第67話 惨劇の原因を求めて
バイクで疾走する四人の電脳には、休む間もなく濁流のような情報の断片が流れ続けていた。
公式ニュースの無機質なヘッドラインと、軍の暗号通信が激しく火花を散らす。
全体として、反乱を起こした「洗脳軍」は、後詰め部隊による非殺傷兵器の投入によって、緩やかに、だが着実に制圧されつつあるようだった。
しかし、ネットの海に溢れる世論は混迷の極みにあった。
「軍による未曾有の不祥事だ、これほどの暴挙は万死に値する」と、怒りに震えるマスコミの声。
その一方で、「彼らもまた、得体の知れない何かに意志を奪われた被害者ではないか」という擁護論も、消えない火の粉のように舞い上がっている。
カメラの前では、狂気とも勇気ともつかぬ行動に出る市民たちがいた。
「自分の体でこの無意味な戦争を止める」と叫び、立ち塞がった丸腰の市民が、感情を剥ぎ取られた洗脳兵によって機械的に射殺される光景。
彼らは地元民ではなく、わざわざ遠方から派手なのぼり旗を持ち、封鎖されていた東京に集まって来ていた。
その一部始終が、25世紀の超高速通信網を通じて、リアルタイムで世界に毒を撒き散らしていた。
「……最悪ね。現実だと思ってないのかしら」
ランが低く呟く。
二台のバイクは、焦げたアスファルトと瓦礫を跳ね上げ、連雀駐屯地の正門へと滑り込んだ。
かつての威容はどこにもない。
基地の入り口は、内側からの戦車砲によって無残にひしゃげ、ひっくり返った装甲車の残骸が墓標のように転がっている。
そのすぐ内側、本来なら整然と車両が並ぶはずの駐車スペースには、血と泥と粉塵に塗れた隊員たちが三十名ほどが気力を振り絞っている様子で動き回っていた。
彼らは自分たちの手で処理せざるを得なかった「かつての仲間」の死体を呆然と見つめながらも、泥と血にまみれた負傷市民の治療に、魂の抜けたような手つきで当たっていた。
四人は、そこで生存者の中で最も階級が高いと思われる男に歩み寄った。
限界まで疲労しきり、煤で顔を汚したその男に、カインが少尉待遇のホログラム・バッジを空中に展開する。
「……ライス大尉です。憲兵付きのエクスキュショナー、しかも国家本部直属の方々ですか」
大尉の声は、砂を噛むように乾ききっていた。
UPLのバッジは、平時の官僚主義を飛び越え、この極限状態において話を最短距離で進めるための「鍵」だ。
「最初は何があった。現場の状況を説明してくれ」
カインが問う。
大尉は、戦場にはおよそ不釣り合いな、深いスリットからしなやかな脚を覗かせるランの蒼いチャイナドレスに一瞬だけ戸惑いの視線を向けたが、すぐに重い口を開いた。
「原因は、今も分かりません。午前三時二十分頃でした。部隊の大多数が、突如として無言で、示し合わせたように出撃準備を始めたのです。……誰も何も話さない。瞳に光がなく、ただプログラミングされた産業用ロボットのように動く。誰が見ても、彼らが『操られている』のは明白でした」
大尉は、血の滲んだ自らの拳を、震えを隠すように固く握りしめた。
「我々正気の者は、狂った仲間を止めようと必死でした。殴り合い、組み伏せ、倉庫にあるロープで縛り上げました。……ですが、四時ちょうど。先頭にいた戦車が咆哮を上げ、内側から正門を粉砕したのです。瓦礫を越えて様子を見にきた市民たちまで、彼らはためらいなく殺戮し始めた……」
「正気を保っていた者は、どう動いた」
ラズロの鋭い問いに、大尉は力なく首を振った。
「街に出すわけにはいかない……我々の誇りにかけて。生き残っていた我々は、実弾とショックガンを手に取り、かつての親友たちに向けて引き金を引きました。ですが、アラートを発する間もなく、正気の者はことごとく消されました。残ったのは……今ここにいる、わずか四十二名だけです。今は見ての通り、救助活動をしています。それしか、できることがない」
「大尉。基地内部を調べさせてもらえるか。我々にはその権限がある」
ラズロの声に応じ、大尉は縋るように頷いた。
「お願いします、憲兵殿。……仲間たちが、あんな……操られた原因を、どうか突き止めてください。このままでは彼らはただの反逆者として歴史に刻まれてしまう……」
コンラートが、電脳から二人の男のホログラムを空間に投影した。
世界医師連盟会長、アレハンドロ・ファン。
統一国家皇帝大学学長、ベルリオーズ・ヴォルシャニノフ。
「この二人は、昨日か今日、ここに来たか?」
大尉の表情が、驚きに微かに動いた。
「……アレハンドロ先生なら、昨日、講演に来られました。私たち兵士の人権や誇りを大事にするような……慈愛に満ちた素晴らしい内容でしたよ。……そういえば、先生は『隊員の健康管理のために』と、自ら設計に携わった新型の空気清浄機を、基地内の空気循環システムに接続して寄贈してくださったのです」
四人の視線が、無言のうちに交差した。
『カイン! 調べるわよ! あいつ、そこで何か仕組んだに決まってるわ!』
カインの電脳内で、亡きアリアの思念が激しく、鋭く叫ぶ。
(――分かっている、アリア。奴らの尻尾を掴んでやる)
「大尉。空気循環システムに向かう。それと、通信施設も後で借りたい。本部と直通回線を繋ぐ必要がある」
「基地内の全設備、好きに使ってください。今や、私がこの基地の最高責任者です。全権を持って許可します。……何でもやってください」
巨大なダクトが蠢く循環システム室へと続く通路。
コンラートが床の隅を鋭く指差して、足を止める。
「……なぁ、スキャンを最大にしろ。あちこちに蚊のような虫の死骸が落ちていだろう?よく見ろ……これは生物兵器だ。『A-アポトーシス(生物自死プログラム)』を使われてる。だから用済みで死んだんだ。空気清浄機に見せかけて、これを循環系から一気に散布したんだな」
「だが、死体の中には薬液が残っていない。体内の反応炉でガス状にして放出したか」
カインが膝をつき、死骸を指先で検分しながら分析する。
「ラン、コンラート。循環システムの物理調査は任せていいか。俺とラズロは基地司令部へ入り、監視カメラの全ログをサルベージする。奴らの足跡を追いたい」
「いいわよ、カイン。そっちこそ気をつけて。まだ正気じゃない奴が潜んでいるかもしれないわ」
ランが、チャイナドレスの裾を翻して走り出す。
「ああ。リンクは切るな。視界を共有したまま作戦を続行する」
カインはそう言い残し、硝煙の立ち込める司令部へと足を踏み入れた。
地獄を演出した「人形師」たちの正体を暴くための追跡が始まる。




