11.ストケシア
この1週間、康太と話し合い誓約書の内容を決めた。
相手との連絡、接触の禁止、業務上やむを得ない場合は連絡。位置情報の共有、金銭管理は私への同意。再び不倫した場合は離婚。慰謝料も払って貰う。
今回は康太には慰謝料請求はしないことにした。
不倫相手への内容証明はテンプレート通りの内容で、慰謝料は50万円程度。子もおらず、離婚もしない、期間も短い。探偵、検査費用も含めてこれが限界らしかった。
あとは弁護士へ任せた。相手と関わりたくない。
これで反省して欲しい…
弁護士事務所を後にし、水族館へ向かう。
話し合っていく内に関係も少しずつ回復していった。
毎夜、向き合ってお互い泣きながら話した事もあった。その度に少しずつ、ぎこちなさが薄れていった。
康太の性病検査も陰性。でも、念の為キスも3ヶ月後の検査後に決めた。
この半年で症状は出てないみたいだから大丈夫だとは思うけど、相手の素行が知れない。不倫するような子だ。警戒するに越したことはない。
水族館に着いたが、酷く混んでいる。駐車場が20分待ち…
「まぁ時間はたくさんあるし、待とうか」
「そうね、結構進みも早いし思ったより早く入れるかも」
康太のこういう所が好き。母さんと兄さんは行列を嫌がり、避けるかブツブツ文句を言って並ぶけど、康太は急ぎじゃなければ、穏やかに待とうと言ってくれる。
昔一緒によく観ていたグループVistierの最近の動画を観て過ごした。
急にまた苦しくなった。
楽しい時なんだから泣きたくない…
思いとは裏腹に涙が流れた。
思い出してしまった。康太の不倫してた期間…気付く前にもこうやって笑い合っていたんだ。
「澄玲?…大丈夫?」
康太が私の手をそっと覆う。
左手の甲に爪の跡がクッキリ付くほど、力を込めていたみたい。
少し痛む…康太がティッシュをくれた。静かに受け取る。
「…ねぇ、裏切ってる時、私とこうやって過ごしててどんな気持ちだった?」
「え……何とも思ってなかった…今まで通りで…たまに罪悪感があったけど…」
ポツリ、ポツリ吐く康太の言葉…
「そうだよね…じゃないと、あぁは出来ないもんね…」
「…澄玲…本当にごめん…」
少し離れてる運転席と助手席。康太に抱き寄せられ身を預ける。
――ブッブッー!!
鳴らされたクラクションで、離れる。
前は進んでいた。申し訳なくて乾いた苦笑いしてしまった。
やっと館内へ入れた。お互いが大学生の頃に来たことがある水族館。あの頃とリニューアルされて変わっていた。
SNSでここのスイーツが人気になっていたらしく、海獣や生物をモチーフとした可愛いやつだった。
思わずそのポップに目を惹かれた。
「あとであれ食べよ?澄玲好きそう」
「うん!」
それから私の好きなクラゲ、康太の好きなカワウソやペンギンをメインに見て回った。巨大な水槽の迫力はいつまでも見てられるほどキレイだった。
アシカのショーの時間になり会場に向かう。
楽しく見ていたのに、
「参加してくれる方~?」の声に康太が私の手を掴んだ上げてきた。
私がパニックになってる中、お姉さんは私を当ててしまった…
なんで私?
戸惑いながらも空気を読み、前へ向かう……
台に立たされ、ボールを渡された。
「はるかちゃんへ投げてください!」
お姉さんのアナウンスが響く。
康太の方を見る…親指を立て応援していた。
ひょい……と投げる……
1度で、鼻に乗せてくれた!!
良かったぁ…
小走りで康太の元へ戻る。
「もう!勝手に!」
「成功したじゃん!良かったよ!」
「そういう問題じゃないよー」
そのあとのショーも楽しみ、レストランへ向かった。
数あるメニューからペンギンのパフェを注文してみた。思ったよりも小さくて、これなら1人で食べられそう。
依然として食欲は無いが、前よりは食べられるようになった。
「可愛い!ペンギンにしたんだ、美味しい?」
「普通かな?そっちは?」
「美味しいけど、めっちゃ具少ない」
康太が気まずそうに小声で答える。
見るからに具の少なそうなシーフードカレーだった。
食べ終わり、売店を覗くと、くじ引きのイベントをやっていた。
1等は年間パスポート、2等はかなり大きいイルカのぬいぐるみ、3等はお土産の詰め合わせ、など…
ちょうど女の子がくじを引いていた。隣で祈ってるのは妹ちゃんかな?
「何欲しいのかな?」
「イルカのぬいぐるみじゃない?なかなか買って貰えないよ。あれって結構すごい値段するもん」
姉妹の行く末を見守る…
――カランッカランっ!!
「2等賞のイルカちゃんのぬいぐるみです!おめでとうございます!」
「「やったぁー!!」」
ぴょんぴょんと跳ねて喜び、2人よりも大きいイルカのぬいぐるみを受け取っていた。
姉妹の両親は少し苦笑いしている。
あまりにも微笑ましく可愛くて見入ってしまった。
「可愛いね!」
「…うん、あのさ、澄玲?」
「なに?」
康太の少し静かな声だった。
真剣な話?
