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第14話 邂逅

 ロサンゼルスの深夜は、死を予感させるほどに静まり返っている。

 高級住宅街の一角、画廊『ランタン・パレス』の前に、カインとラザロの乗る黒のSUVが滑り込んだ。

 だが、車を降りた二人が目にしたのは、あるはずのない光景だった。


「……おい、相棒。嫌な予感がするぜ。門が開いてやがる」


 ラザロが低く唸り、愛銃『ケルベロス・ゲートキーパー』を右腰のホルスターから引き抜く。

 カインはサングラスの網膜ディスプレイを起動し、門の周囲を走査した。

 青いグリッドが夜気を切り裂き、ロック部分にエラーログを吐き出す。


「……ロック部分が溶けている。電磁カッターじゃない、もっと高熱の『何か』だ。……焼き切られたな」


 建物全体の電磁シールドは沈黙し、電気の供給も断たれている。

 だが、そこには明らかな「侵入者」の足跡があった。

 カインは愛銃『ジャッジメント・リヴァイアサン』を抜き、撃鉄を上げる。

 重厚な金属音が、これから始まる蹂躙の序曲を予感させる。


 二人は影に紛れ、慎重に建物へと近づく。その時だった。


 ムニュリ。


 カインの頬に、場違いなほど柔らかく、女の体温の温かい感触が当たった。


「……何で、あんたたちがここにいるのよ」


 至近距離。

 カインの頬に人差し指を押し当て、暗闇の中で黒髪を揺らしているのは、昼間のカフェにいたあの女――アリアだった。


「NYPD-ACC(ニューヨーク市警、対サイボーグ課)だ……お前、何者だ」


 カインは銃口を向けようとしたが、アリアの動きはそれを制するように軽やかだった。

「ああ、隠しても無駄ね。アリアよ。その無骨な動きエクスキューショナーね。……捜査派遣か何かかしら」


「……アリアか。……あんた、どうしてここにいる」


 カインはリヴァイアサンを下ろし、鋭い視線を彼女に投げる。

 アリアは面倒そうに、少しだけ苛立った表情を見せた。


「……引っ張られても面倒だから、正直に言うわ。私は私立探偵。でも、これは依頼じゃないの。ここのオーナーのワンは、軍の先行試作兵器である『M-T(先行試作品)』の裏取引をしているのよ。それが気に入らないから、個人的に叩き潰したいだけ」


「……M-Tだと? それは軍の最高機密だぞ。ただの画商が流しているというのか」


「そうよ。この画廊は、おそらく軍のロンダリングの出口。……私はそれをあばきたいの」

 カインの網膜に、ナタリーから受け取ったデータと話が重なる。

 

「あんたが? なぜ警察に任せない」

 カインの問いに、アリアは鼻で笑った。


「あのね、気に入らないのよ。軍の横流しってやつ。それに私は元陸軍FCSフル・サイボーグ・ソルジャーよ。警察が勝てない領域があるのは知っているわ。……まあ、あなた、見たところ『エクスキューショナー』でしょ? なら、いいセンいくかもね」


「……オレの相棒が車から援護態勢で待機している。とりあえずそっちに行け。門が開いているだけだ。そうすれば、今のところは不法侵入じゃなく『調査』で済む」


 カインがそう言いかけた瞬間、夜の静寂を切り裂く重厚な銃声が響いた。

 ドォォォォン! という、胃袋を揺さぶるような爆音。


 ラザロが、硝煙を撒き散らしながら室内に飛び込んできた。

「おい、ラザロ! お前、アレ(ヴォルカヌス・アームズ VA-92 "ケルベロス・ゲートキーパー")を撃ったのか!?」


「ああ! しかも、一人のガキの手首を吹き飛ばしただけでこれだ!」


 ラザロが咆哮し、左腕を荒々しくカインの視界へ突き出した。

 生体強化皮膚が破れ、強化チタンの装甲板がひしゃげている。

 そこから噴き出す人工の熱い血液が、夜の冷気に触れて蒸気を上げている。

 本来ならば絶叫を伴うはずの損傷だが、彼のドイツ製SKQ-979生体神経系は、ただ淡々と、しかし暴力的なまでに損傷率を警報として脳内に書き出していた。


「カイン! 門の外を囲んでるのは、路地裏でパーツを継ぎ足したようなイリーガルなんて生やさしいもんじゃねえぞ!」


「……軍事パーツのオモチャが相手か。なら、もう『処刑許可が降りる』な」


 カインがその言葉を口にした瞬間、二人の網膜ディスプレイに同時刻で、 Unified State Police Agency (統一国家警察局)の認可コードが重なり合った。


