7.ヒヤシンス
映画が終わりトイレに駆け込んだ。
思った以上に泣けた…
アニメ映画に感動して号泣するアラサー女をとても世間に晒せず、余韻に浸る間も無く涙を拭いた。
康太のこと以外で泣くの久しぶりだな…いつもと違って少しスッキリした。
メイクを整え、康太の元へ向かう。
「ごめん、お待たせ」
「泣いたね〜」
「あれは泣けるよ…最後に会えてよかったね」
「あそこの笑顔はズルかった…あんなん泣くじゃん」
「早く続き観たいなぁ」
「いつになるんだろうね…あ、ゲーセン行こう!」
「いいよ」
ここに来るといつもゲームセンターへ寄ってしまう。
「澄玲! モフうさのライトだって!」
康太が駆け寄りUFOキャッチャーへ向かった。
私も後を追い景品をみる。
私の大好きなモフうさのルームライトだった。しかもロップイヤーver.…あまりにも可愛すぎる!
「俺取るから見てて! 」
「ちょっと!また無理に取らないでよ…」
康太はUFOキャッチャーに熱くなりすぎる。
学生の頃は1万も溶かした…挙句取れなかったこともある。
「やった! 落ちたよ!」
結果3,000円を溶かし取ることができた。妥当なのか…高くついたような…
袋を取りに行き、モフうさのルームライトを入れた。
あとは見て回ったが特に惹かれるものもなかった。
「お昼どうする?」
「私まだお腹すいてなくて…行きたいところにしていいよ」
「そう…? じゃあパスタにしよっ」
恐る恐る見るとパスタ専門店だった…
そんなに食べれる気がしない。なにか食べられるものあるだろうか…
辛うじてコーンクリームスープを食べられた…
康太の海鮮クリームパスタセットが見だけで胃が重かった。
それから康太の服を見に行った。
ファッションに興味がないのでよく分からないけれど、康太のセンスは好きだった。身なりも仕事柄いつも整えている。
服も小物も私より多い。
「んーこっちのセーターとこっちの服どっちがいい?」
濃い紫のセーターとダークグレーのタートルネックセーターを並べられた。
正直、分からない。
「…グレーの方かな?」
「やっぱこっちの方が使いやすそうだよなぁ…じゃあこっち買ってくるわ!」
康太はレジへ向かい、残された私は周りの服を見渡す。
子供の頃に好きだったカートゥーンアニメの絵がプリントされたTシャツが目に入った。
こういうのってやっぱり部屋着になるのかな?どう考えても着こなせる気がしない。
「それ欲しいの?」
会計を終えた康太が戻ってきた。
「見てただけ、このネズミ好きだったからさ」
「懐かしい! 俺はこの大きい方のネズミ好きだった」
「久しぶりに観たくなってきちゃった」
「配信あったら観ようよ!」
「そうだね」
買い物も済ませ、帰路に着く。
意外と以前のように過ごすことが出来た。
康太次第だけれども、案外なんとかなるのかもしれない。
そう思ったのも束の間。家に帰ると切り替わってしまった。空気が重く感じる。
落ち着けない…
買ったものをしまいこみ、モフうさのルームライトをリビングに飾った。
康太はコーヒーを飲みながら、テレビであのカートゥーンアニメを探している。
「見つかった?」
「多分これなんだけど…あ、あった! 澄玲の分もコーヒー用意したよ」
「あぁ…ありがとう」
牛乳や多分砂糖も入れてくれてるみたいだけど、きっと苦いんだろうなぁ…
カートゥーンアニメは私達が観ていた頃と吹き替えが変わっていて、あまりの違和感にすぐに観るのをやめてしまった。コーヒーも苦かった。
「シャワーしてくるよ。その後ご飯作るから」
「わかった」
スマホを触り、欠伸をしながら返事をする康太を疑いの目で見てしまう。
でも、日中はあまりスマホいじってなかったな…
シャワーを浴び終わり、夕飯に取り掛かる。
軽くでいいと言っていたので、すぐできるうどんにしといた。これなら私も少しは食べられるだろう。
適当に流れてるテレビを観ながら、2人で食べた。
康太のシャワー中に洗い物とゴミをまとめて、軽く掃除しておかないと…
何もしないで1人でいると考えてしまってダメだ。
康太の事で悩んでるのに、本人がいない時に苦しむなんて…
せめて1人の時くらい忘れていたいのに。
やる事が無くなり、観念してソファに座り込む。足元が寒くて膝を抱えて座った。
ミモアの返信やエステ、北海道の観光のことを調べていた。
背後から腕が回り、康太のシャンプーの香りがする。康太の顔がうなじに感じる。
突然のことに固まって動けない…
「…今日しよ? 体調良くなったみたいだし、最近俺の事避けてさ、寂しかった…」
耳たぶを咥えられ、舌でなぞられる。
思わず声が漏れてしまった。
どうしよ…このまま流されてしまいそう…
断ったら、また離れちゃう?
