27.イースターリリー
残りあと2話です。
もう退勤なのに、まだカルテに記録を書き終えられていない。
秋山さんが通りかかる。
「あら澄玲ちゃん、小野さん大丈夫だった?」
「なんとか出血止まったので、引き継ぎできました。兄さ…雅人先生も確認してくれたので大丈夫です。…ダメだ…まだ慣れないですね…」
昔から知ってる秋山さんの前だと、ついつい「兄さん」呼びになってしまう。
「観念した方がいいわ」
「そうですけど…」
兄さんがなにか探してる様子で、こっちに来た。
「秋山さん、カルテなんですけど…」
「207の小野さんのなら今、書いてるよ」
「早く渡せ」
書きなぐる様に筆を動かす。
「たくさん押し付けといてよく言うよ」
「…俺は根に持ってるからな?」
「…悪かったですね!雅人先生!」
書き終わったカルテを兄さんに強めに押し付けた。
奪い取るようにカルテを手にして私を睨んでくる。
事の発端は、少し人が多い場で私が「兄さん先生」と口を滑らせたこと。
からかわれる度に、私も恥ずかしい思いをしてるのに許してくれない。
「コラコラ、ここでケンカしないの。一緒に上がりましょう、澄玲ちゃん。お先にお疲れ様です」
「そうですね。それじゃお疲れ様です、雅人先生」
「…お疲れ様です」
兄さんは私を無視するようにあいさつした。
ジッと兄さんに睨みをきかせ、秋山さんと休憩室へ向かう。
もう秋だと世間はいうけれど、依然として汗をかく暑さが続いて外に出るのが億劫になる…
バタバタと動くから汗はかくけれど、つくづく室内の仕事で良かった。
「でも、本当に澄玲ちゃんみたいに、即戦力になって、ドクターに意見言える子が入ってきてくれて良かったわ」
「そんなそんな…まぁ家族ですし」
秋山さんは昔からいつも穏やかだ。
私もこんな看護師になりたい。
「仲良くていいじゃない…あの彼氏とも上手くいってるんでしょ?」
「…!また母から何か聞きました?」
急な話題にドキッとしてしまう。
母さんのせいで、この医院の職員はほぼ全員に知れ渡ってしまった。
「ふふっ、裕子さん嬉しそうにしてたわよ?早く結婚しないかって」
「勘弁してくださいよ〜」
きっと花を買いに行く度に、レオくんが母さんに話してるんだ…
母さんには、こうなるから話さないようにしてるのに。
「あんなカッコイイ人、待たせるなんてもったいないじゃない。それじゃ、お疲れ様」
「秋山さんまで…お疲れ様です」
休憩室から出ていく秋山さんを見送る。
大きい溜息が出てしまう。
そうは言われても…離婚してすぐ再婚なんて、世間体も気になる。
いけない、早く帰ってシャワーしないと!
今日はデートなんだから。
支度が終わったが、服に合うネックレスを持ってない。
…仕方ない。急いでキッチンの母さんの元へ行く。
「母さん!これ似合うネックレス持ってない?いいの無くて…」
料理中の母さんの表情が、ぱっと明るくなったのがわかった。
「あら!良いのが確かあったわ!待っててー」
料理そっちのけで行ってしまった。
代わって菜箸とフライパンを持つ。
今日は父さん夜勤なのに…いつも通り父さんの朝ごはん兼母さんの晩御飯かな。
すぐに数個のアクセサリーを持って戻ってきた。
「これじゃ…派手か……これとこれなら…」
色々当ててみてくれてる。
見ると2つともシンプル。でも、すぐに決まった。
「こっち借りる!もう出なきゃ」
「これ若い時にお父さんが選んでくれたのよ!やぁー!こんな日が来るなんて!娘を持ってよかった…」
「そうなんだ…もう…行ってきます」
急いで家を出た。
母さんが頼もしいけど、帰ったら根掘り葉掘り聞かれるのがめんどくさい。
お花屋さんに着くと、珍しくまだシャッターが閉まってなかった。
恐る恐る中を覗く…レオくんがまだ接客中だ。
こういう時は入って来ていいと言う言葉を思い出す。
少し躊躇いながらドアを開けた。
鈴の音が鳴る。
「…あっ、いらっしゃい!」
目が合うと、微笑み返してくれた。
すぐに目線をお客さんに戻される。
「…他には?……ありがとうございました」
あからさまに愛想が悪くなった。
慣れ親しんだ琥珀色の瞳は、機嫌によっては、たまに少し怖く見える。
お客さんが足早にお店を出ていく。
「あぁいう態度やめたら?もったいないよ?」
ほぼ自営業なんだから、冷たい態度しなきゃいいのに…
「残業が嫌なだけ。…今日もキレイだよ。片付けるから裏で座ってて?」
「はぁ…わかった」
しぶしぶバックヤードへ向かった。
しばらくすると、レオくんが戻ってきた。
「待たせて、ごめんね!駐車場行こうか」
「お疲れ様」
レオくんの後へついて行く。
つい意地悪を言ってしまう。
「相変わらずモテるね」
「そんなんじゃないよ?ただのお客さん。すみれにしかモテたくないんだけど?」
耳元でそんなこと言うの……ずるい。
顔が熱くなるのを感じる。
「……早くしないと美術館閉まっちゃうよ!」
照れを隠したくて、話をそらした。
「はいはい」
車のドアを開け、シートに腰掛けた。
美術館に着き、受付でチケットを購入する。
久しぶりに美術館に来られた。
「目当ては水墨画だっけ?版画が有名なのに、珍しいね」
「そうなんだよね。でも、初めて見た時からなんか好きで…また見れると思ってなかったな」
「ギリギリでこれで良かったね」
「間に合って良かったよ」
色鮮やかな版画の奥に、私の好きな水墨画が展示されていた。
