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ベヒーモス  作者: うなぎかご
人形の章
119/131

第119話 ノエルの苦悩

 一方その頃。

 熱帯のパラワンから遠く離れた、北の果て。

 UPLの別動隊――ノエル、ラズロ、ミリアの三人は、空の上ではなく、ユーラシア大陸を横断する長距離鉄道の一等客室に揺られていた。


 遡ること数日。

 彼らは択捉えとろふから海軍の潜水艦に密かに便乗し、海中深くを潜航して北海道地区へと送ってもらった。

 そこから一般の陸路に紛れ込み、小樽駅へと出たのだ。

 超音速ステルス輸送機を使えば数時間で済む距離を、あえて『ユーラシア横断超特急』という超アナログな手段を使い、三泊四日もかけて進んでいる。


 その理由は、出発前の択捉でノエルが冷徹に言い放った言葉に集約されていた。

「軍の輸送機なんて絶対に乗るわけがないでしょ。ハワイの件を繰り返すつもり?……いいこと? チケットは足がつかないように、必ず現地の発券機で、すべて現金で買うの。万が一にも、「赤い蠍」の網に引っかからないようにね。奴らはデータの世界ならどこにでもいるわ」

 国家の中枢に深く根を張る『赤い蠍』。

 彼らの監視網をくぐり抜けるには、25世紀において最も原始的とも言える『現金決済による陸路移動』こそが、最高のステルスになるというわけだ。


 彼らが貸し切った一等客室は、旧世紀のオリエント急行を模した絢爛豪華な造りだった。

 壁面は本物のマホガニー材で設えられ、琥珀色のどこか手作りを感じさせるガラスシェードによる間接照明が、深紅のベルベット生地が張られたソファを柔らかく照らし出している。

 床には分厚いペルシャ絨毯が敷き詰められ、重いサイボーグの足音すら完全に吸収していた。

 最新の磁気浮上式レールと完全な防音制御により、時速800キロで疾走しているにも関わらず、列車の走行音は心地よい微振動程度にしか感じられない。

 環境パネルを兼ねた巨大な車窓の外には、見渡す限りの広大なシベリアの荒野や、針葉樹林のタイガが飛ぶように流れていく。


「……ぷはぁっ」

 ラズロは、その場違いなほど豪華な革張りのシートに深く身を沈め、強化骨格をゴキゴキと無遠慮に鳴らしながら、手元のBASボトルに入った冷えたビールをごくりと飲み干した。

 空になったそのボトルを、義手で軽く握り潰す。

 特殊素材でできたBAS(衝撃霧散式)ボトルは、ラズロの握力を受けてパリンと軽い音を立て、文字通り霧のように跡形もなく空間へ消え去った。

 これで、彼がこの三泊四日の間に客室で何本目のビールを飲んだのか、周囲には(少なくとも視覚的には)完全に忘れ去られるという寸法だ。


「あと何日だ? ノエル」

 ラズロがだらしない声で尋ねる。

「明日の夕方にはロンドン地区に到着よ、ラズロ。……暇そうね?」

 ノエルは呆れたような声で答えながらも、手元の携帯用ホログラム端末から一切視線を外さなかった。

 彼女の周囲には複数のウインドウが空中に展開され、凄まじい速度で文字列が滝のように流れていく。

「そんなアンタは、ずいぶんと忙しそうだな。三泊四日、ずっとそれ(端末)と睨めっこか?」

「忙しいというほどでは無いけれど……現地でのあらゆる行動に対して、準備は終わらせてあるわ。今は下調べの最終確認をしてるところよ」


 ノエルの細い指先が、空間に浮かぶ仮想キーボードを、まるでピアノでも弾くかのように優雅に、そして恐ろしい速度で叩く。

「現地の土壌成分から、この地域特有の細かな法令、敵AIの稼働状況と暗号化プロトコルの解析。それから、作戦の応援要請に使える部隊を、現地の正規軍、警察、コーストガードからそれぞれ抽出してあるわ。通達自体は情報漏洩を防ぐために直前まで出さないけど、ワンタップでいつでも発令できるように準備してある。周囲10kmの地理と潜伏ルートまでは、念入りに頭に入れたわ。これで不測の事態にも対応できるはずよ」

