23.スイートピー
あとは小さいダンボール1つ、2つくらいで終わるかな?
全部でたった7個か…
約6年間で持っていくような荷物はこれだけ。
まぁ服や雑貨、本だけだし、こんなもんだろう。
下から音がする。
康太が来たのかな。
宅配業者ももうすぐ来ちゃう…早く詰め込まないと。
少し手を早める。
このあたりは全部夏服だ。適当でも大丈夫だろう。
――コンコンッ
「澄玲、いる?」
聞き慣れた康太の声だ。
「うん、入っていいよ」
ドアが開き、康太が入ってきた。
「久しぶり…」
少しぎこちなく聞こえる。
「久しぶり、リビングと寝室は終わってるから、確認してもらえる?」
「…わかったよ」
随分と肩に力がないというか、生気がない…
いや、逆に私がハイになってるのかも。
久しぶりに康太に会ってもやっぱり昔のような気持ちは持てなかった。
それが私の中で、許せないような虚しさが渦を巻く。
…こんなにも変わってしまうんだ。
ずっと変わることなんて無いと思ってたのに…
正直、このショックの方が大きい。
そして今日、それが故に終わってしまう。
詰めきったダンボールをガムテープで閉じ、まとめた場所へ置いていく。
あと忘れ物さえなければ、こんなもんで終わりかな。
デスクの引き出しを全て確認する。
残ってるのは、この婚約指輪のみ。
リングケースを開けてみる…
この輝きはあの頃と変わらないままだ。
「もったいないから大丈夫」と断ったのに、「今しか贈れないものだし、ちゃんとしたいから」と贈ってくれた。
貰った時は、思わず泣いて喜んでいたのに…
抱えきれない幸せも、溢れ出る喜びも確かにここにあった。
あった、のに……
ケースを閉じ、再びデスクにしまった。
リビングに行くと、康太はまだ棚を確認していた。
「今のところ私の忘れ物ない?」
「…うん。大丈夫だと思うよ」
「そう。あっちの部屋は大丈夫だから」
強がってる訳じゃないのに、気丈な感じになってしまう。
仕事中の私みたい…
「…顔色良くなったね」
「まぁ、寝れるようになったし…」
「そう…よかった…」
返す言葉がわからなくて、沈黙が続いてしまう。
「…えっと…ダンボール、玄関まで運んでくれない?もうすぐ配達の人来ると思うから」
「…あぁ、わかったよ」
「割れ物とかは特にないけど、気を付けてね」
「うん…」
私もやらなくちゃ。
大きいダンボールは康太に任せちゃおう。
――ピンポーン
4個ほど運んだ頃に配達業者が来てくれた。
すぐに荷物は回収され、部屋に窮屈さが消えた。
改めて家の中を見渡す。
ほのかに私がいたかもしれない面影を残し、少しだけ広く感じる。
家具も家電もそのままだから、そんなに大きくは変わらない。
私だけがなくなった空間になった。
築き上げてきたものが何もないみたい。
こんなふうに終わるなんて…
「…あぁ、鍵渡さないとね、あっちにあるわ」
クローゼット部屋へ向かい、デスクの上に置いておいた鍵を康太へ渡した。
「まだ忘れ物とか、退去費用出たら教えて?」
「…わかった」
ずっと目は伏せがちで、気力がない。
少し不気味な感じ…
「…これからどうするの?」
「…あいつと結婚することになった。まだ住む場所は決めてないけど…」
「…そう」
胸が締め付けられる。
未練じゃないけど、なんだか悔しい。
思わず唇を噛んだ。
それで責任を取るつもりなんだろう。
「これから離婚届も出してくるよ。あと…これ…」
どうするか悩んだけど返そう。
デスクから、さっきしまった婚約指輪の入ったリングケースを取り出す。
康太の手を取り、渡した。
少し目尻が濡れた。
「それはまだ綺麗だよ…」
康太がケースを開けた。
「澄玲は今もキレイだよ」
見上げた康太の目からは、涙が溢れて出ていた。
