第7話
朝の光が天蓋付きのベッドを淡く照らしていた。
ラインハルトは自室の小さなテーブルで朝食を終え、ナプキンで口元を拭った。
立ち上がり、制服の襟を整える。
「……せっかくだから歩いて行こう」
独り言のように口にして、扉に向かった。
廊下に出ると、すぐにエリナが待っていた。
彼女はラインハルトの顔を見るなり、目を丸くした。
「ぼ、ぼっちゃん! まだ馬車が……」
「歩く」
短く答えると、エリナの表情が曇った。
「え……歩いて、ですか? そんな……学院までかなり遠いんですよ!? それに、昨日のお帰りのこともありますし……!」
声が途切れ始め、瞳にうっすらと涙が浮かぶ。
「……仕方ない。馬車に乗るよ」
エリナの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! すぐご用意いたしますね!」
彼女は嬉しそうに踵を返し、軽やかな足取りで走っていった。
数分後、屋敷の玄関先で待っていた馬車に乗り込む。
漆塗りの車体に、金色の紋章が輝いている。
御者が恭しく扉を開け、ラインハルトが座ると、発進した。
初めての馬車だった。
最初は、少し胸が高鳴った。
車輪が石畳を転がる音、窓から見える街並み。
(……これはまた、悪くない)
だが、数分も経たないうちに、ラインハルトは窓の外を眺めながら冷静に思った。
(こんなものか)
想像よりも揺れる。
馬の蹄の音が響き、車体が時折軋む。
だが、景色は悪くない。
朝の街を行き交う人々、商人たちの呼び声、遠くに見える学院の尖塔。
やがて、馬車は王立ヴァルドリア魔法学院の正門前に到着した。
ラインハルトは一人で降り、馬車を見送ってから校舎へ向かった。
石造りの長い廊下を歩き、教室の扉を開ける。
瞬間、教室の空気がざわめいた。
「おい、ラインハルトが来たぞ」
「ユーリウスたちにやられたって聞いたけど、平気そうだな」
「なんか……変わったよな。あいつ」
生徒たちはちらちらとこちらを見ながら、互いに囁き合っている。
(……噂は広がっているようだな)
ラインハルトは自分の席に向かおうとした。
その視線のひとつに、ユーリウスがいた。
窓際の席に座り、右腕を包帯で巻かれている。
顔色はまだ悪い。
「腕に何かした記憶はないのだが」
ラインハルトは足を止め、ユーリウスの腕を見つめた。
(折った方が良かったか?)
胸の内で考え、自身の左腕を軽くポンと叩いてみせる。
その仕草を、ユーリウスははっきりと捉えた。
目を丸くし、慌てて下を向いた。
肩が強張っている。
周囲の生徒たちも、それに気づいたのか、息を呑む気配がした。
ラインハルトが席に着こうとしたその時──
「ラインハルト! 大丈夫だったか!?」
明るく、よく通る声が教室に響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは金髪を短く整えた少年。
背丈はラインハルトより少し高く、青みがかった灰色の瞳に、皇族らしい気品と幼馴染らしい親しみが混じっている。
アレクサンダー・フォン・ヴァルドリア。
帝国第一皇子殿下。
愛称はアレックス。
制服の上に皇族のマントを羽織り、周囲の生徒たちが自然と頭を下げていた。
記憶がよみがえる。
幼い頃から共に過ごした時間。
アレックスが「俺の騎士になれ!」と剣を振り回し、ラインハルトを振り回した日々。
嫌だったような、嫌じゃなかったような──不思議な感慨が胸に広がった。
(……主君、か)
ラインハルトは表情を引き締めた。




