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18.ニゲラー温室の甘い毒ー

レオ視点です。

 待ちに待った木曜日が来た。

まだあれから3日しか経っていないが、顔を合わす事がないからつい舞い上がってしまう。

落ち着かないと。

辛いがまだ異(・)性(・)と(・)し(・)て(・)みられるには早すぎる。

今は、すみれの安心できる時間でいないと。


  待ち合わせの駅まで車を走らせる。

ベンチに座っているすみれを、すぐに見つけることが出来た。

遠目でわかるほど、顔色も悪くげっそりしている…

そのまま枯れてしまいそうな程痛々しい。

「待たせてごめんね…大丈夫?体調悪い?」

「大丈夫だよ、こっちこそありがとうね…あの日から眠れないし、食べられなくて…」

化粧で隠そうとしているが、それが逆に限界を感じさせる。

「1時間くらいかかるから寝ててもいいよ?あと、カフェオレあげる。甘いからすみれでも飲めるよ」

コンビニで買っておいたカフェオレを渡した。

「でもってなによ…ありがと」

軽く頬を緩めてくれた。


 すみれがうつらうつらとし始めた。

抗うように深呼吸をしながら、カフェオレを飲む姿がいじらしくて可愛い。

眠るように促すと、素直に眠ってくれた。

信号で止まる度に見入ってしまう…

触れそうになる手を抑える。

仕事中は髪を結んでいるのだろう。縛った跡の残っている艶のある黒髪。

信頼してくれてるの嬉しいけど、無防備にそんな可愛い寝顔を見せないで…

寝顔は幼くみえた。

昔と変わらないな。


 だんだん事務所が近付いて来てしまった。

1時間なんてあっという間だな…

起こそうか迷い見つめていると、自ら目を覚ましてくれた。

「おはよ、あと少しで着くよ」

「ごめんね…寝ちゃって…」

少し掠れた声が色っぽく聞こえる。

「…気にしないで。むしろ運転中に寝てくれる方が俺は嬉しいし」

「嬉しい?」

「安心してくれてる感じがするし、かわいい寝顔も見れるしさ」

「…やだ、見ないでよ」

少し照れたように顔を隠す仕草に、思わず強くハンドルを握った。


 車から降り、探偵事務所へ一緒に入っていく。

亮の演技力に思わずニヤついてしまいそうになる。

数年張っていた人と、こんなにも初対面な会話ができるもんなんだなぁ。

あの女のモノマネも案外似てたのかもしれない。

 すみれはあの男の数々の異変に気付いていたのに、不倫とは疑っていなかったようだ。

なにか手を打ててよかったな…

また何年も待たせるところだった。

あの男と過ごすのが辛いと呟くすみれに、喜びを感じる。

「俺の家に泊まってもいいんだけどね」

「バカ言うな。こっちが怪しくなってどうする」

「…冗談だよ」

早くこっちに来て欲しい…つい気持ちが先走る。


 カメラの設置に同意したのは驚いた。

そこまで覚悟が決まっていたとは。

亮も悪いやつだ。あの男がもう家に上げそうに無いのは、分かってるはずなのに、ぼったくりじゃないか。

止めるのもおかしいから口出せない。

「俺、取りに来るよ。電車じゃここまで来るの大変だろ?」

「そんな大丈夫だよ…悪いし」

せめてこれくらいはさせてくれ…

「手間と多少の料金も抑えれるので、良いと思いますよ」

どの口が…と、思いつつ、その提案に乗ってしまう俺も悪い。

「でも、悪いよ…」

「全然大丈夫だよ、夜勤の時連絡して?そんな状態のすみれをほっとけなくて…力になりたいんだ」

もうほっといてあげられない。

申し訳なさそうな顔を向けてくれる。

話が終わり、今日はこれでいいのだろう。

「亮に頼めてよかった。どうか頼むよ」

「仕(・)事(・)だからちゃんとやるさ」

全て分かってるから、良い仕事ができるに決まってる。

亮と目を合わせた。

得意げにウインクを飛ばしてきた。

やめてくれ、気色悪い。

小さく溜息をつき、車に戻る。


 このまま帰るのも惜しい気がして、ダメ元で聞いてみよう。

「すみれ、お腹は空いてる?」

「ううん、レオくんだけでも何か食べていいよ?」

「じゃあどこか寄ってもいいかな?」

「もちろん」

やはり食欲は無いか…可哀想に…

お洒落なお店に連れて行きたいけれど、食べられないなら意味が無い。

適当なファミレスに入った。


 席に通され、お互いメニュー表を眺める。

飲み物なら飲めるかな?