「3ヶ月後、何も無かったらさ…子供欲しいなって……俺、検査とかもするからさ。どうかな?」
「え?」
嬉しい……複雑な気持ちもあるけど、それをかき消すくらい康太の思いが嬉しかった。
喜びで涙腺が緩くなる。
「…うんっ!…いいよ……嬉しい」
康太の手を握った。
たとえ授かれなかったとしても、仲良くしていける気がした。
閉館時間も近くなり、少し急いで車へ向かった。
家に着き、すぐにシャワーを浴びた。
康太が向き合ってくれた事が夢のように嬉しかった。でも、不安もある…
また裏切られてしまったら?思ったより不妊治療が厳しかったらどうしよう?
6年間も自然妊娠が出来なかった事実が重くのしかかる。
長く放置しすぎた…でも、まだ30歳と31歳。まだ分からない。
嬉しいことなのに、素直に喜ぶことの出来ないこの状況が悔しい。
シャワーから上がり、康太と映画を1本観た。
私の好きな俳優が主人公の先輩役で出ている。
なかなか衝撃的な作品で面白かった。
康太とこうやって1歩ずつ歩み寄っていけてる。
私は明日も日勤…一緒に早めにベッドへ行く事にした。――
母さんから夜勤中に連絡があった。
『カペちゃんがもう辛いみたい。来れるようなら来てあげて』
勤務を終え、すぐに電車に乗る。
どうしよう…とりあえず康太にミモアした。
移動中、母さんと連絡を取り続けた。
駅に着き、駆け足で実家へ向かった。
明日は休み、少しでも側にいれる。カペラはずっと側にいてくれた。最期くらいいてあげなきゃ……
息が切れて上手く鍵を開けられない…
早くいかなきゃ…
玄関ドアを開けて、すぐ洗面所で、手を洗う。
カペラのいるリビングへ急いで向かった。
「カペラ!」
ベッドに横になって、少し息苦しそうなカペラ……
「澄玲っ、落ち着いて…ぐったりしてるけど元気よ…ほら、尻尾振ってるじゃない…」
涙が止まらなかった。
力無くゆったりとした動きだった…
顔を近づけると、ペロペロ舐めてくれた。
「カペラ…来たよ……元気出して…」
ゆっくりと体を撫でた。
美希さんも陸斗の育児の合間に、カペラを心配してくれる。
「母さん、カペラは?…澄玲っ!」
少し慌て気味に父さんが帰ってきた。
「父さん…おかえりなさい」
久しぶりに会えた。
「どうした?……あぁカペラだよな…大丈夫か?」
「うん、少し苦しそうだけど…」
父さんもカペラを撫でる。
「カペ…」
「…やっぱりもう寿命で…最後はお家が良いでしょ?」
重い時間が流れる。
「…今日泊まってもいい?明日休みだから…」
「カペちゃんとリビングで寝る?」
「うん…あと、シャワーさせて…ソファで良いから少し寝たい」
夜勤明けに急いでここまで来て眠たかった。
「夜勤だったもんね。いいわよ、来客用の布団持ってくるわ」
「あぁ、私も運ぶよ」
と言いつつ、私が運んだのは毛布と枕だけだったけど。
父さんは夜勤らしく、すぐに寝てた。
久しぶりに実家でシャワーを浴び、母さんのパジャマを借りた。
「こんな明るいリビングじゃなくて、お母さんたちの部屋で寝れば?私のベッド使っていいから」
「え、普通に嫌だ。父さんイビキ酷いもん」
家に来たばかりの頃、父さんのイビキが怖くて眠れなかった事を思い出す。
「ご飯は?」
「いらない」
明るさに構わず、布団に入り眠った。
久々にぐっすり眠れた気がする。実家だからだろうか?
