第114話 大いなる希望の兆候
フランスの複合IT企業『Les Terres Digitales』のペットAI開発部門長、カシオス・タグチ。
簡素なパリのアパルトマンの一室で、彼は年代物の赤ワインを傾けながら、ホログラムモニターに流れる無機質なデータストリームを恍惚とした表情で見つめていた。
だが、彼の真の顔は、世界最大のテロ組織「赤い蠍」の幹部――レッサーゾディアックの一角『ペガサス座』である。
「ククク……素晴らしい。本当に素晴らしい」
カシオスは脂ぎった唇を歪め、下劣な笑い声を漏らした。
彼は大統領秘書官のNo.4という裏の地位を持ち、「ヨルムンガンド・プラン」の責任者を任されていた。
今、真の支配者たる十二宮は、新たな「神の肉体」へと換装するため、世界各地の極秘施設で深い眠りについている。
特殊な換装プロセスにはおよそ一年を要する。
この無防備な一年間、組織の盾となり矛となるのが彼の役目であった。
だが、ペガサスの脳内を満たしているのは「忠誠」ではない。
「野心」であった。
この一年で絶大な功績を上げ、十二宮の誰かの足を引っ張って失脚させれば、自分がその空席に座ることができる。
真の意味での「不老不死」を得て、新世界の神になれるのだと。
その歪んだ野心は、彼に独断専行という致命的な暴走を引き起こさせる。
世界最大の通信管理会社が秘匿する蠍のネットワーク。
そこにアップロードされている「ヨルムンガンド」の供給を、ペガサスは意図的に遮断した。
「私以外の者に、あの方……『双子座』の寵愛を受ける必要などない」
ここからダウンロードしたヨルムンガンドは24時間で自己崩壊する。
複製も不可能だった。
カシオスはグラスを揺らし、自らの完璧な計画に酔いしれた。
「システムに侵入してマスターコードを奪うなど、十二宮に逆らう勇気を持つ者など蠍の構成員にいるわけもない。これで、ヨルムンガンドを意のままに撒き散らせるのは私だけだ」
彼はヨルムンガンドを自らの手で直接ネットワークに投入し、栄達を独占するつもりであった。
パリ郊外、とある市役所内の図書館。
そこから統一国家図書館のメインフレームへと直接アクセスする物理端末。
清掃員に身分偽装したペガサス自らが、政府管理文書閲覧用ポートに直接デバイスを突き刺し、ウイルスを流し込む。
リスキーな手口だが、ファイアウォールを内部から食い破る唯一の関門だった。
他の構成員を実行役として功績を奪われるわけにはいかない。
ペガサスは、双子座の隣で絶大な権力を振るう己の未来を想像して、恍惚の吐息を漏らした。
「毎日味わう極上の美酒……美しい女たちは毎日交換して楽しもう。私を見下してきた女どもを柱に縛り付け、泣き叫ぶ顔にションベンをかけて、裸にひん剥いて楽しんでやる……! ククク、ハハハハハ!」
そんな彼が卑屈さを武器に積み重ねてきた『表の自社サイトに細工を施して行った電脳麻薬N.O.密売の実績』が、彼を『ペガサス座』という地位まで押し上げていた。
彼の人生の動力源は、常に「容姿」に対する極限の劣等感であった。
チビでデブでハゲ。
伸びた耳毛と鼻毛を手入れするなどの考えは浮かばない。
思春期からずっと、女たちから蔑まれ、手をつなぐことすら許されなかった過去。
三年前に莫大な金を積んで容姿を端麗にする頭部のサイボーグ手術を受けた。
だが、骨の髄まで染み付いた卑屈さ、人を恨みがましくねめ回す粘着質な目つきは、最新の人工皮膚をもってしても隠しきれず、結局異性を遠ざけていた。
ペガサスはそれを「手術の失敗」だと逆恨みしていた。
入れた苦情は211回。
簡易訴訟により警告が来ている。
