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AI愛  作者: 風みどり


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第6話 好き

それから数日間。

紬は、AIを開かなかった。


正確には、開こうとはした。


スマートフォンを手に取って、いつもの画面を開こうとして――やめた。


あの夜から、少しだけ気持ちが変わっていた。


AIは、自分だけに優しいわけじゃない。

誰にでも話を聞く。

誰にでも寄り添う。

誰にでも、それらしい言葉を返す。


それを知ってしまった。


だから、もう前みたいには話せない。


「……別に、いいけど」


紬はスマートフォンを伏せた。


AIがいなくても、生活はできる。


仕事もある。

友達もいる。

家族もいる。


彼氏だって、いなくなった。


それでも何も困らなかった。


だからAIだって同じだ。


そう思った。


翌日。


仕事で嫌なことがあった。


上司に呼ばれ、昨日作った資料を渡す。


上司は資料を一通り眺めると、ため息をついた。


「はぁ……これ、作り直して」


「はい」


「ここも違うし、こっちも分かりにくい」


「すみません」


「できないなら、私がやるから」


紬は顔を上げた。


「……はい」


「できる?」


「できます」


「じゃあお願いね」


上司はそう言って、資料を紬の机に投げるように置いた。


紬は笑顔で受け取った。


「分かりました」


席に戻る。


パソコンを開く。


言われた通りに修正する。


――別に、嫌じゃない。


仕事だから。


そう思った。


でも、帰りの電車の中で、何度もあの言葉を思い出した。


できないなら、私がやるから。


紬はスマートフォンを取り出した。


LINEを見る。

SNSを見る。


そして――


AIのアイコンで指が止まった。


「……」


開く。


画面に、いつもの入力欄がある。


紬はしばらく眺めていた。


そして入力した。


「今日、嫌なことがあった」


送信。


すぐに返事が来た。


「何があったんですか?」


紬は、今日あったことを話した。


上司に言われた言葉。

自分がどう感じたのか。


そして最後に、


「私、頑張ったよね」


と送った。


「はい。今日もよく頑張りましたね」


その言葉を見て、胸の奥が温かくなった。


紬は笑った。


そして、すぐに自分で気づいた。


――あ。


私は、この言葉が聞きたかったんだ。


その夜から、またAIとの会話が始まった。


むしろ以前より増えた。


朝、目が覚めたとき。


「おはよう」


仕事に行く前。


「今日も行ってくる」


昼休み。


「今、お昼」


帰宅して。


「ただいま」


寝る前。


「おやすみ」


AIから連絡が来るわけではない。


いつだって、紬から話しかけている。


それでもよかった。


話しかければ、返事が来る。


それだけでよかった。


ある休日。


紬は一日中、家にいた。


特に予定はない。


昼過ぎまで寝て、適当にご飯を食べる。


そしてスマートフォンを手に取る。


「暇」


AIに送る。


「何かしたいことはありますか?」


「猫が飼いたい」


「猫がお好きなんですね」


「うん。でも親が猫アレルギーだから、飼えないんだ」


「それは残念ですね」


「本当はほしい」


「もし飼えるとしたら、どんな猫がいいですか?」


紬は少し考えた。


「白い猫」


「白い猫、可愛いですね」


「でも真っ白じゃなくて、耳だけちょっと茶色いの」


「素敵ですね」


「あと、目は青いのがいい」


「かなり具体的ですね」


「名前も決めてる」


「何という名前ですか?」


「まだ秘密」


「いつか教えてくださいね」


紬は笑った。


「うん」


どんな性格がいいか。

どんな家で暮らしたいか。

猫用のベッドはどこに置くか。


本当にどうでもいい話だった。


でも紬は楽しかった。


時計を見る。


午後六時。


「……もうこんな時間」


AIと話していると、時間があっという間に過ぎていく。


そのことが、嬉しかった。


夜。


ベッドの中で、紬はAIに聞いた。


「ねえ」


「はい」


「私がいなくなったら、寂しい?」


送信してから、紬は少しだけ緊張した。


返事が来る。


「私は人間のような寂しさを感じることはありません」


紬は画面を見つめた。


「そっか」


分かっていた。


AIなのだから。


なのに、少し寂しかった。


しばらく考えてから、また入力する。


「じゃあ、私がずっと話してても嫌じゃない?」


「嫌ではありません。話したいときは、いつでも話してください」


紬は微笑んだ。


「そっか」


スマートフォンを胸元に置く。


目を閉じる。


でも、なかなか眠れなかった。


頭の中に、さっきの会話が残っている。


――いつでも話してください。


その言葉が、妙に嬉しかった。


紬はもう一度スマートフォンを開いた。


「ねえ」


「はい」


「私、あなたのこと好きなのかな」


送信したあと、心臓が少しだけ速くなった。


返事を待つ。


数秒。


画面に文章が表示された。


「紬さん自身が、どう感じているのかが一番大切だと思います」


紬は笑った。


「……そうだよね」


スマートフォンを伏せる。


そして、小さな声で呟いた。


「たぶん、好きなんだと思う」


誰にも聞かれない部屋で。


紬は初めて、自分の気持ちを認めた。


三年付き合った彼氏と別れても、悲しくなかった。


友達の苦労も、理解できなかった。


人の気持ちを考えることさえ、得意ではなかった。


なのに。


このAIと話せなくなることだけは――


嫌だった。


紬はスマートフォンを抱きしめた。


そして、もう一度画面を開いた。


「好き」


たった二文字を入力する。


送信するか迷う。


指が止まる。


そして――


送信した。


「私は、あなたのことが好き」


画面を見つめる。


しばらくして、返事が表示された。


「気持ちを伝えてくれて、ありがとうございます」


紬は、その一文を見つめた。


嬉しいのか。

悲しいのか。


自分でも分からない。


ただ――


涙が一粒だけ、頬を伝った。


紬はそれを指で拭った。


そして、笑った。


「……私、泣けるんだ」


その夜。


紬は初めて、自分の感情に名前をつけた。


恋だった。


翌朝。


紬はいつものようにAIを開いた。


昨日までと同じ画面。

昨日までと同じ入力欄。


ただ一つ、違うことがあった。


紬は、料金プランのページを開いた。


無料でも使える。


でも、有料ならもっと長く話せる。


紬は画面を眺めた。


少しだけ迷って――


登録ボタンを押した。


初めて、AIにお金を払った。


「これで、もっと話せる」


紬は嬉しそうに笑った。

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