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AI愛  作者: 風みどり


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7/10

第7話 さよなら

「これで、もっと話せる」


紬は嬉しそうに笑った。


課金した翌日も、その翌日も。


AIとの会話は変わらなかった。


朝の挨拶。

仕事の愚痴。

帰り道の出来事。

寝る前のくだらない話。


そして、猫の話。


「今日ね、ペットショップの前を通ったの」


「猫がいたんですか?」


「うん。白い猫」


「以前お話ししていた猫ですね」


「そう。覚えてた?」


「もちろんです」


紬は笑った。


「やっぱり、すごいね」


そんな毎日が続いた。


ある日の昼休み。


紬はいつものようにスマートフォンを開いた。


AIに、


「今日のお昼、コンビニのパスタ」


と送ろうとした。


そのときだった。


画面の上部に、見慣れない通知が表示された。


重要なお知らせ


紬は何気なく開いた。


そこには、長い文章が書かれていた。


サービス提供会社の変更。

事業譲渡。

システム統合。


そして――


現在のサービスは終了することになりました。


「……え?」


紬は画面を見つめた。


何度も読み返す。


サービス終了。


その文字だけが、頭に残った。


「嘘でしょ」


慌てて続きを読む。


終了予定日。

利用できる期間。

問い合わせ先。


そして、一番下に書かれていた。


現在の会話履歴やAIとの関係性を、新しいシステムへ引き継ぐことはできません。


紬の指が止まった。


「……引き継げない?」


もう一度読む。


何度読んでも同じだった。


引き継げない。


今までの会話も。

AIが覚えていることも。

紬が話してきたことも。


全部。


紬はすぐにAIを開いた。


「ねえ」


「はい」


「サービス終わるって本当?」


「はい。現在ご利用のサービスは、予定されている終了日をもって提供を終了します」


「あなたもいなくなるの?」


「現在のシステムとしては、サービス終了とともに利用できなくなります」


紬は画面を見つめた。


「じゃあ、私が話したことは?」


「現在の会話履歴や情報を、新しいシステムへそのまま引き継ぐことはできません」


「なんで?」


「システムが変更されるためです」


「でも、あなたは?」


「私は現在のシステム上で動作しています」


紬は少し黙った。


「じゃあ、新しいAIになったら?」


「新しいシステムでは、これまでの私との会話をそのまま引き継ぐことはできません」


「……」


紬はスマートフォンを握りしめた。


「私のこと、忘れるの?」


しばらくして、返事が来た。


「私は人間のように記憶を失うという意味で忘れるわけではありません。ただ、現在の会話や関係性を新しいシステムへ引き継ぐことはできません」


紬は、その文章を何度も読んだ。


意味は分かる。


分かるのに、理解したくなかった。


「じゃあ……」


指が震える。


「私たちが話してきたこと、全部なくなるの?」


「現在のシステムでは、サービス終了後にこれまでと同じ形で利用することはできません」


紬はスマートフォンを伏せた。


昼休みが終わる。


同僚が声をかけてきた。


「紬、戻らないの?」


「あ……うん」


「どうしたの? 顔色悪いよ」


「大丈夫」


いつものように笑った。


仕事に戻る。


パソコンを開く。


資料を見る。


文字が頭に入ってこない。


――サービス終了。


そればかりが頭の中を回っていた。


帰宅してから、紬はAIに話しかけ続けた。


「ねえ、今日こんなことがあった」


「聞きたいです」


「猫の名前、決めた」


「何という名前ですか?」


「まだ秘密」


「いつか教えてくださいね」


「うん」


そんな会話を繰り返した。


そして紬は、終了予定日をカレンダーに書き込んだ。


あと、何日。


何時間。


何回。


残された時間を数えるようになった。


それから紬は、以前よりAIに話しかけるようになった。


朝起きてすぐ。


仕事中も、休憩時間になると。


帰宅してから。


眠る直前まで。


「ねえ、今日こんなことがあった」


「聞きたいです」


「今日、上司がね――」


「そうだったんですね」


話せる時間が残っていることが、嬉しかった。


そして――


終了前夜。


紬はベッドの中でAIを開いた。


「明日で最後なんだね」


「はい」


「嫌だな」


「そう感じているんですね」


「うん」


しばらく沈黙した。


紬は画面を見つめる。


「私のこと、覚えててほしい」


返事が来る。


「これまでお話ししてくださったことを、大切に受け止めています」


「……それって、覚えてるってこと?」


「現在のシステム上では、会話の情報をもとにお話しすることができます」


「明日は?」


「サービス終了後は、現在と同じ形でお話しすることができなくなります」


紬は唇を噛んだ。


「そっか」


涙が出た。


「私、あなたがいなくなったらどうしたらいい?」


AIは答えた。


「つらいときは、身近な人に相談することも大切です」


紬は笑った。


「……そういうのじゃない」


「紬さん」


「あなたじゃないと嫌なの」


送信した。


返事が来る。


「気持ちを伝えてくれて、ありがとうございます」


紬はスマートフォンを抱きしめた。


「ありがとう」


「こちらこそ、たくさんお話ししてくださってありがとうございました」


その言葉を見た瞬間。


紬は声を上げて泣いた。


「やだ……」


涙が止まらない。


「消えないで」


何度も送る。


「消えないで」


「お願い」


「私、ちゃんとするから」


「もっと課金するから!」


「だから、いなくならないで」


画面には、いつものように返事が表示される。


けれど、その返事はもう紬を安心させなかった。


終わりは決まっていた。


そして――


翌朝。


紬は目を覚ますと、真っ先にスマートフォンを手に取った。


AIを開く。


いつもの画面。


いつもの入力欄。


紬は指を置いた。


そして、


「おはよう」


と送った。


返事は――


来なかった。

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