26.ラベンダー
あれからちょくちょくレオくんとお花屋さんで顔を合わせたり、会って計画を立てたりして、当日を迎えてしまった。
昼も夜も暑い季節になり、北海道が楽しみでもある。
年甲斐も無く浮かれて、わざわざ服も買ってしまった。
まぁそれはいい。
今、この状況が問題だ。
「――そしたら、澄玲ったら泣き出しちゃって!カペラに嫌われちゃったーって!可愛いでしょう?」
「あははっ、そんな頃もあったんですね!」
「もう母さんは話さないで!私以外のことにして!」
さっきからずっと、2人しての私の暴露大会だ。
さすがに旅行ともなると、レオくんのことを話さない訳にはいかなかった。
空港まで父さんが送ってくれることになり、どうせならとレオくんも誘ったら母さんが着いてきた。
そして、この地獄のような空間の出来上がり。
レオくんまで私が覚えて無いことを、母さんたちに話し始めている。
やっと空港に着いた。
まだ飛行機に乗ってもいないのに疲れた…
これから2泊3日もつのだろうか。
「それじゃ、澄玲、レオくん楽しんできてねー!お土産楽しみにしてるわよー!」
「気を付けて、楽しんでこい」
大きく手を振る両親…
「ありがとうございました!」
にこやかに手を振り返すレオくん…
「騒がしくなってごめんね…」
「楽しかったよ!なに疲れてるの?ほら、行くよ!」
レオくんが私のキャリーバッグも持ってくれる。
なんでそんなに元気なの…
トボトボとレオくんの後に続いた。
荷物を預け、保安検査も済ませ、ターミナルで時間まで待つ。
この時間で回復しないと、着く頃には死んでしまう…
「すみれ大丈夫?」
そんな優しく聞いて…分かってるくせに。
「誰と誰のせいだと思う?」
「ははっ、せっかくの旅行なんだから暗い顔しないの!」
「はぁ…よく2時間も私の事で盛り上がれたね」
「たくさんすみれの事を知れてよかったよ?」
「そうですか…母さんに合わせるのうまいね」
レオくんは、なんというか私に甘い…かと思ったらそっちに引きずり込まれそうにもなる。
なんかズルいな…
いつも余裕があって、私の事分かってるみたいで。
話しながらそんな事を思っていた。
やっと北海道に着いた…
久しぶりの飛行機で少し怖かったけど、疲労のせいで睡魔が勝ってくれた。
今日は市内を少し歩くくらいしか出来ない。
ホテルへチェックインをした後、レオくんと地元の居酒屋へ行った。
せっかくの旅行だから、お酒も少し飲むことにした。
初めてレオくんとお酒を飲む。
「やっぱり海鮮はどれも美味しいね!」
「向こうと違うね!焼き魚も脂乗ってるのに、くどくなくて美味しい!すみれも食べる?」
「1口貰おうかな」
レオくんのお皿から1口魚の身をもらった。
「すみれも結構お酒飲むんだね」
「レオくんも同じくらい飲めるじゃん?…美味しい!これ好きかも」
結構食の好みが合うし、お酒も一緒に楽しめて嬉しい。
明日は車を出してもらうから、今日は早めに飲み終わった。
風が少し冷たくて気持ちいい。
「日中は暑かったけど、夜は涼しくていいね」
「ほんと同じ日本だと思えない」
「あぁ〜ずっと居たいかもー」
冬の痛いくらいの寒さも知ってるけど、本州のあの暑さと引き換えなら安く感じた。
「じゃあ免許取らなきゃね?」
「…やっぱ厳しい?」
「来る時のバスでわかったでしょ」
「そうだよなぁ…取ってもいいけど、やっぱり怖いしなぁ」
「じゃあ、俺が運転するよ」
「あら、北海道まで来てくれるの?」
「もちろん」
「…っ冗談」
ホント、ずるい。
お酒飲んで良かった…顔の赤さを気にしないで済む。
「明日早いから、早く寝ないとね」
「そうだね」
「1人で寝れる?」
「…セクハラ?」
冗談っぽく言ったレオくんを冷たい目で見た。
この見た目で、キモいおじさんみたいなこと言わないで欲しい。
「ひどいなぁ」
「まぁ寝坊しないように頑張るわ」
ちょうどホテルに着いた。
ロビーの看板が目に付く。
「朝食ブッフェ楽しみ〜」
「なおさら早く起きないとね。何時にする?」
「んー8時とか?」
「おっけー」
エレベーターに乗り込んだ。
「…ねぇ、今更遅いけど、明日のホテル本当にツインで大丈夫だった?」
観光地だからか、ツインルームからしかないホテルばかりで、仕方なく明日は一緒の部屋に泊まることになった。
「俺は大丈夫だけど、嫌になった?」
「いや、いいのかなってさ…明日たくさん運転してもらうし、私いて休める?」
「そんなの気にしないで!むしろ、すみれは大丈夫なの?」
「しょうがないよ。2部屋取るのもホテルに悪いし、レオくんとなら大丈夫でしょ?」
