20.シランー焦燥の蕾ー
レオ視点です。
あれから1週間、カーテンの隙間から見る分には、あまり体調は変わっていように見える。
このままだといつか倒れてしまいそうだ…
今日、車の中ででも寝てくれるといいな。
そろそろ温めに行こう。
車に乗り、エンジンをかける。
そろそろ連絡しておこう…
亮から昨日の時点では、今日あの2人が会うのは微妙との事だった。
そう上手くいかないものだなぁ…
フロントガラスをぼんやりと見つめた。
「お待たせ、お休みなのにごめんね」
「大丈夫だよ。気にしないで」
すみれの顔を見ると、自然と口角が上がってしまう。
少しなにか無理をしているように見える。
一瞬、目を逸らされた…
今までに無いことに少し戸惑うが、気にしないフリを心がける。
「それじゃ出るよ」
「うん、お願いします」
すみれから家族の話が出たので、店での事を伝えた。
すみれの母の特徴を上げていくと、すみれの顔がみるみる赤くなって可愛い。
顔を覆って、申し訳なさそうにしているのを運転をやめて見ていたい…
……
「…あ~…まぁ大丈夫だよ。小さい頃はお花屋さんとプリスタになりたかったんだって?」
たしかプリスタは、すみれが施設を去った後に放送された作品だ。
それを聞いて微笑ましく思った。
「…母さんから聞いたの?」
また少し顔が赤くなっている。
「うん」
「他には何も聞いてないよね?」
「ん〜まぁ…うん」
「それ絶対聞いてるよね?」
「まぁまぁまぁ」
詰めてくるすみれを、笑ってはぐらかす。
あれからちょくちょく、すみれの母からすみれのことを聞き出せた。
来たばかりの頃、隠れるように1人で泣いていた事、可愛いキャラクターが好きな事やお兄さんに似て実は毒舌な事…
すみれが成長していった過程を聞いているようで、胸が温かくなった。
楽しく話しているうちに、すぐに事務所に着いてしまった。
2人揃って事務所へ入るが、亮は珍しく忙しそうだ。
少し慌ただしそうにしながら、分かりきっている報告をする姿はやはり面白い…笑いが込み上げるのを必死に抑える。
すみれがカメラを受け取り、今日も張り込むと言う亮。
「頑張れよ、亮」
どうかまた証拠を撮ってくれよ、と想いを込める。
「分かってるって」
密かにピースサインを見せてきた。
事務所を出て、車へ戻った。
ドアを閉め少し考える…
あれは今日会うってことだろうか?
ミモアで教えてくれりゃいいのに。
すみれの方を見ると、顔を曇らせていた。
カバンを手の色が変わるまで強く握っている。
「すみれ」
慌ててすみれの手を握った。
やっと息をしたように、我に返った。
思わず握ってしまった手を離す。
「怪我になっちゃうよ」
「…ありがとう」
すみれがぽつりぽつり、家でのことを話してくれた。
自責の念にかられて、辛くて混乱もしているんだろう…
こんなに優しい子なんだ。こんなの耐えれないはずだ。
なのに、こんなに強く立ち向かっているすみれは、本当に素敵な女性だよ。
そんなすみれを裏切ったあの男が増して憎い。
……
「今度は康太を殴ってしまいそう…」
「いいと思うよ?それくらいの罰。むしろ必要だよ。それとも俺が殴ってもいい?」
出来れば本当に殴らせて欲しい。
「…やめてよ。暴力だなんて…」
「こんなにすみれを傷付けられて、黙ってる方が体に悪い」
ハンドルを強く握る。
もし会うことがあれば、平常でいられる自信がない。
お互いの為にも会うことがないように、と願う。
アパートに着き、職場まで送ると誘うが断られてしまった。
1人になりたいのかもしれない。
「仕事頑張ってね?」
「ありがとう…じゃあね…」
家に向かってる足取りが、酷く重たく見えた。
すみれを見届けてから家に帰った。
ソファに深く腰掛ける。
今日会うのなら、もう探偵の出番は要らなくなるだろう。
こうやってすみれと会えるのも、もしかしたらあと1回なのかもしれない…
それに計画が上手くいかなければ、すみれも離婚せずこのまま離れたまま…
そんなの苦しすぎる。
想像するだけで、こんなにも手が震えてしまう。
息が詰まって苦しい。
どうかこの愛に応えて欲しい…
すみれ…――
それからそんなに日が経たずに、亮から証拠が集まった、と連絡が来た。
ついに来てしまった…
しばらくすると、すみれからも連絡が来た。
一緒に来て欲しい、と…
こんな風に頼られるのは、もうしばらくないのだろう。
すぐに返事を返した。
帰って念の為アレの確認をしよう。
ジムを後にした。――
すみれの職場の最寄りの駅で、すみれを待つ。
少し残業で遅れる、と連絡が来た…せっかくの時間が短くなりもどかしい。
小走りでこっちに来るすみれが見えた。
「ごめんね、ちょっと長引いちゃって…」
「お疲れ様、大丈夫だよ。また着くまでゆっくり寝てな?」
「寝れたら寝とくかな」
息を整えながら少し笑うすみれを横目に、この先の不安が頭を過ぎる。
このまま何も無く終わってしまうのか…
もうこんなふうにすみれといれなくなるのか…
静かに気を落とし、すみれを見た。
…寝てる?
