1.ネリネ
「わぁ!お姫さまだ!」
教会のチャペルからたくさんの人に囲まれる白いウェディングドレスの幸せそうな女性と、明るいグレーのモーニングコートの照れたようにはにかむ男性。
「あれは結婚式だよ。花嫁さんとお婿さん、これから幸せになる2人を、みんながお祝いしてるんだよ」
その言葉を聞きながら、私の瞳は花嫁の綺麗なドレスに釘付けだった。
「結婚式かぁ…すみれもあんな綺麗なドレス着たいなぁ…」
「オレが着せてあげる!大人になったらお花のドレスも、お菓子のドレスも可愛いドレス、たくさんすみれにあげる!」
「本当?!たのしみ…――――
静かなアラームの音に起こされる。随分と懐かしい夢をみた気がする。
隣で寝ている康太を気にしながら身を起こし、冷たいキッチンへ向かう。
朝ごはんと康太のお弁当を作る準備にかかりながら、今日の天気と気温を確認。
ここ最近曇りばかりだったのに今日は晴れ…それでも寒いのには変わりない。
この時期は特に風邪・ウイルス対策を万全にしておかねばと気を張り、生姜やネギ、みかんやヨーグルトを買いがちになる。
現に今日の朝ごはんの汁物はほうれん草と豚肉のしょうがスープ。
ご飯を温め、おかずも用意し、弁当箱に詰めたり、皿に盛りつけていると、
「おはよ…」
「おはよ、早く歯磨きな〜」
返事とも伸びとも聞き取れる声を残し、洗面所へ消える康太。
最近5分ほど起きるのが遅い。
そのくせトイレに篭もる時間は以前と変わらずに長い。
なぜ男性は外出時は早いのに、家だとこんなにも長くトイレに篭もるのか。父さんと兄さんもそうだった。
トイレへ向かう足音を聞き、私も歯磨きと洗顔を済ませて、ご飯をテーブルへ並べていく。
いつの間にかイスに座り、テレビを見ている康太へ話しかける。
「今日晴れみたいだけど、帰りは遅くなるの?」
いただきます、と食べ始めながら尋ねる。
「少し遅い程度になりそうかな…今日夜勤だっけ?」
「うん、美希さんのお見舞い行ってから行く予定」
「あぁ、もし会ったらお義父さんたちによろしく言っておいて」
「はいはーい」
私の父が院長をやっている「すどう産婦人科医院」には、兄も産婦人科医、母も医療事務で務めている。
私も助産師だけど、今は別のところで勤務している。
3日前から義姉の美希さんが出産で入院しているので、今日やっと面会できる。
食べ終わり食器を洗うが、康太がコーヒーを入れ始めた…
この人に目はついてるのだろうか?
「澄玲も飲む?」
「いらない」
睨んでるのに気付かず、私がコーヒーを苦手なのを忘れて勧めてくる。
康太とは高校の時に違う学校、1つ上の学年だったが、よく電車が一緒になる顔馴染み程度。
そこから、高2の時に声をかけられ仲良くなり、付き合うようになった。
私が就職しても付き合いが続き、そこから早く24歳で結婚したが、子供はまだいない……
2〜3年経っても中々妊娠しないのに焦り、不妊検査を提案したが康太に「まだゆっくりでいいじゃん」と拒否され、私だけでも受けたが特に問題は無かった。
もちろん子供がいなくても問題無いけれども、できれば欲しい。
友人たちはもう2人目の話している。
もう30歳だし、そんなに悠長にしてられないのに…
ゆっくりとコーヒーを嗜む康太の横顔をぼんやりと見た。
「そういや下の階の空き部屋、引っ越してきたみたいだね……今度は静かな人だといいけど…」
「えぇ〜大丈夫かなぁ…」
「うるさかったらまた俺が管理会社に言うからさ」
「康太も良い人が来るように祈ってよ…」
「あの人が特殊だっただけだよ、そろそろ出るね」
前の住人は日中とはいえ、音楽を爆音で流していて、周りからの苦情がすごかった。
夜勤明けの私にも、ダイレクトにダメージが大きかった。
マグカップを受け取り、玄関まで見送る。
「気を付けてね、行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
頬にキスをされ、颯爽と出て行った。
