第23話 戦場の感情
アリーナの床は、すでに黒いオイルと鮮血、そして剥がれ落ちた強化外装の残骸で足場も覚束ない。
死の臭気と焼けた回路の異臭が、地下換気システムの限界を超えて充満していた。
「……数え切れないわね!」
壁面を滑走していたアリアが叫び、右腕の三連装銃身を瞬時に収納、同時に翻したスカートの隙間からガーターホルスターに収納されているS&W M649-Cを抜き放つ。
至近距離に迫ったチンピラの眼窩に正確にACHR(対サイボーグ重量弾)を撃ち込み、その後頭部は重量弾の衝撃波で吹き飛ばされた。
そのままブルーのドレスを翻しながら回転して着地し、再び壁を垂直に駆け上がりながら腕部から『オルトロス』をせり出す。
キィィィィン――ッ!!
毎分1200発のレーザーが、アリーナの中央を無慈悲に薙ぎ払う。
光の奔流に飲まったチンピラたちは悲鳴を上げる間もなく炭化し、軍用MFCSの装甲板すら、その過剰な熱量に耐えきれず赤熱し、バターのように溶け落ちた。
「カイン、左だ! 重装が三体、対物ライフルを持ち込んでる!」
ラザロの警告と同時に、拳銃弾と言うには余りにも重い銃弾が空気を切り裂く。
対物ライフルが内部で爆散し、構えていた女は首から人工血液を滴らせる。
カインはラザロの声に即座に反応し、倒壊した遮蔽物を蹴り上げて空中で弾丸を弾き飛ばした。
「……ハッ、オモチャで俺たちを撃てると思うなよ」
カインとラズロのタキシードには数発の着弾痕があったが、内部の強化生体スキンとチタンカーボンリブがその威力を完全に殺している。
カインは『ベヒーモス・バスター』を構えると、等間隔で20mm徹甲炸裂弾が火を噴く。
ドゴォォォォォォォン!!!
カキーン
排挾音が響くたびに、有象無象が炸裂し、砕けたパーツを撒き散らしながら絶命していく。
ドゴォォォォォォォン!!!
カキーン
ボルトアクションの重い反動がカインの人工筋肉をきしませるが、弾丸は寸分の狂いもなく、重装甲の中央を貫いた。
ドゴォォォォォォォン!!!!
ドォォォォンッ!!
爆音と共に動力炉が連鎖爆発を起こし、吹き飛んだ装甲の破片が周囲のチンピラの手を跳ね飛ばし、モヒカンごと頭皮を削り飛ばし、喉を半分以上切り裂いた破片は別のチンピラの腹部を壁に縫い付ける。
「ラザロ! !」
「ああ、分かってるぜ!」
ラザロが損傷した左腕から火花を撒き散らしながら、敵の群れに突っ込んだ。
近接戦において『ケルベロス・ゲートキーパー』は最強の処刑具だ。
チンピラの顎を銃床で砕き、崩れ落ちたサイボーグの首根っこを掴んで敵の壁に向かって投げ飛ばす。
「喰らえ!」
ドゴォォォォン!!
ドゴォォォォン!!
投げ飛ばされた残骸に気を取られたチンピラの頭が順番に、ラズロのACHS弾(対サイボーグスラッグ弾)で消し飛んでいく。
ラズロを狙おうと火炎放射器を構えたチンピラの右胸部にカインの20mm徹甲炸裂弾(20mm Anti-Cyborg APHE (Armor Piercing High Explosive)が着弾する。
先端のタングステン芯が装甲をぶち抜き、コンマ零数秒後に内蔵された炸薬がチンピラの汚らしい内部機構を『全損』させる。
ドゴォォォォォォォン!!
アリーナ中央は瓦礫と肉の山と化した。350体いたはずの「癌細胞」の半分以上が、今や物言わぬ鉄屑だ。
「……ラザロ、アリア。掃除は終わりだ。メインディッシュへ行こうか。キャンサーの首を獲る」
「お前がやれ! 増殖細胞どもは俺が抑える!」
「私を忘れてないでしょうね?」
天井から優雅に着地したアリアを伴い、三人は血に染まった中心部へと進む。
そこには、高台から彼らを見下ろす男――キャンサーがいた。
一見してジャンキーのような病的な痩身。
だがその瞳は、狂った画家が最高傑作を前にしたかのような恍惚に満ちている。
「ハッ、バカだなぁ……。オレがなんで『Cancer(蟹座)』と呼ばれている教えてやろうか?」
キャンサーが指を鳴らす。
その瞬間、床に転がっていたはずの「死体」たちが、ガクガクと不自然な動きで立ち上がり始めた。
「電脳麻薬『N.o』……。こいつを打ち込んだ奴らは、死んだ後もオレのパペットだ。死体すら操る。ネクロマンサーと呼ばれるオレの恐怖を知ってから死ね!」
キャンサーの背中が蠢き、皮膚を裂いて八本の巨大な武器腕が展開される。
レーザー、ミサイル、巨大ブレード……異形の重武装が、狂った蜘蛛のように蠢く。
「元陸軍特殊部隊用MFCSプロトタイプのボディ――これがオレの真の姿だ! お前らなんて警察が真の暴力(軍)に勝てるわけないだろう!」
キャンサーの武器腕からの一斉射撃。
「ぎゃっはっはっは!女!お前だけは武器を捨てればオレの女にしてやってもいいぞ!」
レーザーと機関銃の嵐がアリーナを埋め尽くす。
「アンタ!顔がダメよ!救えない顔だから死になさい」
「なんだとぉ!十二宮たるオレを……殺す!殺してやるぞぉ」
「散開! アリア、逃げ回れ! ラザロ、牽制だ!」
カインはアリアを庇うように立ち回るが、アリアを狙うキャンサーの攻撃は苛烈を極めた。
壁を走るアリアの背後から、死角を突くアームのブレードが高速で迫る。
「アリア、下がれ!」
「こわーい、カイン助けてぇ」
アリアはキャンサーの攻撃を壁面を疾走しながら余裕でヒラヒラと躱す。
ドン!ドン!ドン!ドン!
S&W M649-Cリボルバーで残ったチンピラの眼窩ばかりを狙って、全弾を命中させた。
「アリア……避けろー!!」
空中で一回転して優雅に着地するその時――。
カインは躊躇なく身を投げ出し、重装甲の肩でその一撃を受け止めた。
ガキィィィンッ!
カインの火花が飛び、左鎖骨部から破断した油圧パイプから黒いオイルがアリアのドレスに飛び散る。
「……ッ!」
息を呑むアリアの目の前で、カインは痛みに表情一つ変えず、至近距離からベヒーモス・バスターをキャンサーの胴体へ叩き込む。
ドゴォォォォォォォン!!!
ガキーン
薬莢が怒りを伴い弾け飛ぶ。
人の目で知覚できないボルト操作。
ドゴォォォォォォォン!!!
ヘカトンケイル・アームズ LV-04 『ベヒーモス・バスター』の先端のタングステン芯がキャンサーの無敵のはずの装甲をぶち抜き、コンマ零数秒後に新素材である凝縮された安定化ニトロがキャンサーの自慢であった『十二宮という無敵の体』を弾き飛ばし、パーツを次々と四散させる。
リロードの金属音と着弾音が交互に響く。
カインは体勢を崩しながらも、呆然とするアリアの腰を強引に引き寄せ、レーザーの死角へと押し込んだ。
「黙っていろ。……民間人代表が死んだら、報告書が面倒なんだ」
サングラス越しの鋭い眼光。それはプログラムを超えた「戦士の矜持」だった。




