第22話 Cancerの部下達
静まり返った工場内、SUVのエンジンを切り、三人の獣は息を潜めた。
暗闇の中で、それぞれの瞳が人工的な光を湛えて輝く。
ふと、ラザロが銃身を拭いながら、フロントガラス越しにぼんやりと見えるアリアの横顔へ視線を向けた。
「なあ、アリア。一つだけ聞かせろ。お前さん、わざわざこんな死の淵までついてきて、何が目的なんだ? 単なる仕事なら、もっと割のいい依頼は他にいくらでもあるだろ」
アリアは、右腕に仕込んだレーザーバルカンの出力を微調整しながら、感情を殺した声で短く答えた。
「……理由? ああ、単純な話よ。私、両親をジャンキーに殺されているの。それも、ただの中毒者じゃない。あいつらの作り出す『毒』に脳を焼かれ、理性も尊厳も失った、見る影もない廃人たちにね」
彼女の指先が、バルカンの接続部を撫でる。
その動作には、凍てつくような憎悪が滲んでいた。
「あいつらは、麻薬を売るだけじゃない。人の一生を、家族の絆を、何でもないゴミのように踏みつぶす。……私が関わる理由なんて、そんなものよ」
カインはサングラスの奥からアリアを静かに見つめた。
そこには、執行官として数多の悲劇を見てきた者特有の、冷徹な共感が漂っていた。
「……そうか……いや、すまない」
カインは短く答えると、ヘカトンケイル・アームズをホルスターから引き抜いた。
重厚な金属音が、工場の静寂を切り裂く。
「なら、遠慮なくそのバルカンをぶちまけろ。俺たちには、お前の『私怨』を止める権利も、止める気もない」
「手伝ってあげるわよ。……この街の『か弱い民間人』代表として、ね」
アリアが不敵に笑う。
その微笑は、軍用プロトタイプとしての殺傷能力と、個人的な復讐の炎が混ざり合った、死神のそれだった。
ラザロがショットガンのコッキングレバーを勢いよく引き、乾いた金属音が工場内に響き渡る。
「民間人ね。……こいつは愉快だ。最高の火力を持った民間人がいるなら、これ以上心強い相棒はいないぜ。アリア、そのバルカンで、あの『癌細胞』どもの骨まで焼き切ってやろうじゃないか」
カインがSUVのドアを開けた。
一歩外に出れば、そこにはキャンサーと、ジェミニの私兵たちが待ち受ける死地だ。
三人の獣は、それぞれの復讐と任務を胸に、闇へと踏み出した。
血の匂いが、すぐそこまで迫っている。
カインは、サングラスの奥で冷徹に網膜上のデータを読み取っていた。
工場内の湿った空気に紛れ、遠くで私兵たちの足音が聞こえる。
ターゲットである『Cancer』は、今まさに『赤い聖女』を手に、さらに奥の機密区画へと移動しようとしていた。
ラズロが、ショットガン『ケルベロス・ゲートキーパー』を右腰から抜き放ち、低い声で問いかける。
「どうする、カイン? 絵を奪還するのか? それとも、あの汚物をここで掃除して終了にするか」
カインは、静かに『ベヒーモス・バスター』のボルトを引き、20mm徹甲炸裂弾を薬室へ送り込んだ。
タングステン芯が獲物の装甲を食い破る準備を整える。
「いや、ラズロ。さっき照会した結果を見たろう? あの男の骨格データ、即刻処刑対象と一致した。これは『処刑許可』じゃない。ACC本部から下された、その場で死刑を執行せよという『処刑命令』だ」
その言葉の意味を、ラズロは瞬時に理解した。
絵の奪還などという悠長なプロセスは、もう必要ない。
彼らの役割は、この男を法廷へ引きずり出すことではなく、この場所で完全に『全損』させることにある。
アリアもまた、手首の皮膚をせり上げ、三連装の銃身を露出させた。
彼女の瞳には、両親を奪った「麻薬」という毒そのものを体現する存在への、純粋な殺意が宿っていた。
「……処刑命令、ね。最高じゃない。私、か弱い民間人代表として、『正当防衛』で手伝ってあげる」
ラズロがニヤリと口角を上げ、ショットガンの安全装置を解除する。
「ああ、やれってことか。……カイン、先制は俺の『ケルベロス』がもらうぜ。奴の逃げ道を、鉛の雨で塞いでやる」
