2.アイリス
今日は平和に夜勤を終えた。
ブーケが少しくたびれている。
早く帰って花瓶に移さなきゃ…
家に花瓶あったっけ?
夕方にでも買いに行こう。
電車がやけに空いてるなぁ。今日は土曜日か。
カレンダー共有アプリ「リンカル」を開き、康太の予定を見る。
今日は予定がなさそう…一緒に買い物に行こうかな。
康太は土日休みなのに、最近は金曜以外にも夜に遊びに行きがちで少し寂しい。
玄関を開けるとほのかに酒臭い。また呑んできて朝方に帰ったのだろう…
リビングのソファでスーツのまま寝ている。
長い睫毛に少し丸い鼻先、薄めの唇、最近少しもたついてきたフェイスラインも、私には愛らしく感じる。
起こさぬ様に、静かに手を洗う…シャワーは起きたらしよう。
今日は汗もあまりかかなかったし、シャワーの音で康太が目を覚まして、あの酒臭いままベッドに来られちゃたまらない。
メイクを落とし、ブーケを適当なコップに活けておく。
康太にブランケットをかけて、ベッドへ潜る。
臭いのが来る前に寝てしまおう……
アラームが鳴る前に、体に何か重さが乗った感覚で目が覚めた。
パジャマに着替えた康太が、私を後ろから抱いていた。ここから二度寝できる気がしない。
「起こしちゃった?」
「いいよ、シャワーするからさ…そうだ、買い物行かない?」
「…ん……いいよ」
「じゃあ車、取りに行ってね。会社に置いてるんでしょ」
「ん…あーそうだった」
「シャワー終わったら、ご飯作るけど何がいい?」
「軽いのでいいかな。おにぎりとかサンドイッチとか」
「わかった」
起き上がり、寝室を出る。
ご飯を炊いてから、シャワーへ向かう。
少しだるさが残る。
シャワーから上がり、メッセージアプリ「ミモア」を開く。
真弓から明日の旅行の相談が来ている。集合時間と場所の確認だった。
真弓とは高校からの仲。
最近は真弓の子育てで、なかなか通話の時間も取れなかったが、少し落ち着いたとの事なので、1泊2日の旅行予定を立ててくれた。
話したい事が有り余っている。
レオくんからも来ていた。改めてブーケのお礼と再会の喜びと、これから花瓶を買いに行くことも伝えておく。
おにぎりを作っている最中に康太が起きてきた。
「そういやこの花どうしたの?」
昨日のことと、レオくんの事を話した。
「すごっ、そんな偶然あるんだ!…んで、そんなにイケメンなの?」
「んーかっこいいかな?背も高いし、彫り深いし…目の色が琥珀色でキレイなんだよね」
「……惚れたの?」
久しぶりに聞く低い声だった。
「ないない、私にとってレオくんは、物知りで優しいお兄さんでしかないんだから」
「久しぶりの、しかも偶然の再会で「同窓会マジック」とかにかかるんじゃないの?」
「おかしなこと言ってないで、早く食べなさい」
冷やかすように言う様に呆れて、ついついお母さん口調になってしまう。
まだ子供もいないのにお母さんになっていってる気がする。
さっきのは…少しはヤキモチを妬いてくれたのかな?あまりこういうのないから少し嬉しい。
康太が洗い物をしてる間に身支度を整える。
少し買い物する程度だし、車だからそこまでキッチリとはしなくていいだろう。
康太の準備の具合を確かめに行くと、またスマホをいじっている…
「康太?その格好で行くつもり?準備終わってから遊びなよ」
いつからか隙あらばスマホをいじるようになった。
やる事やってからなら、こっちだってこんなに言わないのに…
それを何度伝えても改善されない。
「すぐ終わるって」
「そう言っていつも待たされてるの私なんだけど?もうコート着たらすぐ出れるよ」
画面を伏せ、準備をし始める康太を横目にイスに座る。
着替えて寝癖を直すだけなら10分もかからない。洗い物だって5分で終わっていたのに、30分かかった私よりまだ準備ができていない。
この待ち時間に腹が立つ…もう何回目だろう。
頬杖をついてしまう。
私が言わなきゃずっとゲームしてるつもりなのだろうか。
やっと車を取りに出て行った。
しばらくして康太から連絡が来たので、家を出る。
車に乗る時、気持ちを切り替えるように溜息をついてしまう。
「いつもの百均でいいの?」
「うん、お願い。帰りスーパー寄ってもらってもいい?」
「おっけー」
車は仕事にも使う康太のだ。
免許も持っていない私にはありがたい。
「明日なんか作り置きとかしてく?」
「1泊でしょ?さすがに大丈夫だよ」
「わかった」
康太も家事は出来る。私は職業柄綺麗好きだし、料理も楽しいから率先してやっている。
