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24.シオン

 冬にしては朝から暖かい気がする…

寝不足の目を擦りながら、リビングへ向かった。

ドアの前なのに2人の話し声が聞こえるが、そのままドアを開けた。

「おはよー」

「おはよう」

「おはよう。早くご飯食べちゃいなさい!お母さん、もう出るから洗い物やっといてね!」

「わかったよ」

「それじゃ、気を付けて行きなさいね!行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」

ゆったりとした足取りで出勤していった。

意図せず父さんと声が揃った。

炊飯器からご飯をよそう。

父さんはソファで新聞を読んでいる。

「澄玲、予定通りの時間に出るからな」

「うん、大丈夫。今日、晴れて良かったね」

「そうだな」

…なんとなく元気がない?

お墓参りだからかな…

まぁ、いつもの事だし、気にせずに朝ごはんを食べよう。

朝のニュース番組をBGMに、朝食を済ませ、食器も洗った。


 顔も洗い終わり、化粧をしていく。

父さんとお墓参りくらいだから、仕事の時と同じくらいの軽い感じでいいか。

あの時買った下地やコンシーラーも、だんだん使わなくなってきたな…

まだ量があるのにもったいない……

手早く終わらせ、支度する。


 少し早いけれど、準備が出来たのでリビングへ降りた。

父さんも準備は済んでるみたい。

「準備できたか?」

「うん、もう終わった」

「じゃあ、もう出るか…」

「はーい」

コートを羽織り、カバンを持つ。

玄関の収納棚から墓参りセットを取り出し、一応中身を確認した。

危なかった。お線香がもうない。

「父さん、いつものスーパー寄るよね?」

「あぁ、寄るけど、どうした?」

「お線香もう無くなってたから、買わなくちゃダメだわ」

「そうか、忘れないようにな」

「うん」

忘れ物がないように確認し、車へ乗り込んだ。


 本当に今日は日差しが暖かいより、熱かった。

もう春が近いのだろうか…

「そういえば、今入っても多すぎることも無いみたいだから、うちで働けるそうだ。夏に産休にはいる人がいるから、補填にもなるし」

「ほんと?良かった…じゃあ、春からよろしくお願いします」 

軽く頭を下げた。

良かったぁ…職が見つかって。

探したり、面接の手間が省けた。

「なんだかんだ結局、家族一緒に働くなんてな」

今日初の笑顔だ。

「そうだね〜……まぁ、予定よりずいぶん早かったかな…」

自分から言った自虐なのに、思いのほか刺さってしまった。

「…家族一緒に働けるなんていいことだぞ。ほら、スーパー着いたぞ」

軽く息をついてから、車を降りた。


 スーパーでは、お線香と仏花、レーズンパンと桃のゼリーを買った。

いつもお供え物は、パパが大好きだったレーズンパンと、ママがよく食べていた桃のゼリー。

一緒に食べたのを微かに覚えてる。

レーズンが好きなのは、私とパパの数少ない共通点。

父さん達は苦手で食べられないから、ちょっと嬉しい。

車へ戻り、買ったものを後ろのシートへ置いた。

あと少し走らせたら、もうすぐ霊園へ着く。


 霊園に着き、車を降りようとしたら、

「澄玲、ちょっといいか?」

父さんが静かな声で引き止めてきた。

顔がどこか暗い…

「え、どうしたの?」

「……淳と美穂さんについて、まだ話せてなかったことがあるんだ」

「…パパとママの?…なに?」

何があるのだろう?

昔の私には難しいこと?

父さんの顔は険しい顔つきになっていた。


「……2人が駆け落ちした話は覚えてるか?」

「覚えてるよ。おじいちゃん達が反対したんでしょ?それであの山の中の田舎まで逃げたって」

高校生の頃くらいに話してくれたと思う。

結婚もしてないのに、もうお腹に私がいたから。と反対したはず。


「…実は美穂さんは……旦那さんがいたんだ。淳とは別の人と」

「……え?待って…どういうこと?」


頭が真っ白になる。

何を言ってるのか全然理解できない。

「お父さんも美穂さんのことはあまり知らない…1度しか会ったことがないから…DVを受けていて、淳が助けたみたいなんだ」

まるで首を絞められたような感覚で、言葉が出ない。

「淳は柔道してただろ?それで、匿っていたらしい。……みんな反対した。お父さんも反対したんだ…それに……まだお腹にいたお前を、みんな見捨てようとした。困っていた2人を突き放したんだ…」

「……待って。なら、私、パパの子供じゃないの?」

血の気が引き、手が震える。

今まで信じてきた事が違ったの?