「……よし。最大出力へ切り替えろ。慈悲はなしだ。あいつは癌細胞だ。根こそぎ焼き切る」
カインが暗視スコープ越しに、キャンサーの背中をロックオンする。
工場の闇が、三人の獣の獲物を捕らえる準備を完了した。
カインの合図と共に、沈黙が破られる。
侵入者に気がついたガードは全員がCSだった。
廃工場の内部は、錆びついた鉄と、安価な合成オイルの悪臭が充満していた。
天井のクレーンレールが軋む音に混じり、45体のマフィア・サイボーグの重厚な足音が、コンクリートの床を震わせる。
彼らは微妙な軍の払い下げパーツを継ぎはぎした、ならず者の軍勢だ。
雑な手術により、一見して普通の人間に見えない者が多い。
「……カイン、正面に20。左右のキャットウォークに10ずつ。奥の事務所ビルにちょっと強めのヤツを含めて5よ」
アリアが通信で、最短の殺戮ルートを提示する。
彼女の強化眼球は、壁の向こう側の熱源反応をコンマ数ミクロン単位で捉えていた。
「ラズロ、左を叩け。右と正面は俺とアリアで掃討する」
「了解だ。……掃除の時間だな」
「しょうがないわね!私は、本当なら命令なんて聞かないんだから。一回だけ許してあげる」
先陣を切ったのは、ラズロだ。
彼は右腰から『ケルベロス・ゲートキーパー』を引き抜くと、一切の躊躇なく引き金を引いた。
ドォォン!
銃身下部のマズルブレーキから高圧ガスが牙のように噴き出し、反動を強引に抑え込む。
放たれたACHS(対サイボーグスラッグ)弾は、左側のキャットウォークにいた三体のサイボーグを、肉塊と火花の混濁へと変えた。
タングステン合金の塊が、防弾プレートごと彼らの強化頭蓋内のメインプロセッサを粉砕する。
「汚ねえパーツだな! まとめてスクラップにしてやるよ!」
一方、右側。
アリアが踊るように壁を斜めに駆け抜けた。
彼女が右手を突き出すと、手首の皮膚が機械的な精密さでせり上がり、三連装の銃身が姿を現す。
キィィィィィィィィィィィィン――ッ!!
高周波の駆動音と共に、毎分1200発のレーザーバルカンが闇を切り裂いた。
それは射撃ではない。
「切断」だ。
湿気のない乾燥した工場内、アリアのレーザーは減衰することなく直進し、重チタン装甲を持つ敵の四肢をバターのように焼き切っていく。
悲鳴を上げる暇もなく、十体のサイボーグが千切れた手足を四方に投げ捨てているかの様に床へと転がった。
そして、正面。
カインは歩みを止めない。
迫りくる重装甲機に対し、彼は腰のハードポイントから『ベヒーモス・バスター』を抜き放っていた。
ボルトを引く乾いた音。
シリンダーに収まるのは、一発2000ドルの「死」だ。
赤い「EXECUTION AUTHORIZED(執行許可)」が網膜に光る。
「……執行許可確認。全員死刑だ」
ドゴォォォォン
20mm徹甲炸裂弾が放たれた。
それは銃声というより、大砲の咆哮だった。
弾頭は先頭の敵の胸部装甲を紙細工のように貫通し、内部に侵入したコンマ零数秒後、ニトロ炸薬が爆発。
内側から「全損」したサイボーグの残骸が、背後の五体を巻き込んで派手に飛び散った。
オイルの雨がカインのサングラスを汚すが、彼は無表情にボルトを操作し、次弾を送り込む。
「化け物め……! 殺せ、こいつらを殺せぇ!」
奥から鋼鉄の頭髪を持つモヒカン男が叫ぶが、それはすでに死者の叫びだった。
ラズロのショットガンがリズムを刻み、敵の頭蓋を次々と焼き潰す。
アリアのレーザーが、防壁代わりに並べられたドラム缶ごと敵を縦に一閃する。
そしてカインのリボルバー、『ジャッジメント・リヴァイアサン』が、近距離まで肉薄した敵の眉間をACHR弾で正確に撃ち抜いていく。
わずか三分の出来事だった。
45体の「歪な命」だったはずの機械塊は、いまや工場の床を埋め尽くす鉄屑の山と化していた。
カインは煙を上げる『ベヒーモス』を軽く振ると、アリアを振り返った。
彼女はドレスの裾についたオイルを忌々しそうに払い、隠し持っていたS&W M649-Cを優雅にガーターホルスターへ戻したところだった。