「すみれ?」
まだ5分ほどしか経ってないのに。
思わず声を出して笑ってしまった。
あんな事言ってたのに、相当疲れてたんだな…
いまだに顔色は優れない。こっちの方が見慣れてしまったくらいだ。
…見とれてる場合じゃない。
せっかく訪れたチャンスを逃すことはできない。
近くのコンビニに車を止める。
すみれのカバンを開き、裏地の目立ちにくい所を探し、カッターで切り裂く。
準備しておいたGPSをそこに入れ、手芸接着剤で元に戻す。
亮曰く、小型だが1ヶ月は持つらしい。
少し引っ張り大丈夫そうなのを確認し、カバンを元に戻す。
ごめんね、すみれ。
もう少し見守らせて?
車を再び発進させる。
事務所の近くになって、すみれが目覚めた。
申し訳なさそうにしていたが、少し茶化すと赤面して可愛い。
笑い合えるのもしばらくお預けかな…
事務所に着き、亮に個室へ案内された。
亮の撮った証拠写真達が、すみれの手に渡る。
震える手で、ゆっくり1枚1枚確認していく。
その様子に胸が締め付けられる。
すみれが1枚の写真に目を止め、質問した。
亮が映像を見せてくる。
泣き縋る女を、押し飛ばし振り払って去る男。
「喧嘩か?」
思わず口にしてしまった。
すみれは映像を目を丸くし見たかと思えば、酷く困惑した表情に変わる。
励ましの言葉も届かない…
「以上で調査は終わりになりますが、よろしかったですか?」
「…これだけあれば十分です。ありがとうございます」
終わってしまった。
亮がアイコンタクトをしてきた。
「すみれ、先に車に戻ってて?ちょっと亮と話すから」
「わかった…」
鍵をすみれに渡し、1人で戻ってもらう。
亮と個室に戻る。
「どうしたんだよ」
「おい、喜べよ」
ニヤニヤしながら声を潜めて話してきた。
「ついさっき愛央ちゃんから来たんだけど、出来たかもって」
「ホントか?早くないか?」
計画を伝えてから2〜3週間しか経ってないが、そういうものなのか?
「まだちゃんとした検査はしてないから、確定じゃないが希望はあるぞ」
「まぁ…あまり期待せず待ってるよ」
変に期待して落ち込みたくはない。
「すみれちゃんと最後のドライブ楽しめよ!」
背中を叩かれた。
亮を軽く睨む。
嫌な言い方しやがって…
事務所を出て、自販機ですみれにミルクティーを買う。
…腰が重いな。
窓越しにすみれを見ると泣きじゃくっている。
急いで車内に戻り、思わずすみれを抱きしめた。
「すみれ?大丈夫?」
「…レオくん…」
こんなに小さかったんだ…
ボディシートの人工的な香料が、すみれの香りの邪魔をする。
昔もよく「ママに会いたい」と、泣いているすみれを抱きしめてあげたのを思い出す。
あの時と変わらない。
すみれの手が俺に縋ってく来てれた…
こんな状況なのに、胸の高まりが止まらない。
涙が号泣に変わってゆく。
「すみれ…我慢しないで?……大丈夫だよ、すみれ…俺がついてるから…」
あの時と同じく背中を摩る。
すみれの体温がじわじわと伝わってくる。
ずっと腕の中にいて欲しい。
段々と泣き止んでいく…
もう少しこの温もりを感じていたい。
「レオくん…ごめん……甘えちゃって…もう大丈夫」
軽く押され、剥がされてしまった…
頬の涙を拭き取ってあげる。
「今日はもう帰ろう…ゆっくり休んだ方がいい」
「…うん」
「あとこれ、さっき買ったんだ。飲みなよ」
ミルクティーを渡した。
「ありがとう」
すぐに飲んでくれた。
泣き疲れたのだろう。
「美味しい…」
「よかった」
優しい微笑みにホッとしながら、車を出した。
帰り道は特に会話が出来なかった。
寂しさと後ろめたさ…それに今のすみれには、きっと静かな方がいいだろう。
濡れていたまつ毛が乾く度に、決意が見えてくる。
でも、それは俺の望むものではない。