手を離し、カバンを持つ。
「…じゃあね」
「待って!」
腕を捕まれた。
振り向くわけにはいかない。
「…なに?」
「もし…俺たちに子供がいたら…違ってた?」
「…そんなもしの話なんて…しないで…」
腕は軽く緩んだ。
そのまま階段を下る。
…このまま、このドアを開ければ…終わる。
振り返り、階段の上にいる康太をみた。
逆光で表情はよく見えない。
「今度は…奥さんも子供も大切にね……」
返事を待たず、そのままドアを開ける。
少し無神経なあなたが好きだった。
自分に素直に行動してしまうあなたが好きだった。
楽天家で、前向きなあなたが好きだった。
「澄玲」って呼んでくれる優しい声と表情が好きだった。
…本当にありがとう…さようなら…
勢いのまま、駅へ向かう。
立ち止まったらいけない気がした。
どんな終わり方が良かったのだろう。
私の言葉は優しくなかった。
でも、これ以上優しく出来なかった。
これ以上考えるのはやめよう…
カバンからイヤホンを取り出し、流れる音楽の歌詞にひたすら集中した。
区役所へ着き、離婚届を提出した。
この待ち時間をどう過ごせばいいのか…
この後も住所の変更や諸々やらなきゃ。
待ち時間で、ネット通販の名前を変更しておこうかな。
カードとかも名前変更しなきゃいけない。
悲しみを忘れるほど忙しいのに、待ち時間が思い出させる。
やっと区役所から出てくることができた。
人が多くて、余韻に浸る間もなかったな…
やっと息をついた。
これで、私と康太の13年間が終わった。
また家族を失ってしまった。
かたや向こうは家族が増える。
神様はどこまで私を1人にするのだろう……
こんな耐え難い目に何度も遭わすなんて。
この電車の中で、きっと私が1番不幸だ。
溜息が止まらない。
電車から降り、改札へ向かう。
あぁ…そういえば、初めて康太と話したのはこのホームだ。
登校時、よく同じ車両で見かけて、1年経つ頃にはよく目が合うようになって……というより目線を感じて、辿ると康太と目が合った。
2年になったばかりの春の中間テスト期間。
珍しく帰りの電車が一緒だったが、特に気にもとめずに電車を降りた。
「あの!モフうさの子!」
後ろから声をかけられ、思わず振り向く。
スクールバッグに、モフうさのパスケースをつけていた。
いつも電車で見かける時より、顔を赤くした康太が話しかけてくる。
「あの……友達になりたくて…名前とミモア教えてくれませんか?」
いきなりのことに目を丸くして、固まってしまった。
その様子を見た康太が続ける。
「あ、俺…緑川高3年の手塚康太!サッカー部で……前から君のこと、気になってて…その制服、白鷺ヶ丘高校だよね?」
「…えぇ、そうですけど」
少し警戒しながら話していたのを覚えてる。
「…せめて名前だけでも教えてくれないかな?」
「…えっと、須藤澄玲です…」
「澄玲ちゃんか…可愛いな…ミモアはダメかな?」
「…いいですよ」
よくOKしたと思う。
それから朝に話すようになって、康太の部活最後のサッカーの試合を見に行ったり、バイト終わりの帰り道に、湿った風に包まれるなか、そわそわしながらしてくれた告白。
ここから始まったんだ……
随分と長く続いたな。もっと続くと思ってたのに。
あの日の2人の姿が見えた気がして、胸が詰まる。
足早に改札を通り、家へ帰った。
家にはまだ父さんも母さんも帰ってきていない。
静まり返ったこの家は新鮮だ。
カペラもいないから、もしかしたら初めてかも。
なんだか落ち着かない…
部屋に行って、あの7個ダンボールの中身を置ける場所でも作ろう。
結構小物あったし、また片付けておかないと……
そういえば、学習机の鍵のついた引き出しに、何を入れていたっけ?