すみれの方を見ると、デザートのページに手を止めていた。

期間限定のイチゴパフェ…

すみれはイチゴ好きだもんね。

昔もイチゴが出た日は、いつも1つ分けてあげたなぁ…

あの時の笑顔が、今でも忘れられないよ。

「パフェ食べる?」

「え、あ、いや、惹かれたけど食欲無いし、食べられないからいいの」

そんな諦めたような顔をしないで。

「少しでも食べなよ?余ったら俺が食べるからさ」

「そんなの悪いよ…大丈夫…」

「いいよ、デザート食べたかったし。この期間限定のやつでいい?」

「うん…ありがとう」

あの時のような笑顔では無いが、嬉しそうに微笑んでくれた。

好きな物でも少しは食べて欲しい…

「もう頼むよ?飲み物なら飲めそう?」

「うん」

「じゃあドリンクバーも付けようか」

「そうだね」

注文し、2人でドリンクを取りに行った。


 今だけでも暗い顔をして欲しくなくて、普段よりも口が止まらなかった。

余裕が無いのを自覚して、少し焦る。

……

「俺も少しはするようにしてるよ…すみれは学生の頃なにかバイトしてた?」

軽い話題のつもりでしたスキンケアの話で、すみれの顔が曇った。

しまった、と思い慌てて、話題を変える。

「…あ、うん、してたよ…高校の時に喫茶店で、大学の時は親の病院でバイトしてたよ」

喫茶店…どんな制服を着ていたのだろう。

さすがに聞くのは気持ち悪いか…

「似合ってるね!やっぱりさ、熱いの運ぶ時緊張しなかった?」

料理が運ばれてきた。

食べながら、話を続ける。

「してたよ。飲み物も零さないように気張って…ホール向いてなかったなぁ」

「そっちの方が意外だよ。淡々とこなしてそうなのに…」

すみれがイチゴを口に運んだ。

少しでも食べてくれて良かった…

本当に食べられてないようだったから、少し安心する。

表情があまり変わらない。

やっぱりショックで、食欲も味覚も無くなってしまったのだろうか…


その後、3口程食べてこっちに渡してくれた。

「ごめん…こんな食べかけで…全部食べていいから」

「大丈夫だよ、本当にいいんだね?」

「うん。あ、スプーン…新しいの頼まないと…」

「このままでいいよ!気にしないから」

「そう?」

「うん…いただきます」

こんなに美味しいパフェは初めてだ…

ニヤつきそうになるのを抑え込む。

つい黙々と味わって食べてしまった。


 すみれが会計をしようとするのを何とか止めた。

ほとんど俺が食べたし、ご(・)褒(・)美(・)はちゃんと貰えた…

適当に理由をつけて、素早く会計を済ませた。


 帰りの車内は、行きとは別の意味で静かだ。

家に近く程にすみれの顔は暗くなる。

無理に励まそうとしない方が良いだろう…

このまま、2人の時間が続けばいいのに。

あの男の元へ送っていると思うと虫唾が走る。


 アパートに着き、車を止めるとすみれが何かを押し付けてきた。

「これくらいは受け取って?じゃないと私の気が済まないの」

手に握られていたのはお札が2枚…

もっと甘えていいのに。

ちょっと強引な不器用さが愛しい。

「…わかったよ。すみれ、無理しないで…辛かったら気軽に連絡でも、家に来てもいいから」

「ありがとう…頑張るよ…本当に今日はありがとう」


車から降り、すみれの背中を見送る。

なんだかとても小さく見えた…

家に帰ろうとした時、振り返ってくれた!

思わず手を振ってしまう。

少し微笑んで、小さく手を振り返してくれたすみれは、あの日と変わることの無い天(・)使(・)に見えた。

思わず立ち尽くしてしまう。

すみれが家に入ったのを確認して、天を仰いだ。

あんな所に帰したくない…

自分を呪い、あの男への怒りが込み上げてくる。

俺がもっと早く迎えに行けてれば…

すみれがこんな思いをしなくて済んだはずなのに。


すみれ…大丈夫だろうか?…――

ニゲラの花言葉

『密かな喜び』『不屈の精神』『深い愛』


次回、6月17日20:30予定。


お読み頂きありがとうございます!

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