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第53話 乙女の叫び 

 純白のホールに、場違いなほどに透き通った、美しい歌声が響き渡った。

 数十年にわたりヒットチャートの頂点に君臨し続ける伝説の歌姫、エリシウム・ヴィルゴ。

 その白く発光している女は薄布だけを身に纏い浮遊していた。

 だが、その瞳には感情の一片も宿っていない。

 彼女にとってこの戦場は、ただ「不要なノイズ」を選別し、排除するだけの静かな作業場に過ぎないのだ。


「……分析完了。対象、二名のエクスキュショナー(法執行官)。あなた達、見た目は良いわね……私のペットとしてなら生かして差し上げます……私は『赤い蠍』の最高執行者……神聖なる『ゾディアック(十二宮)』の一柱……真の名はヴァルゴ……」


 ヴィルゴではなく、ヴァルゴ。

 その響きの微かな歪みが、彼女がもはや「人間」としての歌姫ではなく、殺戮のために最適化された「兵器」であることを突きつけていた。


 エリシウム・ヴィルゴが静かに、そして慈しみすら感じさせる柔らかな動作で、その視線をカインへと向けた。

 直後、カインの単結晶チタン装甲骨格が、内側から軋むような悲鳴を上げる。

「う、ぐっ……あああッ!?」

 見えない巨大な「指」に掴まれ、雑巾のように絞り上げられる感覚。

 視線の先に超局所的な重力場を発生させるグラビティ・マニピュレーター。

 さらに、網膜が捉えた対象の分子を強制振動させる高出力マイクロ波が、カインの義体内の冷却液を瞬時に沸騰させようとしていた。

 カインとラズロがすかさずそれぞれ逆方向へ走る。


 白亜のホールの中心。

 物理法則を嘲笑うかのように数センチだけ宙に浮いた少女が、その唇を戦慄くほど美しく動かした。

 それは自己紹介というよりは、死にゆく獲物に与えられる最後の慈悲に近い。


「ゾディアック(十二宮)がわざわざ名乗るとはな……! ヴィルゴ、貴様……あの『世界の歌姫』本人か! 冗談じゃねえ、俺たちの戦闘ログが表に出たら、あんたのキャリアは破滅だぞ!」


 ラズロが走りながら、喉を引き裂くような叫び声を上げた。

 彼の脳裏には、数時間前まで街の巨大モニターで歌っていた彼女の横顔がよぎる。

 全人類の憧れである聖女が、今、血生臭い地下施設で「処刑人」として自分たちの前に立ちはだかっている。

 この事実は、弾丸よりも重く彼らの精神を圧迫した。


 だが、ヴィルゴ……いや、ヴァルゴは眉ひとつ動かさない。

 その瞳は、深淵のような無機質な知性を湛えていた。

「名乗ったのは、ここまで辿り着いた強者に対する、私なりの『敬意』です。……案ずる必要はありませんよ。私のペットとして飼い殺されるか、ここで無惨にひしゃげて朽ち果てるか。私の『処女宮』から逃れられるわけ無し……あなたの未来はその二つに一択です。私は『不老不死』。つまりは神……跪けは私のペットとしての生を許しましょう……」


「つまりは『不老不死』のためにフルサイボーグになったってか!!虫唾が走るぜ!!」

 ドゴォォォォン!

 ドゴォォォォン!!

