17.ペチュニアー積年の収穫ー
レオ視点です。
ボストンバッグを持ったすみれが、駅へ向かって行くのをカーテンの隙間から見守る。
楽しい旅行を邪魔してごめんね?
ホテルに電話しないと。
「朝早くにすみません。昨夜、そちらのホテルに祝賀会で伺ったのですが…終わったあとですみません。クモを目撃しまして…えぇ、あの毒の持ってる、よくテレビでみるやつです。あれに似ていて、もしかしてと…急に心配になってしまって…フラワースタンドで見たと思うんです。えぇ、お願いします」
頼むから、ちゃんとしてくれよ…
出勤の準備を整え、家を出た。
休憩時間にスマホでホテルのホームページを確認する。
上手くいった!しかも、卵嚢は空。
持っていた時じゃなくて良かった。
考えるだけでもおぞましい。
今日はイベントであの周辺のホテルはほぼ埋まっているはず。
あとは、亮の連絡を待つだけ…――
あの時、亮に頼んだお願いは、恐ろしいほど順調だ。
あの男の会社から、訳ありそうな女を亮に探してもらった。
ヤバそうな女は見たらわかる、と豪語していた亮だが本当だった。
男にだらしない女や不倫してる女、借金まみれな女…
仕事の片手間でいい、と頼んだのにこんなにも探せるなんて。
まぁ、ちゃんと金は出すが。
不倫女を利用することにした。
亮にこの女をマークしてもらう。
「この女、妻帯者と不倫してるけど、飲み会とかになると、手塚康太の近くに座るんだよ。解散の時に話しかけたりさ…絶対狙ってる」
さすがの俺も亮も呆れる。
「なぁレオ。俺、この女怖ぇよ…あの見た目でこんな中身だったなんて…」
「まぁその怖い女をゆすってくれよ」
心底嫌そうな顔をしている。
「…そこまでするもんかね?すみれちゃん可哀想だぜ?」
「仕方ないだろ?あの男じゃ、すみれを幸せにはできない」
「…はぁ、そればっかり…上手くいったら良い女紹介しろよ?」
「わかってるって。頼んだぞ」
不倫で脅して、別の不倫もさせる…
少し悪質だが、これならいけるだろう。
亮がゆすると、あっさりと関係を持ってくれた。
本当に狙っていたんだろう。
やっぱりあの男じゃすみれを幸せにはできない。
「あの女さ…俺まだ何も指示してないのに、2回も会ってんだよ…」
「は?どういう事?」
まさかあの男、そんなにすみれを蔑ろに…
拳を強く握る。
「自ら会社にバラすとか脅してるらしい…」
なんとも都合良く面倒臭い女だ。
「別の男とも不倫してたよな?乗り換えたのか?」
「いや、本人曰く、「太一が本命でぇ顔がタイプだけど子供いるしぃ、他にも女いるっぽいからぁ体の関係でいいー」…だとさ」
「それ、本人の真似?」
「割と似てるぜ?「手塚さんはぁ、顔はまあまあイケメンじゃないですか?すごく優しくしてくれるんですよぉ。でも、奥さん大事らしくってぇ。」って、脅さなくてもやってたぜ。きっと」
亮のモノマネにうんざりしながらも、上手くいきそうで安心した。
「まぁまたなんかあったら頼むよ」
「おい、上手くいっただろ?早く女紹介しろよ」
「…待ってろよ」
それから半年経ってもすみれは気付かない…
焦ってまた亮にすみれを張らせた。
それで持ってきてくれたのが、旅行の知らせだ。
亮に、すみれの旅行の日に自宅で会うよう、女に指示をお願いした。
この計画がうまくいけば、やっと動き出せる。――
亮からの連絡を待ちわびる。
すみれには酷だが、こうしてでも気付いて貰わないと…
連絡が来た。
『予定通り、手塚の家』
思わず拳を握る…
やっとこの時が来た。
家に帰るのが楽しみだ。――
早くに起き、すみれを待つ。
昨日の夜に帰っては来なかった。
なら、夜行バスが取れたのだろう。
そろそろ帰ってくる時間だ…
少し疲れ気味のすみれが見えた!
ドアを閉める音が聞こえない。
音を立てないようにゆっくり閉めたのだろう。
なんて優しいんだ…
少しでも音が聞こえるよう、急いで玄関へ向かう。
しばらくすると、鍵を開ける音がした。
…家を出たのか?
女の方なのか、すみれか…
歩く音がしない。
思い切って、玄関を開け外へ出る。
すみれの家の方を見た。
すみれは震えてドアの前に座り込み、目に涙を貯めている。
俺の姿を見るや否や、ポロポロと涙が流れ落ちていった。
駆け寄り、声をかける。
「すみれ?大丈夫?」
泣いて上手く喋られないようだ。
胸が痛む…
こんなになる程にあの男を想っていたの?