[SYSTEM ALERT: EXECUTION PROTOCOL INITIATED]

[Target ID: 7 Units detected]

[Neural Overdrive (N.O.) Level: Critical / User Status: Irreversible]

[Command Code: AUTHORIZED - EXECUTE AS THREAT ELIMINATION]


 カインとラザロ、二人の電脳内に焼き付いたのは、『処刑執行』を許可する赤く点滅した「EXECUTION AUTHORIZED」の文字だ。

 ラザロの腕という軍用規格のシールドを紙細工のように引き裂く連中だ。

 もはや問答無用の「ゴミ掃除」として、法執行の全権限が、今、彼らという個人のトリガーに委ねられた。


 ラザロが荒い息を吐きながら、装弾数を告げる電子音を無視して『ケルベロス・ゲートキーパー』を乱暴に再装填する。

 ガシャン、という金属の噛み合う音が、画廊の冷徹な空気の中で不吉に共鳴した。


 その時、ラザロの強化左腕から、バチバチと火花が散った。

 先ほどの交戦で受けた被弾が、内部の人工筋肉繊維を焼き切ったのだ。


「……クソッ、やってくれたな」


 ラザロが損傷箇所をカインに見せつけながら、獣のように咆哮する。露出した合金フレームからは、加熱したオイルが黒い涙のように滴り落ち、画廊の床を汚していた。


「カイン、これを見ろ! MFCSミリタリー・フル・サイボーグ・ソルジャーだ! ……しかも、イリーガル(非合法)のな! 誰だ……誰がこれほどの『兵器』を、こんな場所で飼い慣らしてやがる!」


 ラザロの叫びは、怒りというよりは、軍事機密の冒涜に対する強烈な嫌悪だった。


 カインの視界にも、リンクを介してラザロの負傷ログが転送されてくる。

 それは彼にとって、ただのデータではなく、相棒に対する「敵の殺意の数値化」であった。

 カインの瞳に、人間らしい情緒が一切消え失せ、処刑人としての冷徹な光が宿る。


 カインは右腰にぶらさがっていた『ベヒーモス・バスター』を右手に引き寄せた。

 二〇ミリ徹甲炸裂弾が、薬室に滑り込む。

 カチリ、と確実な閉鎖音が、画廊の全域に響き渡った。


「……大したオモチャを持ってやがるな……しかし……処刑の時間だ」


 カインが網膜のリンクをラザロへ広げ、戦術ネットワークを構築する。

 二人の脳が同期し、画廊内の敵の鼓動さえもが、カインの聴覚へと直接送り込まれる。


「……ラザロ、その腕はまだ動くか? ニューヨークの洗礼を、ヤツらのケツの穴から叩き込んでやれ」


 カインが冷徹に告げると、ラザロはひしゃげた左腕の装甲を強引に引き剥がし、むき出しになった油圧回路の火花を無視して不敵に笑った。



「当たり前だ……。この程度のゴミ掃除、ものの数分で終わらせてやるよ。終わったら、さっき見かけた店で『ショウユ・アボカド・ステーキ・バーガー』を食いにいくぞ。肉の油とアボカドの濃厚さが、この戦傷には最高の治療薬になるんだ!」


 ラザロは口元に不敵な笑みを浮かべ、右手の指先で『ケルベロス・ゲートキーパー』のボルトを凄まじい速さで操作した。


 ドゴォォォォォォォン!!

 ドゴォォドゴォォォドゴォォォォドゴォォォォォォォン!!