母さんに言われ、カペラのオムツを替える。目ヤニも拭いておこう。
あまり構いすぎるのも良くないと思い、家の手伝いなどをしながら過ごした。
やっぱり人多いと洗濯物や食器も増えて大変だな…
これから夜勤の父さんと一緒に早めの夕食をとった。
「ご飯それだけでいいのか?…ダイエットなんて良くないぞ」
昔から私に食べさせようとしてくるのは全然変わらない。
「いいのー。父さんは気にした方がいいよ」
「いやぁ、父さんも最近油っこいのは控えてるんだよ」
「…食べられなくなったの間違いでしょ?歳で」
昔は肉料理がメインだったのに、今では魚料理がメインになっていた。私と母さんはそっちの方が嬉しい。
「…そういや康太くんとは仲良くやってるのか?」
「…うん、まぁ。この間も一緒に出かけたし」
「そうだ、お父さん!あのお花屋さんの店員さん、養護施設の澄玲のお友だちなんだって!」
母さん…父さんにはまだ言ってなかったんだ…
つくづく、姪とはいえ、この家に引き取られていたことを忘れてしまう。
「おぉ、そうなのか!近くにいて良かったじゃないか。来たばかりの頃はずっとみんなに会いたいって泣いてもんな!」
本当に近くにいるけどね。
「昔の話じゃない。もう泣かないよ」
「どの子なんだ?」
「言ったって覚えてないでしょ?…レオくんだよ」
父さんはワハハと笑い出した。
「むしろその子しか覚えてないくらいだ!年上のハーフの子だろ?父さんたちが澄玲に会いにいくと、いつもその子と一緒にいたもんな」
「あの子がお兄さんみたいだったおかげで、雅人とも早くに仲良くなれたものね」
2人とも覚えてるんだ…
「そうそう、澄玲を引き取るのを決めた日に、「どこに行くんですか?」って聞かれて、ついうっかり前の住所教えてしまったんだよ」
「なにしてんのさ」
食事を終え、母さんに習いカペラのご飯を用意する。
「それじゃ行ってくる。澄玲もゆっくりしてな、カペラ頼んだぞ」
「はーい、行ってらっしゃい」
カペラにゆっくりとご飯を食べさせようとするが、2、3口くらいしか食べなかった…
兄さんが帰ってきて、カペラを見るやいなやずっとスマホで調べ物をしていた。
カペラは水も飲まなくなってしまった…シリンジで少しずつ流すとやっと飲んでくれる。
そろそろ寝ようとした時、カペラの呼吸が乱れた。
「カペ……カペラ!カペラ!」
早くなったり遅くなったり…口を苦しそうに開けている。
あぁ…最後なんだ…
涙が止まらなかった。
母さんも兄さんも美希さんもカペラの名前を呼ぶ。
……あんなに動いていた体が、静かに止まってしまった。
「…カペラ……大好きだよ…ずっと、大好きだよ…ありがとう…」
カペラの体をずっと撫でた。
もう苦しくないかな?ありがとう、カペラ…
そこから私と兄さんは泣きながらも、体が勝手に動いた。
オムツを取り体を軽く拭き、またオムツを履かせて関節を自然に曲げさせた。兄さんが用意したペットシートを敷いたベッドの上に寝かせ、涼しい玄関へ移動させる。
一通り終わると、体を丸くして泣きじゃくった。
他の人の言葉が聞こえない…
母さんがずっと背中を摩ってくれてた。
その温もりの中で、いつの間にか眠っていた…――
頭の衝撃で目を覚ました。
「うっ……なに?」
「起きた?お前、寝過ぎ」
「ん…兄さん?…」
「はぁ…日曜日、カペラの葬儀な。またミモアで知らせるから」
「ん…?」
泣き過ぎて頭が痛い…
やっと目を開けられた。
兄さんの背中が見えた。
……やっと思い出した。昨日の事を……
すぐにカペラの元へ向かった。
……もう動かないカペラ。
口元を撫でた。
いなくなっちゃったのは、本当だね……
リビングでぼーっとしてしまった。
「澄玲…?カペちゃんにお花買ってきて貰える?」
「…うん」
着替え、ある程度身なりを整える。
お花屋さんへ向かった。
まだ開店直後なのにもうお客さんがいた。
対応しているレオくんと目が合い、軽く会釈する。
別の店員さんにお花を選んでもらってると、肩に温もりを感じた。
「すみれ……大丈夫?…」
「!…レオくん?」
ビックリしてかわしてしまった。
「カペ…昔から飼ってたワンちゃんが亡くなって、お花を買いに来たの」
「それは辛かったね、大丈夫?」
「ん…まぁ、老衰だったし、最後会えたし…」
「メッセージカード付けるよ。犬種と名前教えて?」
「トイプードルで、カペラっていうの」
レオくんはスラスラとペンを走らせる。
「カペラ?カタカナ?珍しい名前だね」
「うん、私がつけたの。好きだったプリスタのシャインカペラからとってさ」
「あぁ、すみれが昔なりたかった…」
「…忘れてよ」
恥ずかしさに顔が赤くなる。
「出来た!こんな感じでどうかな?」
「え、すごい!可愛い…上手いね」
可愛いトイプードルのイラストに、「カペラちゃん ありがとう」の文字。
さっきまで無地のカードだったのに…
「まぁこれくらいはね?…はい、どうぞ」
作ってくれていたブーケにメッセージカードを差して渡してくれた。
「ありがとうございます」
今度はちゃんと代金を支払い、実家に帰った。
カペラの元にブーケを添えてあげた。
こうして見ると寝てるようにしか見えないんだけどな…
メッセージカードは母さんたちに好評だった。
布団を片付けて、帰る準備をする。
「それじゃ、また2日後ね」
「気をつけて帰りなさいね。康太くんにもよろしく伝えといて」
「わかった。じゃあね」
カペラの頭をそっと撫でてから、家を出た。――
ストケシアの花言葉
『たくましさ』『追想』
次回、6月11日20:30予定。
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評価等いただけると嬉しいです。