 一息にそこまで言うと、ノエルはふぅと息を吐き、凝り固まった首をコキリと鳴らして、ようやくラズロの方を向いて薄く笑った。

「あ、アンタに声をかけられたおかげで、もう一つやる事を思い出したわ。ありがとう、ラズロ」

「……どう、いたしまして……だ」

 相変わらずのノエルの完璧すぎる――そして人間離れした仕事ぶりに、ラズロは引きつった笑いを返すしかなかった。


 そんな二人のやり取りの横で、ミリアは一人、空間に向けてケタケタと笑い声を響かせていた。

「あははは! うふふふふ! ちょっと、おかしすぎ! ほのか、それ絶対おかしいから!」

 どうやら、パラワンに到着したばかりのほのかと長距離通信で話しているらしい。

「あははは。ぶふっ、だってカインさんがさぁ! あはははは!」

 これから死地に赴く部隊の一員とは到底思えない、緊張感の欠片もない明るい笑い声が客室内に満ちる。

(……これで四時間くらい話し続けてるんじゃないか?)

 時差の計算など面倒でラズロには分からなかったが、パラワンのほのかにとっては迷惑な時間ではないのだろうか。

 少し気にはなるものの、窓辺で楽しそうに足をパタパタと揺らしながら笑うミリアの邪魔をするような野暮な真似はしない。


 ふと、ラズロの心に一人の女性の顔が浮かんだ。

 マリアンヌ。

 夏の蒸し暑いパラワンにいるであろう彼女の顔を思い浮かべ、ラズロは少し迷った後、己の電脳を通じて彼女に通信のコールを送った。

 数秒のコールの後、マリアンヌのスマートフォンから通信が繋がる。

『ラズロ? どうしたの? こんな時間に』

 通信越しに、パラワンの夜風の音と、遠くで聞こえる波の音が微かに届いた。

「ああ……なんだ、声が聞きたかった……」

 不器用な、しかし嘘偽りのない本音だった。

 マリアンヌの声を聞いた瞬間、冷たいサイボーグの体に、不思議なほどの安らぎが広がっていくのをラズロは感じていた。

 これから向かう見知らぬ地での死闘を前に、彼女の体温を思い出すようなその声が、どうしようもなく欲しかったのだ。

『え……』

「声が聞けたから満足だ。じゃあ、切るぞ」

『ちょっと! バカラズロ! なんでそんなにすぐ切るのよ! ……もう少しくらい、話したいじゃない……』

 マリアンヌの声が、少し慌てたように、そして甘えるように上擦る。

「そうだな……えっとなんだ……今……」

『ストップ、ラズロ! 仕事の話、場所の話、あんな話とかこんな話は全部却下ね! 「通常回線」なんだから!』

「あ、当たり前だろうが。俺だってそのくらい分かる」

『じゃあ、どんな話をするつもりよ?』

 少し意地悪な、試すようなマリアンヌの問いかけ。

 ラズロは大きく息を吸い込み、少しだけ顔を赤らめながら言った。


「ああ……好きだ……お前が、可愛いと思う。それだけ言いたかった」

『え? あ、えっ? あ……ラズ、ロ……?』

 マリアンヌが完全に虚を突かれ、言葉を失っているのが通信越しにも分かった。

「そうだな、そろそろ時差を考えるとそっちは寝る時間だろ? じゃあな……愛してるぜ、マリアンヌ」


 ブツッ。

 ラズロは、一方的に、そして相手の反応を聞く前に通信を切断してしまった。

 不器用な男の、照れ隠しの限界だった。


 一方、パラワンのヴィラのバルコニーで通信を切られたマリアンヌは、ただ一人取り残された気分になっていた。

(バカ……バカバカ! なんでそこで切るのよ……!)

