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22.ヒナゲシ

澄玲視点に戻ります。

 真っ暗な森の中を歩き回る…


「ママぁ……パパぁ…」

もう声も涙も出ない。震えるほど寒い。

もう何度目の夜だろう…

足も痛いよ……


――バサッ…

空から聞こえる木の枝の音…

胸が締め付けられる。

眩しくて音のする大きいのがこっちに来る…

奥歯を噛み締め、耐える。


怖い…怖い…怖い…助けて…


ママ…パパ…

どこ?…


お腹空いたよ……怖いよ…――



 なにか温かいものに包まれる…

その温もりにただしがみついた。

もう1人は嫌だ…


 懐かしい香りで、嫌な悪(・)夢(・)から目を覚ました。


「すみれ!」


無意識にどこからか名前を呼んでくれる声の主に縋った。

懐かしい温かさ…この人はいつも助けてくれる…


 心臓が痛いほど心拍が上がっている。

私の顔の横にレオくんがいた。

「!?…ごめん…」

すぐに離れた。

すごく久しぶりに嫌な夢を見た…

汗がにじみ、手に痛みがある…

やだ、泣いちゃってた…

涙を拭く手の平に爪の跡が残っていた。

「大丈夫?……まだあ(・)の(・)時(・)の(・)夢(・)見るの?」

優しいレオくんの声が落ち着く。

「…ううん。すごく久しぶりに見た…大学の時ぶり…」

もう見ないと思ってたのに…

昔の夜の山を彷徨った日のことなんて…

まだ粗い息を、レオくんが背中を摩ってくれてる。

「もう、大丈夫…ありがとう…」

レオくんの手を自分から退けたのに、不安を感じてしまう…


 あれ?

「!?…私、レオくんの家で寝ちゃった?ごめん!えっと……」

「大丈夫だよ、すみれ。ゆっくりして、疲れすぎてたんだよ」

「はぁ…ダメね、私…ずっとレオくんに助けられてしまって…ごめんね?」

本当にずっと迷惑かけてしまって、申し訳なさすぎる。

「全然、大丈夫だよ。むしろ1人で無理しないで?…体調落ち着いた?」

「あ、うん!おかげさまで…」

「…ここじゃなんだし、リビング行こうか?」

その言葉でハッとした。

ベッドで、こんな距離で…

自分でも分かるくらい顔が熱くなった。

「そ、そうだね!…ごめんっ!てか、帰るよ」

慌ててベッドから降りる。


――グーー

いかにも空腹と言わんばかりに、鳴り響いた。

すぐにお腹を抑える。


…恥ずかしい…穴があったら入りたい…

「ごめん。気にしないで…」

「ははっ、ご飯作っておいたよ。たまご雑炊だけど、食べていきなよ?」

「いや、流石に悪いよ…あー」

言って気がついた。

家に帰っても何も無い…

「…やっぱ、いただこうかな?ごめんね?」

「用意するから座ってて?」

「わかった。ありがとう」

ソファに腰掛ける。

自分の不甲斐なさが恥ずかしい…

あまりにもおんぶに抱っこし過ぎている…


 キッチンに立つレオくんを見た。

すごく絵になるなぁ…

なんで、こんなかっこいい人が近くにいるんだろう。

てか、なんで家にいるんだろ。


急に別の恥ずかしさに襲われ、目線を窓に移す。

ダメ…私はまだ既婚者だ。

それにレオくんが優しいのは、昔の延長なだけ…

変な気を起こしちゃいけない…

なのに…高鳴ってしまった胸のドキドキがおさまらない。

どうしよう…


「はい、おまたせ。一応、そんなに熱くしてないけど気を付けてね?」

たまご雑炊の入った器とスプーンをテーブルに置いてくれた。

「あ、ありがとう…いただきます」

顔が見れない…

1口すくって冷ましてから、口に運ぶ。

「ん!美味しい!レオくんは料理も上手なんだね!」

絵も描けるし、料理も出来るし…

一体、何ができないんだろう?