 ラズロが怒号と共に、VA-92 "ケルベロス・ゲートキーパー"を連射する。

 吐き出されたACHS(対サイボーグスラッグ弾)が、空気の壁を切り裂き、ヴィルゴの眉間へと吸い込まれていく。

 だが、その弾丸が彼女の数メートル手前に差し掛かった瞬間、まるで時間の流れが止まったかのような錯覚がホールを支配した。


「な……ッ!? 銃弾が、落ちた……?」


 超音速で飛来していたはずのスラッグ弾が、まるで見えない巨大な重力の壁にぶつかったかのように、突然推力を失って力なく地面に転がった。 

 ヴァルゴがグラビティ・マニピュレーターを使って生じさせた重力の力場が、弾丸の慣性エネルギーを「無くした」のだ。


 彼女が優雅に右手を掲げると、周囲の光景が一変した。

 剥がれかけた壁の断片、千切れた配線、砕けたコンクリートの瓦礫……。

 それら数千の破片が、彼女の脳波と同期したナノマシンによってドリル状に再構成され、超高速回転を始める。

 それは、太陽を中心としてガスと塵が渦巻き、惑星が誕生するコスモス(宇宙)を再現したかのようだった。


「ひしゃげなさい」

 ヴィルゴの冷徹な宣告と共に、瓦礫の嵐が全方位からSA-89 "ジャッジメント・リヴァイアサン・リボルバーを撃ち尽くし、リロード(再装填)をしようとしていたカインへと降り注ぐ。


 回避不能。

 カインが衝撃に備え、義体の出力を最大に引き上げた瞬間だった。


 ドォォォォンッ!!

 鋭利な白亜の瓦礫が、カインの右足と左肩を正確に捉え、凄まじい衝撃を叩きつける。

 だが、肉体が砕ける音は響かなかった。


 カインの体から瓦礫の霧が晴れると、直撃した右足と左肩にうっすらと鮮やかなエメラルドグリーンのハニカム紋様が浮かんでいた。

 物理干渉を遮断する電磁バリアが、エネルギー・シールドとなって瓦礫を粉々に四散させたのだ。

(アリア?これは一体……)

『カイン、止まっちゃダメ! 逃げてッ!! 電磁バリアは一時的よ!出力が持たないんだから!』

 脳内でアリアの悲鳴にも似た警告が響く。


 これは彼女がカインのピンチに、コンマ0.0057秒の奇跡のタイミングに執念で展開した、愛の防壁。


「ラズロ! 止まるな! 走り続けろ!」

 カインが絶叫する。

 ホールの内部は、もはや天地創造の真っ只中にある混沌の戦場へと変貌していた。

 次々と巨大な石柱は飴細工のように歪み、中世の砦のような厚い扉は千切れ飛んで、空中で研ぎ澄まされた「槍」へと姿を変える。

 ヴィルゴが視線を動かすたび、その「槍」や「剣」が、逃げ惑う二人を執拗に追い詰め、空間そのものを削り取っていった。


 カインは、背後から迫る巨大な鉄塊の影を網膜センサーで捉えながら、焦熱の空気を切り裂いて走る。

 ヴィルゴの周囲で旋回する瓦礫の銀河。

 その中心で、彼女はただ静かに、絶望的なほど美しい声で、葬送の歌を口ずさみ続けていた。


『周囲にナノマシン・クラスタが展開されてるわ! 視界に捉えられたら最後、内側から「破裂」させられるわよ!』


 カインは爆発的な加速で壁を蹴り、重力場の檻から間一髪で脱出した。

 彼が先ほどまでいた空間の空気は、超高圧によってひしゃげ、目に見えるほどの歪みを生じさせていた。


 カインは空中で身を翻し、天地逆さまになりながら右手のジャッジメント・リヴァイアサンの照準を定める。

 次々と床面が捲れ、瓦礫が嵐と吹き荒れるこの状況で20mm対サイボーグ用EX弾頭を飲み込む『ベヒーモス』など抜く隙は無い。

 親指でハンマーを起こし、ACHR(対サイボーグ重量弾)を三連射する。

 だが、弾丸はヴァルゴの肌に触れることさえ許されない。

 彼女の周囲に漂う不可視のナノマシンの雲が、物理的な衝撃を霧散させ、弾丸を飴細工のようにひしゃげさせて軌道を逸らした。


「ラズロ! 正面からは通じねえ! 奴の『視界』をかき乱すぞ!」

「分かってる! あの女、涼しい顔して歌いながら、俺たちをバラバラにする気かよ!」


「カイン! 今!ジャンプ!!」

 脳髄に直接叩きつけられたアリアの鋭い叫び。

 思考よりも先に、カインのゼネラル・ダイナミクス・サイバネティクス社製軍用プロトタイプHS-99X "Aegis-Leaper"脚部人工筋肉が爆発的な収縮を起こした。

 この跳躍特化パーツで無ければ避けれなかったかもしれない。


 ドォォォォォンッ!