 心臓が早鐘のように打ち、顔から火が出るほど熱い。

 熱帯の夜風に吹かれているのに、それ以上に熱すぎる熱気だけが彼女の中に取り残されていた。

(絶対、生きて帰ってきなさいよ……)

 マリアンヌはバルコニーの手すりを強く握りしめながら、一つの決意を固めた。

 彼らが任務を終える時、絶対に自分がヴェノム・ワイバーンを操縦してラズロの帰路を迎えに行きたい。

 明日、カインに頼み込んでみよう。

(パラワンからアイルランドね……。紛争による飛行迂回エリアはイラン、イラク、ロシア地区か……まあ、何とかなりそうだわ……待ってなさいよ、ラズロ)


 そして、三泊四日の優雅で退屈な鉄路の旅を終え。

 ノエル、ラズロ、ミリアの三人が降り立ったのは欧州の要衝、ロンドン地区だった。

 七月とはいえ、石造りの街並みに夜の帳が下りれば、心地よい涼しさが街を包み込んでいる。

 彼らが今夜宿泊するのは、ハイドパークに面したロンドン屈指の超高級ホテルであった。

 外観は19世紀のヴィクトリア朝建築を完璧に保存した重厚な造りだが、一歩足を踏み入れれば、そこは25世紀の最新セキュリティとAI制御が融合した要塞でもある。

 ロビーでは、ホログラム・コンシェルジュが優雅に会釈し、AI起動により、彼らを最上階のスイートルームへと案内した。

 UPLの絶大な権限により、「統一国家公務員上級職員出張名目」として、足のつかない偽名で難なく三部屋が押さえられていた。


 それぞれの部屋に荷物を置いた後、三人はラズロの部屋に集まった。

 ペントハウス・スイートと呼ばれるその部屋は広大であった。

 本物の大理石で設えられた暖炉、旧世紀の巨匠の絵画、そして窓ガラス全体がスマートディスプレイとなっており、今はロンドンの夜景と合わせて必要な情報をシームレスに映し出している。


 しかし、彼らはそんな豪華な調度品には目もくれない。

 ラズロが部屋の隅々、コンセントの裏から絵画の額縁までを嘗め回すようにスキャンしていく。

 同時にミリアも、ドレスのフリルの裏から小虫ほどの大きさの極小ドローンを数機放ち、空調のダクト内や、天井のシャンデリアの裏側に盗聴器や監視カメラが仕掛けられていないか、入念なダブルチェックを行っていた。


 十分後。

 二人が「クリアだ」と頷き合うのを見届けてから、ノエルがようやく口を開く。

「明日は軍の車が早朝4:00に迎えに来るわ。そこからウェリントン空軍基地に移動する。その翌日の22:00に作戦決行よ。私はウェリントン基地からのオペレートになるわ」

「大事な作戦の説明はそれじゃねぇ……ノエル」

 ラズロが眉をひそめて遮る。

「そうだぜ相棒。お腹空きました。三泊四日の列車のゴハンも美味かったけど、今日はお肉が食べたいだぜ」

 ミリアがフリルを揺らしながら同調した。

 どうやら、この二人のサイボーグにとって今は、作戦の成否よりも空腹を満たすことの方が重要らしい。


「そうね……安心してちょうだい。今夜は、大統領から基地攻撃に対する『お詫び』として、最高級レストラン『アラン・デュカス・アット・ザ・ドーチェスター』のディナーが用意されているそうよ。18:30の予約。もう少ししたら行きましょう」