「よかった…これくらいしか出来ないけどね」

「十分だよ…」


「すみれはこれからどうするの?」

「まだ親に伝えてないけど、実家に戻ろうかなって。ダメって言われたら、わかんないけど」

日曜日にちゃんと話さなきゃな…

雑炊をまた口に運ぶ。

「そっか…せっかく同じアパートだったのに残念だな」

「でも、お花屋さんは私の実家に近いじゃない」

「そうだけどさ…ちょっと寂しいよ」

「えっ…あ、でも、いつでも会えるじゃない?」

「会ってくれるの?」

ドキッとしてしまった。

ダメなのに…


「…だって、お礼とかもちゃんとしたいし…」

ダメだ…

やっぱり顔が見れない…

誤魔化すように食べ進める。

「楽しみにしてるよ」

「…なにがいい?」

「そうだなぁ…すみれの手料理かな」

「え?私、そんな大したの作れないよ?」

「普段のでいいよ?んー、生姜焼きがいいな」

「…そんな感じのでいいの?」

思いのほか普通のメニューで安心した。

料理は好きだけど、人に食べさせるほどの自信はない…

「うん!楽しみにしてるよ。おかわりいる?」

「ううん、ごちそうさま。食器、洗うよ」

「あ、気にしなくていいよ!」

不意に手が触れ合い、電気が走ったような感覚になる。

…私、どうかしてる…

今までも手が触れたことあったじゃない。

「…じゃあお言葉に甘えて…今日はもう帰るね」

「わかった。気を付けてね…はい、コート」

いつの間にか脱いでいたコートを受け取った。

カバンも手に持つ。

「ホントありがとうね…色々と…ちゃんとお礼するから」

「落ち着いたらでいいからね」

「ありがとう。じゃあ、またね」

「またね」

手を振り、去り際に少しレオくんの顔を見れた。

胸が高鳴ってしまう…

急いで家に帰った。

夕陽がやけに眩しい。


 私、どうしちゃったんだろう…

手を洗い終わり、洗面所の鏡に映る自分を見た。

眠れたおかげか、朝よりは少し顔色が良い。

溜息をついてしまう。

きっと今まで距離が近かったし、一緒にいることが多かったから錯覚してるだけ…

ショックなことが立て続けにあって、その中でいつも優しくしてくれたから…

一時の気の迷いだ…

ちゃんと休もう。

明日も仕事だし、今日のこと巻き返さないと。――



 夜勤明けで長く電車に揺られると、なんだか気分が悪くなるのは私だけなのかな…

離婚の報告なんて、ただでさえ重いのにこんな気分の中伝えなきゃいけない。

なんとなくレオくんを会っちゃいけない気がして、わざと裏の道から実家へ向かった。

あんなに結婚を喜んでくれたのに、どんな顔させちゃうんだろう…

玄関のドアがいつもより重く感じる。


「ただいまー」

リビングへ行くと、父さんはテレビを観ているし、母さんはお昼ご飯を作っていた。

いつもの風景に余計息が詰まる。

「おう、おかえり」

「あら、おかえりなさい。やーねぇ、疲れた顔して〜。ご飯出来るから座ってなさい」

「うん」

コートを脱ぎ、カバンと共にソファへ置いた。

カペラの骨壷に手を合わせる。

こんな時、カペラがいてくれたらな…

洗面所へ手を洗いに行くと、昔と変わらない洗剤たちの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


 イスに座り、腕を枕に父さんの見ているテレビを眺める。

どう切り出そう…

これじゃいつもと変わらない。

「澄玲、テーブル拭いて」

「はーい」

渡された布巾で拭いていく。

絶対今じゃないしなぁ…

迷いながら、箸を並べる。

お昼ご飯は、焼きそばだ。

「どのくらい食べる?」

「んー自分でやるよ」

母さんから菜箸を受け取り、盛り付けていく。

「あんた、そんだけしか食べないの?」

「…夜勤明けでそんな食べられないもん」

「も〜3人前で作っちゃったわよ〜。お父さん!大盛りでも食べれる?」

「また澄玲は食べないのか…食べるよ」

心の中で謝る…


 準備が出来、3人で食卓を囲んだ。

「そういえば、話ってなんなのよ」

食事中だけど、その方がいいか…?

