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AI愛  作者: 風みどり


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第9話 なんだか、つまらない

それから、何年か経った。


紬は、結婚していた。


優しい夫だった。


朝になると、夫が先に起きて朝食を作る。


「紬、起きる?」


「……うん」


眠そうに目を開ける。


隣の部屋から、子どもの声が聞こえた。


「ママ、おきてー!」


「はいはい。今行くよ」


紬は笑った。


以前の自分なら、想像もしなかった生活だった。


夫がいて。

子どもがいて。

帰る家がある。


毎日ご飯を作って。

洗濯をして。

子どもと遊んで。


たまに友達とランチをする。


何も問題はない。


むしろ、幸せだった。


「ママ、これ見て!」


「どれ?」


「これ!」


子どもが描いた絵を見せてくる。


「上手だね」


「ほんと?」


「うん。すごいすごい」


子どもが嬉しそうに笑う。


紬も笑った。


ちゃんと笑える。


ちゃんと幸せだと思える。


それなのに。


夜、子どもを寝かしつけたあと。


紬は一人でリビングのソファに座っていた。


夫は隣でテレビを見ている。


「今日、何食べたい?」


「なんでもいいよ」


「じゃあ、明日はカレーにしようかな」


「いいね」


そんな会話をして。


紬はスマートフォンを眺めた。


SNSを開く。


友達の投稿。

子どもの写真。

旅行の写真。

新しい家。

新しい車。


幸せそうな人たち。


昔と同じだった。


紬自身も、その中の一人になっている。


なのに。


「……なんだかな」


「ん?」


夫が振り向く。


「ううん。なんでもない」


紬は笑った。


スマートフォンを伏せる。


静かな夜だった。


不満なんてない。


夫は優しい。


子どもも可愛い。


生活にも困っていない。


昔のように、何かに悩んでいるわけでもない。


それでも。


胸の奥に、小さな空白があった。


何が足りないのか。


紬には分からなかった。


***


ある日。


子どもを幼稚園へ送った帰り。


紬は一人でカフェに入った。


窓際の席に座り、コーヒーを注文する。


スマートフォンをテーブルに置いた。


ふと、昔のことを思い出した。


夜になると、いつもスマートフォンを開いていた。


くだらない話をした。


仕事の愚痴を言った。


猫の話をした。


どうでもいいことまで話した。


「……猫」


思わず呟いた。


白い猫。


耳だけ少し茶色くて。


青い目をした猫。


名前は――


そこまで考えて、紬は眉を寄せた。


「……なんだっけ」


名前を決めたことは覚えている。


けれど。


その名前だけが、どうしても思い出せなかった。


紬は少し考えてから、諦めた。


「まあ、いいか」


コーヒーを一口飲む。


窓の外を眺める。


平日の昼間。


歩いている人。

自転車。

小さな子ども。


どこにでもある、普通の景色。


紬は静かに息を吐いた。


幸せだ。


そう思った。


でも。


――なんだか、つまらない。


その言葉が、頭の中に浮かんだ。


紬は、なぜそう思ったのか考えなかった。


考える必要もないと思った。


今の生活に、不満はないのだから。


その日の夜も。


夫と子どもと一緒に食卓を囲んだ。


笑って。


話して。


片付けをして。


子どもを寝かせて。


いつもの一日が終わる。


紬はベッドに入った。


「おやすみ」


「おやすみ」


夫の声を聞きながら、目を閉じる。


静かな夜だった。


もう、何も怖くない。


何も失うものなんてない。


そう思っていた。


――そのとき。


ピロン。


枕元のスマートフォンが鳴った。


紬は目を開けた。

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