 ドゴォォドゴォォォドォォォォォ!!


 カインが地を蹴ったコンマ数秒後、時速70kmという殺人的な速度で迫った二メートル四方の巨大なコンクリート塊が、大小様々な瓦礫を伴って彼のいた空間を蹂躙する。

 カインは空中、その瓦礫の側面を力任せに踏みつけ、その反動を利用してさらに高みへと身を躍らせた。


『カイン!左上ジャンプ!』

 直後、彼が先ほどまで立っていた空中通路に、ヴァルゴの不可視の重力場が「着弾」した。

――ズ、ズゥゥゥゥゥンッ!!

 爆発音はない。

 だが、目に見えない巨大な杭が打ち込まれたかのように、鋼鉄製の空中通路がひしゃげ、砕けた鋼鉄が隕石の如く落下する。

 着地したカイン。

『カイン!!飛び退く!』


 数ミリ差で着弾した瓦礫は粉々に粉砕され、微細な塵となって空間に舞い上がり、ヴァルゴの周囲を周回する粉塵群と同化する。


(アリア……!? 奴の見えない重力攻撃が、お前には見えているのか?)

 滞空するわずかな時間、カインは網膜に走る膨大な解析ログを追いながら問いかける。


『今、それどころじゃないのッ!ヴァルゴのナノマシンと重力波の……まあいいや! ……いい?カイン。私が言ったらすぐ避ける、すぐ!」

 アリアの声は、かつての穏やかさを捨て、限界まで鋭さを帯びていた。

 カインはサングラスの奥で、真紅に染まったヴァルゴの瞳を捉える。

 アリアという最強の「盾」と「眼」を得てなお、この絶望的な『惑星直列』の渦中を生き延びる道は、針の穴を通すよりも細い。


 ラズロが右腰から引き抜いたVA-92 "ケルベロス・ゲートキーパー"を腰だめに固定し反動に備えた。

「……消し飛べ!!」

 指がトリガーを絞り抜く。


 ドゴォォォォン! 

 ドゴォォォォン!

 ドゴォォォォン! 

 ドゴォォォドゴォォォォン!!

 

 鼓膜を直接蹂躙する、全弾五連続の爆鳴。

 セミオートマチックの機構が狂気的な速度で駆動し、エジェクションポート(排挾口)からは焼けた真鍮のシェルが、まるで生き物のように次々と弾け飛ぶ。

 ACHS(対サイボーグスラッグ弾)が放たれるたび、大型マズルブレーキから指向性を持った高圧ガスが左右へ猛烈に噴出した。

 その衝撃波が地下ホールの空気を震わせ、重低音の雷鳴となり、ヴァルゴの歌を一瞬遮断した。


 ラズロの左腕、ジルコニウム・モリブデン鋼のメインフレームが、五連射の凄まじいリコイルを吸収しきれず悲鳴を上げた。

 だが、彼はその痛みを無視し、即座に空になった銃身を跳ね上げる。


「チッ、これでも通じねえのかよ……!」

 残弾が無くなり、ホールドオープンしたボルトを横目に、ラズロの指が吸い込まれるようにバンダリア(弾帯)へ伸びた。

 チューブマガジンへの緊急リロード。

 一発。二発。三発。

 親指の腹で太い対サイボーグスラッグ弾をマガジン内へ力任せに押し込む。

 バネの反発に抗い、金属同士が噛み合う「チャッ、チャッ」という無機質な音が、ヴァルゴが口ずさむ葬送歌と不気味に重なった。


 残り二発。

 額に流れる汗が目に入るが、瞬きすら許されない。

 ヴァルゴの視線がラズロを捉える。

 重力場が構築されるまでのわずかコンマ数秒。

 ラズロは最後の一発を装填し終えると、ラズロは床を蹴り、まだ基部が残っていた柱の影に飛び退いた。

 つい0.23秒前までラズロがいた場所に、激しくコンクリート片が、鉄塊が激しく火花を散らして降り注ぐ。

 ドゴォォォォン!

 ドゴォォォォン!