今だけでも私を見てくれる?
それともただしたいだけ?
私は私の事を騙して、他の女と寝た康太と寝れるの?
迷いと消えない嫌悪感に苛まれる。
「澄玲? 泣かないで…」
涙が流れていた。なんの涙か分からない。
康太は離れないまま指で涙を拭った。
「嫌だった?」
「……違うの」
なんて言葉を紡げばいいか…
上手く誤魔化さなきゃ…
「……康太に愛されてないと思って…わかんなくて…」
自分でも何を言っているか分からなかった。
咄嗟の嘘が下手すぎる。
「…不安にさせてごめん。澄玲を愛してるよ。それに久しぶりに名前を呼んでくれた…それだけでも嬉しくて」
抱き締める力が強くなった。
なんとなく呼ぶのが嫌で避けてた。それも気付いてたんだ…
ちゃんとやれるか分からない。でも、今逃しちゃいけない気がした。
康太の腕をそっと握った。
「愛してくれる?」
腕が解け、私の横に跪いた。
康太の手が頬に触れる。
「もちろんだよ… 可愛いな」
なんで化粧をした姿じゃなくて、化粧もしてない泣き顔の時に言うんだろ…
親指で頬撫でるように涙を拭られ、唇を重ねた。
あの時と同じざわつきがくる。
でも今は、そのままにした。
これからも康太といたいなら、避けることは出来ない。
ただ康太を好きな気持ちだけに委ねた。
手を繋いで寝室へ行き、ベッドへ抱き合い倒れ込む。
2人を照らすのはリビングからの明かりだけ。
久しぶりの快楽に悶え、意識が飛びそうになる…
愛撫する場所を変える度にキスをし、「可愛い」「好きだよ」と言葉を落としてくれる。
「もう入れていい?」
「…待って! …ゴム付けて?」
「珍しいね…どうして?」
言葉に詰まってしまう。さすがにそのまま入れるのは嫌だ。
「…まだ2人でもいいかなって、ね?」
「わかった…」
あれ?この間確か…
康太はいつもの場所から取り出した。
どうだったっけ?
……今考えるのはやめよう。あるならそれでいい。
事後の余韻の中、また涙が溢れてしまった。
愛された喜びと我慢した嫌悪感からの解放が混じり複雑だった…
「もうまた泣いちゃって… ほら」
康太から渡されたティッシュで拭う。
「ありがとう」
「あの時みたいだね」
康太が私の頭を撫でる。
「あの時?」
「初めての時さ…あの時も終わった後、泣いてただろ?」
「あー、そうだったね…覚えてたの?」
「あれは忘れられないよ、澄玲の初めてだったし。それに終わった後にこうやって泣いて「怖かったけど、康太さんでよかった」なんて抱き締めて来たんだよ?…ずるいよ」
昔の事を蒸し返されて恥ずかしかった。
でも覚えていてくれてるのが嬉しい…
「ずるいって?」
「…まぁ、今だから言うけどさ…あの時ずっと守りたいって思ったんだ…」
今は傷付けてるけどね…
「まだ俺も… 18だったけど、この子は、澄玲だけは離したくない。そばにいて欲しいって思ってさ」
「…それに呪われてるの?」
自然と口にしてしまった。
言うつもり無かったのに…
「違う! ここ最近元気なかったろ?…それでさ、俺…今まで以上に…澄玲が大好きで、大切なんだって思い知ったんだ…」
言葉が出かけた…でも、康太は口が上手い。
警戒しなきゃ…でも考えないと…
「気にしてたの?」
「わかるよ…本当に何ともないんだよね?レオってやつとも何ともない?」
「…なんでレオくんが出てくるの? 」
「だって、あの人と再会した時から旅行の時で澄玲が、ずっとしんどそうにしてたから」
全部あなたなのに…
「…たまたまだよ…少し体調崩しただけ…レオくんも真弓も関係ない」
自分でもハッとするくらい冷たく言ってしまった。
とたんに康太が私に覆い被った。
「あの人は澄玲を友達だと思ってない」
「何言ってるの?」
「そんなんだから守りたいんだよ…」
この人は何から私を守るの?