「お詫び? つまりあれか? あの寝起きの胸糞悪いドローンの襲撃か……」

 ラズロが忌々しそうに吐き捨てる。

「まあ、何かしら大統領にも心当たりがあるのかもしれないわね」

「そのお店、有名なのですか? 相棒」

「ん? 俺は知らねーな。でけぇチーズバーガーはあるのか?ベーコンとアボカドは?」

「……ああ、頭痛いわ……」

 世界最高峰の三つ星フレンチレストランに行くというのに、バーガーを要求するラズロに、ノエルはこめかみを押さえた。

「ラズロのスーツは一応持ってきてあるからいいけど……ミリアのそのフリフリの戦闘用ドレスは、ドレスコードとしてどうかしら……」

 すると、ミリアは得意げにウインクをして見せた。

「ご心配は無用です。黒のシックなワンピースドレスを持って来てますから……舞踏会中の暗殺任務もこなせるようにですだぜ」

 その言葉に、ノエルはようやく少しだけ安心したように胸を撫で下ろした。


 夜。

 ロンドン中心部、歴史と最新技術が見事に融合した『アラン・デュカス』のダイニングは、息を呑むほどに荘厳だった。

 天井からは数万のナノ・マシン・クリスタルで構成されたホログラムと実物のハイブリッド・シャンデリアが、生きた光の滝のように煌めいている。

 クラシカルな大理石の床と、外界の喧騒を完全に遮断する低重力場無響音システムが、極上の静寂を演出していた。


「お待ちしておりました、皆様。今宵のお支払いは、すべて例のお方からの計らいにより完了しております」

 燕尾服を着こなした初老のギャルソンが恭しく頭を下げ、純銀の小さなトレイを差し出した。

「恐れ入りますが、メニューの最適化のため、アレルギースキャンをお願いいたします」

 トレイの上には、美しい装飾が施された宝石にしか見えない生体スキャナー。

 三人がそれぞれ指先を触れると、わずか0.1秒でアレルゲン抗体が瞬時に解析され、コースメニューが厨房のAIへと送信される。


「相棒……注文は選ばないの?」

「ここではコースなのよ……大統領が支払っているという事は、もうコースは決まっているのでしょうね」

 見違えるように大人びた黒のシックなワンピースを纏ったミリアが、子供のようにはしゃいで目を輝かせた。

「コース料理は初めてです」

「ハンバーガーの焼き具合とかは言えねぇのか?」

 仕立ての良いスーツを少し着崩したラズロが、肩を竦めてみせた。

「頭痛いわ……ラズロ……バーガーじゃ無くても食べるのよ?」

 最初に運ばれてきたのは、パンと前菜だった。

 ギャルソンがうやうやしくテーブルに置いたのは、焼き立ての自家製ブレッド。

 一見すると旧世紀の家庭でも親しまれた『ちぎりパン』のような素朴な形をしているが、一口千切った瞬間、ノエルは目を見張った。

「……信じられないわ。……これ以上ないほど完璧に小麦の甘みが引き出されているわね。ふかふかで、まるで雲を食べているみたい……」

「甘い……小麦が甘いのね!美味しい!」とミリア。


 前菜として供されたのは、『培養マグロと天然手長海老の極低温カルパッチョ』。

 甲殻類アレルギーに生まれて初めて気が付かされたラズロの皿には、代わりにムール貝が鎮座している。

 ただのフレンチドレッシングではない生体ナノマシンが入った特殊なソースが敷かれていた。

「……おいおい、こいつは驚いた」

 一口食べたラズロが、思わずフォークを止める。

「どうしたの、ラズロ? 毒でも入ってた?」

「いや……このソース、すげえ旨い。なんだろうな、フレンチなのにどこか日本で食べた『甘みのある醤油』の味がしねぇか?……魚って奴はこんなに美味いものなのか……」

 ラズロは目を細め、分厚い舌でソースの余韻をじっくりと味わい尽くした。


 一方のミリアは、ワイングラスを手にしてご機嫌だった。

「お兄さん! この白ワイン、何ですか? とても美味しいんです。おかわりいただけますか?」

「かしこまりました、マドモアゼル。こちらは、前世紀の極端な気象変動を生き延びたブルゴーニュ地方の特別保護区画にて、完全な自然農法で栽培されたシャルドネでございます。『エクイリブリアム』で一度失われそうになりましたが……」

「へぇ! なるほど……美味しいです!」

 ミリアは、いつもならそんなに飲まないはずの高級白ワインを、まるで水のようにガバガバと開けていく。

「ちょっとミリア、ペースが早すぎるわよ! ……大丈夫?明日に響くわよ」

 ノエルが上品にグラスを傾けながら注意するが、ミリアは「大丈夫だぜ!」と笑うばかりだ。


 そして、メインディッシュが運ばれてきた。

 ラズロの前に置かれたのは、分厚い『究極のシャロレー牛のロッシーニ風』である。

「決まった年齢になってから、反重力環境下で筋肉へのストレスを極限まで減らして育て上げ、最後に地上で特製の牧草を食べて仕上げられた、100%自然由来のフィレ肉でございます。ソース・ペリグーと共にどうぞ」


