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第24話 後片付け

 その一瞬。

 八本の武器腕が一つに重なり、その先端が禍々しい閃光を放った。

 キャンサーの放ったのは、ただの銃撃ではない。

 MFCSの全出力を一点に収束させた、対艦用高エネルギー粒子砲――アリアの装甲を一撃で原子レベルまで分解し、即死させる必殺の閃光だった。


「……死ね、民間人!」


 キャンサーの狂った咆哮がアリーナに響く。

 アリアの瞳には、迫り来る死の光が映っていた。

 回避不能。

 彼女の演算処理が「生存確率0%」を叩き出す。


 その瞬間だった。


 鋼鉄の塊が、空気を切り裂く爆音とともに飛び込んだ。


 ドォォォォォォォンッ!!


 閃光がアリーナを焼き払う。

 カインが再びその身を投げ出し、アリアの前に壁となって立ち塞がっていた。

 無慈悲な粒子砲は、カインの左腕を根元から蒸発させた。

 強化チタンの装甲骨格が悲鳴を上げ、高熱のスパークが周囲に散る。

 生体神経回路が断ち切られた激痛がカインの電脳を襲うが、彼は呻き声一つ上げなかった。


「……ッ、カイン!?」

 アリアの悲鳴が混濁する炎の中に消える。カインの左腕は、もはや肘から先が跡形もなく消え去っていた。

 切り口から噴き出すのは、人工血液の赤い霧と、火花を散らす配線の断片だ。


 だが、カインは止まらない。

 吹き飛んだ左腕の痛みに脳が焼ける中、彼は残された右腕で、腰のハードポイントに固定されていた『ベヒーモス・バスター』を、まるで死神の鎌のように引き抜いた。


 その動作は、絶望的な状況下でなお、驚くほど精密で、冷徹だった。


「……コイツに、指一本触れさせるか……報告書が面倒なんだよ……」


 カインはキャンサーの剥き出しになったCore・Generator (動力炉)へ、ゼロ距離で銃口を突きつける。

 それは、執行官としての義務などではなかった。

 ただ純粋に、目の前の女を殺させないという、魂の叫び。

 対してキャンサーは軍人でも警察でもなかった。

 戦場を知らない民間人が金と権力で得た最強の体……。

 

 カインが引き金を絞る。


 ドゴォォォォォォォォォォォォン!!!


