第二話 第二王子は名探偵?
暑い日が続いておりますのでお気をつけください。
一週間後に行われたのは三年生の先輩方の卒業式。
私達二年生も送る側として出席している。
私はというと、表向きは今まで通り。だが、やはり視線を感じる事がある。
あの事件は学園中に知れ渡っていた。
婚約者であるガイウス様からのお手紙の返事もまだない。
不安なまま一週間を過ごし、今日を迎えた。
卒業式は恙無く終了し、そのまま卒業パーティーに進む。
今年は王太子殿下がご卒業されるので、国王陛下と実母である側妃殿下が出席されている。
パーティーが開始してすぐ、中央が騒がしくなった。
「セレスティア・ヴァルナ公爵令嬢! 貴様は先日、ここにいるリリー・フランボ男爵令嬢を階段で突き飛ばし、殺害しようとした! 貴様の行いは到底許されるものではなく、王族として立つ資格もない。よって婚約を破棄する!」
そう宣言した声は、卒業生にしてこの国の王太子、テオドール王太子殿下だった。
「わたくしにはそのような事、身に覚えがありません」
凛とした反論の声はテオドール王太子殿下の婚約者であるセレスティア様の声だ。
「言い逃れはできん。リリーはお前に突き落とされたと言っている。そうだな? リリー」
「はい、すごく怖くて。何度も夢に見て……今でも震えます。テオドール王太子殿下の婚約者であれば未来の王妃だったはず。こんな卑劣な手を使うなんて、信じられません」
なんだか聞き覚えのある話に前の方へ移動する。
輪の中心にいるのは、テオドール王太子殿下と、リリー・フランボ男爵令嬢。そして対峙するように、セレスティア様が立っていた。
リリー・フランボ男爵令嬢は、テオドール王太子殿下の腕に手を添え、怯えるように隠れている。
「リリーは右腕を捻挫している。この痛ましい姿を見よ。これでもシラを切るつもりか!」
テオドール王太子殿下が体を横にすると後ろにいたフランボ男爵令嬢の姿が見えた。腕を白い布で首から吊っている。
彼女はやはりあの時階段の下にいた令嬢だった。
「ですから、身に覚えがないのです」
テオドール王太子殿下は再び体でフランボ男爵令嬢を庇うように立つと、忌々しそうにセレスティア様を睨む。
「ここまで言っても認めないのだな。ここで認めれば、婚約破棄だけで許してやったものを。証人よ、前へ」
テオドール王太子殿下の声にあの時階段にいた生徒が数人現れる。
でも、階段を落ちたあの時、その場に居合わせたのは──
「まずは君だ。正直に答えろ。リリーが階段から突き落とされた。その時階段の上にいた犯人を目撃した、そうだな?」
まずは、一番近くにいた不安気で、滝のように汗をかいている男子生徒に声を掛ける。
「……はい、見ました」
「それは誰だったか、分かるか」
「テ、テオドール王太子殿下の婚約者である、セレスティア・ヴァルナ公爵令嬢です」
テオドール王太子殿下もフランボ男爵令嬢も男子生徒の言葉に満足そうに笑顔で頷いた。
でも私は、え? と驚いた。
あの場にセレスティア様は居なかったのだから。
次に話を聞いたのは、伯爵令息だ。
「君も見たんだな」
「は、はい。犯人かは分かりませんが、あの時階段の上にいた令嬢は見ました」
「そいつが犯人だ。名前を言ってくれ」
テオドール王太子殿下はこれから名を呼ばれる人物を犯人だと断じた。
伯爵令息がチラリと私の方を見て、青褪めた顔で答える。
「あ、あの場にいたのはセレイア・ヴァルネ侯爵令嬢です」
ざわりと緊張が走り、他の証言者達がそれぞれ目配せをしている。
そして、最初に証言した男子生徒はこの世の終わりのような顔をしている。
「は? ……聞き間違えたやもしれん。もう一度、令嬢の名前を言ってもらえるか?」
聞き返すテオドール王太子殿下の横で、リリーが自信満々に笑っている。
「……はい。セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢です」
「セ……セレイア……ヴァルネ侯爵令嬢? 本当か? 最初の証言者はセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢だと言っているぞ。言い間違いではないか?」
「いいえ、間違いなくセレイア・ヴァルネ侯爵令嬢でした」
焦った様子で聞き返すが、伯爵令息ははっきりと私の名前を伝えた。
テオドール王太子殿下はそうあるべきというようにセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢の名を出したが、その後の証人達も全て私の名前を言う。その度にチラッと、証言される皆様が私の方に視線を向ける。
証人は一様に顔色が悪かった。
最初に証言した男子生徒は涙目でテオドール王太子殿下を縋るように見ている。
「その場に居たのはどちらの令嬢なの?」
「ヴァルネ侯爵令嬢であるならば、何のためにそんなことを?」
「彼女がそんなことする必要、あるかしら?」
そんな声が上がっている。そして──
セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢が関わっているのならば、あの方が出てくる可能性もあるぞ、大丈夫なのか? の声も。
「あの方って……たった一人で魔獣の群れを退けた辺境の……」
「馬鹿、軽々しく名を口にするな」
周囲の言葉に、最初に証言した男子生徒は真っ白になっていた。
「リ、リリー。君を突き落としたのは私の婚約者だったんだよな?」
「はい」
「私の婚約者はセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢だが、間違いはないか?」
「はい」
「セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢ということはないな?」
「……はい? セレイア? セレスティア……え? どっち……婚約者の方……です」
フランボ男爵令嬢は戸惑っている。
「ここからは私が話を進めよう」
ここで別の声が響く。コンラート第二王子殿下だ。
「私は生徒会長としてこの事件を調査している。セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢はいるだろうか?」
「はい。私はここにおります」
おずおずと手を上げて前に出る。
私の姿を見て、フランボ男爵令嬢が目を剥いて、え? 誰? と、驚いている。
「最初の証言者、カズレ男爵令息、君だけが聴取でもセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢だったと証言した。その証言は今も変わらないか?」
カズレ男爵令息はその場に座り込み、床に頭を擦り付ける。
「も、申し訳ありません! 僕が見たのは、セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢で、セレスティア・ヴァルナ公爵令嬢じゃありません!」
「なん、だと……」
テオドール王太子殿下が信じられないものを見るようにカズレ男爵令息を見る。
「であれば、その場にわたくしは居なかったということになりますわね?」
「そ、そんなはずは……」
セレスティアが言い、テオドール王太子殿下はフランボ男爵令嬢に目を向けるが、フランボ男爵令嬢は何が何だか分からないという様子だ。
「証言及びセレスティア・ヴァルナ公爵令嬢の否定により、今回の件について令嬢は無関係であると言える」
「ええ、わたくしは無関係ですわ」
「わ、私はテオの婚約者、セレスティア公爵令嬢に突き落とされたのよ」
「テオ……ね」
セレスティア様が不敵に笑う。
「フランボ男爵令嬢、突き落とされたと主張したあの時、あの場に居た目撃者は全員、テオドール王太子殿下の婚約者とは別の人物がそこに居たことを証言した」
「別のって……え? だって、あの場にいたのはセレスティア公爵令嬢だって……違った……の?」
フランボ男爵令嬢の顔色がだんだん悪くなっていく。そして、それはテオドール王太子殿下も同じで、顔色が悪い。
「フランボ男爵令嬢が階段から落ちた時、その場にいたのはセレイア・ヴァルネ侯爵令嬢、あなたか?」
コンラート殿下に問われ、首肯する。
「はい。その場にいたのは私です。ですが、私は突き飛ばしたりしていません」
「フランボ男爵令嬢との面識はなかったと言っていたな」
「はい、ありません。学年も違いますし、あの時まで名前も知りませんでした」
この学園は、学年ごとに棟が違うため、共通棟でないと他学年との交流はできない。
私は生徒会などにも入っていないため、他学年の生徒と会うとしたら、よく行く図書室くらいのものだ。
伯爵以上の上位貴族ならまだしも、男爵家の令嬢は交流がなければ流石に覚えていない。
「私は、誓ってフランボ男爵令嬢を突き落としたりしていません。私の婚約者は辺境伯令息です。フランボ男爵令嬢は私と彼の婚約破棄もお望みなのでしょうか?」
私にとっての一番の気掛かりはこれだ。
私はガイウス様が大好きだ。引き離されたりしたら、生きていけない程に。ガイウス様に嫌われてしまったら、これから先、彼と一緒にいられないとしたら、そう思うだけで心が締め付けられ、涙が出そうになる。
フランボ男爵令嬢は辺境伯令息と聞いてさらに顔色を悪くする。
「辺境伯令息……いっ、いいえ、いいえ、とんでもありません。そそそそんなつもりは一切ありません」
「ではなぜ、そんな嘘の証言を?」
「それは……」
私の問いに言葉を詰まらせる。
とりあえずは、ガイウス様との婚約破棄を望んでのことではないと胸を撫で下ろす。
「申し訳ありません!」
私の方に滑り込みで頭を下げ謝罪するカズレ男爵令息に驚く。
「僕は、フランボ男爵令嬢に脅さ……」
カズレ男爵令息が言葉を飲み込むように口をつぐむ。
「頼まれて、ヴァルナ公爵令嬢の行動を調べてお伝えしました。図書室にいる、と。……でも、僕が調べていたのは、ヴァルネ侯爵令嬢でした。僕はヴァルネ侯爵令嬢が辺境伯令息の婚約者だと知らなかったんです! ……お許しください!」
私の名前と、セレスティア様の名前はよく似ていて間違えられることも少なくない。カズレ男爵令息も間違ってしまった、と。
それと私がガイウス様の婚約者であることを気にされているが、それが今回の事件とどう関係があるのだろうか?
フランボ男爵令嬢からは私とガイウス様の婚約破棄については否定されたのに。
私は首を傾げた。
「……なるほど。話は繋がった。フランボ男爵令嬢は、自分を突き落としたのはテオドール王太子殿下の婚約者だと証言した。だが実際にその場にいたのはセレイア・ヴァルネ侯爵令嬢。テオドール王太子殿下の婚約者ではない。となると、セレイア・ヴァルネ侯爵令嬢にはフランボ男爵令嬢を害する動機がない。彼女には──」
その時、バンっと乱暴に扉を開く音が響き生徒達が一斉に振り返り、ピンっと張り詰めたような緊張感に包まれる。
そして、ヒュッと誰かが息を飲む音がする。
「セレイアっ!」
ビリビリと空気を震わせる声が響いた。
私の大好きなガイウス様の声だ。
「ガイウス様っ!」
ドシドシ音を立ててガイウス様が現れた。
目撃者は背後の最強守護神が怖すぎて寝返りました。
最初の男爵令息は知らなかったので言われた通り証言しましたが、他は北の守護神が怖すぎて指示通りに出来なかった。
階段でセレイア見た瞬間に、終わった……と思ってます。せめて嘘は言わないようにしようと、証言を翻します。