 ラズロがナイフを入れる。抵抗感など皆無だ。

 一口噛み締めた瞬間、赤身の濃厚な旨味と、上品でサラリとした脂が口内を満たし、芳醇なトリュフの香りが鼻腔を突き抜けた。

 特殊な分子熱制御で中心まで均一に火を通したそれは、AI制御で旧世紀の備長炭で焼き上げたかのような香ばしさを再現している。

「……うめえ。冗談抜きでうめえな、こりゃあ。おいノエル、これ本当に大統領のポケットマネーか? 国家予算を横領してねえだろうな」

「バカラズロ。変なこと口にしないで。……彼の個人資産は莫大よ。私たちは命を懸けて『蠍』と戦いに行くの。これくらいは当然の対価だわ」

 ノエルは涼しい顔で、自らのメインディッシュである繊細な舌平目のローストを口に運んだ。


 メインディッシュを終えると同時に、ラズロはワインからスコッチへと切り替えた。

 2200年物の琥珀色のシングルモルトが、戦闘用サイボーグの無骨な体に熱く染み渡っていく。

「いやぁ、コースってバーガーは出ねぇんだなぁ……それとも次がバーガーか?」

「たぶん、そうだぜ。相棒」とミリア。

「二人とも本気?」

 美しい料理、極上のお酒、そして気を許せる仲間との軽口。

 三人のご機嫌な夜は更けていった。


 しかし、ホテルに戻った後が惨事だった。

 シャワーを浴びてラフな部屋着に着替えたミリアとノエルは、明日の最終確認のために再びラズロの部屋に集まったのだが――。


「まあ、なんだ……。現地に行ったら、細かいことは気にせず、気合いで頑張ればいいんだろう?」

 ラズロはスコッチのグラスを持ったまま、ソファに深く沈み込み、半分船を漕いでいる。

「そうだぜ相棒……私のぉ……オメメン……さ〜い〜きょ〜……お……………ぐぅ……」

 ミリアに至っては、ラズロのベッドの上にうつ伏せに倒れ込み、完全に寝息を立てていた。


「ちょっと、ミリア! ここで寝ないで……! あなたもう、自分の部屋に戻ってリブートなさい。重くて運べないわよ……MFCS(完全軍用サイボーグ義体)なんて……!」

 ノエルが必死にミリアの肩を揺するが、戦闘用サイボーグである彼女の身体は、まるで鉛の塊のようにびくともしない。

「ラズロ、手伝いなさい! ……ちょっと!」

「んぁ……? 俺は寝てねぇよ……起きてるる……」

 言うが早いか、ラズロもソファの上で豪快なイビキをかき始めた。


 もはや二人とも完全に酔い潰れており、作戦会議など話にならなかった。

 ノエルは深々とため息をついた。

(敵地での命懸けの任務の前に、まずはこの巨大な鉄の塊たちをどうやってそれぞれのベッドに運ぶか……それが最大のミッションね)

 完璧なオペレーターである彼女も、こればかりはAIに頼るわけにもいかず、呆れ顔で頭を抱えるのだった。


 翌日。

 不思議と二日酔いの気配もなくスッキリと起きた三人は、軍の黒塗り車両に乗り込み、ウェリントン空軍基地へと到着した。

 もっとも、それはノエルが深夜にコンシェルジュを呼びつけて『リブート用Y字分岐コード』を取り寄せ、二人にアルコール強制分解プログラムを流し込んだ賜物であったのだが。


 厳重なセキュリティを抜け、基地司令の執務室へと通される。

 そこで待っていた基地司令官は、50歳ほどの長い髪をきっちりと結い上げた、細めの眼鏡をかけた理知的な雰囲気を持つ女性将校だった。


「ようこそ、UPLの皆様。本日は我が基地からのフレスベルグ輸送機にて、アイルランド上空高度一万二千からの降下作戦を決行していただきます…………健闘を祈ります。そしてUPLに栄光を。我が軍は全力でUPLのサポートをさせていただきますわ」

 彼女の眼差しには、秘匿機関UPLへの警戒や偏見はなく、むしろ彼らがこれまで成し遂げてきた困難な任務に対する、心底からの敬意が窺えた。

 いよいよ、孤島の山中地下にある地獄の戦場への扉が、静かに開こうとしていた。

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