掃除機をかけてから、身支度を整え出る準備をしていく。
人と会う用事の後の出勤のメイクは塩梅が難しい…
マットアイシャドウを薄く、マスカラを軽くくらいが妥当だろうか。あとはリップをいつもより華やかにすればいいか。
出勤前に落とせばいいし。
お土産のクッキーも忘れずに持ったのを確認し、家を出る。
電車で1時間揺られ、少し歩いたら「すどう産婦人科医院」に到着する。
母さんに教えてもらった階へ行き、受付を済ませてノックし、入室する。
「美希さんお久しぶりです!おめでとうございます。体調はいかがですか?」
「澄玲ちゃん!わざわざありがとう!まだ歩くと痛いくらいで、私も陸斗も元気よ」
コットの中でスヤスヤ眠っている小さい赤ちゃんがみえる。
いつか私も欲しいな…
「それは良かったです。あぁ〜可愛いなぁ、これ、お土産です!」
「そんなよかったのに…ありがとね!…あっ、ねぇここの近くにできたお花屋さんみた?」
美希さんが目を輝かせている。
「いえ…裏の通りから来たんですけど見てないです…表の通りの方ですか?」
「そう!帰り寄ってみて!店員さんがすっごいイケメンなの!」
妙にお花が多く飾ってあると思ってたけれど、もしかして美希さんの面会者たちが、その花屋で買ったものだろうか?
「お花屋さんでイケメンなんて最高ですね!」
「入院前にチラッと覗いたんだけど、背も高いし、外国人?ハーフ?っぽい感じで、友達もお義母さん達もみんなイケメンって言ってて、私も早く退院して会いたいのよ〜」
そんなに熱弁されるとさすがに私も見てみたくなる…
「帰りに寄ってみますよ、気になっちゃう」
――コンコン!
入ってきたのは兄さんだった。
ちょうど休憩の時間か…
「おつかれ、兄さん」
「あぁ来てたの。まさかお前まであの花屋行ったの?」
「いや、これから。陸斗の誕生おめでとう!」
「ありがと…てか行くつもりなのかよ」
すごく呆れた目で見られてる気がする。
「いいじゃない雅人!お花買うくらい」
「そうだよ、気になるじゃん」
美希さんと息を合わせる。
兄さんは陸斗を見ながら、
「陸斗が花粉症になりそうだ…母さんまでハマってるし」
まあ、母さんはイケメン好きだからしょうがないよなぁ。
「そんなにかっこいいの?」
「知らね」
「…カペラは元気?」
「まぁ、カペラももう歳だから散歩も出来なくなってきたよ…会いに行ってやれよ。後悔するぞ」
「わかってる…」
本当は老衰したカペラに会うのが少し怖いだけ…
「まぁそのお花屋さん気になるし、美希さんも陸斗も元気な姿見れたから、そろそろお暇しますわ」
「わざわざありがとう、気をつけてね」
「気を付けてな」
「ありがとうございます、それでは…」
病室から出て父さんたちに会うか迷ったがやめた。
いつでも会えるし、今じゃなくていいだろう。
表の通りに出る正面玄関から出て、駅方面へ少し歩いた所に確かに新しく出来たお花屋さんがあった。
外観は普通のお花屋さん…「月曜日臨時休業」と書いてある。
例の店員さんはどこだろ?
まさか今日に限ってお休みかしら…
――ガシャーーン!!
奥の方から、なにか割れたような派手な音が響いた。
店内へ駆け寄り、床に落ちた花束と割れた花瓶、側に立つ店員さんを見つけた。
「あの、大丈夫ですか?」
手や腕の傷の有無を無意識に確認してしまう。
「…すみれ?」
「え?」
急に名前を呼ばれ、顔を見上げた……
確かに美希さんが言っていたように、アジア系離れしたイケメンだった……
どうして私の名前を?偶然?
……いや、お花の方のこと?
店員さんは面食らった顔で私を見たままだった。
「えっと…大丈夫ですか?……あの…」
恥ずかしくて目線を泳がせてしまう…
どうしたんだろう?
「…すみれ…だよね?」
「!?どうして私の名前を?」
私にこんなかっこいい知り合いはいないはず…
「養護院の頃に…覚えてるかな?…よく一緒にいてくれた」
この琥珀色の目を見た事ある…
養護院の頃…あぁ!
