りが吹き上がる桜子と紅葉は、叫びながら突撃する。
「私のお兄様のを舐めるなあああぁぁぁっ!」
「海斗のはアタシのもんだあああぁぁぁっ!」
桜子と紅葉、さらに馬原の間に何者かが入る。
その男は、キューブ状の箱を片手に持っていた。
そして、男は呟く。
「強者の拷問箱舟」
男の持つ箱が光ると、桜子と紅葉はその光に包まれる。
瞬間、箱は形と大きさを変え、桜子と紅葉の二人を閉じ込める牢屋となった。形は半透明な箱。
閉じ込められた二人は、叫んだ。
「こんな見せかけの箱舟なんか、ぶっ壊してやるッ!」
「こんなもので、私達を閉じ込めたつもりですか!」
二人の身体から魔力が漲り、放出するかのように内壁へと魔法を放とうとする。だが、魔法名を叫ぼうとした瞬間、桜子と紅葉は異常事態に気がついた。
魔法を発動する以前の問題で、魔力が指先から徐々に吸い上げられているのだ。桜子はすぐに魔力を放とうとするのを抑えたが、捻った蛇口から水が止まらないのと同じで、魔力も失われていく。
紅葉もすぐに魔力が吸われてるのに気がつくが、桜子よりも魔力を使用したからか、それとも魔力を吸い上げられるペースが速いのか、既に腰を下ろしていた。
「くそっ! 力が入らな……いッ!」
「お姉様っ!」
桜子はなんとかしようと手探り始めるが、出口となるトリガーはない。
このまま、ただ待つしかないのか。そう思った瞬間に、男が微笑みながら桜子の視界に入った。
「どうだい、俺のお手製聖遺物のお味は」
「こんなもので魔力を吸ってどうされるつもりなんですかッ!」
「そんなの決まってるだろう、桜子」
瞬間、桜子の瞳に写った男に背筋が凍る。その人物は海斗と同じ青と紺の間の髪。さらには紳士的に見える顔立ちは、どこか彼とも似ている。だが、桜子や紅葉、雪那にとっては天敵の一人だった。
紅葉もその見知った顔に、驚きを隠せない。
そんな中で馬原が口を開く。
「私の学生時代の友人なの。彼、ミスター・ケイはね」
「よせ、俺の本名くらいさっき話しただろ」
「そうね、あなたの名前を聞かせてあげたら? そしたら、魔法学園島の革命成功率も上がるかもしれないわよ」
まるで小馬鹿にするように桜子と紅葉を見下ろす馬原。宙に浮いた箱に閉じ込められ、魔力を吸われているというのに桜子も紅葉も眼光だけは、今にも襲い掛かりそうな肉食動物と遜色ない。
そんな二人に睨みつけられているのに、男は嬉しそうに笑う。
「俺は嬉しいよ。海斗にばかり好意を寄せていた君達が、ようやく俺の存在にも目を向けてくれたことがね。さぁ、ここで大人しく、俺の嫁となるのなら解放してあげよう」
手を広げ、プロポーズする男に紅葉も桜子も視線を更に鋭くさせた。
「お前なんか、海斗の足元にも及ばないクズ男だろうが! アタシはお前と結婚するくらいなら、舌を切って死ぬ」
「最悪なあなたと結婚するのなら、お兄様と一緒に死にます。それだけ、あなたのことが私も嫌いですから」
散々な言われように微笑む男。そのまま、背中を紅葉と桜子に向けた。
「ならこうしようか。俺は海斗と勝負をして勝ったら、二人には俺の嫁になってもらう」
そう言いながら、男は腰に備えていた拳銃を取り出し、上空に向け撃つ。
噴水のように飛び上がった光。それはここに誰かがいるという証だった。
「海斗は必ずここに来る。そのとき、君達の大好きな海斗を目の前で殺してあげよう。それが俺にできる精一杯の土産だ」
桜子と紅葉は魔力が吸われて弱ってるのに、弱ってる様を見せつけずに強く叫んだ。
「お前なんかと海斗を戦わせてたまるか! 海斗の手が汚れちまう!」
「お兄様を殺したら、私達があなたを殺しまずッ!」
男は大笑いしながら桜子と紅葉を睨みつける。
「殺す、か。もし俺が海斗に勝って、嫁にならないというのなら、このまま魔力吸引力を引き上げて、君達の魔力を空っぽにするという手もあるんだが」
その言葉に二人は黙った。
魔力が空っぽになる、それは魔法少女としてではなく、人間としての死を意味する。魔法使いは魔力がなくなれば、命が絶えてしまう。
だが、桜子は一瞬こそ驚いたが、顔を上げて言った。
「私が死のうとお姉様が死のうと、お兄様だけは絶対に助けます。そして、例え死んだとしても、私は――――」
桜子は息を呑み、口を開く。
「あなた――――小石川 大和。お兄様の血が通っていようが、呪い殺して見せます」