別の引き出しから鍵を取り出し、開けてみる。
たくさんの手紙と、養護施設や学校行事での写真ばかりが入っていた。
小学生の頃の友達や先生たちからの手紙、康太からのもある…
そういや、付き合った記念日に手紙を送りあっていたな…
いつからしなくなったんだっけ?
結婚してからだったかな…
どれも便箋でもなく、封筒もない。
男子らしい、ルーズリーフを折っただけの手紙たち。
近くにいすぎて、書くことがなくなって、仕事にいっぱいいっぱいでやめた気がする。
この手紙たちの中には、私が好きだった康太がいる。
読み返せないけど、簡単に捨てることもできない……
再び引き出しに戻した。
プリクラもこんなに…
友達とも康太とも、遊ぶ度に撮っていたから、すごい量だ。
康太とのだけを選び、ゴミ箱へ捨てた。
仲のいい2人を見ると、胸が苦しくなる。
あんな事さえ無ければ、今もこの時のように仲良くいれたはずなのに……
康太に言われたあの言葉が頭から離れない。
今更そんな事、どうして言ってきたのだろう?
奥歯を噛み締める度、涙が溢れた。
康太との子供も、康太と一緒に歩む人生も、私が何より望んでいたことだったのに……
全部、他人へ渡されちゃった。
どうして?
ゴミ箱から覗く、現実より大きく加工された2人の瞳が、今の私を無視しているみたい。
惨めで空っぽだ。
もう全て終わったのに、さっきまで平気だったのに、なんだか一気にダメになってしまった。
涙が止まらない。
私はまだ迷子なんだろうか?
やっと家庭を持てた。と思ったらなくなってしまった。
……でもここに戻ってこれるならいいのかな。
私の唯一の家族だ…
もう、ここしかないのかも。
嫌なわけでも、不満なわけでもないけれど、それでも、やっぱり私の家庭が欲しかった。
他の写真も手に取る。
小学校や中学校の修学旅行や学校行事、卒業式の写真…
高校からはスマホの中だもんなぁ。
それと養護施設の時の集合写真を手に取った。
こっちはずいぶん懐かしい。
れみちゃんと、まほちゃん達…今野先生に、浅倉先生。
そしてレオくん…
昔のレオくんは、今より顔が少し濃かったんだなぁ…
この時も手を繋いでる。
今、みんなどうしてるのかな。
こんな思いしてないといいな…
部屋からも出たくないし、久々に食欲が無かった。
母さんに伝えておかなきゃ。
この間みたいに父さんが大盛りになってしまう。
スマホでミモアを開いて母さんへメッセージを飛ばした。
それから、カメラロールから『康太さん』と名前を付けたアルバムを見つめる。
もうこのアルバムに新しく写真が増えることはない。
指先が震えてきた。
残しても意味無いし…
また不意に通知が来て、思い出して苦しくなるだけだろう。
アルバムを長押しする。
削除のボタンが現れた。
『624件のアイテムを含む1件のアルバムをゴミ箱へ移動しますか?』
深く深呼吸をした。
震えの止まらない指で『はい』をタップ。
…まだゴミ箱にいっただけ。
30日間後に削除されるだろう。
もう康太の痕跡は、手紙だけになった。
写真たちは捨てられたのに、どうしてこれだけは捨てられないんだろう…
その答えは出ないまま、また引き出しの鍵をかけた。
ベッドに寝転び、腕で目元を抑える。
疲れちゃった…
あと2週間は、ここから職場まで通わないといけない。
電車で2時間もかかる…中々しんどいだろうな…
あぁ、明日は父さんとパパたちのお墓参りだ。
パパになんて話そう?――
スイートピーの花言葉
『門出』『優しい思い出』
次回、6月23日20:30予定。
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