「レオくん??」
「あぁ良かった!忘れられちゃったかと思った…」
「今思い出したよ…こんな所で会えるなんて…」
幼い頃、しかもここから遠く離れた養護院で一緒だった人に再会するとは…
「……あっ、ごめん!色々驚かせて…怪我は無い?」
「全然大丈夫!そっちこそ怪我は大丈夫?」
「危ないから触らなくていいよ、怪我も無いし。水仕事だからあかぎれしちゃうだけ」
床に散らばった花や花瓶を片付けながら話を続ける。
「大変だね。でもレオくんがお花屋さんって似合ってるかも…昔のままであればね」
昔の記憶のレオくんは優しくて物知りなお兄さんだった。
歳上だから物知りなのはそうだけれど、不安だった私の側にいつもいてくれた記憶がある。
「変わってないつもりだけど、どうだろ?…すみれは今なにしてるの?」
「助産師をしてるよ。ここから2時間くらい離れたところでだけど…あ、すぐそこのすどう産婦人科医院を親がやってるんだ。ここの噂はそこで聞いたの」
「噂?」
「あっ…かっこいい店員さんがいるって」
言ってるこっちが恥ずかしい…
レオくんはキョトンとしながら少し困り気味に
「…別のところじゃないかな?」
「いや合ってるよ、場所ここだし」
噂されてるイケメンが知人だと知ると、肩の力が抜け、不思議と昔に戻れた。
「そうだ、再会とさっきのお詫びとしてこれを受け取って!」
お店の前に並べていたミニブーケを1つ差し出してくれた。
イエロー系のお花たちをオレンジのリボンで束ねた可愛いブーケだ。
「そんな…!さっきの何ともないし、ちゃんとお金払うよ!買うつもりだったし!」
「プレゼントだよ!ほら?」
「わかった…ありがと」
昔のままの優しい笑顔に絆されて受け取ってしまった。
「またこっち来ることがあったら寄っていってよ!火曜と木曜は俺休みだけど。あ、連絡先交換しない?」
「……いいよ」
一瞬躊躇ったが、ただの昔の友達。
他の男友達だっているし問題ない。
「「手塚」…結婚したんだ」
「うん、もうなんだかんだ6年になるの」
「おめでとう…幸せそうでよかったよ」
「まあ2人で仲良くやってるよ。レオくんはどうなの?」
「俺は恋人もいないよ。今は店に専念したいからね」
「そっかぁ、素敵なお店だもんね!…あ、こんな時間。私、今から出勤なんだ。お花ありがとうね!」
「会えて良かったよ!お仕事頑張って!またね」
「うん!またね!」
少し足早に駅へ向かう。
ついつい話し込んでしまった…
でも本当こんな所で再会なんてすごいな……
こんな可愛いお花まで貰ってしまった。
男の人からお花を貰うのなんて初めてかも。
持ち慣れないな…
背も高くなって髪色も声も変わったけれど、顔のパーツや話し方、表情が記憶のあの頃のままだった。
レオくんがお花屋さんか…すごく似合ってるなぁ。
電車に乗り込み職場へ向かう。
私は幼少期に事故で両親を亡くした。
道を1人で彷徨っていたところを保護され、病院で検査を受けてから、児童相談所から養護施設で暮らすようになった。
レオくんは幼児期からいたらしく、新しく入ってきた私のお世話をしてくれた。
何も知らない子だった私に、たくさんのことを教えてくれたのを覚えてる。
2年が経った頃にパパの兄…今の父さんが引取りに来てくれた。
施設を出る時ボロボロに泣いて、よく覚えていない。
でも、今の家族は私をあたたかく迎えてくれた。
そこから両親の職場をみて、助産師に憧れ、大学に通わせてくれた。
感謝してもしきれない。
毎年、私の両親が亡くなったであろう10月20日に、家族でお見舞いしてくれる。
…父さんは毎回泣くが、その理由は気まずくてまだ聞けてない。
職場に着き、着替えを済ましブーケはロッカーに入れておこう。
今日はなんだか良いことありそう。
夜勤の仲間と少し談笑し勤務へ赴く。
ブーケ、萎れなきゃいいけど……――
ネリネの花言葉
『幸せな思い出』『箱入り娘』
次回、6月2日8:30予定。
お読み頂き、ありがとうございました!
評価頂けると嬉しいです。




