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第58話 暴かれる神々の素顔

 ジュリアン・ヴァルテール中尉が禁断の話題に触れるかのように、抑制された声を低く響かせた。


「――レオのチップから解析できた情報を示達しておこう。我々が相手にしているのは、単なる犯罪組織ではない。暗黒の歴史そのものだ」

 中尉は薄いスモークのサングラスを指先で直し、凪いだ義眼をホログラムに向けた。そこには撃破されたレオの死体。

「彼は世界最大級の海運会社のCEO、ヘリオス・ドラコポロスだ」


 誰もが知る経済界の大物だけに、カインとラズロは無言だが衝撃を受けている。

 

 次に表示されたのは、体内に埋め込まれていた特殊チップの構造図がホログラムに浮かび上がる。

 証拠隠滅プロトコルがUPLの技術で無効化されている説明が付属していた。


「『赤い蠍』。その頂点に立つのはDeath Geminiデス・ジェミニと呼ばれる人物だ。そして、組織を支える最高幹部が、あのレオを含むゾディアックだ。奴らは150年ほど前から存在しているが、不老不死に失敗して空席が出るたび、特定の『特殊換装パーツ』を次代へと継承させているらしい。レオのデータから前代の記憶と戦闘データを継承し続けているばかりか、最新型へのアップデートも怠りない。軍の内部に、相当腕の立つ研究者が潜んでいる証拠だ。今の世代は、本当の意味での不老不死を実現しつつある」


 中尉の言葉に、鑑識担当のメイシー・トレント曹長が、カラフルなグミを噛み砕く手を止めた。 

 オーバーサイズのパーカーから覗く、たった一本の生身の左手が、冷たいデスクを無意識に叩く。


「……常に最新のM-Tパーツに換装し続ける。過去の記憶も継承し続ける。前代の星座も記憶としての意味なら不老不死を実現している……そして、肉体の劣化を力技でねじ伏せて、150年も生き長らえているってことですか? 気持ち悪い……」


「そうだ、メイシー。さらに厄介なのは、奴らがお互いの『表の顔』を隠匿している点だ。裏の最高幹部として君臨しながら、表の世界でも相応の地位と名誉を手にしている。レオが海運王だったようにな」


 その時、通信担当の織部ほのか軍曹が、大切そうに抱えていた『たまごクマちゃん』のマグカップを離し、震える指先で空中にウィンドウを開いた。

 おっとりとした彼女の瞳に、困惑と驚愕が混じる。


「中尉! すみません、お話の途中ですが……カインさんとラズロさんの過去の戦闘ログと、今の情報を照らし合わせて思ったんです。……ヴァルゴ(乙女座)って、本当に世界中の誰もが認める、あの頂点の歌姫なんですか?」


 室内に凍りつくような緊張が走る。

 その推測を肯定したのは、静かに壁に背を預けていたラズロ・スタインだった。


「……その通りだ」

 ラズロの声は苦渋に満ちていた。

 彼の脳裏には、かつての戦場で耳にした、美しくも残酷な歌声が響いていた。

 それはラズロにとってどんな曲よりも、蟲の蠢動よりも醜悪な音に聞こえる。

 ほのかが目を見開いたまま、ポロポロと涙を流し始める。

「うそ……うそよ……私……はるかが……お父さんとお母さんが死んだ悲しみを、あの歌に救われた気がしていたのに…… 」

 去年買った『2489年エリシウム・ヴィルゴLIVE Collection』と言う文字が汚らしい呪詛にしか見えない。

 スマートフォンを素早く動かし始めた。

(『私が死んでも泣かないで』なんて、何度聞いたか……汚い……あんな曲汚いよ……頭の中に流れてこないで…… )

 誰もが、ほのかの震える指先を、そして必死に感情を押し殺そうとする横顔を凝視していた。

 メイシーがパーカーの袖から覗くサイボーグの右手をそっと伸ばし、ほのかの肩に置く。

 ノエルは操作の手を止め、静かに視線を落とした。

 マリアンヌも、カインも、ラズロも……。

 言葉をかける代わりに、それぞれが自らの失ったものに触れるように、拳を握り、あるいは視線を彷徨わせていた。


 彼女が今、スマートフォンの画面上で何を「消去」しているのか。

 その痛ましいほどの沈黙が、すべてを物語っている。

 家族を失った夜、孤独な暗闇で彼女を支えていたはずの旋律は、今この瞬間、彼女の魂を切り刻む「穢らわしい汚物」へと成り果てていた。



 オペレーターチーフのノエル少尉が、機械的な正確さでキーを叩いていた。

 彼女の人工頭蓋に埋め込まれた高性能な電脳が彼女の動きを保管し、情報の海を音もなく切り裂いていく。

 表の顔が分かった今、そこから『赤い蠍』の動きを追い始めたのだ。


 中尉は再び重い口を開いた。

「とにかく、ジェミニの意思は電脳麻薬『No』を世界中に蒔くことにある。レオも、そしておそらく他の十二宮も、ジェミニの意思を第一に動いている。逆らえば消され、代わりの誰かがその『星座』の名を冠するだけだからな。奴らも必死だ」