 20mm徹甲炸裂弾が、キャンサーの心臓部に突き刺さる。

 コンマ数秒の静寂の後、内部で炸裂したニトロ弾頭が、キャンサーの八本の武器腕基部を根元から粉砕し、アリーナ全体を揺るがすほどの巨大な爆炎へと変えた。


「ギャァァアアアァァ!!」


 癌細胞が、黒い焦げた塊となって崩れ落ちる。

 アリアの目の前で、カインが力なく膝をついた。

 左肩からは、まだ熱を持った金属の断面が煙を上げている。


「……カイン……どうして……」


 アリアの震える指先が、カインの背中に触れる。

 彼から伝わってくるのは、鉄の冷たさではなく、激しい戦闘を生き抜いた男の熱い命の鼓動だった。


 カインは荒い息を吐きながら、血に染まったサングラスをゆっくりと外した。

 その眼差しは、アリアの瞳を真っ直ぐに射抜く。


「……クソが、面倒だと言っただろ」


 彼はそう言って、皮肉な笑みを浮かべた。

 その表情の裏にある、不器用すぎる愛しさと、戦士としての矜持。

 アリアの胸は、痛いほどの熱さで締め付けられ、彼女は彼の胸元に深く顔を埋めた。


 地獄のアリーナに、静寂が戻る。

 三人の獣の、血塗られた夜が終わりを告げようとしていた。

 キャンサーの残骸がくすぶる中、カインたちはさらに奥の区画へ踏み込んだ。

 扉の先に広がっていたのは、まさに地獄の在庫置き場だった。

 棚という棚を埋め尽くすサイボーグ専用麻薬『N.O.』の青白いアンプルと、生身の人間を廃人へと突き落とす合成ドラッグの山。


「……大量の『N.O.』だな。……生身用のシャブも、これじゃ街が一つ滅ぶぞ」


 カインは左肩から火花を散らしながら、本部報告用に淡々と状況を読み上げる。

 その声には、怒りすら通り越した冷徹な諦念が漂っていた。彼は残った右腕でカメラを起動し、アリーナの惨状とこの保管庫の全貌を記録する。


「本部転送用動画……。これで終わりだ。……よし、デリート命令だ。よかったな、ラザロ。イベントリ (押収品目録)を数えるより、書類がずっと少なくて済むぞ」


 ラザロはひしゃげた左腕をだらりと下げ、吐き捨てるように笑った。

 煙草に火をつける。

「ああ、最高だ。こんなゴミ、灰以外に何の価値もありゃしねぇ」


 カインがベヒーモス・バスターを保管庫の山に向けようとした時、ふらりと身体が揺れた。

 左腕の欠損による急激な油圧低下と、出血によるシステムエラーが彼の視界をノイズで埋め尽くす。


「……ッ」


 カインが膝をつきそうになった瞬間、アリアがその体を支えに入った。

 アリアのドレスの端がカインのひしゃげたパーツに引っかかって大きく破れる。

 アリアはドレスなど気にもせずに、カインの巨体をしっかりと支える。


「……ちょっと、あんたねぇ! 腕の一本ないくらいで倒れないでよ! ……ほら、肩、貸してあげるから」


 アリアは顔をそっぽに向きながら、カインの崩れ落ちる体を抱きとめた。

 彼女の手先が慣れた手つきでカインの露出した配線に触れ、応急的なショートカット処置を施していく。


「……悪い、アリア」


「……バカみたい。民間人代表に助けられる執行官なんて、聞いたことないわよ」


 アリアは頬を少し朱に染めながら、カインの肩を強く支えた。

 その手は少し震えている。

 冷徹な戦士の仮面の下にある、彼女の「心」が、先ほどカインに庇われた瞬間の熱をまだ残しているのが分かった。


「……別に、あんたのためにやったんじゃないから! 傷がひどくなると、こっちまで手当てするのが面倒だし……そう、ただの効率化よ!」


 彼女は早口で言い訳を並べ立て、カインの顔を見ようとしない。

 カインは、その不器用で、しかし最高に温かいアリアの支えを感じながら、静かに残りのドラッグの山へ銃口を向けた。


「……ああ、そうだな。効率的な『掃除』だ」


 カインが引き金を絞る。

 ACHR (対サイボーグ重量弾)がアンプルと薬品の山の横にある油庫を直撃した。

 聖なる炎が、街を蝕むすべての毒を飲み込んでいく。


 燃え上がる薬物の山を背に、アリアに身を預けたカインは、この殺伐とした夜に、ほんのわずかな――けれど確かな女性らしい温もりを感じていた。


「……行こうか。終わらせるぞ」


「……ええ。さっさと帰って、お酒奢ってよ。約束だったでしょ?でも……勘違いしないでよ?!別にあんたと行きたいわけじゃないんだから。奢りだから行くだけ」


 アリアはツンと鼻を鳴らし、それでもカインの腕を離さなかった。

 三人の獣は、炎の先にある夜道へと歩みを進めた。

 血塗られた任務は終わり、冷え切った夜空の下で、彼らの戦いだけが静かに余韻を残していた。


 ロサンゼルスの冷え切った夜空に、数え切れないほどの赤と青の回転灯が反射している。

 LAPDの重装甲SUVが次々と停車し、武装した警官たちがアジトを囲み始めた。

 硝煙と焦げたオイルの悪臭が漂う中、黒いSUVから這い出したカインとラザロの姿を目にすると、現場の指揮官が目を丸くして駆け寄ってきた。


「おいおい……マジかよ。あの『キャンサー』を片付けたのか? ニューヨーク市警の化け物ども、噂以上だな!」


 指揮官は感嘆と畏怖の混じった顔でカインの肩を叩く。

「まさか、たった二人で奴を仕留めるなんて。すげえな! 今度、美味いもんでも奢らせてくれ。お前らには一生分の貸しだ」

 部下が指揮官警部にえらく長い紙片を渡している。

 そして、指揮官からカインとラズロにそれぞれ手渡されたボーナス・レシート(パーツ回収ボーナス)には数年分の年収が表示されていた。


 賞賛の嵐が吹き荒れる中、ラザロはひしゃげた左腕をだらりと下げ、泥に汚れたケースを引きずり出してきた。

 彼は鼻で笑い、乱暴にロックを外す。中に入っていたのは、一枚のキャンバスだった。


「さて、これが噂の『赤い聖女』ってやつか」


 アリアが興味深そうに近づく。

 しかし、キャンバスに描かれた筆致を一目見た瞬間、彼女の表情が硬直した。彼女の瞳孔が小さく震える。

 これは――違う。


(……これ、『赤い聖母』じゃないわ……ワンから見せられた写真とは似ても似つかない別物……)