「……少しは楽しめたかしら? 執行官様」
「及第点だ。だが、本番はこれからだぞ」
工場の奥。
三人の獣は、返り血を浴びたまま、真の標的へと歩き出した。
画廊の床を埋め尽くす、酸で溶け落ちた金属の腐敗臭と、焦げた回路の鼻を突く悪臭。
カインは冷たい無機質な視線で、その「残骸」を蹂躙するように踏み越えた。
「終わるわけがない。……これはあくまで前哨戦だ」
カインがベヒーモス・バスターを腰のハードポイントにガチャリと戻し、再びジャッジメント・リヴァイアサンを抜く。
ラザロはケルベロスの損傷したマズルブレーキを指で弾き、火花を散らしながら、弾が掠った左腕を不器用に振り回した。
「誰がこれほどの『兵器』を飼い慣らしてやがる。軍の横流しってレベルじゃねえぞ、こいつらは!」
ラザロが邪魔なパーツを蹴り飛ばしながら、悪態をつく。
「いや、ラズロ!こいつらは軍の横流しだけじゃ無い。『出来損ない』が大半だ!油断はするなよ、たまに『本物』をつけているヤツがいやがる」
カインは網膜に転送される戦術データを分析し、奥の重厚な扉へと歩を進めた。
「ラザロ、アリア。次の区画には、もっと『質の悪い』のが待っているはずだ。熱源が多い……ナマモノが居るな。……Cancerは、もっと深くで俺たちを待っている」
20mmで貫通できるかどうかの鋼鉄の大扉が行手を阻んだ。
弾をフル装填し始めたカインとラズロを手で制したアリアは、扉の電子錠に指をかけた。
物理的に破壊するまでもない。
彼女の左目に埋め込まれた軍用規格のハッキング・モジュールが、即座に扉の暗号キーを粉砕する。
カチリ
まるで正規の手順を踏んだかの様に、大扉は床下に沈んでいく。
「……行くわよ」
アリアがウィンクしながら手招きをする。
五枚目の大扉が開かれた瞬間、そこに広がっていたのは、異様な熱気と喧騒に包まれた巨大な地下アリーナだった。
金網で囲まれた闘技場の中心には、数人の男たちが倒れている。
その周囲を、興奮した観衆が埋め尽くしていた。
だが、カインたちの視線は、観衆の奥に座る異様な男に釘付けになった。
病的なまでに痩せ細り、狂気じみた笑みを浮かべた男。
紛れもなく、キャンサーだ。
彼は『赤い聖女』を脇に抱え、まるで自身の作品を鑑賞するように、アリーナを見下ろしていた。
「――ご苦労。随分と派手な掃除をしてくれたものだね、執行官諸君」
キャンサーの声は、まるで甘美な毒のようにアリーナに響いた。
彼の合図と共に、アリーナを取り囲む観衆の中から、ざっと350体もの敵がカインたちの方へ向かって雪崩のように押し寄せた。
「ざっと350ってとこだな。……おい、カイン。サイボーグは半数以下だ。残りは、タチの悪いジャンキーとチンピラの群れだぜ。だが、その半数のサイボーグどもは、全員が軍用プロトタイプのパーツを組み込んだイリーガルなMFCSだ」
ラザロが絶望的な数値を口にしつつ、ケルベロスのチューブマガジンを再び満タンにする。
その瞳には、恐怖ではなく、かつてないほどの戦意が宿っていた。
「上等だ。……カイン、アリア。この数、どうやって捌く? 弾丸がいくらあっても足りないぞ」
アリアは細い指で自身の首筋をなぞり、右腕のレーザーバルカンを再び展開させた。
その三連装銃身が青白く発光し、殺戮の旋律を奏でる準備を整える。
「数は関係ないわ。……これ(オルトロス)を全部あいつらの体内に叩き込んであげればいいのよ。ねえ、カイン。貴方にはメインディッシュ(Cancer)をあげる。執行官様の『お仕事』を見せてちょうだい」
カインはサングラスを指で押し上げ、その奥の冷徹な眼光でキャンサーをロックオンした。
彼の網膜には、ACC本部から下された『処刑命令』が赤く点滅している。
「ラザロ、アリア。連携データ量を最大化する。……このアリーナごと、奴らを焼くぞ」
カインの合図と共に、350体もの敵が雪崩のように押し寄せた。
重厚な金属の衝突音、耳を劈くレーザーの悲鳴、そして20mm徹甲弾が敵の装甲を貫く轟音が、アリーナを地獄へと変貌させる。