立ち上がろうとするが、よろけてしまったすみれを支える。
やっと触れられた…
あの頃より大きくなったけれど、小さな手は変わらない。
「すみれ…」
宥めるように背中を摩る。
「家に帰りたくない」
絞り出すような声で、やっと言えたのだろう。
惜しいな…もっと違う場面で聞きたかった。
「一旦、俺の家に行こうか?外は寒いし、こんな状態を放っておけないよ」
静かに立ち上がらせ、家へ誘導する。
すみれを家に上げるなんて…
気持ちが高まって仕方なかった。
落ち着かせるようにソファに座らせる。
ティッシュを差し出した。
すみれが好きなココアをいれてあげよう。
「…ごめん、ちょっと洗面所借りてもいい?」
「いいよ、あっちにあるから」
場所を指差す。
「…ありがと」
よろよろと洗面所に消えていった。
大丈夫だろうか?
ココアをテーブルに置く。
室温を少し上げておこう。
すみれがリビングへ戻ってきた。
少し目元がきれいになっている。
「ありがとう。ごめんね…びっくりしたよね…」
「少し落ち着いた?ゴミ出しして戻ろうとしたら、座り込んで震えてるすみれ見えちゃったからさ…どうしたの?」
さすがに待ってたとは言えない。
すみれがゆっくりと、さっきの出来事を話してくれた。
まだ溢れ出る涙を拭いてあげる。
なかなかにショッキングな場面だったようだ。
ここまでとはなかなかだな。
慰めながら、話を聞いていく。
「今日は俺、休みだから、ずっといてもいいからね?」
「そんな、悪いよ!せっかくのお休みなのに…それにこんなにお世話になっちゃって…」
今日の為に取った休みだ。
役に立って良かった。
帰ろうとするすみれを、再び座らせる。
顔が暗くなっていく…
すみれが唇に手を当て、俯いてしまった。
「車…なかったら出勤してるから…」
「ならキッチンの横の窓から、駐車場見えるよ?」
すみれに案内した。
車はまだある。
またソファに戻ってくれた。
すみれがお土産のクッキーを渡してくれた。
こんなに嬉しいことがあるだなんて…
つい笑顔になってしまう。
キッチンから皿を持ってくる。
すみれがココアを手にした。
「ココア温め直す?」
「大丈夫、猫舌だから熱いの苦手なんだ」
思わず笑みがこぼれてしまう。
昔と変わらない…
話しながらクッキーを皿に移していく。
すみれの顔に少し笑顔が戻った。
クッキーを食べながら、すみれと話し込んだ。
引き取られた先で幸せに過ごせたと、それを聞いて安心した。
ずっと心配していたが、すみれの様子を見る限り本当の家族のように育ててもらえたようだ。
すみれの目が時計の方へ向き、また顔が曇ってしまった。
「レオくんそろそろ時間だから…帰るね」
「念の為に、駐車場覗いてみたら?」
渋々確認しに行くと、まだ車があった。
すみれが急いでスマホを確認しているが、表情は険しくなるばかり…
ちょうど通知が鳴り、覗き見た。
『帰るの夕方だよね?気を付けてね!お土産楽しみ!』
…すみれを騙しておいて、よくこんな風にできるな。
すみれの手からスマホを取り、操作する。
「なにするの?」
「大丈夫…見てて」
すみれになりすまして、メッセージを送る。
すぐに返事が来た。
『ちゃんと寝坊せずに行けたよ笑 澄玲の朝ごはんが恋しいよー』
…スマホを握り潰しそうになった。
いけない…すみれのスマホを壊すところだった。
スマホを返して、自分のスマホで窓から見える車の写真を撮る。
小さいけれど、証拠となるものは多い方がいい。
落ち込むすみれを励まし慰めた。
「レオくんがいてくれて良かったよ、メンタル的にもさ」
こうなるように仕向けたのは俺なのに…
そんな愛しいことを言ってくれるなんて…
「すみれにそう言われると、昔に戻った気分になれるよ」
「昔は頼りっぱなしだったもんね。ずっとくっついて、レオくんの後を追っていたの覚えてる」
覚えてくれたんだ。
あの頃も、今も可愛いな…
「今も頼ってよ?」
曖昧な笑みのすみれを、見つめてしまう。
すみれに亮を紹介した。
亮にしてみれば、今回ほど楽な仕事は無いだろうな…
すみれを思い胸が痛む。
ちゃんと寄り添ってあげないと。
事務所には可能な限り、移動も兼ねて一緒に行ってあげよう。
木曜日に会うことが決まった。
夕方になり、駐車場から声が聞こえてきた。
立ち上がろうとしたすみれを座らせる。
少し言い争っているような会話に聞こえた。
姿が見えたので、動画を撮る。
そのまま2人は、車に乗りこみ出発した。
動画をすみれに送る。
…もう行ってしまうのだろう。
「私、もう戻るね…遅くまでごめんね。」
酷く暗い顔に戻ってしまった。
「すみれ…いつでもうちに来ていいし、何かあったらなんだって連絡して?」
「ありがとう…それじゃ行くね…」
大丈夫だろうか…
一緒について行きたい気持ちを抑え込む。
玄関まで見送り、ドアを閉める。
なんとか第1段階に来れたかな。
だがまだ足りない…
もう一押し何か欲しいところだ。
なにか良い考えは無いだろうか。
どこからか漂ってくるカレーの香りを感じながら、木曜日が来るのを楽しみにしていた。
ペチュニアの花言葉
『あなたを慰める』『過去の思い出』『危険な愛』『心の安らぎ』
次回、6月17日20:30予定。
お読み頂きありがとうございます!
評価等いただけると嬉しいです。