 画廊の空間が、空気を物理的に叩き割るような爆音に塗りつぶされる。


 標的は、画廊の壁面に垂直に張り付くという常軌を逸した機動を見せていた、三十代半ばの女型MFCSだ。

 彼女のサイボーグ化された四肢は、大理石の壁を容易く突き刺し、蜘蛛のごとく這い回っていた。


 ケルベロスから吐き出された対サイボーグ用スラッグ弾が、右脚を跳ね飛ばし、胸部装甲を三発の着弾で貫通、最後に彼女の顔面を捉えた瞬間、それはもはや「着弾」ではなかった。

 内部で弾頭が炸裂し、その運動エネルギーが彼女の頭蓋骨を一気に膨張させる。

 コンマ数秒後、内圧に耐えきれなくなった強化生体プラスチックのフェイスプレートと、その内部で電気信号を送り続けていた電子脳が、爆発的な飛散とともに粉々になった。


 頭部があったはずの場所には、赤黒い霧と、焼け焦げた樹脂の残骸が漂うのみ。

 壁面に残されたのは、彼女が張り付くために突き立てていた指先の食い込み痕と、弾け飛んだ脳漿の轍だけだ。


「――チッ。イヤに硬いスクラップめ」


 ラザロはショットガンを見る事なく、右手のみで銃身を支え、慣性でフォアエンドを後退させる。

 薬室から排出された真鍮の空薬莢が、大理石の床でチリリ、と乾いた音を立てて転がった。


 即座に次弾を装填するため、彼は引き金から指を抜くことなく、再びフォアエンドを前方へ押し込む。

 高速で装填される装弾数五発。

 ACHS弾が再び薬室に滑り込む感触が、彼の神経系に確かな充足感を与える。

 重く、冷たく、そして何よりも雄弁に敵の死を約束する感触だ。


 彼は銃口を軽く振り上げ、次なる死の収穫へ向けて、その凶悪なまでのシルエットを闇の中へ沈めた。

 

 走り去ったラザロを目の端で追うカインの瞳からは、もはや迷いも、執行官としての義務感さえも消え失せていた。

 そこに残っているのは、狂気にも似た「適正執行」への執着だけだ。


 二人の死神の同期は、もはや呼吸まで同一の生体の如く意識を共有している。

 カインの戦術ログが、画廊内のすべての敵の射線を赤く染め上げる。

 ラザロの反射神経が、その射線を縫うように移動する最適解を算出している。


「行くぞ。……ニューヨークの死神の作法を、あいつらの神経系に直接刻み込んでやる」


 それは単なる共闘ではない。

 戦術データが神経系を通じて完全に共有され、思考よりも速く、四肢が敵の死角を算出する。

 ラザロのケルベロスが咆哮し、カインのベヒーモスが地獄の門を開くための重低音を響かせる準備が整った。

 

「気をつけろ!増援が来るぞ」

 その言葉を合図に、アリアが動いた。

 彼女は細い手首の皮膚を滑らかにせり上げ、その下から鈍く光る三連装の銃身を露出させた。

 その瞬間、彼女の白い二の腕の生体皮膚が、波紋のように細かく震えた。

――パシュッ。


 人間の肌と見紛うばかりの滑らかな表皮が、まるで呼吸をするように一斉に開口し、そこから極低温の冷却ガスが溢れ出る。


 皮膚の隙間から覗くのは、戦闘用に再構築されたチタン合金の放熱スリットだ。

 華奢で柔らかな「アリアの腕」という偽装が、射撃という暴力的な目的のために一瞬だけ剥がれ落ちる。


 夜霧の中に浮かび上がるのは、黒光りする銃身と、秒間20発の破壊を紡ぎ出す三連装の牙。


「私の『お気に入り』、オルトロスよ。……毎分1200発。近距離なら、コードM(軍用規格)の重装甲さえ、一秒足らずで『切断』できるわ」


「おいおい、あんた……。それはリーガル(合法)なのか?」

「リーガルよ。気になるなら、あとでスキャンしてみたら?」


 アリアは不敵に微笑み、オルトロスの銃身を闇の中へと向けた。

 カインがその物騒な武装を見て、視界を共有しているラズロが苦笑する。


「カイン! いい仲間ができたじゃないか。……まずは、ここを乗り切らんとな!」


「カイン、アリアもリンクするぞ。俺たちの戦術ログを、あんたの電脳に流し込む」


「いいわ!癪だけど効率が悪いのはキライなの!」


 ドォォォォンッ!!


