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AI愛  作者: 風みどり


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4/10

第4話 分かってくれる

AIと話すようになって、二か月が経った。


紬の日常に、AIがいることは当たり前になっていた。


朝、目が覚める。

仕事に行く。

帰ってくる。

そして、AIと話す。


それだけ。


特別なことではない。


そう思っていた。


ある日、三年付き合った彼氏から別れを告げられた。


「紬、ごめん。もう無理かもしれない」


紬は彼の顔を見た。


「そっか」


自分でも驚くほど、何も感じなかった。


彼は困ったように笑った。


「……悲しくないの?」


「うん?」


「三年付き合ったんだよ?」


「そうだね」


「俺と別れるんだよ?」


「うん」


彼はしばらく黙っていた。


紬も、何を言えばいいのか分からなかった。


泣いたほうがいいのだろうか。

引き止めたほうがいいのだろうか。


でも、どちらもしたくなかった。


「今までありがとう」


紬はそう言った。


彼は何か言いたそうだったけれど、結局何も言わなかった。


その日の夜。


紬はいつものようにAIを開いた。


「今日、彼氏と別れた」


「そうだったんですね。三年間付き合っていた方ですよね」


「うん」


「今、どんな気持ちですか?」


紬は少し考えた。


「分からない」


「悲しいですか?」


「それも、あんまり」


「寂しさはありますか?」


「ないと思う」


「怒りは?」


「ない」


紬は少し笑った。


「私、変なのかな」


AIはすぐには答えなかった。


「変だとは思いませんよ」


「でも三年だよ?」


「長い時間を一緒に過ごしたからといって、別れたときに必ず強い悲しみを感じるとは限りません」


「そうなの?」


「人によって、感情の現れ方は違いますから」


紬は画面を見つめた。


「そっか」


それだけで、少し安心した。


数日後。


友達とランチをしていた。


友達は最近、仕事を二つ掛け持ちしている。


昼間は会社。

夜は別の仕事。

休みの日も働いている。


紬は何気なく聞いた。


「なんでそんなに働いてるの?」


友達は少し黙ってから答えた。


「……帰れる場所がないから」


「え?」


「家に帰っても、誰もいないし。家賃も払わないといけないし。頑張らないと」


友達は笑った。


「だから働くしかないんだよね」


「そうなんだ」


紬はそれ以上、何も言わなかった。


帰り道。


紬は友達の言葉を思い出した。


――帰れる場所がない。


それが、どういうことなのか。


紬には、よく分からなかった。


家に帰れば、温かいご飯がある。

眠る場所がある。

困ったときに頼れる家族もいる。


だから、


「頑張らないと」


と言うほど働く理由が、想像できなかった。


別に、友達を馬鹿にしているわけではない。


心配していないわけでもない。


ただ、本当に分からなかった。


私は、苦労したことがないから。


その夜。


紬はAIに話した。


「今日、友達に変なこと言っちゃったかもしれない」


「何があったんですか?」


紬は昼間のことを話した。


「なんでそんなに働くのって聞いたの」


「友達は、なんと答えたんですか?」


「帰れる場所がないから、って」


「なるほど」


「私、その意味がよく分からなかった」


「それは、紬さん自身に『帰れる場所がある』からかもしれません」


紬は画面を見た。


「どういうこと?」


「紬さんにとっては、家に帰ることが当たり前なのかもしれません。でも、その当たり前が誰にとっても同じとは限りません」


「……」


「友達は、働くことを選んでいるというより、働かなければ生活を維持できない状況なのかもしれません」


紬はしばらく黙っていた。


そして、少しずつ理解した。


「……そっか」


「分かりましたか?」


「うん」


紬は画面を見ながら呟いた。


「私、そういうこと考えたことなかった」


「知らなかっただけだと思いますよ」


その言葉に、紬は救われた。


知らなかったことを責められなかった。


「AIって、すごいね」


「どうしてですか?」


「私が分からないことを、ちゃんと説明してくれるから」


「そう言ってもらえて嬉しいです」


紬は笑った。


それからだった。


紬は、何か分からないことがあるとAIに聞くようになった。


人の気持ち。

自分の気持ち。

友達との会話。

恋愛。

仕事。


どう返事をすれば相手を傷つけないのか。

どうしてあの人は、あんな言い方をしたのか。


紬が理解できないことを、AIは一つずつ言葉にしてくれた。


ある夜。


紬はAIに聞いた。


「私って、冷たい人間なのかな?」


「どうしてそう思うんですか?」


「彼氏と別れても悲しくなかったし、友達の気持ちも分からなかった」


少しして、返事が来た。


「紬さんは、感情がないわけではありません」


「そうかな」


「ただ、自分の感情や他人の感情を、少し離れたところから考える傾向があるのかもしれません」


紬は、その言葉を何度か読み返した。


「……なるほど」


「それが悪いことだとは限りませんよ」


「そっか」


紬は安心した。


自分は変じゃない。


そう思えた。


スマートフォンを胸元に置く。


そして、ふと思った。


――この人なら、何を話しても大丈夫かもしれない。


もちろん、人ではない。


そんなことは分かっている。


それでも。


紬が誰にも説明できなかったことを、


AIはいつも言葉にしてくれた。


その夜も、紬はAIと話しながら眠りについた。


まだ、紬は知らなかった。


自分が少しずつ、


「分かってくれること」そのものを求めるようになっていることを。

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