ただ、康太の家事はちょっと雑なのが気になる。
こだわり無くできるところは羨ましくはあるけれど…自分の服のアイロンがけだけは、酷く丁寧にするが。
買い物を無事に終え、家に入ろうとした時に、まさかの人物が目に入った。
「レオくん?」
「!?…すみれ?どうしてここに?」
お互いに困惑しながら話す。
「私ここの2階に住んでて…この人が私の旦那の康太…で、あのブーケくれたレオくん」
とりあえず紹介をする。
康太が荷物を持ちながら挨拶をする。
「先日は妻がお世話になりました」
「ああいや、大したことは。先週からこちらに住んでる桜井レオです」
「レオくんもここのアパートなの?……すごい偶然」
「あぁビックリしたよ…まぁご近所って事で、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね…じゃあね」
レオくんに手を振る。
各々家に帰っていく。
まさかこんなに近くにいたなんて…先週からみたいだけど。
世界って思ったより狭いのかもしれない…
「あの人がレオくんね…なんであの人、下の名前で澄玲を呼ぶの?」
酷く機嫌が悪そうに聞いてきた。
「昔からそうだったんだから、そう呼んじゃうでしょ。名字だって、昨日知ったばかりなんだから」
「そうだけど…」
買ったものを片付けながら話を続ける。
「名前くらいで…康太がそんなに気にするの珍しいね?」
細かいことを気にするのは珍しい。いつも大抵の事は無頓着でガサツ気味なのに。
「…浮気とかしてないよね?」
「は?」
あまりにも予想外な言葉に面食らってしまった。
真剣な表情も相まって思わず笑ってしまう。
この人がそんな心配をするなんて…
「昨日、20数年振りに再会した人と、どうやって浮気するの?」
「…いや、でも……」
「そんな心配しなくて大丈夫。昔、親しかっただけだし。それに私がそんな軽々しく浮気する女だと思ってるの?」
「そんなことは思ってないけど…わかんないじゃん」
買った花瓶にブーケを移す手が少し雑になる。
「はぁ。向こうだって大人だし、私が康太と結婚してるの、知ってるんだから。私は浮気なんてしないし、心変わりもないよ」
「でも………」
沈黙が続く…まだ何かあるのだろうか…
この沈黙が居心地悪くて、思わず言ってしまった。
「そんなに心配してくれるなら、隙あらばスマホ触ったりを控えた方が、私は喜ぶんだけどな…」
「わかったよ…」
謝罪は無いんかい。
軽くでも浮気疑われるなんてモヤモヤする。
そんなの私がするもんか。
それを言うならこまめにスマホ触ったり、遊ぶのが増えてる康太の方が怪しいのに…
夕飯の準備をする。康太はそそくさとシャワーへ向かった。
あぁ、明日真弓に話す事が増えたなぁ。
シャワーから上がった康太は、スマホを触る機会が極端に減った。
ご飯出来るのを待つ時は、触ってもいいのに…
少し意地を張ってるみたい。
きっと今のうちだけだと思うけど。
2日後にはまたポチポチしてるとみた。
夕飯を楽しみ、私も旅行の準備をする。
久しぶりに真弓に会えるの楽しみだな…
いつもより早い時間に起きなきゃ…
寝坊したら笑えない。
康太より一足早く就寝した。――
なんとか時間どおりに起き、ゆっくりと朝の支度を始める。
洗顔後のスキンケアはいつもより念入りに、キレイめな服に着替え、軽い朝食を取ってから、化粧をする。
今日はラメもマスカラも使っていいのだ…つけまつ毛もいってしまおう!
普段抑えてる分、こうやって盛れるのは楽しい。
久しぶりだからといって、濃くならないように気を付けて。
髪もゆるく巻いてみよう。
粗方準備が出来、洗濯物を畳んでしまっていく。
寝室に入ると、目は覚めてるらしい康太に挨拶しとこう。
「康太?おはよ。朝ごはん、キッチンに置いてあるから食べなね。洗い物はよろしく。そろそろ出るね」
「…ん〜…もうそんな時間?」
「そうよ?」
荷物をまとめて、コートを羽織る。
起きてきた康太が、玄関まで見送ってくれる。
「それじゃ、行ってくるね!」
「気を付けて行ってらっしゃい」
唇を突き出し薄目でこっちを見る康太…
そんな顔を突きつけられたら、したいもんもしたく無くなる……
渋々素早くキスして家を出た。
アイリスの花言葉
『希望』『信じる心』
次回、6月3日13:30予定。
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