すみれ…また俺の手を取って…
呆気なくアパートに着いてしまった。
降りるのを躊躇う。
「レオくん、本当に今まで助かったよ。ありがとう…落ち着いたら何かお礼させて?」
そんな…最後みたいに言わないでくれ…
可愛いその顔が今は苦しい。
そんな内心を隠すように、何とかにこやかにしなければ。
「…これからも頼っていいんだよ?全然、遠慮なく言って?お礼、楽しみにしてるよ」
「ありがとう…何かあったら連絡するかも。じゃあね」
「ゆっくり休んでね」
手を振るすみれの後ろ姿を見送る。
「何かあったら連絡するかも。」かぁ…
どうしてもその一言に縋りそうになる。
どうか…その時が来てくれ…
倒れるように家のドアを開けた。
そのままベッドへ倒れ込んだ。
あまりにも辛過ぎる…
すみれが施設を去った時を思い出す。
未成年で無力だった頃と変わらないじゃないか…
顔を覆い隠し、深呼吸する。
あの計画がダメだったら、どうする?
そうなったら無理矢理にでも…そんなのはダメだ…
そんなのなんの意味もない。
静かに天井を仰いだまま、動けなかった。――
数日経って、あまり動きの無かったGPSが今までない動きを見せた。
車でこっちに向かっている?
実家か?
今日はいつもにも増して混んで忙しい…
ひっきりなしに呼ばれて、GPSをなかなか追えない。
ツイてない…
隙を見て確認すると、どうも実家らしい。
近くにいるんだ…
同じアパートにいるというのに、それだけでも嬉しくなる。
きっとあの男の車だろう。
あぁ、一目見たい…
さっきから、スマホと花と外を交互に確認していく。
GPSが動いた…!
あと少しで通るだろう。
チラチラと道路を見てしまう…
あ!あの車だ…ちょうど信号で止まっている。
助手席にすみれが見えた…
心臓が跳ね上がり、体が熱くなる。
手を振りたかったが、これじゃどうも無理だ…
すぐに接客に戻った。
次見た時には、もういなかった。
一目でもこんなに幸せになれる。
やっぱりすみれがいなくちゃ…
この後も頑張れそうだ。
珍しく飲み会で飲み過ぎてしまった…
恩師が開業と好発進の祝いとして開いてくれた。
どうも日々の不安と、今日すみれを見られた舞い上がりで、水のように飲んでしまった。
終電で帰るなんて…
アパートに着いたが、夜風に当たり、少し酔いを冷まそう…
ふと、空を見上げた。
白っぽい…天使…?
……いや、すみれだ…!
羽織物の薄い水色が酔いで、白くぼやけて見えてしまった…
どうしたのだろう?
気が付いたら電話をかけてしまった。
「レオくん?どうしたの??」
「下見て?」
思わず昼にできなかった手を振ってしまう。
「どうしたの?」
「知り合いとの飲み会の帰りで…すみれの姿見えちゃって気になったんだ…大丈夫?」
「大丈夫だよ。早く帰りなよ?風邪ひいちゃうよ」
心配する声がしみる…
「まだ熱くて…よく顔を見せて?」
「え?――」
すみれが身を乗り出すように見せてくれた。
少しキョトンとした顔が可愛くて、頬が緩む。
「…外は寒いんだから、早く帰って暖かくしてね?」
「すみれもだよ。すみれが家に入るまで、俺見てるから」
「えー、わかったよ。もうベッドに行く。だからレオくんも帰ってね?」
「わかったよ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
すみれが建物に隠れていくのを見届けて、部屋に入る。
酔いを冷ますつもりが、余計に熱くなってしまった…
今日はなんて良い日なんだろう。
とてもぐっすり眠れそうだ…――
シランの花言葉
『楽しい語らい』『苦しむ勇気』『あなたを忘れない』
次回、6月20日20:30予定。
お読み頂きありがとうございます!
評価等いただけると嬉しいです。