「淳の子だよ。それは間違いない。こんなに似ているんだ…それに、そうだから出生届を出せなかったんだろう…」

父さんは昔、事ある毎に私がパパに似ている、と言ってきた。

パパの昔の写真を見ても、似てるなと自分でも思ってしまう。


「……どうして、今まで教えてくれなかったの?20歳の時でもよかったのに」

声が震えてしまった。

言いようのないモヤモヤが、心に溜まる。


「…あの時、反対してなければ、せめて連絡先でも渡していれば、お前を早く救えたんだ……それに…俺は淳に、美穂さんもお腹の子も諦めろと、産科医なのに言ってしまった…」

ハンドルを強く握って、父さんは泣き崩れた。

その悔恨を静かに聞くことしか出来なかった。


「……雅人が大きくなるにつれ、淳とお前の事が引っかかるようになって、お父さんなりに探してみたんだ…全然見つからなくて、時間も無くて……テレビや新聞でお前の事が取り上げられてても、別の事だと思ってた…」

反射的に当時の記憶が蘇る。

何日も1人で家で待ち続け、耐え切れずに外へ飛び出してしまったあの時を。


 大人になって当時の新聞記事を見た事がある。

『迷子の迷子のすみれちゃん』の見出し。

帰ってこない親を探しに家を出て、酷く遠くまで迷子になった所を保護された。

家の場所も分からない、苗字も分からない。

わかることは名前が「すみれ」で、親が帰ってこない、たくさん歩いてきた、それだけ。

住んでいた住み込み団地の人達が家賃の滞納と2ヶ月近い不在を不審に思い警察に相談し、やっと身元がだいたい判明した。

だが親の行方がわからず、出生届も無く、難航中、などと書かれていた記事。

それを見てもまるで他人事のように感じていた。


父さんの声が続く。

「警察から連絡が来て、あのテレビで取り上げられていた痩せ細った子が、淳の子だと知らされた時は…後悔しかなかった…急いで会いに行ったんだ。テレビでは痩せ細った姿ばかりで…澄玲を一目見て、淳の子だとわかったよ。施設の子たちと遊んでいる笑顔が、昔の淳そっくりだった」


「……後悔してたから、話せなかったの?」

そんなつもりないのに、責めるような口調になってしまった。

バツが悪そうに目を逸らしながら、父さんの重い口が開く。

「それもあるが、2人のような道を歩んで欲しくなかったんだ……この仕事やってると、色んな親子の話を聞くだろ?それを避けたかったのに、逆の立場だ…俺は守れなかった…」

蛙の子は蛙…

確かに、お母さんたちや他の助産師仲間からもよく耳にする。


「はぁ…悪かったですねー。された側で」

「ははっ、澄玲は誰かを傷付けるような子じゃない。少なくともお父さんたちはそう育ててない」

ずいぶんと乾いた笑いだったけど、聞けて少し安心した。


「……ねぇ、ママの…その、旦那さんは?同じお墓に入るの許してくれたの?」

「あぁ、美穂さんはあそこで暮らす前に、離婚届を出せたみたいだ。その元旦那もお前について何か言ってきたりは…まぁ、なかったよ」

「そっか…」

きっと何かあったんだろう。

でも、掘り下げなくていいや。

ママを大切にできなかった人の事なんて、たかが知れてる。

話の衝撃さに、逆に冷静になって考えられる。

心残りはママの事。


 記憶にあるママは優しいけれど、ほぼ寝たきりだった。

調子の良い時は、テレビの歌を一緒に歌ってくれたが、ほとんど横になっていて、時たま私を泣きながら抱きしめる。

私の世話は、仕事の合間にパパがしてくれた。

「私がいたせいで2人が苦しんだって思ってた。だから、駆け落ちして出生届も出さなくて、ママは病んで、私に何も教えないで…そう思ってた…」

「…黙っていて、すまない…」


車内は太陽で暑いのに、冷たい静けさが流れる。

きっと出生届は、パパの子になれないから出せなかった。

スマホなんて無くて、携帯電話もネットもない所で、自分の離婚すらやっとだったママ。

そんなママがどんな思いと決意で、私を産んでくれたのだろう?