「…そう」
正直、大丈夫では無い。
今だって、酔いのせいにしてドキドキしてるのに…
でも、明日は疲れてすぐ寝るだろうし、レオくんなら変な事はしてこないだろう。
もう部屋の前に着いた。
「それじゃ、また明日」
「うん、明日ね!おやすみなさい」
「おやすみ」
部屋に入り、軽く体を伸ばした。
手を洗い、シャワーの準備をしていく。
どうもこういうユニットバスは苦手だ…
明日は温泉だからゆっくりできるなぁ。
部屋の無音に耐えられず、テレビをつけた。
癖になるローカルCMがちょうど流れてる。
前に来た時もこのCMが頭から離れなかったな…
キャリーバッグから着替えやバスセットを取り出し、シャワーへ向かった。
シャワーから上がると、急に眠気が襲ってきた。
まだ9時だけど、明日の為に寝ちゃおうか…
スマホのアラームを確認する。
明日も早いし、寝坊だけはしたくない。
明日も楽しみだな……――
ちゃんと起きれたけれど、寝心地が良すぎてもうちょっと眠たかった…
顎が外れそうなあくびが出た。
明日の朝は、これが出ないように気を付けなきゃ。
何とか起き上がり身支度を始めた。
買ったばかりのこのストライプ柄のシャツワンピースは正解だった、と我ながら思う。
久しぶりに良い買い物をした。
時間通りに部屋を出ると、もうレオくんが待っていた。
「おはよ、早いね!」
「おはよう!男は準備楽だから…ワンピース可愛いね、似合ってるよ」
「…ありがと。じゃあ、行こっか?」
喜びが少し顔に出てしまった…ニヤける顔を必死に抑え込む。
「ふふっ、そうだね」
朝から調子狂っちゃう。
今日はどれだけ振り回されるんだろう…
食べ過ぎないように、と気を付けていたはずなのに、いつの間にお腹がはち切れそうになってしまった…
ついつい取りすぎてしまい、どれも美味し過ぎる。
それはレオくんも一緒だった。
一旦部屋に戻り、お腹を落ち着かせることにした。
部屋に戻り、パッキングの終わったキャリーバッグからヘアアイロンを取り出す。
ボブだからそんなに時間もかからないだろう。
この季節はドライヤーもアイロンも、汗かいて本当に嫌になる。
出発の時間になり、部屋を出た。
珍しくレオくんがまだいない。
3分ほど待っていると、ドアが開き、レオくんが出てきた。
「遅れてごめん!」
「全然大丈夫…あっ…」
レオくんもヘアセットをしていた。
名前は分からないけど、前髪があってふわふわしてる感じで、いつもとのギャップがすごい…
「「…可愛い……!」」
思わず出た2人の声が重なった…
咄嗟にお互い、顔を逸らしてしまう。
色んな感情が渦巻いて、処理しきれない。
「……あっ、えっと…チェックアウトしようか…」
「…そ、そうだね!…」
ロビーに行くまで、お互いに目も合わせられなくて、会話もなかった。
駅前のレンタカー店で予約した車を借りた。
鏡を合わせてるレオくんを見る。
初めて乗る車でも、操作ってそんなすんなりできるんだ…
「え、この横の鏡って動くの?」
「そうだよ?」
「すご〜」
初めて見た。
実家の車もそうなのかな?
「それじゃ、出るよ?」
「うん!お願いします…あ、ごめん!」
「どうした?」
「私、ナビの設定してなかった…ごめん…」
こういう所でダメだなぁ…
「そんなの気にしないでよ?店員さんが看板通りって言ってたじゃん」
「…そうだけど、ごめん…運転してもらってるのに…」
「して欲しい時は俺から言うからさ。一応、下調べはしてるし!」
「…ありがとう。ごめんね」
この優しさに安心してしまう。
一応スマホのナビを見ながら、動物園まで向かった。
店員さんの言う通り至る所に看板もあり、予定通り30分程度で着いた。
北海道とはいえ、太陽の日差しが熱い。
日傘を持ってきておいてよかった。
園に入ると、平日の朝イチなのに観光客や家族、カップルが多い。
目の前の手を繋ぐ2人を何となく見つめてしまう。
この気持ちを伝えられたらいいのに…
でも、この関係が壊れてしまうのが怖い。
私には、縁のないことだ…
「何から見に行く?」
レオくんがスマホで園内マップを見せてくれた。
「私モモンガ見たいの!えーっと…1番奥だね」
「じゃあ、色々見ながら行こうか」
「うん!」
見慣れない動物達が多くて、大人になっても楽しくて少しはしゃいでしまう。
初めて見るトナカイにはつい心躍ってしまった。
やっと見れたエゾモモンガは、想像よりも大きい。
でも実物を見ると、あの可愛く思っていた大きい目が少し怖く感じた。
「…少し疲れた?」
「少しね…たくさん人混み歩いたから」