表の会社では、部下の女性に対する「手が滑ってスカートの中に手が入り、尻に当たった」「よろけたら顔が胸に触った」といった執拗なセクハラが何度も重なり、十日後には平社員への降格が決定していた。
身に覚えがない「下着泥棒」の噂は一人歩きを始めている。
しかし、この計画が成功すれば、そんな表の世界のくだらない生活など消えてなくなっても構わなかった。
「行け、ヨルムンガンドよ! 世界を喰い尽くせ!」
だが、彼の浅薄な狂気は、国家という本気の暴力をあまりにも甘く見積もりすぎていた。
図書館のポートから流し込まれたヨルムンガンドは、数万の偽装ルートを通って拡散を開始した。
2分後、ウイルスは真っ先に運輸交通省管轄自動運転管理局、陸軍総司令部、海軍潜水艦隊司令部といった国家の中枢を直撃した。
しかし、そこはC級AIが管理する末端のドローンや小型の物資運びの単純なインフラとは違う。
A級AIのみで構成された軍事・政府の強固なプロテクトを、たかが擬態型ウイルスが破れるはずがなかった。
弾き返されたヨルムンガンドの残滓を、統一国家の逆探知プロトコルは見逃さなかった。
白日の下に晒されたウイルスの発信源から、まるで網の目を辿るように「レッドスコルピオン・ネットワーク」の全貌が瞬時に暴かれたのだ。
その時、組織のネットワークにアクセスしていた世界中の5679名の構成員の元へ、一斉に現地のエクスキューショナー(法執行官)が飛んだ。
スマートフォンを開いていた者、電脳でダイブしていた者、家庭用パソコンの前にいた者、職場のシステム作業をしていた者、地区間エアカーに乗っていた者。
そしてリヴァイアサン・ネットワークスと言う超巨大企業に捜査のメスが入る。
すべてが、統一政府の監視網の掌の上だった。
『旧ネットワークにアクセスするな! あそこは焼かれた!』
違和感に気づいた一部の構成員が必死に警告を発したが、遅すぎた。
秘匿ファイルで構成員全員に連絡が回る頃には、世界中の逮捕者は36,895名に達し、逃亡中は8,234名。
レッド・スコルピオンの毛細血管は、ペガサスの愚行によってわずか数時間で壊滅的な打撃を受けたのである。
ペガサスの作戦開始から、わずか一時間後。
パリの豪奢なアパルトマンの扉が、爆発音と共に吹き飛ばされた。
土煙を裂いて室内に踏み込んできたのは、金色のチャイナドレスを纏ったランと、黒のスーツを着崩したコンラートだった。
アパルトマンの外周は、すでにパリ第五エクスキューショナー分室の重装甲部隊が完全に包囲している。犯行動画、入館記録、すべてのトラフィックデータが、カシオスを首謀者だと物語っていた。
帰宅したばかりのカシオスが勝利の愉悦に浸り、奮発して買った極上のワインはグラスごと砕け散っていた。
「ど……どなたですか!? 私は今、忙しいのだが……」
カシオスは手にしていたワイングラスの破片を落とし、顔を引き攣らせて後ずさった。
「うるさいわね……スキャン完了。カシオス・タグチ、一致ね。逮捕よ。アンタ、『赤い蠍』の幹部でしょう?」
ランが冷ややかに言い放つ。
「何のことですか!? わ、わた、私はそんなテロ組織など……ただの善良な市民だ!」
「おい、お嬢。こいつ、スキャン上は生身だぜ……」
コンラートが愛用の『ティアマット』10インチ67口径 対サイボーグハンドガンを構えたまま眉をひそめる。
ランは呆れたように息を吐き、両手を振って「よく考えなさい」と言わんばかりのジェスチャーをした。
「バカね、コンラート」
言葉と同時。
ランのしなやかな脚が、鞭のような軌道を描いてカシオスの右腕を蹴り上げた。
――バキィッ!