「康太?レオくんはそんなんじゃないよ」
「澄玲はそうだけど、向こうは分からないよ?」
「変なこと言わないで…失礼じゃない」
康太を押しのけて、体を起こす。
「ごめん、ただ心配で…」
強い力で抱き締められた。
なんて身勝手な心配。都合が良すぎる。
自分のことを棚に上げて、私の事を警戒するなんて…
殴り飛ばしてやりたい…
「私は…浮気なんてしないから。たとえレオくんが誘ってきてもね」
危ない…「康太と違って」と言いそうになった…
「…本当?」
「本当に。だから康太もしないでよ…」
泣きそうになる…
しないで欲しかったのに…どうして…
「もちろんだよ」
嘘つき。どこまで私をバカにするんだ…
康太の腕が解けかけたのを見計らい服を手に取る。
「はやく服着ないと風邪引くよ」
パジャマを着て、足早に洗面所に向かう。
たった2週間振りなのに股関節が痛み歩きにくい。
歯ブラシを持つ手に力が入ってしまう…
確か2、3ヶ月前にゴムは無くなったはず。
そう…生理直後で気になるからとお願いして、その時にもう無くなっちゃったって言ってた…
…イヤ…歯を磨いてるのに吐きたくなってきた…
さっきまで康太が触れていた体が汚く思える。
早く歯磨き終えて、体だけでも流そう。下着もパジャマも替えないと…
ベッドに戻る頃には康太はもう寝ていた。
またしても眠れず、気が付くと外は明るくなっていた。――
あれから4日経ったけれど、康太といるとイライラしてしまい冷たい態度をとってしまうことが増えた。つくづく隠し事や嘘の苦手な自分が嫌になる。
今日は夜勤の前に津上さんの所に行かなきゃ…
レオくんがせっかくの休みの日なのに送ってくれる。ついつい頼ってしまう。康太への腹いせかもしれない。
康太を会社へ見送り、家事をこなしていく。
処方された睡眠薬も限りがあるから、今回も控えたが眠れないのは辛い…
頼るのも良くないけど、いい加減ゆっくり眠りたい…
そういや押し花もう出来たかな?様子を見てみよう。
確認して見ると割とよく出来ていた。問題はこの押し花で何作ろう?
本読まないから栞作っても意味ないし…
調べるとキーホルダーが作れるらしい。いつか100均で道具買っておこう。
確認しなきゃいけないことを思い出した。
康太が家にいない間に見ないときっと耐えられない。
寝室へ向かいベッドの下の引き出しを開ける。コンドームの箱には10個入りと書いてある。
恐る恐る中身を確認する。また手が震えてきた…
……8個しかない…何度数えても8個…
あの時1個しか使ってない。それに記憶が正しければ、2、3ヶ月前に切れてそれ以来使ってない。
……最悪だ。
少し乱暴に仕舞い込み、力任せに康太の枕に拳を叩き付けた。
「…ざけんな、ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!」
何度も何度も拳を振り下ろす。
初めて叫ぶような声をあげた。
ずっと守りたい?心配?あの人は何を言ってたの?
もはや呆れに近かった…涙も出ない。
念の為に性病検査もしておかないと。今からじゃ予定に間に合わない。明日にでも行かなきゃ…
もう…なんでこんな事しなくちゃいけないの…
そろそろ準備しておこう。
相変わらず酷い顔色…こっちにもお金かけないといけないしなぁ。
手早く化粧を済ませ、カメラを設置したらすぐに出勤出来るようにカバンの確認をした。
レオくんからミモアが届く。
『車で待ってるよ』
まだ5分前なのに…急いで支度を済ませて、家を出た。
駐車場に着き、レオくんの車に乗る。
「お待たせ、お休みなのにごめんね」
「大丈夫だよ。気にしないで」
微笑みに康太の言葉を思い出し、少しドキッとしてしまった。
こんなにも康太に振り回されるなんて…
「それじゃ出るよ」
「うん、お願いします」
「そういえば、美希さん…兄さんのお嫁さんなんだけど、レオくんの休みの日知りたがってたんだけど教えてもいい?」
「…いいけど、なんで?」
「この間お花屋さん行ったのに、レオくんがいなかったって残念がってて」
ちょっと恥ずかしくて苦笑いをしてしまう。
「花は花なんだけどなぁ」
「…売ってる人の問題なの。教えとくね」
ミモアで美希さんにレオくんの休みの日を教えた。
「あぁ、先週だっけかな…すみれのお母さんって名乗る人に挨拶されたよ」
「え?…どんな人だった?」
聞いてないよ…
「前からよく来てくれてたんだけど、茶髪のショートカットですごく元気というか…お喋り?な人なんだけど」
顔から火が出るほど、恥ずかしい…!
「母さんだ…言わなきゃよかった…恥ずかしいっ」
手で顔を覆った。レオくんに合わす顔がない。
「あ、本物だったんだ」
「…家族でお世話になってますぅ」
「いつも買ってくれるから嬉しいけどね、常連さんだし」
「なんか…申し訳ない…」
「なんで? 俺としては嬉しいよ?」
「美希さんはともかく、母さん話長いでしょ?…全然遮っていいからね」
「…あ~…まぁ大丈夫だよ。小さい頃はお花屋さんとプリスタになりたかったんだって?」
「…母さんから聞いたの?」
「うん」
あとで連絡しなきゃ…止めさせないと!
「他には何も聞いてないよね?」
「ん〜まぁ…うん」
「それ絶対聞いてるよね?」
「まぁまぁまぁ」
家での怒りも忘れて、話に花が咲いた。
ヒヤシンスの花言葉
『変わらぬ愛』『悲しみを越えた愛』
次回、6月7日20:30予定。
お読み頂きありがとうございます!
評価等いただけると嬉しいです。