 ラズロは左手だけを出してヴァルゴにACHS弾を撃ち込む。


 ラズロがカインからの電脳サインを受ける。

(俺がやられた瞬間に首をやれ)

(なんだと!?攻撃をわざと受けるのか?!死ぬぞ!カイン!)

(いや、俺は死なない……アリアの指示だ)

(分かった……分かったよ……。ただし、死んだら撃ち殺すぞカイン!)


 ヴィルゴは一歩も動かない。

 ただ視線をわずかに動かすだけで、飛来する散弾を空中で次々と圧壊させていく。


 カインは剥き出しになった天井の梁を掴み、振り子のようにスイングして、別の浮遊する瓦礫を蹴り、空中で右手首の皮膚をせり上げた。

「アリア、 借りるぞ!!"ORTHRUS"(オルトロス)、展開!」

『カイン!頑張って!耐えて!』

 右手首から三連装の銃身が露出し、毎分1200発という狂気的なサイクルでレーザーバルカン弾がヴィルゴを包囲した。

 2mm口径の光弾が雨あられと降り注ぎ、ナノマシンの防壁を強引に削り取っていく。

 ナノマシンが次々と微細な黒煙を上げながら落下していく。 

 それはまるで、ハエの群れが黒煙を上げながら堕ちていくかのように見える。


「……不快なノイズね。私のピッチ(歌)が狂うわ」

 ヴァルゴの瞳が不吉な真紅に発光し、カインの滞空ポイントへ向けて右手を掲げる。

 指向性マイクロ波を最大出力で照射したのだ。


「ぐあああっ!!」

 カインの右腕の人工皮膚が瞬時に炭化し、焦げた肉の臭いが鼻腔を突く。

 網膜ディスプレイは、もはや警告アラートの赤一色で何も見えない。

 だが、これこそがアリアが計算した唯一の勝機だった。

『カイン!ラズロに!』


「今だ、ラズロ! 行けッ!! 全てをぶち込め!!」

 カインはあえて、ヴァルゴの正面――重力場が最も濃い「死域」へと自ら飛び込んでいた。

 ヴァルゴの正面から、腰のハードポイントで眠っていた一発二千ドルの殺意、『ベヒーモス・バスター』を引き抜く。

 ボルトアクションを操作する刹那、20mm徹甲炸裂弾が放たれる前に、透明の殺意がカインを襲う。

 『右!』

 アリアの合図でカインが右に飛ぶと十時の形にひしゃげていた鉄柱が、カインの左手肘を掠って時速220kmで飛び去る。

 ヴァルゴが苛つき、カインを全力を持って、「全損」させんと迫り、全能力がカインの排除へと振り向けられた……その0.032秒の刹那。


 その背後――。

 完全な死角から肉薄したのは、復讐の鬼と化したラズロ・スタインだった。


 ジェシカの遺品であり、呪われた試作機、ハデス・クロウ(Hades Claw)。

 1.7メートルに及ぶ三本の鈍色の鉤爪は、すでに一文字に振り抜かれていた。

 高周波振動ユニットが限界まで加速し、空間そのものを原子レベルで震わせる「神への冒涜」とも言える咆哮。


「……!? 背後に、未観測の――」

 ヴァルゴの呟きは最後まで紡ぐ事は無かった。

 首を跳ね飛ばした時に、頭部の下半分はすでに魔王の爪で消失していたのだ。


 それはもはや、ただの兵器による攻撃ではない。

 ラズロ・スタインという一人の男が抱え続けてきた、亡き妻ジェシカへの尽きせぬ情念が、ヴァルゴの奢れる超越的な防御を正面から消し飛ばしたのだ。


 ヴァルゴの瞳に、生まれて初めて「理解不能」という名の亀裂が走る。

 

 数十年の時を歌姫として君臨し、「贅を尽くし尽くした果ての不老不死」を求めて全身をサイボーグ化した、その薄っぺらな欲望。

 数千億ドルの資産を投じて磨き上げられた、至高の単結晶チタンフレームも、ナノマシンの盾も、愛する者を路地裏で失った男の「妻の遺品」の前では、湿った薄紙にも等しかった。