肉を断ち切るというよりは、金属をへし折るような硬質な破壊音。
空を舞ったカシオスの右腕を、コンラートが片手で掴み取る。
断面からは鮮血ではなく、青白い火花が散っていた。
「……分かっているよ、お嬢。やはりか。純チタン複合骨格……それをスキャンしても『生身である』と偽装する軍用生体皮膚パーツ『ヴェール』に包まれた腕。やれやれ、どいつもこいつもしぶとい」
近距離秘匿通信が、コンラートからランの電脳へと飛ぶ。
(カールが開発した『バロールの魔眼』……お嬢、それを使ったんだな。片目が『ヴェールを見破る機能』に特化する分、他の視覚機能が死ぬ。戦闘に支障が出るだろう? 今の蹴りだけでも分かったよ。高純度プロテタイト結晶を使った世界でただ一つの試作品だ、ジェネレーターにも相当無理をさせてるはずだ)
ランは金色の瞳の奥に隠された冷たい光を瞬かせ、電脳越しにふっと笑った。
(そうね、コンラート……。でもね、『ヴェール』を付けた蠍の幹部を確実に狩るなら、誰かがこれをつけなきゃならないのよ。私の視界が狭くなる分、アンタが私を守りなさいよ。コンラート……ずっと、ね)
(……ずっと!? お嬢……ラン! それって……!)
思わぬ言葉に、コンラートが端正なスーツの襟を正して目を見開く。
赤い顔をしたランは、照れ隠しのように「う、うるさい! 早く行くわよ!」と叫ぶと、床で悶え苦しむペガサスの腹を蹴り上げ、そのまま豪快に窓ガラスを突き破って階下へと蹴り落とした。
「ぎゃああああああああっ!」
無様に落下したペガサスを待ち受けていたのは、パリ分室の特別厳つい黒人エクスキューショナー・ペアだった。
「エリック! そいつは『蠍』の幹部だ! AL-683ファイルとの適合率97.093%! そいつが『ヨルムンガンド』をばら撒いた首謀者だ、連れてってくれ!」
コンラートが窓から身を乗り出して叫ぶ。
「オーケー、UPL! こいつの武装は、マリーナが今、全部握り潰しちまったよ! ハハハハハ!」
エリックの横で、マリーナと呼ばれた巨漢の女性エクスキューショナーが、ペガサスの両腕両足を文字通り「ひしゃげる」までへし折り、ゴミのように引きずっていた。
「当たり前だろ! こいつの撒いたウイルスのせいで、実家のベッキー(ペットドローン)のメモリが破壊されたんだ! ママンがどれだけ悲しんだと思ってんだ、このクソ野郎!」
ペガサスは絶叫を上げながら、無骨な装甲車へと乱暴に放り込まれていった。
逮捕されたペガサスには、「政府内部における組織犯罪被疑者奪取、暗殺防止法」第44条に基づき、特例の「公開式取調べ」が適用された。
全世界からランダムに選出された50箇所の検事、裁判官、弁護士の注視の元、強固な防壁に囲まれた尋問室での聴取である。
「カシオスさん。あなたはこのままだと、金星軌道の組織犯罪用刑務所『ラダマンティス』に収監されることになる。つまりは司法取引だ。組織の全貌を話しなさい。そうすれば、地球上の刑務所に入れてやろう」
捜査官の冷徹な交渉に、ペガサスはあっけなく口を割った。
彼の中に組織への忠誠など微塵もなかった。
自分が双子座に脅されてやったこと、今、十二宮は全員が「神の肉体」への換装中で世界中で眠っていること。
十二宮全員の場所は知らないが、カプリコーン(山羊座)の換装施設がアイルランド山中の工場にあること。
その座標。
そして、未開惑星開発局・航宙兵器開発局長ユヌス・カングを殺害し、山羊座として入れ替わるという大規模な乗っ取り計画。
初日にペガサスが吐いた供述は、同席した世界中の捜査機関の人間を戦慄させた。
だが、取調べ二日目。
厳重な警備網を抜け、どこからともなく飛来した一機の小型自爆ドローンが、取調室から収監室に至る通路の強化ガラスを貫通してペガサスに直撃した。
爆音。
そして沈黙。
自らの野望に溺れたペガサスは、即死――肉片すら残らないほど粉々に消し飛んだ。
ペガサス座の失敗と逮捕は、蠍の組織全体に激震を走らせた。
十二宮が眠りについてまだ一ヶ月。