パパとママと過ごした8年間。

2人にとって私がいた時間は、どんな時間だったの?

涙が頬を伝った。


それにしても…実の両親は、訳ありだけど不倫していた。

その2人の子は不倫された。

神様はいるのかもしれない…

2人の罪を赦さず、私にも降りかかったのかも。


思わず俯いてしまう……

「澄玲…2人はちゃんとお前を愛していたよ。あの家を覚えてるだろう?それに、美穂さんの日記……全部、お前が破いてしまったけど」

「もう写真でしか覚えてないよ…」

狭い部屋の壁に、私が描いた下手くそな絵がたくさん貼られていた写真。

引き取られてしばらくした時に、その絵とママの日記を父の書斎から探し出し、ビリビリに引き裂いた。

なんでそうしてしまったかは全然覚えていない。

ただ、父さんにひどく怒られた。

「お父さんもお前に関するところしか読まなかったが、美穂さんも淳もお前を何より大切にしていたよ」

「そう……」

幼い自分のした事の後悔に苛まれる。

なんてことをしたんだろう。


「それに、お父さんたちも澄玲のことは大切なんだ。お前は確かに淳たちの子だけど、俺たちの娘だ」

それはちゃんとわかってる。

多分、普通の家庭より仲も良いし、大事にされてきた。

父さんの大きい手が私の頭を雑に撫でる。

「顔も淳に似たけど、1人で抱え込むところもあいつに似ちまったな」

「…ちょっと!ボサボサになるでしょ!…それに、1人じゃなかったよ」

父さんの手を避けて、髪を整える。

「誰かいてくれたのか?それはよかった。お礼をしなくちゃな…今度、家に招待でも――」

「私1人でするからいいの!早くお参り行こう!父さんは水汲んできて」

無理やり切り上げ、少し歓談をしながらお墓に向かった。


 10月に来たばかりだし、そんなに汚れなどは無い。

墓石に彫られたパパとママの名前を、指でなぞる。

今、2人に会えたら少し恨み言を言ってやりたい。

当時大変だったのはわかるけど、そのツケがこっちに来てますよー。なんてね。

正面へ移動し、父さんと準備をしていく。

「わっ!!」

花束に虫がいて思わず投げてしまった。

「何してるんだ……花なんだから虫くらいついてるだろ」

父さんが拾い上げ、打ち水がてらそれを流してくれた。

「大丈夫?…もういない?」

「大丈夫だから、早く飾りなさい」

急かされ花立に刺していく。

「ほら、ロウソクと線香、着いたぞ!」

「はいはい」

袋からお供え物を取り出し、墓石へ置いて、合掌した。

『ねぇ、ママ。私も離婚したんだ。割と円満にできたけど、大変だね。パパ、言いたいことたくさんあるけど、報告だけ。また1人になったのを、父さんたちが助けてくれたよ。これからは、良いことあるようにしてくれない?また来るからね』


 顔を上げ、隣を見ると父さんはまだ続けている。

少し待つと父さんも顔を上げた。今日は泣いてない。

「…片付けるか」

「そうだね」

ロウソクを消し、お供え物を袋に戻した。

「お昼どうする?」

「いつもの中華料理屋さんが食べたい」

「好きだなー」

「美味しいじゃん、滅多に来れないしさ」

車に戻り、中華を食べて、家へ帰った。

会話はいつもと変わらず。

長年の疑問がやっと明かされ、内容の割にスッキリした。

本当にこの家に引き取られて幸運なのかもしれない。


 家に着くなり、疲れてすぐに横になった。

明日は夜勤だし、少し寝てもいいかな…

今日の夕飯は私だから、それまでちょっと寝ちゃおう。


……ホント、色んなことありすぎて困っちゃうな

平穏な日々はいつ送れるのかな……――


シオンの花言葉

『あなたを忘れない』『追憶』『愛の象徴』


次回、6月24日20:30予定。


お読み頂きありがとうございます!

評価等いただけると嬉しいです。

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