 その刃は、ラズロの妻を憶う慟哭そのものである。

 空間そのものを穿つ、三本の漆黒の鉤爪。

 ハデス・クロウの超高周波振動が、ヴァルゴの首筋に触れた刹那、そこに存在した分子構造は「対話」を拒絶され、強制的に分解・消失させられる。

 

 金で買い叩いた永遠など、たった一人の女を想い続ける男の「一秒」にすら及ばない。


「……ジェシカ。……今、こいつ(赤い蠍)を、地獄へ送る」

 ラズロの低い呟きと共に、鉤爪が下から上に抉り上げるように振り抜かれた。

 次の瞬間、無敵を誇ったはずの歌姫の首が空中で完全に消滅した。

 伝説の終焉は、あまりにも、呆気ないほどに静かだった。

 

――パキィン!

 薄氷が砕けるような、あるいは旋律が途絶えるような、呆気ない終焉の音。

 世界を魅了した歌姫の首が、一瞬にして原子の塵へと分解され、真っ白なホールを鮮血ではなく火花で彩りながら宙を舞った。


 頭部を失ったヴァルゴの義体は、操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。

 マスター(主人)を失ったナノマシンが、黒い霧となってスコール(豪雨)のようにホール全体へ降り注ぐ。

 静寂が戻った空間に、ラズロの、喉を焼くような荒い息遣いだけが響いていた。


「……ハァッ、ハァッ……。ジェシカ、……見てたか」

 ラズロは、血とオイルに汚れた左腕の鉤爪を静かに収めた。

 彼は亡き妻の面影を抱きしめるように、震える手でその機械の腕を強く、強く握りしめて、床に跪いた。

 その姿は、英雄というよりは、去りゆく幽霊を追うような……亡き妻の幻影を抱きしめて咽び泣いているかのような……悲しき男の背中だった。


「……終わったな……ラズロ。……まずは……ビールだとアリアが言ってる……」

「ハハッ!お前だろ?カイン。オーケー、当たり前だ」

 ラズロはそっと涙を拭う。

『やったね!早く飲みたいわ。もう、喉がカラカラよ』

 カインは焦げ付いた右腕を抑えながら、相棒の隣に静かに着地した。

 二人はしばらく無言で佇む。

 二人はサングラスの奥の瞳で、もはやただの金属塊となった「伝説」の残骸を見つめていた。


『……ごめんね、カイン。その右腕……』

 ふと、アリアが沈痛な、震えるような声を落とした。

 視界の端、ステータス画面には、焦げ付いた単結晶チタンフレームの損傷率が非情な数値で羅列されている。

 その時、電磁バリアはすでに出力不足だった。


 だが、カインは静かに首を振ると、「気にするな。……お前のおかげだ、アリア。0.0024秒という誤差で最適解を導き出してくれた。お前がいなければ、俺は今頃、ちりになっていたはずだ……いや……『俺たち』だな」


 その言葉が終わるか終わらないかの刹那。

 電脳空間の暗闇の中、デフォルメされたアリアのアバターが、ふわりとカインのアバターの傍らに寄り添った。

 そして、驚くカインの唇に、柔らかな、だが電子が少し流れるような柔らかい熱を伴った「口づけ」を落とす。


「……ッ!?」

 現実の肉体はサイボーグであっても、脳内のニューラル・リンクは嘘をつけない。

 カインは、サングラスに隠された頬が、一気に熱を帯びて赤く染まるのを自覚していた。

 アリアの無邪気で、それでいて深い慈愛に満ちた仕打ちに、熟練のエクスキューショナー(執行官)としての仮面が剥がれ落ちる。


 足元には、もはや物言わぬ金属の塊と化した、かつての「世界の歌姫」の残骸。


 不老不死を夢見て神を名乗ったVirgo (乙女座)。

 

 すでに葬り去ったCancer(蟹座)とLeo(獅子座)も、「赤い蠍対策捜査本部」通称UE-0 "PHANTOM-LIMB"の解析が進めば、表の世界を支配する巨大な権力者たちの名が浮上してくるだろう。


 人類を家畜として見下す「人造の神々」―――ゾディアック(十二宮)への叛逆。

 その神へと続く階段は、まだ始まったばかりだった。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 見せ場の回として時間をかけて丹念に書いた回です。

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