 ドォォォォンッ!!


 カインのベヒーモスが、一体の40代くらいの金髪の女の装甲頭蓋を消し飛ばし、同時に胸部装甲の中心を一撃で空洞へと変える。

 

「おい!カイン!とんでもねぇな。ACHS弾(対サイボーグスラッグ弾)より貫通力ありやがるのかよ。そのバケモノ(ベヒーモス)はよ!」


 ドォォォォンッ!!  

 

 ガガガガガガガガ


 ガン!ガン!


「敵もやる気になったらしいぜ……残り七人。増援が三。あと67.353秒後に展開予定。全員『M-T』の試作パーツを装備している……!」


 カインの低い呟きを合図に、死の旋律が奏でられた。

 アリアが一人、外壁を垂直に登りながら、NLT(脳内トリガーインターフェース)を介した電気信号が『右手のお気に入り』に向けて放たれる。――ファイア・コマンド(射撃命令)だ。」


「……バイバイ、汚れたお人形さん」


 その瞬間、画廊の空気が凍りついた。

 壁面を疾走したままのアリアの右手――オルトロスが稼働し、毎分1200発という狂気じみたサイクルで、三連装の銃身が高速回転を始める。


 キィィィィィィィィィィィィン――ッ!!


 それは、ただの銃声ではない。

 金属を分子レベルで引き裂くような、耳を焼く電子的な悲鳴だ。

 毎分1200発。

 人智を超えたその連射速度は、個々の炸裂音を完全に消失させ、空間を切り裂く一本の「叫び」へと昇華させていた。


 アリアの腕部からせり出している三連装の銃身が、回転しながら青白い光を帯びて咆哮を上げる。


 ガン!ガンガン!ガン!ガコン!ガンバキン!


 狂気じみたサイクルで回転する三つの銃口が、まるで死神のあぎとのように標的を噛み砕く。

 放たれたのは弾丸ではない。

 純粋な高エネルギーの光の束――2mm口径のレーザーバルカンだ。


 光の滝に触れた敵MFCSは、まるで糸の切れた操り人形のように、無様な痙攣を繰り返す。

 大理石の重厚な柱も、軍用規格のチタン合金複合超電磁装甲も、バターを熱したナイフで断ち切るように、あろうことか「均質」に細断されていく。


 ジジジジジジジジジッ――!!


 オゾンが焦げ、人工血液が瞬時に沸騰して蒸気と化す。

 敵の装甲内部の油圧回路が破裂し、高圧の作動油が噴水のように舞い散った。

 アリアの瞳には、一切の感情が宿っていない。 

 ただ、網膜上に展開された戦術グリッドが、刻一刻と崩壊していく敵の熱源を「排除完了」へと塗り替えていく。


 アリアのオルトロスは、もはや武器というより、空間そのものを消去するための「神の消しゴム」だった。

「よいしょっと」

 かわいらしく、スカートを押さえながら地面に着地したアリア。

 銃身の回転が止まると、銃口からはかげろうのような熱波が立ち上り、戦場には焼けた回路の、鼻を突くような独特の刺激臭だけが残された。


「四体……掃討完了」


 彼女は冷徹に言い放ち、熱せられた三連装の銃身を、滑らかな動作で皮膚の下へと収納され、小さくて華奢な手のひらがそこにはあった。


 彼女の視界に映るグリッドが、敵の消滅を 

 『Target Deleted』という無機質なログで確定させていく。


 画廊には、先ほどまでの激しい金属音の余韻だけが、まるで耳鳴りのように響き続けていた。


 カインはベヒーモス・バスターを構え、その銃身をテラスの敵へと向ける。


 ガン!バキン!ガン!

 カインの周囲の地面が、壁面が弾け飛ぶ。

「……生け取り……逮捕は無理か……」


 ドォォォォンッ!!