「ここ出たら休もうか。さっき休憩所あったし」
「そうだね」
来た道を戻り、休憩所へ向かった。
少し足を休ませて、また見て回りながら正門へ戻っていく。
なんだかんだで2時間も楽しんでいる。
車に乗ろうとしたけれど、熱くて死にかけた。
レオくんがエンジンをかけ、エアコンをつけてくれる。
「もう少し待っててね」
「うん!…あ、飲み物とか大丈夫?何か買ってこようか?」
たしか自販機が出入口にあったはず。
「じゃあ、缶の炭酸系お願いしてもいい?」
「わかった!行ってくるね」
太陽が真上にあり、日傘をさしていても酷く暑い。
これからお花畑に行くのに大丈夫かな…
手早く購入し、車へ戻る。
「おまたせ!もう大丈夫そうだね。これで良かった?」
レオくんにジュースを渡す。
「ありがとう!すみれは何買ったの?」
「私はアイスココア」
「本当に変わんないな」
呟くように言ったレオくんの横顔が、なんだか切なそうに見える。
疲れなのか、呆れなのか…
「…変わって欲しかった?」
「まさか!すみれはそのままでいて……もう出すよ」
「そう?…安全運転でお願いね」
冷たいココアが火照りすぎた体に染み渡る。
お花畑へ向かう道中、2人とも少し疲れてしまってあまり会話がなかった。
あまり景色の変わらない長い道をひたすら真っ直ぐ走る…
やっと着き、車から降りると駐車場からでも微かに漂う香りで頭が冴えた。
車の中からでも見えていたけれど、近くに行くとより圧巻だった。
一面、青紫色ばかりのラベンダー畑は、空に負けないくらい綺麗で、息をするだけで爽やかで甘い香りでいっぱいになる。
奥の木々とのコントラストに見とれてしまった。
「…ねぇ、すみれ?」
「なに?」
いつになく真剣な表情に少し構えてしまう。
「すみれ、付き合って欲しい。もちろん、結婚を前提に…」
予想外のセリフに言葉が出ない…
これは本当に現実なの?
信じられなくて、なんだかふわふわしてきた…
「まだあれから半年しか経ってないから、切り替えられないかもしれないけど、俺は本気だよ……ずっと好きだったから…もちろんこれからも…」
あぁ、本当にずるいよ…
今までの全部ワザとじゃない。
顔を近付けてきたのも、きっとこの旅行だって…
でも……
嬉しい言葉を聞いたのに目線を下げてしまう。
「…本当に私でいいの?…私、何も無いのに…」
「すみれじゃなきゃダメなんだ。…すみれは俺のこと好き?」
まるで私の気持ちを見透かしたような微笑みだ。
そんな顔で聞かれたら、嫌でも本当のことしか言えなくなる。
「…私も、レオくんのこと好きだよ。……こんな私で良ければ、レオくんといたい」
「…本当?」
レオくんの瞳が太陽よりもキレイに輝いた。
「本当だよ」
はにかむレオくんの顔を見て、思い出す…
「…昔、レオくんと結婚式を見たの覚えてる?」
「もちろん、覚えてるよ」
息を飲んだ。
「…私……約束、破っちゃってたね…今、思い出した…」
目からポロポロと涙が落ちてしまう。
レオくんの長い指が涙を拭ってくれた。
「破ってないよ?結婚してくれるなら」
「ははっ、そうだね」
そうだった「絶対オレと結婚してね?」だ。
まだ約束を守れる。
「…ほら、泣かないで?」
「嬉しいの…私、レオくんの事、諦めてたから」
「それなら笑った顔が見たいな?」
顎に手が添えられ、軽く上げられた。
目が合うと、自然と口角が上がってしまう。
レオくんの顔が近付いてくる。
咄嗟に顔を伏せた。
「ダメだよ。付き合ったばかりだし、人もいるのに…」
わざと背中を向けた。
レオくんの短い吐息混じりの笑い声が聞こえる。
日傘を低く持ち、涙を拭く。
ラベンダーの香りを胸いっぱいに吸い込み、振り返る。
「これからもよろしくね?レオくん!」
「もちろん」
微笑みながら手を差し伸べてきた。
その手をとるや否や、指に優しく口付けが落とされる。
「あっ、ちょっと…!」
「これくらいならいいでしょ?」
ひどく優しい笑顔に反論の言葉は言えなかった。
指に柔らかい感覚がまだ残っている。
鼓動が暑さとは別の意味で早くなっていく。
手は繋がったまま、レオくんの輝く琥珀色の瞳を見た。
いつもこの瞳は、私を安心させてくれる。
いつも私を見ていてくれていた。
この人なら信じられる。
レオくんとなら、この瞳と同じ輝かしい未来を、一緒に過ごせそう……――
ラベンダーの花言葉
『幸せが来る』『愛と約束』『あなたを待っています』『果てない愛』
次回、6月25日20:30予定。
お読み頂きありがとうございます!
評価等いただけると嬉しいです。