 声が小さく掠れる。

 追い求めていた『聖母』ではない。

 裏社会の連中が、まるで蜜に群がる蟻のように血眼になって奪い合っていたのは、結局、ただの「偽物」に過ぎなかったのだ。

 彼らは最初から、得体の知れない誰かに手のひらで踊らされていたに過ぎない。


 深い落胆が胸を突き刺す。

 だが、アリアはそれを悟られまいと、わざとらしく大きく肩をすくめて見せた。

 彼女は虚勢を張るように、カインへ皮肉を向ける。


「あら、偽物だったの? まあ、こんなとこに本物があるわけないか。……それよりカイン、あんたのその腕、いつ治すのよ? ケーブルが剥き出しで火花が散ってるわ。まるで廃材置き場から拾ってきたスクラップみたいで見苦しいわね」


 カインは左肩の断裂面から漏れる火花を気にも留めず、淡々と答える。

「……明日だな。今日のところは、ステーキをビールで流し込んでさっさと寝かせてもらうぜ」


 アリアは鼻で小さく笑った。

 その瞳の奥には、先ほどカインに庇われた時の熱が、まだ残っている。


「ふん。ちょっと見せなさいよ。アンタに庇われたままなんて、貸しがあるみたいで気分が悪いの。……ああ……やっぱりこれ以上は私には無理ね……」


 ラザロがひしゃげた腕を振り、豪快に笑い飛ばす。

「気にするなアリア、コイツは腕が無いくらい日常茶飯事だぜ」


 そこへ、ロス市警のチーフが再びやってきた。彼はカインの右肩を力強く叩く。

「明日、腕の修理だろ? ラボに行く前に俺の席に寄れよ! ロス市警から表彰したい。それに、あのキャンサーのアジトから面白い物が色々見つかったんだ。機密データもな。まあ、あのキャンサーがやられたんだ。明日の新聞は、お前らの独壇場だぞ!」


 カインとラザロは、残った腕をヒラリと振り上げて挨拶の代わりにした。

 三人は、炎に包まれるキャンサーのアジトを背にして、汚れたSUVに乗り込む。

 エンジンが重々しい咆哮を上げると、車体は何もせずとも自動運転モードへと切り替わり、夜のロサンゼルスを切り裂いて一路ステーキハウスへと走り出した。


 車内は、先ほどまでの血の匂いが嘘のように静かだった。

 アリアは窓の外を流れるネオンの光を眺めながら、密かに拳を握りしめる。

(……踊らされた。でも、ここからが本番よ)

 彼女は誰にも見えない場所で、小さく深く息を吐いた。


 カインは運転席のモニターを見つめながら、独り言のように呟く。

「……明日の朝には、新しい腕がつく……報酬も出たしアント・ブレードタイプ……レーザー・クロウタイプも捨て難いか……」

「おいおい、カイン!武器腕はやめとけよ。隠密任務ができなくなるぜ。生体パーツ収納型なんて、金がいくらあっても足りねぇぞ」

 ラズロのアドバイスを尻目に、アリアは助手席で、右手をひらひらと主張しながら自慢げに足を組んでいる。

 

 郊外からロス中心部に近づいてきた。

 

 助手席のアリアは、彼の方を向かず、窓に映る自分の顔だけを見つめて言った。


「勘違いしないでよ。……別にあんたと行きたいわけじゃないんだから。単に、あの店のアボカド・グレート・クラブ・ステーキが食べたくなっただけ」


「なんだよそれは?カニ倒したからか?」

 カインは小さく笑い、ラズロも笑った後、三人の笑いは車と共にロスの夜闇に消えていった。

 血塗られた任務は終わり、冷え切った夜空の下で、彼らの奇妙な関係だけが、かすかに火花を散らしていた。

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