本当に綺麗で、目の前に本物の雪が積もっているような寒さも感じる。
やっぱり実物はいい……
迫力に圧倒される中を進んでいく。
美術館を後にし、遅めの晩ご飯でお蕎麦屋さんにした。
「やっぱり東雲月舟の絵は、幻想的なのに芯があって色使いもいいよね!」
「すみれも月舟が好きだと思わなかったよ」
「高校の教科書で見た時から好きなの。レオくんはどこで知ったの?」
「俺も似たような感じだよ。デザインの勉強の時に見て、気になってたんだ」
あまりの偶然に思わず笑ってしまう。
「ふふっ、こんな偶然もあるんだね」
「一緒に来れてよかったよ」
「ホントね」
運ばれてきた蕎麦を食べながら話を続けた。
今日のことを思い出す。
「あ、そうだ! また母さんに話したでしょ?ダメだって言ったのに……」
「ごめんごめん、でもそんなに話してないよ?仲良くしてますーくらい」
レオくんは笑いながらそういうけど…
「それでも母さんは周りに喋っちゃうんだよ」
「悪いことは無いから、そのままでもいいんじゃない?」
「そういう事じゃなくて…」
悪びれる様子もなく、余裕の表情に呆れてしまう。
ホント自信家なんだから…
食べ終わり、車へ戻った。
そういえば、もう10月だ…うっかり聞くの忘れてしまっていた。
「レオくんさ、パパとママ…私の実の両親のお墓参りくる?20日なんだけど」
さすがに2人の詳細は言えない。
レオくんは多分気にしないと思うけど。
「…え、いいの?」
「うん、いいよ。毎年、家族みんなで行ってるから、もしその日何も無いなら」
まだちゃんと結婚までは決めてないけど、ずっとレオくんにはお世話になってるから挨拶くらいしてもいいだろう。
「確か空いてるはず…帰ったら確認してみるよ」
「わかった」
「すみれの実のご両親に会えるの楽しみにしてるよ」
「ただのお墓参りよ?」
「…俺はお墓参りも初めて」
「そっか…まぁ、そんな畏まらなくて大丈夫だよ。 普段着でいいしさ」
「わかったよ」
にこやかに答えるレオくんの横顔を見た。
…レオくんのご両親ってどんな人だったんだろ?
施設にずっといたってことは、結構複雑なんだろうけど亡くなってはいなさそう…
こんな出来た人の親の顔が見てみたい。
「早く引越したいなぁ」
「確かにあのアパートじゃ、通勤時間長いもんね」
「まぁ、それもあるけど……」
「…?何かある?」
「結婚するならあそこじゃ遠いし、狭いでしょ?」
顔が一気に熱くなってしまった。
結婚を前提に付き合ってはいるけれど、まだ3ヶ月しか経ってないし、改めて言われると一瞬、胸が高まる。
「…そう、だけど……まぁ、そんなに焦らなくても…」
「どうして?…俺は、はやくすみれといたいし、子供も欲しいけど?」
ドキドキしてしまう。
赤信号になったからって、顔が近い。
「それに、すみれはあのアパートじゃ、キスもしてくれないからさ」
「…! そっ、それはごめん……」
家の近くじゃ、職場も近いし近所の目も気になる……
かといって、レオくんの家じゃ結婚してた時の事を思い出してしまって、なかなかそういう雰囲気になれなかった。
大人のカップルが付き合って3ヶ月経つのに、キスもできていない。
「…まぁその時が来たら、もう我慢はしてあげられないな」
……今の言い方はあまりにもズルい。
顔の火照りを冷ますように、手を顔に当てた。
もう家が見えてくる。
会おうと思えば、いつでも会える距離だけど、二人の時間が終わってしまうのが寂しい。
無意識に顔を下げてしまう……
「いつもそんな顔しないで?」
手を握ってそう言ってくれた。
その温もりに思わず口角が上がる。
「寂しいんだもん…」
「いつでも会えるでしょ?」
あっという間に家に着いてしまった。
「わかってるよ…今日もありがとう」
「こちらこそ。楽しかったよ」
「私も!…またね。気を付けて帰ってね?」
「ありがとう。大好きだよ」
「私も…」
車を降り、手を振った。
曲がるまで見送る。
あぁ、終わっちゃった……
余韻に浸りながら、玄関のドアに手をかけた。
母さんに気付かれないようにゆっくりとドアを閉める。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま…起きてたんだ…」
「今日はどうだったの?」
やっぱり聞いてくるよな…
ウキウキとした顔がまぶしい。
「楽しかったよ」
「手は繋げるようになったんでしょ?子供じゃないんだから、その先くらい…」
なんで知ってるんだ…
「絶対母さんには話さないよ。レオくんにも聞かないでね!」
「もう…恥ずかしがっちゃって」
ニヤニヤとする母さんをかわし、洗面所へ逃げた。
もう…どっちが子供なのよ…
呆れながら手を洗い、シャワーを浴びた。
シャワーから上がり、部屋のベッドへ潜り込む。
1歩ずつレオくんとの距離は近くなっていく。
優しくて頼れるお兄さんから、信頼できる異性として感じてきた。
でも、いつも私を優しく見てくれているあの瞳の奥に、触れてはいけない何かを感じる時がある。
あの再会はどこまでが偶然だったのかな?
……なんてね。
あるわけない。
どうこう出来るわけ無いわ。
でも、もしそうでも構わない。
レオくんはこんなにも愛してくれている。
ちゃんと今後を考えないとな……——
イースターリリーの花言葉
『希望』『新たな始まり』『偽れない』
次回、6月27日20:30予定。
お読み頂きありがとうございます!
評価等いただけると嬉しいです。