 中尉は一歩前に踏み出し、冷徹な口調を強めた。

 その視線は、部屋にいる全員を射抜くようだった。

「奴らにとって、表の地位など『地位』と言う隠れ蓑に過ぎないのかもしれん。星座としての裏の顔だけで富も異性も、不老不死すらも手に入るのだからな。だが、そのエサを求めて『星座になりたい』と願う連中が、この世界には掃いて捨てるほどいるのだ。俺の古巣である軍にも、オマエたちの古巣である警察にも、奴らの予備軍はいくらでも潜んでいる」


 ドクターFが、モノクルを光らせながら深い溜息をついた。

 孫娘のように可愛がっているオペレーターたちに、お菓子を配ろうとしていた手は、虚空で止まっている。


「……嘆かわしいことじゃ。技術とは本来、命を救うためのもの。それを自分の延命と支配のために使い潰すとは。蠍に魅入られた連中には、他人の血の通った命など、ただの交換部品にしか見えておらんのじゃな」


「奴らには大義も理想も、宗教も政治理念もない。ただ、他人の血と命を吸い続けて生き永らえる……。不老不死という呪いに憑りつかれた化け物の集まりだ」

 中尉の言葉が、復讐を誓ったメンバーたちの心に冷たく沈んでいく。


「キャンサー――ステリオス・カザンザキスの正体も判明している。名前だけでも知っているだろう?世界的な画家だ。ジャンキーの成れの果てのような画家の男が、裏では死体すら弄ぶ『ネクロマンサー』を自称して組織のために『絵』を探していたのだろう。ジェミニ (双子座 )の歓心を得るために…………」


「ああ、だがヤツは仕留めた」

 ラズロが、亡き妻ジェシカの面影を振り払うように強く拳を握りしめた。

 そのラズロの様子を見たマリアンヌが、パイロットスーツ越しに自らのサイボーグの足を、そっと握りしめる。


 ジュリアン・ヴァルテール中尉は、スモークのサングラスを指先で僅かに押し上げると、ホログラムに映し出された十二宮の情報をまとめた理論図を冷徹な眼差しで射抜いた。

 その義眼は、不気味なほどに凪いでいる。


「しばらくは空位となった星座に、後任が収まるなどという事態は起きん。安心しろ」

 中尉の声は、低く、断定的な響きを伴って室内に染み渡った。

 彼はコンソールに手を置くと、レオやキャンサーの残骸から抽出された膨大な設計データを見つめ、吐き捨てるように続けた。


「レオやキャンサーに施されていた、あのレベルの換装パーツ……。あんな代物は、量産など到底不可能だ。あれはもはや工芸品に近い。換装できる医師も世界に何人と居まい。それに一つ一つが、特定の人格や神経系で無いと適合出来ないようだ。したがって身体の作りが合わなければ、どんなに望んでも十二宮になる事は出来ない。万に一つの適合性しか持たない呪わしい一点物だからな。ドクター、そうだろう?」


 ドクターFがモノクルを光らせ、深く頷くのを確認すると、中尉はさらに言葉を重ねた。

「加えて、維持管理の問題がある。あれだけの規模の生体パーツや予備の義体を、腐敗させずに、かつ即応状態で保管しておくには、並大抵の設備では足りん。よほど巨大な軍の地下基地か、国家機密レベルの高度隔離施設でもない限り、まともな保管は不可能だ。つまり奴らとて、いくつかの予備パーツを持っていれば良い方。予備を持たぬ『星座』もいるだろうよ」


 中尉の口元が、皮肉げに僅かに歪んだ。

「ジェミニがどれほどの権力を持っていようと、物理的な制約までは支配できん。奴らが誇る『不老不死』という幻想も、その実態は綱渡りの連続だ。席が空いたのなら、それは奴らの組織に空いた致命的な風穴だ。埋めるための『部品』を調達し、適合させるまでには、相応の時間がかかる」


 彼は顔を上げ、カインとラズロを交互に見た。

「その空白こそが、我々の勝機だ。奴らが体制を立て直し、新しい『人形』を椅子に座らせる前に、残る星座の喉元を掻き切る。……メイシー、ほのか、今後は世界中の物流と電力消費の異常値を再度洗え。これだけのパーツを維持している『倉庫』が、どこかに必ずあるはずだ」


「レオも、キャンサーも消えた。星座の席は空いたが、次が座る前に、その玉座ごと叩き潰す。……そうですね、中尉?」

 メイシーがフードの中からニヤリと笑う。

「その通りだメイシー。得意だろう?奴らがどれほど高貴な仮面を被っていようと、その正体は他人の命を啜る蠍に過ぎん。各員、自分の職責を全うしろ。一匹残らず、その魂を地獄へ送るぞ」


「「イエス・サー!!」」

 復讐の誓いが、静かな部屋に共鳴した。

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