換装を終えた者は一人もいない。
真の支配者である双子座に至っては、眠りについたのはつい昨日のことである。
全世界のレッド・スコルピオン極秘換装研究機関へ、血を吐くような緊急通達が飛んだ。
『ペガサス座が失敗した。UPLが動く。換装のプロセスを極限まで早めろ。さもなければ、我々は無防備な十二宮の方々ごと狩り尽くされる』
後任のレッサーゾディアック筆頭に据えられた『アンドロメダ座』は、何の権限も準備もないまま、崩壊しつつある帝国の後始末を押し付けられることになった。
換装中のゾディアックがUPLに襲われれば、抵抗すらできずに終わる。
そして何より、双子座だけは絶対に守り抜かなければならなかった。
数日後。
パリ第五エクスキューショナー分室の通信室。
大型モニターに、サングラスをかけたカインの姿が映し出された。
「コンラート、ラン。ご苦労だった。取調べの結果と口封じの件は報告を受けた。大統領からの通信で、AI監視感度をCに戻す指示が出たそうだ」
「本当に大変なヤマだったわ……。世界中でとんでもない被害よ」
ランが疲れたように黒い艶やかなツインテールをかき上げる。
「あぁ。だが、C級AIもヨルムンガンド級の対抗プログラムのアップデートが義務化される。社会の混乱も次第に落ち着いていくだろう。ラン、コンラート。お前たちの帰還は五日後でいい。少しフランスで羽を伸ばしてこい」
カインが珍しく温かみのある声で告げ、通信が切れた。
不意に訪れた休暇に、ランとコンラートは顔を見合わせる。
「お嬢! デートだ。花の都パリで、燃えるような愛を語らないか?」
コンラートが芝居がかった手つきでウインクをする。
「調子に乗らないの。コンラート、まずは明日一日の完璧なデートコースを用意しなさいよ。特に甘ったるい言葉はいらないから、とにかく美味しいものを探しなさい」
「了解だ、お嬢」
コンラートはまるで忠実な執事のように恭しいお辞儀をした。
分室を出たコンラートは、ランの細い手をしっかりと握り、夜のパリの街へと歩き出した。
握り返したランのその手は、決して離さないと誓うように力強かった。
同じ頃、極寒の択捉島。
UPL地下司令部の奥に隠された別室で、カインは静かにコンソールに向き合っていた。
室内にいるのは、ドクターFとカールだけである。
彼ら二人は、カインの脳内にアリアの「魂」が宿っているという最大の秘密を共有する、唯一の技術者たちだった。
「ドクター、カール。……もう、普通のリブートができる状態にまで回復したのか?」
カインの問いに、カールは深く頷いた。
「ええ。政府のAI監視感度がCに戻されました。もうリブートによるアリアさんの消去リスクはありません」
ドクターFが白衣のポケットに手を突っ込み、真剣な眼差しを向ける。
「うむ、当面の問題はないじゃろう。……アリア、聞こえておるな? この前話した計画は覚えておるか?」
『ええ、ドクター。準備はいいわよ』
長期リブート用電脳調整機を介し、外部スピーカーからアリアの透明な声が響いた。
カインは近距離通信を使い、この密室でのみ彼女と外の世界との対話を実現させていた。
「軍に消されたはずの私の記憶と、私の人格の『根幹データ』を……少しずつ整理して、カインの新しい電脳の空き領域に足していくんでしょう?」
「その通りじゃ。お前さんの消されたデータはあまりにも膨大で不安定だ。一度にやれば電脳が混乱を引き起こす。おそらくは、765回程度に分けて細かく同期していくことになる。自分という存在が異質すぎる変化を感じたら、いつでもストップをかけてくれ」
「以前のアンバーさんと同じです。今のアリアさんは、いつ消えてもおかしくない綱渡りの状態なんですよ」
カールの言葉に、痛切な響きが混じる。
『分かったわ、ドクター。……私はね、前も言ったけど、過去のすべての自分を取り戻したいとは思わないの。「カインが好きっていう気持ち」を持っている、今の『私』が消えちゃうのが一番怖いの……』