 20mm徹甲炸裂弾が放たれる。ただの射撃ではない。

 それは「砲撃」だった。

 敵の装甲をタングステン芯が穿ち、コンマ数秒後、内蔵された炸薬がターゲットの内部機構を空洞へと変える。

 爆風と共に敵の四肢が四散し、無残な鉄屑へと変わる。


 ベヒーモスの反動がカインの生体パーツのサーボモーターを軋ませる。

 だが、その破壊の快感が、彼の論理回路を研ぎ澄ませた。


「……あと二匹だ!」


 カインは瞬時にボルトを引き、空薬莢を弾き飛ばして次弾を装填する。

 その無骨で、しかし洗練された動作は、死神の鎌を研ぐかのように正確だった。


 二発目が空中で旋回し、テラスから飛び降りようと跳躍した敵MFCSの頭部を正確に捉える。


 ズドォォォン!!


 対サイボーグ用EX弾頭が着弾した瞬間、敵の頭部パーツはもはや「破砕」という言葉すら生ぬるいほどの勢いで、霧状となって四散した。

 内圧で弾け飛ぶチタン合金の破片と、スパークを撒き散らす電子基盤。

 それらは月光を浴びて、無数の輝く塵となって画廊の天井へ吸い込まれていく。


 あまりの衝撃に、頭部を失った巨大な躯体は、慣性を殺すこともできぬままテラスの手すりを突き破った。

 放り出された体躯は、まるで意志を失った回転木馬のように、空中で激しく旋回しながら大理石の床へと叩きつけられる。


 バキッ、ドサリッ。


 衝撃で折れ曲がった頸椎の断面から、汚らしいクーラントが猛烈な勢いで噴出し、撒き散らされた部品と混ざり合って戦場を汚染していく。

 死んでいる――あるいは、機械的な「機能停止」に追い込まれたことは明白だった。


「……掃討完了。次はテラスの死角だ」


 カインはベヒーモス・バスターのボルトを操作し、次弾の装填を行う。

 ガシャリ、という冷徹な金属音は、その回転する鉄クズに対して無慈悲な終止符を打つ準備が整ったことを告げていた。

 すべての銃声が止んだ。画廊には、オゾン臭と、焼けたオイルの匂い、そして生臭い人工血液の蒸気が充満していた。


「あんたたち、証人は必要ないの?……殺しすぎよ。まあ、生かしておいても無理だったでしょうけど」


 アリアは転がる死体の山を見下ろしながら、呆れたように吐き捨てた。

「拘束を試みた瞬間に、ASIが作動したわ。あの子たち、最初から生きて帰る権利なんて与えられていなかったのよ」


 ASI(Automatic System Initialization:自動初期化プロトコル)。

 それは軍が「消耗品」に課す、最も冷酷な自律防衛機構だ。

 電脳内の機密データを物理的に焼却し、全通信プロトコルを強制リセットすることで、敵対勢力への情報漏洩を遮断する。


 さらに、このプロトコルにはA-ATS(Acid-Based Anti-Tamper System:酸性鹵獲防止装置)が直結している。


 ASIがトリガーされると同時に、素体の主要駆動部や脳幹の制御パーツに仕込まれたカプセルが破砕される。

 そこから放出される高濃度のアシッド・ガス(気化性腐食剤)は、軍用規格のチタンフレームや超伝導回路を瞬時にスラグの山へと溶かし出す。


 敵が機体を開き、その技術を解析しようとする前に、すべては「正体不明のゴミ」へと還元されるのだ。


「相変わらず……軍のやり方には、ヘドが出るわ。人間を兵器にするだけじゃ飽き足らず、死に際まで『機密』として溶かすなんて」


 アリアの瞳に、かすかな怒りが宿る。

 床に散らばる腐食した金属の残骸から、鼻を突くような刺激臭の蒸気が立ち上っていた。

 それはまさに、かつて「人間」であったものの、最後のかすかな鳴き声のように聞こえた。


「……ふぅ。……これで終わりかしら?」


 アリアは手首の銃身を収め、小さく吐息をついた。

 カインはベヒーモスの巨大な薬莢を排出し、冷徹な眼差しで、ワンが逃走したはずの奥の扉を見つめる。

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