ロサンゼルスの地下深く、血と火花が舞う、終わりなき殲滅戦が幕を開けた。
アリーナに充満する汗とオイルの臭気が、カインの嗅覚センサーを過負荷にする。
「まだ追加かよ……!」
ラザロの咆哮を合図にしたかのようにさらに数が増える。
しかし明らかに薬物で痛覚を遮断された生身のチンピラどもだ。
彼らは剥き出しの狂気で豆鉄砲(対人弾)、パイプやナイフを振り回し、捨て身の突撃を敢行する。
「どけッ、ゴミ屑ども!」
ラザロの『ケルベロス・ゲートキーパー』が火を噴いた。
ドォォォォン!!と重低音が響くたび、ACHS弾がチンピラを数人纏めて吹き飛ばす。
至近距離からのスラッグ弾は、人間の胴体数人を容易く貫通し、背後の別のチンピラを纏めて肉塊へと変えた。
だが、その隙を突いて、サイボーグの群れが襲いかかる。
金属の軋む音が不快に響き、強化された四肢がアスファルトを砕く。
軍用規格のチタン装甲で武装したMFCSたちが、獲物を食い殺さんとばかりに飛び掛かってくる。
「アリア、下がってろ!」
カインが『ジャッジメント・リヴァイアサン』を両手で構え、疾走するサイボーグの強化頭蓋を狙い撃つ。
パァンッ!という鋭い銃声が響くたび、鋼鉄の脚が、膝が砕け、消し飛び、不恰好なサイボーグ達がバランスを崩して地面に転がった。
カインはその隙を見逃さない。
即座に『ベヒーモス・バスター』へ切り替え、倒れた個体の頭部へタングステン芯を叩き込む。
ズドォォン!!
着弾の瞬間、炸薬が内部で暴発。
頭部が内部から引き裂かれ、火花とオイルが噴水のように舞い散った。
「キャッハハ! まるで機械の解体ショーね!」
アリアは空中渡り廊下の側面を駆け上がり、軽やかに宙を舞いながら、右腕の『オルトロス』を全開にする。
キィィィィィンという電子的な悲鳴と共に、三連装銃身が回転し、光の奔流が空間を塗りつぶした。
アリアの周囲に殺到していたチンピラたちが、弾丸の雨に打たれた藁人形のように崩れ落ちる。
さらに、軍用サイボーグたちが盾を掲げて突進してくるが、レーザーバルカンの熱線の前にはチタン装甲さえもバターのように細断していく。
ジジジジジッ……という焼ける音と、切り裂かれた装甲が床に落ちる金属音が、彼女の周囲でオーケストラのように響き渡った。
「ラザロ! 右だ!」
「分かってる!」
背後から迫る重装甲のサイボーグに、ラザロは銃口を向ける代わりに、ケルベロスの強靭な銃身そのもので顔面を殴りつけた。
ガキンッという鈍い衝撃音と共にサイボーグが仰け反る。
その隙にラザロは顎下から脳天に向けてにゼロ距離で銃口を突き当て、引き金を引いた。
ドォォォォォン!!
内側から爆散した装甲の破片が周囲のチンピラをなぎ倒し、血の霧が聖堂を覆う。
カイン、ラザロ、アリア。
三人は背中合わせに立ち、押し寄せる350の「死」をその手に受け止めていた。
「おい、いつ終わるんだこれ!」
ラザロが血に汚れた唇を歪めて笑う。
「構わん。全員ここで、この地下に埋めてやる。これだけのパーツだ!相当な『パーツ回収ボーナス』が出るぞラズロ!」
「なにそれ!私にお酒奢りなさいよ!弾代だって税金じゃ無いんだからね!」
カインがベヒーモス・バスターのボルトを操作し、新たな徹甲炸裂弾を薬室へ送り込む。
その目は、冷徹なまでに「効率的」な殺戮を続けていた。
「当たり前だ!アリア。終わったら飲むぞ!」とラズロ。
ドン!ドン!ドン!
カキーン
「おいおい、ラズロ……」
ドゴォォォォン!ドゴォォォォン!
聖堂は、もはや戦場というよりは、鉄と肉が混ざり合う地獄の精肉工場と化していた。
「照れるな、カイン!アリアは美人だからな!」
ドゴォォォォン!
「あら、わかってるじゃない!」
ドン!ドン!ドン!
キィィィィィィィィィィィィン――ッ!!
パキンバキッパキン!バキ!ガキン!
三人の獣たちは、一言喋るごとに数体の敵を吹き飛ばしていく。
ロス最大のマフィア拠点の一つ、『Cancer』のアジトは陥落の時が近づいていた。