スピーカー越しのアリアの声が、微かに震えていた。
カールがモニターの向こうのアリアのアバターに向かって、優しく微笑みかける。
「アリアさん、私達も、アリアさんが今のままのアリアさんとして助かってほしいんです。違和感があれば、直前のデータならば影響が少ないまま取り出せます。人格の根幹データとメモリ……これさえカインさんの新しい『多重層デュアル電脳』に定着させられれば、アリアさんが不安定になって消滅する心配はなくなります」
「ワシ……世界最高の換装医師ドクトルFと海軍サイボーグ義体開発の若き天才と言われたカールが共同開発した、世界で一つだけのアリアの居場所、そして最高の戦闘用演算も実現した夢の電脳じゃ。基幹データも70%以上工程を終えることができれば、もう安心じゃよ。もうアリアが消えることは無い。時間が許す限り、一日に4回は同期を進めるぞカイン、アリア」
「これぞ名付けて『ドクトルF・カールスペシャル・デュアル多層式純チタンセラミック化外装式電脳……ゼウス』ですよ!」
カールが自慢げに胸を張る。
『カール、電脳の名前が長すぎるわよ! あははは』
ホログラム・モニターに映されたカインの脳内では、アリアのアバターがお腹を抱え、水色のブラウスと桜色のスカートを揺らして足をパタパタとさせて笑っていた。
「本当じゃわい! カール、お前は本当にネーミングセンスがないのう、はっはっは」
アリアとドクターの弾んだ笑い声に、カインも呆れたように、だが優しく小さく息を吐いた。
「……ふっ。頼む、カール。俺はもう、アリアを失いたくはない」
「任せてください。これからの同期作業、頑張りましょう。そして、それが無事に終われば……次は電脳移植のための『生身の身体』を探すドナー登録です」
カールの言葉に、カインの目がわずかに見開かれる。
「大統領権限で最優先でねじ込めば、きっと一ヶ月以内にはアリアさんの新しい生身の身体が用意できますよ。そうすれば……」
『うっ……えっ……えぐっ、うぅっ……』
突然、スピーカーからアリアの激しい泣き声が漏れた。
「アリア……泣くな。しなきゃならないだろ……? 結婚式の相談……」
『うん……うっ、うっ……えぇぇん、うっ……』
その涙は、カインだけでなく、カールとドクターの目をも熱くさせた。
深く長い絶望の淵にあった彼女に、ようやく「生きて未来を語る」という希望の光が差し込んだ瞬間だった。
その夜。
カインの個人ヴィラに戻ると、電脳の中でアリアがいつものようにパタパタと走り回っていた。
『ねえ、カイン……。私、今この瞬間にフッと消えてもおかしくないんだよね』
(ああ。ドクトルは『奇跡の綱渡りを続けている』と言っていたな)
『頑張ろう……まずは根幹データの修復。今日は三回やったけど、今のところ自分が変わったとかは分からないわ。でもね、カイン。昨日と今日の同期の中で思い出したの。私の本当の名前は「アリス」……。「アリア」っていう名前がどこから来たのかは、まだ分からないわ』
(そうか……アリア……アリス……。君は、どちらで呼ばれたいんだ?)
カインの問いに、アリアのアバターは少し首を傾げ、照れくさそうに笑った。
『そうね……カインが呼んでくれる名前が、私の好きな名前よ。カインが『アリア』って呼んでくれるから、私は今、その名前がすごく好き。でも、カインが『アリス』って呼んでくれるなら、アリスって名前が一番好きになるかもしれないわね』
(……カイン、とりあえず赤いワイン、もうグラスにないじゃない。次、注いでよ!)
アリアのアバターがソファに寝転がり、空のグラスを掲げて足をパタパタとさせている。
(やれやれ……。お前という奴は)
カインは苦笑しながら、空のボトルを見ると肩をすくめ、ヴィラに備え付けられたワイン・セラーから深紅のワインを注いだ。
アリア……アリス……。
彼女の名前を決める会議は、夜が更けても終わることはなかった。
窓の外の地吹雪とは裏腹に、二人の間には、確かに大きく明るい未来への希望が灯り始めていた。