意を決して、口を開いた。

「実は…その、離婚することにした…もう弁護士とかで話はついてる…ごめん…」

テレビの愉快な音だけが流れる。


一瞬、言葉を失っていた2人が、息を取り戻したのは同時だった。

「あんた、なんでそれを早く言わないの!大丈夫なの?」

「何があったんだ?」

2人の剣幕に、思わず子供のように萎縮してしまう。

「いや…色々あって……」

箸をただ動かし、顔が見れなくて2人の手元ばかりに視線をやった。

「もう…最近やけにやつれてて心配してたら、離婚なんて…何があったの?」

母さんの震える声が胸に響く…

開こうとする口も重くなった。

「…その…康太が不倫して…向こうに……子供ができた…」

耐え難い事実にまだ慣れていない。

泣くつもりなんてなかったのに、涙が溢れてしまった。

涙で2人の様子がよく見えない。

ティッシュを取り、目元を押さえる。


 父さんが箸を置いた。

「…母さん、これは後で食べるよ。ちょっと書斎へ行く…」

「ちょっと、お父さん…」

立ち去ろうとする父さんを、止める訳でもなく引き止めた。

「父さん…ごめんなさい…」

「いや、澄玲は悪くないよ…むしろ1番辛いのは澄玲だ……家でゆっくり休みなさい。お父さんは…ちょっと…考え事があるんだ…」

そう言って書斎へ消えていった。


 父さんの背中を目で見送り、またイスに戻った。

「…お父さんも変わらないわ……それで、これからどうするの?何も決めてないわけじゃないでしょ」

「…うん。今のところ辞めて、父さんのところで働けたらなって…家も戻って来ようかと思ってる」

「家にはいつだって戻ってきても構わないわ。ただ、働くのは秋山さん達に相談しないと分からないから、まだなんとも言えないわ」

「わかってる…ありがとう…」

「明日休みでしょ?泊まっていきなさいよ」

「…うん」

「ほら、まだ温かいうちに食べな!元気出さないと!」

まだ顔から心配が消えていないのに、無理に笑って励ましてくれる母さんに急かされる。

箸を進めながら、ふと血の繋がりが無いことを思い出す。

ここまで育ててくれて、こんなに心配してくれてるのを噛み締めて、涙と共に焼きそばを飲み込んだ。


 夕方に差し掛かった頃に、父さんが書斎から出てきた。

ソファに寝っ転がり、眠りから覚めたばかりの私の目の前に立ってきた。

見上げた父さんの顔は暗く、目には微かに涙の跡がみえる。

「…なに?」

「大丈夫なのか?」

ちょっと怒ってるみたいで怖い。

「まぁ…だいぶ良くなった?…かな?」

「…気付けなくてすまなかった」

「え、なんで父さんが謝るの?…離れて住んでるんだし、私が言わなかっただけだし…」

いつもそうだ。

私が何か悩んだり悲しむと、父さんは私以上に辛く苦しそうにする。

「いや、こっちの話なんだ…これからどうするんだ?」

「母さんにも言ったけど、今のところ辞めて、父さんのところで働けたらなって。空きがあればね。家も戻って来ようかと思ってるんだけど、いい?」

「…まぁ雅人と秋山さん達に聞いてみるよ。家にはいつだって戻ってきていいからな」

「ありがと…今日泊まるね」

「…あぁ、ゆっくりしなさい」


「うん…ねぇ、父さん」

「…なんだ?」

「近いうちにさ、パパのお墓一緒に行こうよ」

拳を握ったのを、見た。

「嫌だった?…ごめん、1人で――」

「行こう。いつがいい?」

私の言葉を遮ってきたことに驚いた。

こんなこと初めて…

「…あー、私も父さんも時間ある時?」

「なら、水曜と日曜なら休みだ」

スマホでシフトを確認する。

「んーじゃあ、再来週かな…水曜日。空いてる?」

「空いてるよ。じゃあその日にしよう」

「わかった。10時くらい?」

「そうだな…そのくらいに迎えに行くよ」

「わかった」

カレンダーに予定を付けるが、見て思い出した。


「あ、離婚届出した次の日だ…」

「そうか…別の日にするか?」

「いや、いいよ。その方が報告になるし…引越しも早めようかなぁ」

「あんた、その日くらいはちゃんと教えなさいよ」

雑誌を読んでいた母さんに釘を刺される。

「さすがにそれは教えるって。…え、荷物さ、私の部屋に入らなかったら、兄さんの部屋に入れてもいいでしょ?」

「まぁ、雅人もしばらくは帰ってこないだろうし、大丈夫だろう」

「今のうちに自分の部屋見ておきなさい!」

「わかったよ…」

渋々2階へ向かう。

久しぶりに自分の部屋に入る。

掃除機はかけてもらってるが、机やタンス達は埃まみれ。

洗面所へ掃除道具を取りに行った。


 昔の服やもう付けられないアクセサリーなど、大量にゴミが出てしまった。

また母さんに何か言われそうだ…

結婚して、子供はいなかったけれど、母さんの家事凄さがわかった。

特にこの一軒家だと気が遠くなる。

だから、こうやって帰ると甘えてしまうけど。

1階に降りて母さんを探す。

「ねぇ、寝具のカバー綺麗なやつある?」

「えー、シングルでしょ?この間まで、雅人が使ってたやつ使いな!」

「どこにあるの?」

「ベッドの下の引き出し。夜ご飯、もうすぐだよ」

「はーい」


――コンコンッ

いないの分かってるけど、昔、怒られてから抜けない癖だ。

母さんの言った通りの場所からカバーを取り出し、自分の部屋へ戻った。


カバーをつけて一休みしていると、

「澄玲、ごはん出来たぞー」

下から父さんに呼ばれた。

「今行くー」

こうやって、いつも通りに過ごさせてくれる家族がいてくれて、本当によかった。

内心はどう思ってるか分からないけれど、あまり掘り起こさないでくれているのがありがたい。

家族にもなにかしないとな。――

ヒナゲシの花言葉

『眠り』『感謝』『いたわり』『心の平静』


次回、6月22日20:30予定。


お読み頂きありがとうございます!

評価等いただけると嬉しいです。

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